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都構想が実現しても、しなくても、消防車は一分一秒を急いでやってくる~可能性ではなく現実の話

 今朝は久しぶりに爆笑した。橋下徹元大阪府知事のツイートである。

 朝日新聞が維新の会が撒いたチラシに突っ込みを入れた記事が話題になったことから、橋下氏がコメントしたのである。それにしても、この一言には噴き出した。

「都構想は『可能性』の議論」

 そんな逃げ方ができるのは今だけだ。住民投票で「賛成」が多数となり、5年後に本当に大阪市が廃止され、特別区に移行することになれば、もう可能性の議論ではない。現実である。財源不足の議論も「可能性」ではなく、現実となって特別区を襲う。すぐに対応しなければ、特別区は発足した途端、財政破綻に陥る。「可能性」とか言っている場合ではない。

ドヤ顔で「早くなる」と言い切る維新流Q&Aの違和感

 維新の会のチラシには、こんなことが書いてあったようだ。

(Q)特別区になると、消防車の到着時間は早くなるの?
(A)早くなる。消防本部からの指令が一元化されるため、現場に近い消防署が対応する。最初の通報段階から必要な規模の消防車を出動させることができる。特別区の消防は、現在の大阪市内の消防体制がそのまま移管される。

 具体的なファクトチェックは朝日新聞の記事を読んでいただくとして、この質問と回答のチグハグさはどうにも素人っぽい。

 「特別区になると、消防車の到着時間は早くなるの?」という質問は、特別区設置案を正しく理解していない証拠でもある。特別区になると、消防の仕事は大阪府が分担し、大阪消防庁となる(管轄区域はこれまでと同じ大阪市域)。だから、この回答は「特別区は消防の仕事を担わない」が正しい。さらに付け加えれば、「消防車の早期到着の責任は大阪府にある」と答えれば、質問者は非常に分かりやすい。

 回答もなかなか香ばしい。「特別区の消防は、現在の大阪市内の消防体制がそのまま移管される」とある。そもそも、〝特別区域の消防〟はあっても、「特別区の消防」はない。現在の大阪市内の消防体制は、そのまま大阪府に移管されるというのが正しい回答だ。

 「早くなる」という言い切りは、維新の会独特のドヤ感がある。そもそも統治機構を変えたくらいで消防車や救急車が早く来てくれれば誰も苦労しない。どうすれば早くなるという議論をぶっ飛ばして、「可能性」という結論だけ押し付けてくる。

 大阪の特別区設置案では、下記のように消防は府の事務として整理されている。

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 私は最近の大規模災害や広域災害などを考えると、消防は都道府県が担うべきだと思う。大阪の特別区設置案で消防を府の仕事にしているのは、それなりに妥当ではないか。特別区になると消防車が早く来るなどという空想を展開する必要などないと思うが、そこが維新の会という集団の抱える〝ドヤ改革〟〝マッチョ改革〟の病理だとも言える。

 東京都では一部を除いて、都が「東京消防庁」として消防を担っている。消防は基本的には市町村の仕事なので、区市町村が担うことは法的に問題はない。だが、東京のように高度に密集した市街地を抱え、タワーマンションのような特殊な建築物も増えている中で、基礎的自治体単位の消防で災害や救急搬送に対応できるのか疑問だ。また、警視庁との関係で言っても、都が担うのが妥当だと思う。

 地方自治法のこの条文を思い出していただきたい。

第二百八十一条の二 都は、特別区の存する区域において、特別区を包括する広域の地方公共団体として、第二条第五項において都道府県が処理するものとされている事務及び特別区に関する連絡調整に関する事務のほか、同条第三項において市町村が処理するものとされている事務のうち、人口が高度に集中する大都市地域における行政の一体性及び統一性の確保の観点から当該区域を通じて都が一体的に処理することが必要であると認められる事務を処理するものとする。

 都区制度において、消防こそ、水道や下水道と並んで、都が行うべき代表的な事務の一つだ。

 しかし、他の課題と同様、消防も広域自治体と担うのと、基礎的自治体が担うのとでは、メリットとデメリットがある。住民投票では、そういうメリットとデメリットをそれぞれ付き合わせて議論すべきだろう。

東京都稲城市は島しょを除いて唯一の市単独消防

 東京都稲城市は、消防を単独で担っている。かつて都内では島しょ地域を除くと東久留米市と稲城市の二つが単独で消防を担っていたが、今は稲城市だけになってしまった。

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 東京の片隅にある小さな街。一部地域が多摩ニュータウンにも含まれているが、ここが東京だと忘れてしまいそうなくらい、自然豊かでのどかな街だ。ジブリアニメ『平成狸合戦ぽんぽこ』に出てきそうである。

 そんな小さな街で、消防を単独で持ち続けているのには、もちろん動機がある。

 稲城市が2016年に策定した「第三次稲城市消防基本計画」では、なぜ市単独消防を継続しているのかを説明している。

 国が推進する消防の広域化や事務委託は、小規模な消防本部では出動体制、保有する消防車両、専門要員の確保等に限界があることや、組織管理や財政運営面での厳しさが指摘されることから、広域化や事務委託により効果的な消防部隊の運用や、消防に関する行財政運営の効率化が期待されると示されています。
 一方、その反面、広域化や事務委託による消防体制は、構成市町村が運営に対等に参画することで、各市町村の調整が必要なため意思決定の迅速性に欠けることや、消防本部と市町村・消防団との連携が希薄になることが懸念されるなどの課題も示されています。
 こうした状況を踏まえ、現状の市単独消防と消防の広域化、事務委託について消防委員会で比較検討を行い審議したところ、市単独消防であることで、なによりも地域に密着し、地域防災の中核的存在である消防団との連携が良好に図られていることや消防本部に防災課を配置し、消防・防災の一元化として、自主防災組織や各種防災関係団体との連携が保たれていること、また、消防本部および消防団の車両や装備品が計画的に更新整備され、さらに消防車や救急車の現場到着時間の短縮を図るため、消防職員を増員して消防出張所の建設工事に着手するなど、本市の消防体制が、これまでの消防基本計画や市の長期総合計画に基づき、計画的に拡充・強化されており、有効に機能していることが確認されました。
 このように、今日まで関係者の不断の努力によって培われた市単独消防の特性を活かし、市内各地域の防災関係団体と顔の見える関係が構築されるなかで、消防体制の充実強化に努めてきた経緯を踏まえ、今後も市単独消防としての消防体制で消防行政を推進することとし、さまざまな社会状況や地域環境の変化により増加する各種災害への対応、また、想定される多摩直下地震や豪雨災害などの大規模災害を見据え、実災害に即した訓練を積み重ね、市民が安心して生活できる消防体制の充実強化に努めます。

 消防の広域化は、様々な市町村が参画することでかえって意志決定を遅らせることや、消防本部と消防団・市町村との関係が希薄になると指摘しています。市単独消防であることにより、地域に密着し、地元の消防団との連携も図られているという。そして、消防職員の増員と消防出張所の建設で消防車や救急車の到着時間も短縮できるというのだ。

 もちろん、良いことばかりではない。稲城市は神奈川県との県境にあるため、119番に電話すると、川崎市や横浜市の消防につながってしまうことがあり、いったん稲城市の消防本部に転送するという手間が必要になる。携帯電話は基地局で場所を判断してしまうので、なおさらそういう弊害がある。とはいえ、それは都道府県が広域的に消防を担ったとしても、県境では必ず発生してしまうバグで、市単独によるバグとは言えないだろう。

 地方自治法で定められた「都」の担うべき事務という観点で考えれば、消防は都道府県が担った方がいいかもしれないが、市単独消防にはそれなりのメリットがある。例えば、特別区が単独で消防を持つことは法的には何の問題もない。もちろん、都構想実現の前後ではどちらも大阪市域内での消防のエリアや体制は変わらないので、大阪府に移管されたとしても消防の業務が大きく変化することはない。

 そして、大事なのは、統治機構が政令市であろうが、府と特別区であろうが、消防車や救急車は一分一秒でも速く現場に到着しようと努力することに違いはない。消防車や救急車の到着時間は、都構想とはなんの関係もないのだ。

住民投票で問われるのは維新政治の評価ではない

 先日、特別区設置協定書の住民説明会を一通り見てみた。ひどいものだ。2時間の間、4分の3は事務方、市長、知事がしゃべっている。これでは動画配信と変わらない。リアルな会場を訪れた人たちはいったい、何をしに行ったのであろうか。

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 事務方の説明はともかくとして、松井一郎大阪市長と吉村洋文大阪府知事に関しては、維新の会の政策の話をしているのか、特別区設置協定書について説明しているのか、境目が分からなかった。おそらく、ほとんど維新の会ってすごいだろという自慢話だったような気がする。

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 例えば、松井市長の説明で、財政効果が2012年度から2020年度までの累計で1994億円あったという下り。塾代助成、学校給食、待機児童対策、こども医療費助成のいずれも、政令市として実施したことで、統治機構の改革とは関係ない。これまで人間関係で府市が仲良く連携してきたから、無駄をなくせた、だから、制度的に府市が対立しないようにしようというアピールだが、どれもこれも政令市としての財政的なポテンシャルがなければできないものばかりだ。当然ながら、特別区がこうした施策を実行するかどうかは、特別区の区長と議会が決めることだ。

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 吉村知事が力説していた新型コロナウイルス対策に関しても、現在の統治機構(府市)で行っていることだ。私は大阪府の新型コロナウイルス対策がさほど的外れでもなかったと思っているが、これを都区制度に移行することで恒久化できるとは思っていない。

 先日も書いた通り、現行は大阪府がコロナ対策を仕切り、保健所は大阪市に一つある。大阪市が廃止され、特別区に移行すると、保健所は特別区に一つずつ、計四つになる。 市域の保健所が四つになるだけで、都区制度とは直接関係がない。これまで府と市が連携しなければコロナ対策が進まなかったのと同じように、府と特別区が連携しなければ、コロナ対策は進まない。

 吉村知事が力を入れた大阪健康安全基盤研究所は、一元化施設を2022年度に開設するというのだが、これは住民投票で賛成が多数になった場合、特別区が設置される2025年によりも前のことだ。したがって、住民投票で反対が多数になって、都構想が頓挫しても実現するものだ。

 今回、都構想の議論では、賛成派も反対派も、都構想の中身の議論というより、維新政治を問うていることが多いと感じる。だが、11月1日の住民投票で問われるのは、維新政治ではなく、「大阪市を廃止して、特別区を設置する」ことの是非である。統治機構そのものが問われるのである。当たり前だが、消防車が早く来るか、遅く来るかは問われない。

 マスメディアには、こうしたゴチャゴチャの議論を整理してほしいと思う。同時に、消防一つとっても、メリットとデメリットがある。特別区の設置によるメリットとでメリットについて、大阪市民に冷静な判断材料を与えてほしい。


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