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  3-❺ 決戦前夜

「いよいよ明日に迫った英インターナショナルS。今日は、有力馬に騎乗する各国のジョッキーインタビューと特集をお送りします!」

 決戦前夜の英国。
遠く離れたロンドンやバーミンガム、リバプールやエディンバラ、そしてここヨークの街の、いや、あらゆる街のパブは、
明日の世紀の対決を話題に、フィッシュ&チップスをつまみ、ギネスビールを胃に流し込みながら憩いのひとときを過ごす人々で賑わっていた。
 多くの客の視線が、店内の大型モニターに注がれていた。

「まずは1番人気が予想される地元英国のロゼッタストーンですが、状態はいかがですか?」
「そうですね。前走プリンスオブウェールズSを勝った後、少々の誤算がありましたが症状は軽く、追い切りの動きは上々で体調も一段とアップし、英ダービー馬の誇りを胸に、ここを勝って凱旋門賞へ!という気持ちです!」

 英NO1ジョッキーのラーヴル騎手が堂々の勝利宣言を行い、パブ中が拍手喝采の嵐に見舞われた。

 当初、ロゼッタストーンは6月中旬のプリンスオブウェールズSから7月下旬のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSを目指していたが、熱発で直前回避、幸いにも症状は軽く、このG1に照準を定めた。

 10戦9勝、英国現役最強馬の参戦に、英国中の人々が歓喜に沸き上がったのは言うまでもない。

「次は堂々このレースへの参戦を表明した米国二冠馬のヴァイオレットエヴァーガーデンですが、果たして芝適性はいかがなのでしょうか?」
「はい。米国のダートはとにかく馬場が硬く、パワーだけではなく、圧倒的なスピードも要求されます。いつものことですが、追い切りは必ず芝コースで行っているので、何の不安もありません。むしろ芝の方が持ち味を生かせると思っています」

 流暢な英語でジョッキーがきっぱりと言い切った。
 こちらも堂々の勝利宣言か?
パブの店内がどよめきに包まれた。 鞍上の朝日未来は、元日本中央競馬会(JRA)の騎手で、2年前に米国に移籍し大ブレイク、〝RIZING SUN〟と呼ばれる米国のホープである。

 二冠馬ヴァイオレットエヴァーガーデンは、1冠目のケンタッキーダービーこそ、首差2着に敗れたものの、未来に乗り変わったプリークネスS、ベルモントS、共にステッキいらずの圧勝を飾った、米国最強3歳牡馬である。

「次はガルデリネルジェスです。19頭の多頭数で行われた仏ダービー・・・残り300メートルまで馬群に包まれ万事休すかと思われましたが、外に持ち出した途端、残り150メートルだけで5馬身千切って圧勝を飾ったダービー馬です。状態はいかがですか?」
 答えたのは、フランスNO1ジョッキーのB・バシュロンだ。

「とにかく瞬発力は超一級品です。私が乗った過去のどの馬よりも。とにかく、全馬を射程圏に入れての追い込み勝負になると思います。史上最高のメンバー対決にふさわしいレースをしたいと思います」

 そのレース、最後の直線のリプレイ映像が放映されると、その暴力的ともいえる豪脚に、店内が一瞬静寂に包まれた。

〝こいつも強敵だぞ!〟
誰もがそう感じているのだろう。

 出走馬の紹介が続いている。
やがて、〝異国での対決!〟という特集が始まった。

 日本の天才ジョッキー大空翔馬と朝日
未来の競馬学校時代、模擬レースでの同着決着、未来の米国への移籍、翔馬の師匠の死、師に贈った魂の咆哮、実現した異国での親子対決、そして永遠のライバルとの対決・・・これらの特集に人々の視線は釘付けとなっていた。

 そして、最後に紹介されたのが、日本からやってきたG1馬だった。

「最後に、今世界で1番注目されているジョッキーが騎乗する日本のゲメインシャフトです。前走のダービー・・・あの不良馬場を豪快に追い込んでの2着、そして2000メートルのG1を2勝・・・適距離と睨んでの参戦でしょうか?」

「そうですね。距離に関してはベストだと思います。そして、この仔の母親がフランスで生まれ、その父親は皆さんが良く知る英ダービー馬のモティヴェーターです。どうしても英国で走らせたかったんです。彼自身が故郷に戻ったつもりで走れば、好勝負になるのではないでしょうか?」

 翔馬の茶目っ気たっぷりのコメントに店内は歓声で溢れ大盛り上がりとなり、
明日を待ちきれずにギネスビールを掲げながら、日付が変わるまで飲み明かすのであった。

 夜は、まだまだ長い。
空には数多の星が瞬いていた。


 ロゼッタストーンも、ヴァイオレットエヴァーガーデンも、ガルデリネルジェスも、他の出走馬も、もちろんゲメインシャフトも明日が決戦だ!と分かっているのだろう、既に眠りに就いていた。騎手も関係者も例外ではない。
 しかし、この2人は未だ眠れずに時を過ごしていた。

 翔馬は未来の事を考えていた。
「俺、あの夢を見たんだ!」未来は笑って、翔馬にそう告白した。
「本当に?」「ああ!」

 そうか・・・それであんな快挙を達成したんだな!さすがだな!
「お前も早く見れるといいな!」

 これは、挑戦状だ!永遠の好敵手からの。
「ああ!明日は・・・負けない‼︎」

 2人はがっちりと握手をした。
〝前にこんなことあった気がしたなあ〟
たくさんのインタビューアーに囲まれて、眩いほどのフラッシュが焚かれた。

 国は違えど、やはり競馬に国境はなかった。
 米国でも、日本でもない、英国での未来との対決。

 翔馬は時の流れに感謝した。
首にかけられた、師の一片が収められた、大切なお守りに手を添えた。

〝早く眠れ!〟
師匠の声が聞こえたような気がした。


 未来は翔馬の事を考えていた。
師の病状を知りながら、天皇賞春、安田記念を勝った精神力。そしてあのダービー・・・。コンマ何秒でも察知するのが遅れたならば、大事故になっていたはずだ
。あの映像を見た未来は、思わず唸った
。見事な観察、対応、集中力。やはり俺が唯一目標としている騎手。

 何よりも未来には気になった事があった。

 安田記念の最後の直線、翔馬の背中に光り輝く何かが見えたのだ。絶対に太陽の反射光ではなかった。翔馬の背中だけが光輝いていたのだから。
 それに、きれいな彼女も掴まえたし。女音痴のあいつがなあ・・・。まあ、俺はまだいいかな?最近、調教師の孫娘がいやにちょっかい出してくるけどなあ。

「未来、彼女いないよね?」
「いるわけないやろ!男4人でハウスシェアしてるのに!」
 なんで喜んでるのか知らんけどって、お前中学生になったばかりやないか!

 しかし・・・明日は、いやもう今日か。
正に史上最高のメンバーが揃ったな。みんな芝適性気にしているけれど、まあ見てろよ!

 未来は、力が漲ると眠れるタイプなのだ。これこそが、〝RIZING SUN〟と呼ばれる所以である。

 決戦は、刻々と近づいている。

決戦前夜・・・星降る夜。

PS・・・いつもお目に留めて頂き、心より感謝致します🥲次回配信は、10月25日水曜日午前8時です。世紀の一戦がいよいよ始まります🐴💨🔥さあ、スタート!
ではまた、来週お会いいましょう👍

        AKIRARIKA

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