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結果への執着

写真は昼間の月。

今日はなんとなく落ち込んでいて
それでいろいろ考え事をしながら高速を運転して
(夕方から出張ヨガクラスだったのです)

降り立ったカフェて空を見上げたら
猛烈な青空があり
月が浮かんでるのが見えて

まぁいっか
わたしもよくやってるさ

って気分になって
結構すっきりした。


何に落ち込んで、何を考えてたかというと

やっぱりわたしは結果を欲しがっていたのだということ、だ。

結果に執着しないで生きたい、と思っているが、気がつくと結果に執着している自分がいた。頑張ってやっていることが上手くいかないときとか、なんだか疲れるなぁというときは、たいてい結果を出そうとしている時だ。

今までも幾度となく自分のこの性質に打ちのめされてきたけど、また最近嵌っていることに気がついて、呆然としてしまったのだ。

ヨーガの哲学にはカルマヨーガ(行動のヨーガ)という考え方があって

簡単にいうと

行動したことだけでいいじゃないか
結果を求めずにやろうじゃないか
良いと思ったことを素直に行動すればいいんだよ
結果に執着するから苦しいんだよ

というもの。

しかし、わたしは現実主義なのか、根っからのビジネスマンであり営業マンであるからなのか
自然と結果を求めるほうに向かってしまう。
長年染み付いた癖はなかなかしつこい。

わたしがいうところの結果というのは
その昔はお金(つまり集客)だったけど
今は 「相手/クライアント/生徒さん が変化したかどうか」
ということだ。

結果に縛られているのは、カルマヨーガの教え通り、結構苦しい。

さらに
なぜわたしが結果を求めてしまうのかも分かってはいる。

わたしは
結果を出す自分にこそ価値がある
と、心の奥で思っているからだ。

そしてきっと、同じ思いを(知らず知らずのうちに)抱えている人が多いんじゃないかなと思う。
特に、仕事ができたり、勉強ができたり、人から頼られたりする人達、つまり「デキのいい人」にこの傾向があるように感じている。

だから、わたしは声を大きくしてこう伝える。

『ひとりで抱えすぎないで』
『何も出来なくてもあなたは最高だ』
『がんばりすぎないで』


しかし、実のところ、わたしがいくら言ったところで
あまり伝わっていないのかもなとも気がついてしまった。

なぜなら
わたし自身が
ひとりで抱えすぎる人であり
何かを成し遂げないといけないと思っている人であり
がんばりすぎてしまう人であるからだ。

わたし自身が、結果への執着について
絶賛学び中ということだ。

でも、これは良いことだと思うことにした。
ここで進化し手放するのだ!というタイミングなのだろう。

わたしが本当に結果を手放した時に『がんばりすぎないで』が、リアルになり、相手にも伝わるのだと思う。
そしてそのリアルさが相手を変える一手となる。

カルマヨーガの教えとは矛盾するようだけど、相手が幸せになるのならば良いことである。


まだまだ修行は続くのである…

結果への執着を手放し、伝える言葉をリアルにするには
ひとつ方向性も見えてきた。
次回はそこについて書いてみたい。

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