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2024.04.07 徳正寺 『イナンナの冥界下り』

凄まじい舞台を見てしまった!

2024年4月7日、四条は徳正寺の本堂にて、安田登さんがイナンナを演じる『イナンナの冥界下り』を観てきた。




Twitterでたまたま上映を知った。能楽師がシュメール語で上演するシュメール神話!しかもお寺で!なんと人形と人間の劇!それにそれに女の神の話!お目目くりくりのシュメール人たち!たまらない!上映場所は…京都!行くっきゃない!…ということですぐに予約をいれた。

イナンナという名前が好き🖤今後犬猫を迎えることがあれば、絶対にこの名前をつけるだろう。子供にもつけたい^_^

イナンナは古代シュメールの女の神。天と地を統べる彼女はすべてを捨てて、神力である七つの「メ」を纏い、姉エレシュキガルの世界である冥界に向かう。エレシュキガルは激怒し、冥界の渡守であるネティに命じてイナンナからすべての「メ」を奪い取り、弱い肉(=屍)にしてしまう。三日三晩イナンナの帰りを待っていたウルクの大臣ニンシュブルは、彼女の死を察知し、神々のもとを訪れ、彼女の救出を依頼する。唯一答えてくれたエンキの爪の垢から生まれたガラトゥルとクルガラという名の精霊と共に、彼女は冥界へと向かい、病を得て伏せっていたエレシュキガルを治癒させ、イナンナも生き返る……というのがこの舞台のあらすじ。この物語は楔形文字で現代に残されている。
ちなみに、これは『イナンナの冥界下り』のすべてではなく、取り上げたのは途中までらしい。


入り口で安田登『イナンナの冥界下り』が売っていたので、購入。この本も買ってよかった。すぐ読めるのもあって、劇の合間に読んでしまった。この本と当日の安田さんの解説は重複しているところも多かったので(当然の話)、これから綴る感想に出てくる安田さんの言葉は、解説からなのか、本からなのか、自分でもわからない(^◇^;)


徳正寺の本堂

徳正寺のお堂は渋くてかっこよかった。荘厳…というのとも違うけれど、仏壇…と言ったらよいのか、あまりにも物を知らないけれども…静謐さと神聖さがあって、このお寺に生まれて、夜中にここでお祈りして、仏様と会うような体験をしたかったなと思った^_^

もちろん舞台として設えられた建築とは違うので、大きくはなく、街中のお寺らしい大きさ。そこに、絨毯に座る人、並べられた小さな椅子に座る人…全部で60名近くが、演者の目と鼻の先で、観劇することとなった。

YouTubeにあがっていた『イナンナとイザナギの冥界下り』を見たが、その時の舞台よりも、観客と演者の距離が近いように思われた。
私はこういう親密なつくりの舞台は大好きである^_^
(小さくて背もたれのない椅子で二時間観劇したので、筋肉痛になった。)

この舞台は、まず、演出が面白くて、能楽の語りで、能楽の衣装を着用し、琵琶が響くのだけれども、ダンサーの香夜子さんの衣装はシュメールのあった中東の踊り子のような…中世の欧州のような…金の刺繍の大きな布地の衣装で…かと思えば、衣装替えが頻繁にある。ちなみに香夜子さんはベリーダンスからテンポラリーまでなんでもなさるそう。

イナンナ、ニンシュブル、ネティは人形でも表現されるが、イナンナ、ニンジャブルは西洋人形のような面立ちなのに対して、ネティは日本昔話に出てきそうな赤鬼。エレシュキガルは面で、こちらもよく見ると西洋のもののようだけれども、遠くから見ると、般若のようで、恐ろしい。エレシュキガルは激怒していることが多いので、ますます般若のように見える。

太鼓が鳴り響くが、その一方でヴァイオリンも。パーカッションの担当は普段中東の音楽をなさっている森山雅之さん、ヴァイオリンはドイツのオペラのオーケストラで活躍なさっていた本郷幸子さん。
そんな混沌の美の奥には仏様が鎮座している。


どうですか?これだけで見たくなりませんか?^_^


前述した著書にて、安田さんはイナンナの死がこの劇の一番の見せ場だったらしいと書かれていたが、たしかに今回の上映でもイナンナの死に向かうまでの過程……渡守ネティが登場したあたりから、一気に盛り上がった。

大島淑男さん演じる赤鬼のネティは手拍子をしながら歌い上げる。上映前に観客も手拍子(しかも宴会風の^_^)するよう協力を要請されていたのも去ることながら、彼が登場した途端に、イナンナとのやりとりが小気味良いリズムに変わる。セリフも間も早くなる。これがなんとも可笑しさを誘う。

ネティの人形は何度も言うように、化け物みたいな怖い赤鬼。本当にこの絵文字に似ている👹 でも、ネティの立ち振る舞いが跳ねるようなので、なんだか喜劇じみてくる。

少なくとも、この舞台で一番仕事を楽しんでるのはネティだろう。イナンナは淡々としているし、エレシュキガルは常に般若顔だ。あまり楽しむということがなさそうな感じ。

ネティの登場後、イナンナは一つずつ「メ」を取られる。「メ」というのは、よくわからないけれども、シュメールの重要な概念のひとつで、今回は神力と表現されていた。イナンナは淡々としているけれども、「メ」を剥ぎ取られるときに嫌がり、全てを奪い取られた後は悲しがって、なんだかとても気の毒になってくる。無防備な少女という感じだ。この後、エンキがイナンナの救出を許諾したときには、ありがとうおじいちゃん☺️と言いたくなる。(エンキはイナンナの祖父)イナンナが復活したときも、ほっとして、嬉しくなった。

『イナンナの冥界下り』を女性のイニシエーションの寓話だとするユング派の批評があるらしい。男性社会で洗礼を受け、傷つき倒れ、復活する。この舞台のイナンナの可憐さは、女性蔑視の社会を知る前の無防備で純粋な女性…という感じもする。

香夜子さん演じるクルガラ、名和紀子さん演じるガラトゥルは、おじいちゃんの爪の垢から生まれた時思えないほど、軽やかで可愛らしかった。
かすみさん演じるエレシュキガルの周りで舞うシーンでは、この舞台をオールフィメールで見たいなあと思った。

そう、エレシュキガル! このエレシュキガルが、ものすごく、よかった! 般若のような顔で怒り狂う姿はとても魅力的で、こんな風に怒る女の人と結婚したいと思った^_^
黒い衣に身を包んだ彼女は、イナンナと違い、怒り、苦しみ、無言なら無言で何かと戦っているように見える。『イナンナの冥界下り』はエレシュキガルを讃えて終わるらしいが、このエレキシュガルを見て、それも納得した。文字で読むよりもずっと迫力があり、繊細だった。

ネティの登場からからイナンナの復活にかけて、舞台はそのすべてにじわじわと絶頂をもたらす。
an gal-ta ki gal-še3 ğeštug2-ga-ni na-an-gub
(訳:大いなる天より 大いなる地へ その耳を 立てた)
この地鳴りのようなリフレインは観客の耳にいつまでも残る。脳みその中の反響も相まって、演者たちが小さな舞台の中で動きまわる渦に巻き込まれて、観客もまた、この劇に「飲み込まれて」しまう。

本当に飲み込まれてしまう!この劇そのものが身体を通過したような、この劇を見る前と後では、同じ人間でいられるはずではない、というような、そんな感触があった。

もう……毎日見たい!毎日上映してほしい!音源だけでも毎日聞きたい!でも、やっぱり舞台がいい!
舞台ってやっぱり素晴らしいと感嘆した。肉が反応しますね。私の肉はまだ弱くないし^_^


『イナンナの冥界下り』は祝祭劇で、シュメールでは野外で、ビールを飲んで観劇していたらしい。どんな舞台だったのだろう。早くタイムスリップして見に行きたい。すくなくともこの舞台のおかげで、重要なリフレインは覚えたし^_^ お目目をもっと大きくしないと。

安田さんと大島さんの解説も興味深かった。がん患者の精神的サポートをなさっている大島さんは、『イナンナの冥界下り』をキャンサー・ジャーニーと重ね合わせるそう。
安田さん曰く、文字以前は女性の時代で、『イナンナの冥界下り』はその時の名残りがあるらしい。そして、それは『心』が生まれる以前の人間世界でもある。
イナンナが冥界へ向かう理由はなく、イナンナに何故?どうなる?と問う心はなく、恐れ知らず。

『心』は割と最近生まれた概念らしく、私はそれが興味深いと思った。心というのは、私にとって、幼い頃から興味の対象で、心がない…未来や過去がない、理由がない世界というのは、わからない。ただ、大学で学んだラカンも似たようなことを言っている。システムや言語の領域である象徴界には時間があり、感情や共感の世界である想像界や、身体や死の現実界には時間がない。何故?はない。

今回はそれを体感したように思った。もちろんうまく書けないけど!

舞台って言葉のない領域を体験することができるのね。

最後に、夢十夜の上映。おそらく安田さんのサービス。これも怖くてよかった。

今回の舞台は『イナンナの冥界下り』と言う名がついているが、シュメール語では上りも下りも同じ言葉らしい。古代では、冥界は下る場所ではなく、山のように登るところだった。それ以前は上りも下りもせず、すぐそこにあるものだった。行った人は帰って来れなかったが、その人を迎えに行った人は帰ってこれた。いつのまにか、私たち人類は冥界から絶対に帰れなくなった。

去年亡くなった父のことを思った。何故私たちは冥界とこの世界を自由に行き来できなくなってしまったのだろう。

それから、この舞台はおっかなかったので、お父さんはおっかない場所にいるのかしら…と怖くなった^_^


安田さんは徳正寺でまだまだイベントを開催なさるよう。源氏物語に関する舞台………面白そう。近く京都では、六月に瑞泉寺で豊臣秀次とその一族の鎮魂劇をなさるそう………面白そう。


安田さんは快活で愉快な方で、他の演者の方々もキャリアがあり、何より舞台を楽しんでいらっしゃる感じで、何度も言うけど、とっっっっっっっってもええ舞台でした!^_^

イナンナの人形



なんかわからんけどめっちゃ怖く撮れたイナンナ



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