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いかなる理由があろうと安倍晋三を殺してはならなかった

 仙台駅近くの街頭で、自民党の参院選挙区候補の演説を聞いて、メモを取っていたら、どこからともなく「どうも!」と気さくそうな男性の声がかかった。「?」と顔を上げると、目の前に安倍晋三元総理がにこやかに立っていた。私は安倍氏とは顔見知りではない。だが、まるで昔ながらの友だちに会ったような表情である。目と目が合って、彼は相手が取材を目的としていることに気づき、すぐに目をそらして、他の人たちに手を振った。安倍氏の後方には、SPが2人、怖い顔をしてこちらをにらんでいた。つい10日ほど前の出来事である。

 それほど、選挙における政治家と有権者の距離は近い。いや、近くなければならない。

 安倍氏が銃撃を受けた場所は、奈良県の近鉄大和西大寺駅前の交通広場である。ここも今回の参院選で訪れたが、そのときオオトリでマイクを握ったのは、自民党の茂木敏充幹事長だった。この交通広場には死角がなかった。2本の道路が交わるT字路に交通広場がたんこぶのように出張っている。そのT字路の交差点に、ガードレールに囲まれた小さな空地があって、地元の街頭演説の〝演壇〟となっていた。東西南北360度、どこからでも街頭演説を見ることができる。当日もきっと、あらゆる方角から安倍氏の演説を見物する人たちが囲んでいたことだろう。

 当日の警備体制を批判する声があるが、私はあまりSPや奈良県警を責める気持ちにはなれない。結果論で責めるなら、誰でもできる。まして、SNSの映像や画像だけで、うれしそうにマウントを楽しむ人たちには共感などできない。

 参院選の結果には納得がいかない。それは議席数や各党の勢力のことではない。投票日の2日前にこういう暴挙によって選挙戦の到達を大元からひっくり返されたことが、何より悔しい。選挙とは、一言で言えば情報戦である。そして、言論の積み重ねである。暴力は、そうした積み重ねをすべて無にしてしまう。銃撃事件がなかったとしても、選挙の結果自体は数字的にはさほど大きく変わらなかっただろう。だが、選挙の結果がもたらす意味は、随分と変わる。

 仮に自民党が圧勝したとしても、その結果が自民党への白紙委任でないことは、様々な世論調査や選挙戦での言動などによって明らかにできる。自民党も、それは無視できない。だが、死者は無敵だ。これから先の政局は、〝アベ政治〟を軸に動く。安倍氏は神格化され、取り巻きはただひたすら礼賛し、ただひたすら継承する。政治家もマスメディアも思考停止に陥り、死者に導かれて、亡国の道を突き進む。これまでの報道などで、銃撃の犯人がそれなりの動機があったことは明らかになっていて、彼の身の上には同情するよりほかないが、その行動には支持する余地は微塵もない。

 安倍晋三は、ぜったいに殺してはならなかったのだ。公文書の改ざんや「桜の見る会」など権力の私物化、貧富の格差の拡大、SNSを中心とした国民の分断、歴史修正主義、そして、今まさに報道で問題となっている謀略団体との関係も、彼自身と彼がもたらした政治や日本の空気も含めて、いつか歴史の審判を受けるべきだったのである。

 だから、どうにも悔しい。

 この参院選で、安倍氏は全国を応援演説に駆け回っていた。カンカン照りの炎天下、マイクを握っていた。直前にゲリラ豪雨が襲来し、不穏な空の下での演説もあった。演説内容に共感したことは一度もない。欠片も同意できない。だが、参院選の論戦を常にリードしていたのは彼だった。岸田文雄も、茂木敏充も、選挙戦が始まると、ビビッて街頭では憲法の「け」の字も出さなかった。安倍氏は銃殺されるまで、最後の最後まで、改憲を高らかに掲げた。彼こそが日本の政治対決の最前線だったのだ。彼と同じ空間を共有し、同じ空気を吸ったことを、決して忘れないだろう。日本の民主主義は、ここからもう一度、やり直さなければならないのだ。

 安倍氏の国葬は、行うべきではない。

 自民党が自ら、「お別れの会」を開催すればいい。それならば、きっと多くの国民は安心して、安倍晋三との別れを悼むことができる。「国葬」と言った瞬間、それは政治的意味合いを持ってしまう。静かに見送ればいいではないか。なぜ、こんなことにまで対立を持ち込むのか。

 静かに見送ろうではないか。

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