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第4章 4-❶ 祈り

 激しい波が打ち寄せていた。
四国は高知県の足摺岬、日本最大級の白亜の灯台のすぐ側にその場所はあった。

 耳を澄ませば波音が聞こえてくる。
しかし、その波を打ち消すかのように響き渡る僧侶の読経•••寺院では故人の四十九日法要が執り行われていた。

 数多くの競馬関係者や友人達が故人を偲んでいた。
 納骨が終了し、彼女と彼女の両親が眠るお墓には、たくさんの供花が供えられた。

 今はただ、彼女の魂が彷徨うこと無く
両親の元へとたどり着き、そして願わくば、彼を守り続けてくれる事をすべての出席者が切に願っていた。

 会食の席には、土佐名物の皿鉢料理の大皿が何皿も並べられていた。
 寿司や焼き物に、カツオやクジラ、鯛などの刺身、豪快な伊勢エビ等、新鮮な海産物がこれでもかと盛り付けられ器を彩り、所狭しと並べられていた。

 代理人の挨拶が終わり、各々が豪快な料理に箸を付け始めた。

 住職の計らいではなかった。
本来、この法要を取り行うべきの彼が
代理人に依頼したのであった。無論、代理人とは彼が心底尊敬する天才騎手である。

 彼から手紙を受け取った代理人は、彼の留守を全力で守る決心をした。
 朝日師、冨士原師、八木師、彼の親友の翼、バレットの歩夢、そして彼のマネジメント会社と密に連絡を取り、彼の帰りを待つ事にした。

 マネジメント会社には、段ボールにして何十箱分の彼宛の手紙が届いていた。

 願いは、1つであった。

 本来ならば、彼は神戸新聞杯翌週に開催される凱旋門賞を含むG1レース参戦の為に渡仏する予定であった。しかし•••。

 誰もが、悲観に暮れる彼を守ろうとした。笑顔を作る彼の姿が余計に痛々しく感じた。やがて、彼は姿を消してしまった。
 あの悲しい事故を引き起こした轢き逃げ犯が2週間前に捕まった事を彼は知っているのだろうか?

 彼が心を込めて書いたのであろうその手紙は、彼の優しい人柄で溢れていた。
 たくさんの感謝と、そして強い意志と

 代理人は、精一杯代役を勤める決心をした。

 ストロングクーガーに騎乗し、セントライト記念勝ちのジャンヴァルジャンとの息もつかせぬ叩き合いの末、首差で菊花賞を制した時、彼の親友とがっちり握手をした後、
「お前の代わりに勝ったぞ!早く戻って来いよ!」と、大空に向かって叫んだ。

 ゲメインシャフトが、あの史上最強のメンバーが揃った激戦の天皇賞秋を、4㎝差で制した時は、
「きっと•••彼が後押ししてくれたんだと思います」と、涙に暮れた。

 その2日後に渡豪し、ブレストファイヤーと臨んだメルボルンカップを5馬身差で圧勝した時には、
「本来、この馬に騎乗する予定だった騎手が、この世界のどこかで羽を休めています。いつかこの競馬場に彼が訪れる事をみんなで祈ってください!」と訴えた

 やはり、競馬に国境はなかった。
豪州のファンも彼の帰りを祈ってくれたのであった。

 思いに耽る彼のグラスにワインが注がれた。正面に座る、不在の彼の親友であった。
 考えている事は同じなのであろう••• 2人は互いに目を見合わせて、杯を酌み交わした。

〝翔馬•••早く戻って来いよ。人も馬もお前がいないと寂しいんだからな!〟

 法要が終了し、一行が貸切バスに乗る為に寺の山門に向かおうとしたその時、
皆の目が1人の修験者らしき者の姿を捉えた。
 彼は、門前で一礼をし歩みを進めて来た。
 若き青年の精悍な表情••• 八十八ケ所巡りであろう。
 どのような思いを背負い、歩き続けているのであろうか。

 彼らは、身が引き締まる思いで、遍路を続ける青年のその背を見送った。

 PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝致します🥲🥲次回配信は12月20日水曜日午前8時です。翔馬はどこに行ってしまったのか?それでも、競馬は、サラブレッドは走ることをやめるわけにはいかない🐴💨🔥世界の名馬達の動向が!!早く戻って来い大空翔馬!🥺🙏

 それではまたお会いしましょう!

          AKIRARIKA

 この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇