見出し画像

【大阪都構想】新特別区の区境を歩いてみた~街を「分断」する区割り

 大阪市には24の行政区がある。「行政区」には法人格はなく、公選区長や区議会も存在しない。住民サービスを地域ごとに区切って、効率的に行うための区割りだ。したがって、行政区によって住民サービスが変わることはない。

 これに対して、「特別区」には法人格がある。公選区長や区議会が存在する。特別区は特別区税を課税し、独自の住民サービスを提供する。大阪では四つの特別区が設置される予定だが、それぞれが「基礎自治体」として自立している。

 以下は、今回の特別区設置協定書で示された特別区の区割りである。

 「淀川区」の南に「北区」があったり、市域の南西に「中央区」があったりと、いろいろと突っ込みどころはあるが、ここでは区割りの妥当性については問わない。

区境を歩くと区の個性が見えてくる

 実は昨日、新中央区と新天王寺区の区境を一日かけて歩いてみた。

 左は浪速区(→新中央区)、右は天王寺区(→新天王寺区)である。道路の右側(東)は「下寺町」といって、古くから仏教寺院が集積している地域だ。左側(西)は「下寺」という地名だが、道路沿いに工場が並んでいる。さらに西に向かうと、日本橋や〝裏難波〟に至る。

 いかにも境界っぽく、左右で街の色合いも異なっている。

 区境は天王寺公園の西側を走っている。高速道路の高架の西は、お馴染みの「新世界」だ。

 朝っぱらから怪しげなガチャが並んでいる(苦笑)

 爽やかな緑と空気に包まれる天王寺公園と比べると、こちらは一歩踏み入れれば大人たちのパラレルワールドだ。だが、面白いことに午前中とあってか、この区境にある道路の歩道では保育園のお散歩を楽しむ幼児の行列にいくつか出くわした。

 区境はこのまま、JR環状線をまたぐ。人がまたぐ通路はないので、少々遠回りする。

高台が新天王寺区(阿倍野区)、崖下が新中央区(西成区)

 JRを渡ると大阪市立大学病院が建っている。区境はここから道を外れて、病院の西側を南へと向かっている。JRを過ぎると、東は阿倍野区(→新天王寺区)、西は西成区(→新中央区)である。

 阿倍野区(→新天王寺区)と西成区(→新中央区)との区境は崖地になっている。御覧の通り、西成区から阿倍野区に向かおうとすると、急階段を登らなければならない。この崖に沿って区境が続いている。

 この崖を形成しているのが、上町台地である。上町台地の側が阿倍野区(→新天王寺区)で、崖下が西成区(→新中央区)となる。

 崖を降りると、木造の長屋のような建物が多い。大阪の下町だ。まだ午前中だが、酒屋では既に角打ちの客で埋まっている。崖地沿いに歩くと、崖下には飛田新地の町並みが広がっている。やはり、これも台地ではなく、崖下にあるのだ。

 区境にある崖と階段。飛田新地だけ、いかめしい塀が連なっている。普通に歩いていても、飛田新地の中は見えない。上町台地の丘から見下ろす人たちにとって、見てはいけないもの、見たくはないものなのかもしれない。

 新中央区と新天王寺区が誕生すると、このいかつい塀が自治体の境界線となる。

 さらに先に進もう。上町台地の崖はまだ続く。

 左側は阿倍野区(→新天王寺区)の大阪市設南霊園である。右側は崖地で、西成区(→新中央区)の天下茶屋の町並みが広がっている。墓場と崖に挟まれた一本道は、昼間でも気味の良い場所ではない。若い女性の一人歩きはおすすめできない。

 崖地あるある。この家は、1階の入り口は西成区だが、2階の入り口は阿倍野区である。

 歩いているうちに、区境は住宅街の中に消えた。入り組んだ路地を迷いながら、再び区境と合流したのは、聖天山公園である。上町台地の南端に位置する小高い丘である。区境は高台に沿って走り、松虫通を超えると再び住宅街の中に消える。

 南港通に出ると、やはり高台との境目に区境が走っていた。右側の高台は帝塚山で、関西有数の高級住宅地である。左側は古い木造家屋の下町が広がっている。新中央区と新天王寺区との区境は、こうした格差を象徴するような地域が多い。

上町台地を形成した上町断層の災害リスク

 余談になるが、この上町台地の西側には上町断層があることが分かっている。上町台地は昔は半島で、地盤がしっかりしているが、崖下にあたる地域は埋め立て地なので、地盤が弱く、地震では大きな被害が出ることが予想されている。

 大阪を南北に貫く溝の正体は活断層である。

 災害対策は、統治機構改革と一体不可分のものだと思う。区境沿いに走る上町断層の存在を、どう捉えたらよいのか。仮に四つの特別区に分割されるのであれば、特別区同士の連携は欠かせないと思う。

閑静な住宅地を区境が貫いている

 この通りは阿倍野区の南端に位置していて、ここから南は住吉区(→新中央区)である。新中央区と新天王寺区の区境は、南港通を東へ向かう。

 南港通沿いで見かけたポスターには「阿倍野区がなくなる?」とある。阿倍野区は特別区移行後は「地域自治区」となり、特別区としては「天王寺区」となる。

 途中、阿倍野キリスト教会で右折し、住吉区(→新中央区)と東住吉区(→新天王寺区)の区境を南へと進んでいく。

 どちらも閑静な住宅地で、この分岐の右側の道路を区境が走っている。左が東住吉区(→新天王寺区)、右が住吉区(→新中央区)である。西成区と阿倍野区の区境と違い、両者の町並みがほとんど変わらない。双方ともに閑静な住宅地である。

 区境は途中、播磨大領公園を通る。手前の木から奥に向かって、区境が走っている。左が住吉区、右が東住吉区である。

 公園のど真ん中を自治体の境界線が走っている事例はままあるものだ。特別区移行後、この公園の管理はどうなるのであろうか。

 区境はこの公園からしばらく私有地の中を進むと、東へと向きを変える。そして、長居公園北西駐車場を横切って、JR阪和線の高架に沿って南に向かう。あびこ筋に出ると、あびこ筋沿いに進み、長居公園の角で東に曲がる。長居公園沿いに東に区境が向かうと、途中で直角に南に曲がる。

 細い道に沿って区境は走る。右側は住吉区(→新中央区)、左側は東住吉区(→新天王寺区)である。

 この変は閑静な住宅地で、行政区が異なっていたとしても、町並み自体は変わらない。そのど真ん中に、自治体としての境界線が走ることになると想像してみてほしい。

 この写真は、住宅地のど真ん中を区境が走っていることを如実に表している。左側は「東住吉区公園南矢田四丁目」、右側は「住吉区苅田八丁目」である。左は特別区移行後は「天王寺区」となり、右は特別区移行後は「中央区」となる。

 こんな感じで、区境は住宅街の真ん中を突っ切る。

 大阪市内にもわずかに畑が残っていることに驚き。区境はこの畑をまたいでゆく。

 ここが境界線の南端である。つまり、大和川の堤防。

 区境は右手の工場(黒い建物)の左側を通り、大和川に抜けていると思われる。

行政区の境と特別区の境とでは大きく異なる

 行政区の境で、住民サービスの優劣はほとんど変わることはない。担当する区役所や社会福祉協議会の窓口が異なるくらいだろうか。だが、特別区の境となれば、そうはいかない。特別区の住民サービスは、特別区自身が主体的に決めることができる。首長が予算を編成し、議会はチェック機能を担う。

 首長が維新系か、共産系か、自民系かで、住民サービスの展開も異なってくるだろう。特別区の場合、財政調整制度で一定の需要に縛りがかかるだろうが、自主財源の範囲内で自由に住民サービスを展開できる。

 東京都千代田区は、新型コロナウイルス対策で12万円の給付金を全区民に支給している。お隣の中央区や文京区には同様の給付金はない。すぐ隣は12万円をもらえるのに、うちはもらえないという事態が起きる。

 そんなの、当たり前じゃん。

 そう思える人は、11月1日の住民投票では「賛成」と書くのであろう。だが、それに違和感を覚えた方は一度、その区境を意識してみてもらいたい。そこに自治体の境界があってもいいのかと。

 大阪市を廃止し、四つの特別区を設置するとは、街を四つに分断することなのだ。

大阪市の周辺市が特別区を目指す滑稽

 読売新聞が10月27日付でこんな記事を配信していた。これは面白い現象である。

 「大阪都構想」の住民投票(11月1日投開票)の手続きを定めた大都市地域特別区設置法(大都市法)には、都構想が実現した場合、大阪市に隣接する自治体も特別区に移行できる規定がある。該当する大阪府内10市の市長に読売新聞がアンケートをしたところ、守口、八尾両市長が特別区を目指す考えを持っていることが判明した。住民投票の結果は、周辺自治体のあり方にも波及する可能性がある。

 特別区移行に前向きな答えをした守口市も八尾市も、維新系の市長である。是非はともかく、そりゃあ、目指したくもなるだろう。

 大阪市の南北は市境が大きな河川になっているので、市街地が途切れていて、特別区に編入しようという意欲は薄いだろう。だが、市の東側については陸続きで、しかも大阪から広がった市街地が連坦している。つまり、都区制度の枠に入ることによるメリットが分かりやすい。

 都構想だって、大阪市を分割するから反発が大きいのであって、元々の一つの自治体がそのまま特別区に移行するのであれば、先述した街の分断は考えなくていい。

 都区財政調整制度は、都心の税収を周辺に回すことで、市域全体で平均的な行政水準を維持するものだ。だから、周辺区にとっては黙っていても交付金となって一般財源が増える便利な制度である。守口市にせよ、八尾市にせよ、市民の多くは市内ではなく、大阪市の都心に働きに出ているのではないか。つまり、大阪市の昼間人口の一角を占めている。

 現在の一般市のままでは、市民が大阪市域で働いた儲けは、個人市民税という形でしか市の税収に寄与することができない。特別区に編入することによって、大阪市の周辺市も、大阪市域から出る豊富な富の恩恵を得ることができる。とりわけ、規模が小さく、財政的にも脆弱な市にとっては、大阪都心の税収で一方的に恩恵を得ることができる。

 こんなに美味しい話はない。

 ただし、それは固定資産税や法人市民税、特別土地保有税の課税権を大阪府に譲り、自らは口を開けて交付金が入ってくるのを待つという、水槽の中の金魚のような自治体を目指すということだ。

 そんな去勢された自治体の、なにがおもろいの?

ほとんどの記事は無料で提供しております。ささやかなサポートをご希望の方はこちらからどうぞ。