第三話:転職の街へ行こう!

 ひどい目にあった魔王軍イケメン集会から三日。私はミナの部屋に呼ばれていた。
 なんでも「私の部屋でお茶会しましょ!」とのことで最初は却下したのだが――。
「それなら、私の水晶玉で勇者様を眺めながらお茶会しましょう?」
 という言葉にあっさりつられたのである。
「ミナ、入るよー」
 ミナの部屋は相変わらずでかい。庭には馬もグリフォンもいる。
 庭で動物? 魔物? と遊んでいたミナが笑顔でこちらにやってきた。
「ルナ様! いらっしゃいませ! 今日はふたりっきりでお茶会楽しみましょうね!」
「はいはい、勇者様を見せてくれるんならね」
「もー、ルナ様は勇者様ばっかり。ちゃんと私のことも見ててくださいね?」
 あごをミナの方に向けられ、涙目のミナにじっと見つめられる。
 人生初のあごクイを女に奪われるとは――。
「と、とにかくっ! 私は勇者様が見たいの! はよはよ!」
「んもう、今お茶をいれますから、そこで座って待っていてください」
 テキパキと準備を整えるミナ。
 私はぼんやりと座ったままテーブルの上を見た。魔法の水晶玉――。便利なものがあるもんだ。
「さぁ、お茶にしましょう。ルナ様」
「いいわよねー、この水晶。私も貰おうかなぁ」
「これは監禁されて孤独に苦しむ私のために魔王様が下された、大切なものですわ」
 ――孤独ってアンタここの生活満喫しまくってるじゃん。
 まぁ、細かい事はいいわ。今はとにかく勇者様よ。
 ミナが水晶玉に手をかざすと、透明だった水晶の中に映像が浮かび上がる。あれは――。
「ああっ! 勇者様っ、今日も素敵っ!」
「やん、そんなにくっついたら恥ずかしいですルナ様ぁ」
 勇者様の姿に思わず身を乗り出した私がミナに密着する。
 けれど私はそんな事お構いなしに水晶の中をガン見した。
「勇者様のパーティー、勇者様以外女三人、しかも結構顔が良い……勇者様ってば! 私というものがありながらー、くやしー!」
 目に涙を浮かべて水晶を見ていると、突然女の中の一人の姿が変わった。
 今まで甲冑を着て戦士のような雰囲気だったが、拳法着のような出で立ちになったのだ。
「ミナ、なんか急に女の見た目が変わったんだけど、ナニコレ?」
「ルナ様、これは転職ですわ。勇者様は今転職の街にいらっしゃるんですねー」
 あー、そう言えばゲームの中にもあったなぁ、転職。そうか、転職、転職……。
「はっ!? もしかして私も転職したら魔王の娘辞められるんじゃ!?」
「えー、どうなんでしょう? 魔王の娘ってそんなサクッと辞められますかね?」
「なんでも物は試しよ! 今から転職の街いこっ!」
「ええー、お茶会の途中なのにぃ」
 しぶるミナをなんとか説得し、私たちはグリフォンに乗り転職の街へ向かった。
「ここが転職の街かぁ、確かに色んな職業ついてるっぽい人多いね」
 街を軽く見て回る。すると、すぐに転職ガイドブックが見つかった。
 戦闘系の仕事がほとんどだと思ったけど、村娘とか鍛冶屋とか色々な仕事があった。
「えーっ、何にしよう。迷っちゃう! でも勇者様と接点のある職業がいいわよねー」
「ルナ様ならどんな職業についても素敵ですわ」
 勇者様と接点、どんな職業が良いだろう? 私の中で妄想が暴走する。
 妄想その1。
 村娘になって勇者様に守ってもらう。
「きゃああ!? 魔物が攻めてきて!」
「美しい村娘さん、大丈夫か? ここはこの俺に任せるんだ」
「ああん、勇者様、す て き!」
「そんな事はない、君のほうがずっと素敵さ。さあ、おいで……」
 妄想その2。
 バトル系の職業について共に戦う。
「勇者様、魔物に囲まれましたわ!」
「武闘家の君と俺がいれば問題ない、背中は任せたぞ」
「はい、全力でお守りいたします」
「俺も君を守るよ。いつ、いかなる時だってね」
 妄想その3。
 神官系の職業について勇者様を心身ともに癒してあげる。
「勇者様、ひどい怪我ですわ。すぐに治療して差し上げます」
「ありがとう。俺の傷を癒してくれるのは君だけだよ」
「勇者様のどんな傷だって、私は全力で治してみせますわ」
「それなら、俺の心の傷も癒して欲しい。君が、欲しい……おいで」
「あっ、勇者様、ダメ、そんな……でも、勇者様なら……」
 妄想その4。以下略
「ああん妄想が捗る! 限界オタクの血が騒ぐ! 勇者様ぁ!」
「妄想はそこまでにして、とりあえず転職をさせてくれる神殿に行きましょう、ルナ様」
 ミナに促され、私たちは街の中心にある転職神殿へ向かった。
 神殿の中は人々でごった返している。皆色々な職業につきたいのだろう。
 私たちは混んでいる神殿で待たされて、ようやく私の順番が回って来た。
 転職神殿のせまい一室に通される。そこには眼鏡をかけた神経質そうな男がいた。
「えーっと、ルナマリアさんですね。この度は転職をご希望で」
「はい! よろしくお願いします!」
 向かい合って座ると、早速単刀直入な質問がやってくる。
「で、ルナマリアさんの今までのキャリアは?」
「え、キャリア……えっと、無職、です……」
 まさか魔王の娘ですと言う訳にはいかない。私はしどろもどろに答えた。
「無職なの? えーっとじゃあスキルや資格は? 何があるの?」
「その、魔法を少々……。大したものではありませんが」
 フルバーストフレア撃てます、なんて言うわけにもいかず私は口ごもる。
 面接官と思しき男は眉間にシワを寄せてあからさまにため息をついた。
「はぁ……じゃあキャリアにならない程度でも、ジョブ歴、職歴は?」
「……ないです」
「ないの? あのさぁ、君って今まで何してきたの?」
「ええっと、その、家にこもっていたというか」
 目覚めたら魔王城にいて魔王たちに振り回されてました。といって驚かせてやりたい。
 どうにもこの男の態度は私の神経を逆なでする。
「学歴は? 魔法使えるんでしょ? 魔導学院とか、そういうの」
「いや、それもないです……」
「ええっ、何にもないの? 転職出来るかなぁ……ちょっと難しいかも」
 ここ、なんか思ってたのと違う。これになりたいです! って言えばサクッと転職させてくれるのかと思ってた。これじゃ現実世界の職安じゃないか。
 男は大げさにため息をついたあと「まぁ、とりあえず転職の儀式をする神官に書類回しておくから」と言って私を手で払う仕草をした。このやろう、フルバーストフレアかましたろか。
「……ありがとうございます」
 すべては転職のため、私はあらゆる感情を抑え込んで一礼して部屋を出た。
 待っていたミナの隣に座って、私は大きく息をはいた。
「ルナ様、お話どうでしたか?」
「なんか予想以上に厳しそう。疲れた……」
 こんな感じで無事に転職出来るのだろうか。
 なんとしてでもこの魔物ユニットの身体を変えて、勇者様と出会ってもエンカウントしない体質にしたいのだけど――。
 頭を抱えていると、広間に私の名前を呼ぶ女性の声が響いた。
「転職でお待ちのルナマリア様、ルナマリア様はいらっしゃいますか?」
 呼ばれたって事は転職出来る!?
 私は慌てて立ち上がった。
「はい、私がルナマリアです! あの、呼ばれるって事は転職出来るんですか!?」
「詳しいお話は奥のほうでいたしますので、こちらへどうぞ」
「はいっ! それじゃあ、ミナ、行ってくる!」
「良い結果になりますように。行ってらっしゃいルナ様」
 神殿の奥に通される。水晶で見たような景色。石作りの小さな宮殿のような場所だ。
 同じく石作りの椅子を勧められて座ると、向かい合って神官が座る。
「書類は拝見させて頂きました。申し上げにくいのですが、転職でも選べる職業がございません。ひとつだけ、転職可能な職業がございます」
 ひとつだけか、現実は厳しい。それでも魔王の娘を辞められるなら――。
「それで、そのひとつだけというのはどんな職業ですか?」
「村娘(モブ)になりますね」
 村娘! 勇者様との妄想にも使ってた職業じゃん、ビンゴ!
 でも、(モブ)って一体――。
「あの、村娘と村娘(モブ)って何か違うのでしょうか?」
「はい。村娘(モブ)は決まった台詞しか喋る事が出来ません」
「決まった、台詞……。どんなものですか?」
「例えば始まりの街に務める村娘(モブ)の場合、『ここは始まりの街です!』としか喋る事が出来ないのです」
 はぁーーーー!? それじゃあ勇者様とロマンスなんて生まれるわけないじゃん!
「あの、ピンチの時とか何か有事の際は何か言えたりします?」
「いいえ、『ここは始まりの街です!』としか言えません」
「ええっ……」
 どうするどうする!?
 定型文しか喋れない人間か、出会うとエンカウントしてしまう魔王の娘か――。
 悩んでいた私に、神官が鶴の一声をかける。
「半年後には経験を積んで普通の村娘になれますので、少しの辛抱ですよ」
「半年の我慢……わかりました! 私、村娘(モブ)になります!」
「では早速転職の儀式を――。っ!?」
 立ち上がりかけた神官の顔色が一瞬で変わった。
 私を見て、神官が数歩後ずさる。
「あ、あなたの職業はとても人間に変えられるものではありません……。魔物、それも魔王の娘だなんて――!」
 ヤバい、転職前に隠していた職業を魔法か何かで確認されたのか、バレてしまった!
「衛兵! 衛兵たちを呼んでください! 魔物です! 魔物が入り込んでいます!」
 騒ぎ出す神官。これはまずい!
 私は慌てて宮殿を抜けると、待っていたミナの手を掴んで駆けだした。
「ミナ、逃げるよ!」
「やん、恋の駆け落ちですわね?」
「そんなんじゃなーい!」
 衛兵に追われながら、私たちはなんとかグリフォンに乗って魔王城に帰った。
「バカじゃのー、娘よ。お主は血の一滴まで魔族なんじゃから、人間の転職など出来んわい」
 帰ってクソ親父に事情を問い詰めると、笑ってそう言った。
 ちくしょう、いつか絶対エンカウントしない職業に転職してやるー! 勇者様ーー!!

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