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【大阪都構想】「都」は財調協議で「区」の懐まで手を突っ込んでくる【都区制度の暗部】

 最近、Twitterのタイムラインを眺めていると、「反対派がデマを流している!」という投稿がいくつも流れてくるのだが、そのデマと言われるフレーズを検索してみると、維新信者による「これは反対派のデマだ!」という投稿ばかり引っかかる。コロナ禍で、「『トイレットペーパーがなくなる!』というデマでドラッグストアからトイレットペーパーがなくなっている」という投稿が相次いで、本当にトイレットペーパーがなくなったことがあったが、投稿をさかのぼっていくと、そんなデマはほとんど広がっていなかった。おそらく、都構想を巡る「デマ」も似たようなものだろう。

 興味のある方は「区役所がなくなる」でTwitter検索してみてはいかがだろうか。

 11月1日の住民投票が近づいてきたが、どうしようか迷っている方は、「デマ」「嘘」というフレーズを捨象して、自分の頭でデマか、嘘かを考えていただきたい。また、今回の住民投票では、山本太郎の街宣や吉村洋文のイソジン騒動、立憲民主党のヘタレ具合などは問われていない。問われているのは、「大阪市廃止・特別区設置」のみである。

財政調整制度の基本は、特別区の需要を積み上げること

 今回は、東京で行われている都区財政調整協議について実例をあげていきたい。

 都区制度の下での財政調整はなぜ必要なのか。

 東京では23区全体の歳入の3割を財政調整交付金が占めている。これは特別区の基幹税である特別区税よりも規模が大きい。だが、区によってこの比率は0.3%しかない区もあれば、45%も占める区もある。財調財源が区間の財政格差を埋める役割を担っていることが分かると思う。

 第一に、大都市としての一体性・統一性を確保するため、事務配分や課税権の特例に対応した財源保障制度が必要だからだ。

 第二に、都に留保されている事務に市町村税を充てるため、都区間の財源配分が必要だからだ。特別区の存する区域において、都は広域自治体として市町村の事務を留保している。例えば、水道や消防である。これらに財調財源が充てられるわけだ。これを「垂直調整」という。

 第三に、特別区相互間に著しい税源の偏在がある中で、行政水準の均衡が必要だからだ。つまり、千代田区も練馬区も、同等の住民サービスを維持するために、都心区から出る税収が周辺区に行き渡るように財政調整するわけだ。これを「水平調整」という。

 大阪の財政調整制度も、ほとんど同じように制度設計されている。異なっているのは、地方交付税が加算されること、10年間の特別加算を行うことなどがあげられる。

 大阪の場合、4区の間の財政格差は小さいので、東京ほど財政調整の意味合いは薄いが、財政調整の仕組みは、東京と同じである。

 財政調整制度の基本は、特別区の需要を積み上げることだ。全てはそこから始まる。具体的に言えば、特別区の基準財政需要額をはじき出す作業から始まる。

 「都」の需要が問われないことは、以前にも述べた通りだ。

 財政調整制度の下で、区の基準財政需要額を算定しても、都の基準財政需要額は算定しない。上記の大阪の制度設計を見ても、それはお分かりだろう。財政調整制度の基本は、区の需要を積み上げ、収入の格差を財調財源で埋めることなのだ。その残りが「都」の取り分となる。

財政調整交付金は実際の需要に合わせて配分されるわけではない

 財政調整協議の中心は、基準財政需要額を算定する際の算定ルールの検討である。基準財政需要額がどのように算定されていくのか、東京の事例を見てみよう。

 もう、わけわからんでしょ?(苦笑)

 でも、大阪で財調を担当する行政マンの皆さんは、これからこういう複雑な方程式を組み上げる作業をしなければならないのだから、覚悟していただきたい。

 基準財政需要額は、単位費用×測定単位×補正係数という計算式で算定する。単純に区の「需要」を積み上げるわけではない(説明がめんどくさくなるので、イメージとして「需要を積み上げる」と表現することはある)。

 単位費用とは、行政経費の単価である。標準的な需要がどれくらいあるかを想定する。人口35万人の区があるとしたら、どのような需要があるのかを計算し、それを35万人で割ると1人当たりの額が算出される。

 測定単位は、人口や道路面積など、需要額との相関性が高い客観的な指標のことである。例えば、単位費用が1人当たり100円であれば、35万人の区なら35万をかけると、行政経費の需要が算定できる。ただし、単純に人口でかけようとすると、千代田区のように人口が極端に少ない区では行政運営が成り立たなくなるし、世田谷区のように人口が膨大な区では、想定される需要よりも大きな額が交付されてしまう。このため、様々な補正を行っているのだ。

 例えば、態容補正というのは、どの区にも存在する需要ではないけれども、行政需要としては標準的に見なければならないもの、例えば再開発の経費は、いつもどの区でも発生する経費ではないので、特別な需要に合わせて補正することになる。

 お分かりいただけただろうか。特別区が勝手に需要を積み上げれば、それが経費として認められ、自動的に財政調整交付金が配分されるわけではないのだ。

財調協議では「都」が「区」の人件費に手を突っ込んでくる

 では、東京の都区財政調整協議で何が議論されているのか実例をあげてみよう。

 毎年度の都区財政調整協議の内容は特別区長会事務局のHPに公開されている。会議自体は非公開で「都政新報」のような業界紙しか内容を報じることはないが、後日、資料や議事録も含めて公表されている。

 都区財政調整協議会は毎年12月頃なると第1回の会議が開催される。ここで都側と区側の双方から算定ルールの見直しについて提案が行われる。面白いのは、東京都も提案するということだ。

 区の基準財政需要額を算定するのに、都がいちゃもんをつける権利などあるのだろうかと思うかもしれないが、実はこれが当たり前だ。元々、特別区は都の内部団体に過ぎなかったから、区が独自に区議会を持っているからといっても、遠慮なく区の需要に手を突っ込んでいたのだ。それが都区制度改革後も続いているのである。

 例えば、2018年度都区財政調整協議では、都側から13項目の算定内容の見直しを提案している。繰り返すようだが、算定内容の全てが区の需要であって、都の需要ではない。以下は議事録から転載する。

 まず、【議会総務費】の欄、「議会運営費の見直し」でございます。地方自治法上、議員定数の法定上限が撤廃されていることや、各区の算定上の議員定数と実態に乖離があることから、各区の議員定数条例上の定数により議会運営費を算定する方法に見直すことを提案するものでございます。

 議員定数は、各特別区が市町村と同様、条例で定めている。2011年の地方自治法の改正で、人口区分に応じた法定上限数が撤廃された。財政調整制度では、実際の議員数で議会運営費は算定されていない。このときは、それまで法定上限数に応じた定数で議会運営費を算定していたものを、条例の定数に基づいた算定に見直したのだ。

 都区財調制度では、財調算定上の「需要」と需要の実態は必ずしも一致しない。例えば、条例定数の議員で議会費を算定しても、辞職や死亡によって欠員が出たとしても、財調算定上は「需要」として認められる。算定の見直しによって実態に合わせても、結局は実態との乖離が存在する。ここが財調の不思議なところだ。

 こうした算定ルールの見直しは毎年度行われていて、そのたびに算定内容と需要の実態との乖離を埋めている。

 都区財調協議は、財調財源の税収が右肩上がりの時代には大きな紛糾は起きない。なぜなら、こうした算定内容と実態の乖離を埋めて、さらに新規需要を算定すればいいからだ。ところが、税収が下がり始めると厄介だ。算定内容と実態の乖離だけでなく、その年の「需要」が収入で賄えなくなるのだから、需要を切り捨てなければ財調財源が足りなくなる。

 一番切りやすいのは、やはり職員人件費だろう。

 2012年度都区財政調整協議では、前年の東日本大震災で税収の見通しが厳しくなったことから、都側は厳しい算定の見直しに踏み込んでいる。都側は「今後も適切に財調制度を運用していくためには、一時的な減収対策によって需要を圧縮するのではなく、現行算定を厳しく精査し、税収状況に見合った算定に見直すことが何よりもまず優先される」とし、22項目もの算定内容の見直しを区側に提案した。

 その中の一つが人件費だ。以下は当時の資料から抜粋している。

 ・ 都側は、地方公務員に対する厳しい目が向けられている中で、財調上の職員数が実職員数の減少傾向と異なり増えていることは、都民・区民に理解が得られるものではなく、早急に見直していくべきと主張し、22 年度に見直しを行った職員数と 24 年度職員数とで、測定単位等の増減により、乖離が生じることのないよう年度改定方法を変更する旨の提案を行った。
・ 区側は、22 年度に行った人件費の見直し結果について検証し、概ね適切な算定となっているとした上で、測定単位と職員数の関係については、22 年度以降も職員数は減少傾向にあるが、それは 22 年度の見直し時の考え方と同様に電算システムの導入、委託化、非常勤職員の活用等による各区の縮減努力の結果によるもので職員数の減少だけをとらえて見直しを行うことはバランスを欠くと主張した。

 財調算定上の職員数と実際の職員数は異なる。これは一般の自治体しか知らない方には分かりにくい論理だが、財政調整交付金は一般財源なので、算定ルール(需要)に基づいて配分された後は、結果として他の需要に回ることはあり得る。区側は、算定上の職員数で基準財政需要額を積み上げるが、実際にはデジタル化の推進や委託化、職員の非常勤化によって人件費を圧縮している。都側は、圧縮したんなら、その分、交付金を削れらないと、都民の納得が得られないんでは?というわけだ。

 都区財政調整協議は毎年12月頃から新年度の予算編成に並行して行われる。東京都や各区は翌年1~2月に新年度当初予算案を発表するので、それまでには予算編成を終えなければならない。ということは、その時点で各区に財政調整交付金がいくらくらい見込めるのかを弾き出さなければ、予算が組めない。これは短期決戦である。

 財調協議が始まる時点では、前年度の決算が前提となるから、当然、翌年度の算定内容は2年遅れで反映することになる。2年あれば、区の行革もかなり進んでいるだろう。算定上の職員数との乖離が出てもおかしくはない。

 都区協議が同意できないと、年越し協議となるが、その場合、東京都の財政調整会計は暫定予算案しか出せなくなるし、財政調整交付金の占める割合が大きい区は都区協議がまとまるまで骨格予算しか組めないという事態に陥る。だから、都区が決裂することはほとんどない。まずは目先の予算が組めないと、何も始まらないからだ。

 都が財布のひもを握っている、都区の親子関係というのは、こういう権限と金を巡る仕組みが要因となっている。

 いくら権限と財源を区に下ろしたとしても、都区制度である限り、この親子関係がなくなることはない。逃れられない宿命である。

特別区が児童相談所を設置しても配分割合はわずか0.1%増

 税制改正や制度改正など、都と区で仕事の分担が変わったり、お金の流れが変わることはよくあることだ。都区の配分割合はめったにいじることはないが、そういう場合には配分割合を変える協議を行うことになる。

 2020年度都区財政調整協議では、特別区の配分割合を55%から55.1%へと引き上げる合意がなされた。

 なんと、たったの0.1ポイントである。

 この0.1ポイントとは、特別区の児童相談所設置が反映されているそうだ。

 2020年度は、世田谷区、江戸川区、荒川区で児童相談所が設置される。このため、算定内容としては「態容補正」(上の解説を覚えているだろうか)による新規算定を行うことになった。また、年度途中に児童相談所が開設される場合には、当該年度の開設月数分の経費を算定することになった。

 また、児童相談所の施設整備費について、特別交付金の算定に加え、開設年度に普通交付金で追加算定すること、開設準備にかかる児童福祉司等の人件費を特別交付金の算定対象とすることも、都側の提案で決まった。

 つまり、児童相談所の開設・運営経費は、需要としてはちゃんと認められたのである。

 ところが、東京都は需要としては認めたが、財源配分の割合は変えようとしなかった。

 都側の主張はこうである。

 児童相談所の経費が、区立児童相談所の実態を踏まえたあるべき需要であるのか、合理的かつ妥当な水準となっているのかは、特別区の児童相談所が一定数増えた段階ではじめて、検証・分析が可能であることから、配分割合については、現時点では判断がつかず、今後、開設を予定する22区の半数である11区の児童相談所の決算が出た時点で改めて協議すべきものと考えております。

 ザクっといえば、「まだ23区のうち半分も児童相談所がそろっていないなら、配分割合は変えなくていいんじゃねえの?」ってことだ。

 結局、財源割合の見直しは、4年後の2024年度に先送りされた。

 これでお分かりのように、現状では児童相談所開設の経費をねん出しようとすると、財調財源の配分割合がほとんど変わっていないので、23区間で財源を奪い合うか、区の内部努力で財源をねん出しなければならない。財源がねん出できない区は、児童相談所の設置が先送りされる。これこそが、都区財政調整制度の暗部なのである。

 「都」と区は親子関係である、ということが分かるだろうか。

 大阪も、11月1日の住民投票で賛成が多数となれば、5年後にはこういう「都」と区の醜い争いに巻き込まれることになる。

 だから、繰り返し言っているのである。

 悪いことは言わないから、都区制度はやめておけと。

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