第一話:魔王の娘になりまして!

 身体が軽い、心地良い。まるで海の中を漂っているみたい。
 すべてが溶け出して大きな何かとひとつになっていく不思議な感覚。
 とっても幸せな時間、ずっと続けばいいのに――。
 でも、起きなきゃ、学校、学校が……。
「はっ!? 学校! 遅刻!? って、アレ?」
 目覚めた私はまったく知らない空間でベッドから身を起こしていた。
 そもそもうちは布団だ、こんな大きなベッドなんてない。
 天蓋までついている。ただ――。
「全部真っ黒……。ベッドも部屋も家具もぜんぶ……ここは、どこ? 私、まだ夢の中にいるの?」
 広い部屋だ。旅館の宴会場とか、それくらいの大きさがある気がする。
 不意に自分の髪の毛が腕に触れて気付く。私はこんなに髪が長くない――。
「えっ、なにこれ!? 髪ながっ! っていうか銀髪!? どうなってんの!?」
 真っ黒な部屋を見回すと、部屋の片隅に鏡が置かれていることに気付いた。
 私は溺れそうになるくらい柔らかなベッドから飛び出して、鏡の前まで走った。
 え、これって――。
「銀髪!? ロング!? ってか目が赤い! 黒目の部分が赤い!? どゆこと!?」
 キャミソールドレスのような服から覗く肌は真っ白で、銀髪赤目。
 透き通るような美しさで、これが自分かと戸惑ってしまう。
「めっちゃ美人……って黒髪ショートボブの私が寝起きにこんなお姫様みたいになってるワケないっての。徹夜でゲームし過ぎておかしくなったかな。さすが限界オタク。とりあえず目を覚ませっと! いったぁ!?」
 私が突然こんな美しい姿にメタモルフォーゼするわけがない。
 目覚めの一発のつもりで軽く自分の頬にビンタをすると、物凄く痛い。
 なんだろう、パワーが満ち溢れているみたいな……。
「夢、じゃない……!? どうなってんのよ、これ!? えええっ!? えええええっ!?」
「おや、姫様お目覚めですかのぅ」
 部屋の隅で扉が開く音と、妙に乾いた声が聞こえてきた。
 姫様って……ますますわかんない。とりあえずこの人に話を聞いてみて……って!
「骨!? 骨が喋ってる!?」
 そう、入って来たのはマントやゲームの学者のような服をまとった白骨。骨なのだ。
「ほっほっほ、驚かせてしまいましたかな? 私は魔王サダキヨ様に仕える参謀、スカル宰相でございます。お見知りおきを、姫様」
「骨がなんか言ってる……魔王とか何!? え、ヤバイ? いやどう見てもヤバイよね?」
 大掛かりなドッキリでも仕組まれたのだろうか。
 それにしたってどう見ても骨のこいつ――スカル? が滑らかに動いて喋って。
 こんなものどうやったって合成やCGじゃ作れないでしょ……。
「今から姫様の御父上、魔王様にお目通りいたしましょう。さあ姫様、こちらへ」
「はっ!? ちょっと待ってなんで私の父親が魔王なってんのよ! うちの親父は冴えない地方公務員だっての!」
「まぁそれはおいおいお話しましょう。まずは魔王の間に参りましょう」
「おいおいって言われても……。ちょっと! 待ってよ!」
 歩き出したスカル宰相に慌てて付いて行こうとして、服装に悩んだ。
 と、鏡の横に一着のドレスがかけられていた。かなりミニスカだけど……今の服装よりはマシ。
 ミニスカートに黒のドレス。肩も露出していて落ち着かない。指先まである袖。
 これが私の姿というか、ユニフォームなのだろうか、ううーん。
 納得出来ないことだらけだけど、ここにいても仕方ない。私はスカル宰相を追いかけた。
「ここってなんかヤバくない? 廊下も暗くて薄気味悪いし、そこら中趣味の悪い置物あるし」
「ほっほっほ、なにせここは魔王城ですからなぁ、それっぽくしないとですじゃな」
「それっぽくって……いいの? そんないい加減で」
「なんくるないさぁ」
「緩い、緩いわ魔王城……」
 何か微かなデジャヴを感じる――。
 そうだ、この風景この感じ、私が夜寝る前にやってたゲームにそっくりなんだ。
 勇者クエストってゲーム、勇者様がめっちゃイケメンで……。
「ねぇねぇ、勇者ってこの世界には居るワケ?」
「もちろんおりますぞ、そこのところも御父上に聞かれると良いでしょう。さぁ、着きましたぞ」
「うわっ、でっかい扉……。どんだけ大きくすれば満足なのよ、デカすぎでしょ」
 見上げるほどの大きさがある扉が目の前に現れた。こんなもんどう開けるのよ……。
 私が疑問に思っていると、スカル宰相がおもむろに扉に、その向こうに声をかけた。
「魔王様、魔王サダキヨ様。姫様を、ルナマリア様をお連れしましたぞ」
「ルナ、マリア? 私、そんな名前なの!? 聴いてないんだけど!」
 私は井上瑠奈って名前なんだけど――。なんでファンタジックに改名されてるん?
「入るがよい」
 地面を震わすような重厚な声と共に、魔王の間に続く大きな扉が開く。
 中から冷たい空気が溢れ出し、私はぶるりと身を震わせた。
 この先に、魔王がいる――。
 前を歩くスカル宰相に続き、緊張する身体を引っ張るようにして歩く。
 巨大な玉座に腰掛ける巨大なシルエット……。これは――おじいちゃんじゃねーか。
 この白ひげを伸ばしたおじいちゃんが魔王?
「よく来たな、我が娘ルナマリアよ」
「あー、あのー。娘になった覚えはないんだけど、どういうことか説明してくれます?」
 私の問いかけに、魔王はカッと目を見開いて言った。
「買った!」
「はっ!?」
「2000ゼニーでお主の家族からルナマリアを買い付けた!」
「勝手に買い付けて魔王の娘に魔改造すんじゃねーよクソじじいっ!!」
 買う方も買う方だけど、売る方も売る方である。でも、もしかして――。
「ま、まさか無理やり脅して買ったんじゃ!? 両親にひどいことしてないでしょうね!?」
「ゼニー出したらこれは珍しいって喜んで売ってくれたぞよ」
「あー! こっちの親もあっちの親もクソばっかじゃねーか!」
 確かに半引きこもりゲーム限界オタクの私はお荷物だったでしょうよ!
 でも売るか普通!? しかもこんな怪しげなじじいに!?
「とにかくっ! 私は魔王の娘なんてやる気ないから! なんなら勇者様ラブだから! 悪いけど出て行くから、他を当たって!」
「ルナマリア様、そうは行きませんぞ。もう姫様は立派な魔物ユニットですじゃ」
 スカル宰相が骨だけの指を上げて言った。魔物、ユニット?
「それってどういうことよ? 私がやる気ないならそれでおしましでしょ?」
「いいえ、魔物ユニットである姫様が勇者と出会うともれなくエンカウントしますじゃ」
「ふざけんな、なんとかしろそのクソシステム!!」
「ちなみにこれが我らの宿敵、勇者じゃ」
 魔王がそういって中空に指を差し出すと、その先に映像が現れた。
 魔力かなにかで映し出しているのだろうか――。その先にはエメラルドグリーンの髪をしたスタイリッシュイケメン勇者様の姿が!
「ああ、勇者様イケメン! ゲームで見るよりリアルが素敵!! アリよりのアリ過ぎて最の高!!」
「でも出会うとエンカウントですじゃ、ほっほっほ」
「今すぐなんとかしろ、骨ぶち壊すぞコラ」
「娘よ、一度真っ黒に染めたキャンバスはもう戻らないのじゃ」
 魔王が得意げに言うと、スカル宰相もうんうんと頷いた。こいつら……!
「戻せ戻せ真っ白に戻せてめーら!」
「もう血の一滴まで立派な魔族、それも魔王の娘じゃよ、ルナマリア」
 たった一晩でゲームの一プレイヤーから魔王の娘……。
 あまりのことにガックリとうなだれていると、魔王サダキヨが楽しそうに言った。
「そんなに嬉しいか、娘よ。そなたには魔王軍でもごく一部しか使えない最強魔法『フルバーストフレア』を使えるようにしてあるからの、喜ぶが良い。これも娘のため……」
「フルバーストフレアーーーー!!」
 クソ親父の説明が終わる前に、私は両腕を突き出しフルバーストフレアを繰り出した。
 巨大な火球が私の腕から発射される。
 魔王に直撃したフルバーストフレアが、派手な音を立てて煙をあげた。
「ざまぁみろクソ親父ー!」
「むはははは、ルナマリアはおてんばじゃのう」
「ええっ!? 全然効いてない!?」
 煙の向こうには先ほどと何一つ姿の変わらない魔王が。
 なんてこったあんな派手な魔法で傷のひとつもおってないなんて――。
「ほっほっほ、魔物ユニットは魔王様に傷なんてつけられませんぞ」
「あーもーこの呪いのシステムなんとかしろや!」
 私はスカル宰相をガクガクと揺さぶりながら抗議した。
 骨が今にも折れそうにガックンガックン動くのは気持ちが悪い。
「そもそも魔王軍なんて解散すればいいじゃん、解散解散!」
「それは出来ぬのう。我ら魔王軍と勇者には切っても切れぬ因縁がある」
 魔王サダキヨが重々しく口を開いた。因縁? そんなものゲームにあったっけ――?
「実はな、勇者の父が崖から落ちて行方がわからなくなっておる」
「はっ? それってただの事故なんじゃないの?」
「うむ、そうじゃ。だがせっかくだからそれは魔王の仕業ということにしたのじゃ、ぬはははは!」
「あー! 自分から悪名を買うんじゃねークソ親父ー!!」
 憎い、さも楽し気に笑うこのじじいが、憎い!
 ひとしきり笑ったサダキヨが、そうそう……と言いながら居住まいを正した。
「もうひとつ因縁があっての。これはルナマリアが目覚めたら手伝いを頼もうと思っていたのじゃが」
「悪の手先になってたまるかバカ野郎」
「まぁ聞け。我々魔王軍は大神殿の聖女をさらって来ておる。勇者はそれを取り戻すために我が魔王軍に向かって来ているとも言えるのじゃ」
 あー、そういえばそんな設定あった気がする……。
 でも、聖女の誘拐と私の手伝いってなんか関係あるのかな?
「聖女は誘拐され孤独と不安に苦しんでおる。歳の近いお主が相談役になってくれればと思ってのう」
 聖女の相談役――。もしかしたら聖女を逃がすことが出来るかも!?
 そしたら魔王軍と勇者様の因縁も減るし、勇者様にとって私のポイント爆上がりでは!?
 どん詰まりだった私の道筋に光が差し込んできた気持ち!
「やるっ! そういうことならやるわ!」
「おっ、急にやる気出すのう。よしよし、では聖女のもとに案内するぞ」
「そのクソでかい身体で魔王城の中歩けるわけ?」
「問題ない」
 そういうと魔王はシュルシュルと縮んでいき、あっという間に普通の人間サイズになった。
「いや小さくなれるなら最初からそのサイズでいろよ! でかくて邪魔くさい!」
「いやいや魔王たるもの大きく構えんとなー」
「大きく構えるって(物理)じゃなくて心の持ちようだろ……」
 まぁいい。今はこんなクソ親父に構っている場合ではない。
 いち早く聖女と合流し勇者様のお気に入りにならなくては。
 サダキヨと共に魔王の間を出ると、しばらく歩いた。相変わらず趣味の悪い城だ。
 掃除も行き届いていないように思える。
 広い魔王城をしばらく歩くと、魔王城に似つかわしくない柔らかな陽射しの差し込む一角があった。
「あそこじゃ、聖女はあの一室に住んでおる」
「乱暴なことしてないだろうな、クソ親父?」
「当然じゃ、聖女は我らが賓客として遇しておるわ。聖女殿、入るぞよ」
 魔王がノックをして部屋を開けた。これまた広い。私の部屋と同じくらいだ。
 違うのは私の部屋は全部黒づくめ、こっちの部屋はほとんど白づくめってことか。
 あとは大きな庭に面しており、馬なども見て取れた――って。
「いいの? これ。普通に聖女逃げるんじゃない?」
「そんなことないぞよ。さて聖女殿はどこかのう」
 そのとき庭の方から大きな翼がはためく音が聞こえた。音のほうに視線を向けると、巨大なワシのようなものに乗った女の子がいる。あれが聖女だろうか。
 聖女は乗っていた動物……魔物? をひとなでするとこちらにやってきた。
「サダキヨ様、ごきげんよう。ちょっとグリフォンでお空の散歩に行ってました」
「むはははは、それはよい。気晴らしになったじゃろう」
 これが孤独と不安に苛まれている聖女? めちゃくちゃ自由じゃねーか……。
 てか空飛ぶ魔物手懐けてるんならそれ乗って国に帰れよ。
「あら、サダキヨ様、こちらのお方は?」
「紹介しよう。ワシの娘、ルナマリアじゃ。お主の相手をするように命じてある。ルナマリア。こちらが聖女シエミナ殿だ」
「はぁ……」
 檻のような牢獄で閉じ込められた悲劇のヒロインを予想していた私には、自由過ぎる姿に頭の整理が追い付かない。
 シエミナと呼ばれた聖女は一歩前に踏み出して私をじいっと見つめた。
 美しい金髪を腰までのばした、目の大きな綺麗な子である。年齢は確かに私と近そうだ。
「ルナマリア様、とっても素敵なお方……ドキドキしちゃいます。宜しくお願い致します」
「ルナでいいよ、えーっとよろしくね、シエミナ」
「ルナ様ですね。それなら私もミナで結構です。ルナミナですわね」
 にっこり微笑んで、ミナが私の手を取った。さらに一歩近づいてくる。
 距離が、近い……しかもなんか頬を赤らめてるし、まさかこの子――。
「い、一応言っとくけど私はノーマルだから!」
「はい。私はややアブノーマルでございます」
 こいつ、さらりといいやがった。
 ぎゅっと力を込めて握ってくる手を振りほどいて、私は一歩後ずさる。
「それで、聖女殿はどこに行ってきたのじゃ?」
「はい、魔王軍によって存在が消された街まで」
 存在が消された街――?
 このおとぼけ魔王ですら、やはり善良な人々を滅ぼすのであろうか。
「おい、クソ親父。存在が消された街って……まさか……」
「過疎化が進んでおったから、村の住人に介護施設の整った新しい街を与えてもとの街を街ごと買収したのじゃ。それを魔王軍が存在を消したということにしてのう」
「だから悪名をわざわざ買うんじゃねー!」
 このクソ親父、さらっと自慢げに言いやがった。
 それにしても、実はこの魔王軍結構無害なのでは?
 だとしたら勇者様ともわかりあえるかも――。
「まぁまぁ娘よ、ワシもいつまでもせこい事をしててもなぁと思っての。今度はちょっくら街に隕石召喚魔法で隕石を落とすことにしたんじゃよ」
「はっ!? とんでもねーこと計画してるんじゃねーぞ、やめろ!」
 私がクソ親父の胸倉を掴むと、魔王はすねたような顔をして言った。
「えー、でももう隕石呼んじゃったもーん。今日中には落ちるでな、ぬはははは!」
 こいつはー、しれっととんでもないこと言いやがって!
「どこだ!? どこの街に隕石を呼んだんだ!?」
「夜の街イトナムじゃよ、人間の欲望渦巻く街じゃ」
 夜の街イトナム、うわあ、助けたくない名前。滅んでもいいんじゃ……。
 ってそうはいかない! 思いなおして私は聖女――ミナに言った。
「ミナ! イトナムを助ける! あのグリフォンってやつでイトナムまで飛んで!」
「まぁ! ルナ様は魔王の娘なのに人間のために戦うのですわね、なんだか運命を感じますわ。相反するものをもって葛藤する美少女……素敵ですわルナ様」
 目をキラキラさせたミナがじっと私を見つめて来る。
 もうそっちの方向に行くのはいいからと私は半ば強引にミナの手を掴みグリフォンのもとに向かった。聖女は「ああん、強引なところも素敵……」と言いながらついてくる。うーん……。
「おおい、ルナマリア、シエミナ殿!」
 そんな背中に魔王の声が聞こえた。
「止めるなクソ親父! 私は街が滅びるのを黙って見過ごすわけにはいかない!」
「夕飯までには帰ってくるんじゃぞー」
「だまれこのバカ! すべての元凶が!」
 クソ親父を一喝して、ミナを前に、私が後ろにという形でグリフォンの背に乗る。
 フワフワで毛並みがよい。よく手入れされているんだろう。
 ミナは「しっかり捕まっててください」と言ってグリフォンの手綱を握った。
「勢いだけで言っちゃったけど、冷静に考えたらこんな鳥の背中で空飛ぶのか……。え、マジ怖いんだけど」
「行きますわよ~」
「待った! しっかりつかまる! よよよ、よろしく!」
「あん! ルナ様ってば大胆☆」
 くっそー、こっちの気も知らないで。私は高所恐怖症なんだよー!
 とにもかくにも、ミナの命令でグリフォンが空を飛んだ。たたた、高いー!
 それに速い! 本当にこれならいつでも国に帰れるだろうに……。
「ミナ、あなたどうして魔王城から抜け出さないの?」
「えへへ、ルナ様にだけは本当のこと教えちゃいますね。私、大神殿のつまらない生活に飽き飽きしてましたの。そうしたら魔王城に連れてこられて……毎日が楽しいですわ。それに、ルナ様とも出会えましたし、もう帰る気なんか微塵もありません!」
 あちゃー……こりゃダメだ。どーやって説得しよう……。
 私が頭を悩ませている間に、グリフォンが高度を落とした。眼下に街が見える。
 あれがイトナムの街か。魔法なのかどうやっているのかわかんないけど、ネオンライトみたいのが昼間でもゴテゴテに光っている趣味の悪い街だ。
 グリフォンを近くの森に着陸させて、森の奥に隠れさせる。万が一グリフォンが襲われてしまっては帰る方法がないのだ。
「行きましょう、ルナ様!」
 ミナと共に街に入る。妙に甘ったるい匂いがあふれる街は、昼間から客引きのお兄さんお姉さんがウロウロしていた。本当に治安の悪い街だ……。
 空を見上げると、光輝く一際大きな星が見えた。星にしか見えないが、あれが隕石だろう。
「皆、あれが見える!? 魔王がこの街に隕石を呼んだのよ! 逃げて!」
「皆様、どうか避難してください、ここは危険です!」
 私とミナが勧告をするが、誰も聞き入れない。少し空を見上げて、ああ星が近いなどと言って去っていくだけだ。くだらないと嗤っている人も多い。けど、だんだん隕石は接近してきていた。
「ほら、どんどん大きくなってる! 早く逃げないと!」
「万が一あれが隕石でも心配ないさ。なんせ今この街には勇者様が来てるんだからな」
 道行く人のひとりがそう言った。
 勇者様が来ている――? まずい、下手をしたらエンカウントしてしまう。
 それにいくら勇者様だって、落ちてくる隕石をどうにかすることが出来るんだろうか?
 迷っている間にもどんどん隕石は近づいて来て、さすがに街の人たちも慌て始めた。
「くっ、建物の中にいる人たちを考えたら、もう避難も間に合わない。こうなったら!」
「ルナ様!?」
 私は隕石の真下に駆けると、両腕を伸ばして魔力を溜めた。
 いや正確にはほんとに溜めたのかはわかんないけど、腕に力を集めた。
「こうなったら隕石を壊すしかない、いっけぇ! フルバーストフレア!」
 腕から巨大な火球が飛ぶ。
 隕石に勢いよくぶつかったが、煙の向こうからすぐに隕石が顔を出した。
「端っこがちょっと欠けただけ!? ちょっとアレでかすぎっ! くそぉ、こうなったら何発でも……。」
「ルナ様、今からフルバーストフレアを連発しても間に合いませんわ」
「じゃあどうするって言うんだよ!」
「こうするのですっ!」
 そういうと隕石に向けて体制を整えた私の横から、無防備な場所にミナが迫る。
 右腕を腰に回して身体を密着させ、左手を隕石に向けた私の手に重ねた。
「こんなときに何してるんだー!」
「私の聖女の力とルナ様の魔王の娘の力を併せるのです! さあ、ルナ様も私の腰に手を!」
 ふざけているのかと思ったが、ミナの表情は真剣そのものである。
 なんか……皆が見てるまで恥ずかしいけど仕方ない。
 私もミナの腰に片方の手を回す。まるでダンスのレッスンをしているようだ。
「いいですか、私と呼吸を合わせて……魔力を一体化させるのです。そしてこう唱えてください」
 ミナに耳打ちされる。なんだか名前が長くなっただけのような――。でも!
「確かに、ミナとつないだ手から魔力か何かを感じる。やってみるしかない!」
「ルナ様、行きますわよ! 私たちの魔力で困難を払うのです、混合魔法……」
 ミナの全身に魔力があふれるのがわかる。
 私もその力に引っ張られるようにして、全身から力を振り絞り、そして唱えた。
「「セイント・フルバーストフレア!!」」
 光と闇が混ざった一本の眩い巨大な矢が私たちの繋いだ腕から放たれる。
 ものすごい圧力とともに発射した魔法の矢が隕石にまっすぐ飛んでいく。そして――。
「いけぇぇぇぇぇぇ!」
 私の叫び声と共に、隕石と矢が衝突した。
 爆音と煙の向こうには、粉々になった隕石の欠片があるだけだった。
「やった! やったよミナ! これすごいっ!」
「やりましたわねー! 私たち、最強カップルですわねルナ様!」
 そう言ってミナがぎゅうと身体を寄せてくる。恥ずかしいけれど、でも……。
「ま、まぁ良いコンビではあったかな」
「もー、ルナ様ってば照れちゃってー、そんなところも素敵ですわー」
「い、いい加減離れろって!」
「えー、いーやー」
 くっつくミナに手を焼いている私の耳に、空から鋭い音が聞こえて来た。
 上を向くと、粉々にした隕石の巨大な破片が私たち目掛けて降り注いて来ている。
「ちょ!? まずいミナ、なんとか……」
 ミナを庇うように身を乗り出した私に降りかかる隕石の欠片がスローモーションのように見えた。そのとき、エメラルドグリーンの風が吹いた。
「君たち、危ない! はあああっ!」
「ゆ、勇者様っ!?」
 私たちに降りかかる破片を、颯爽と現れた勇者様の剣が弾いていく。
 ああああああああっ! イ ケ メ ン !!
 おイケが過ぎる、素敵、ああ……課金したい、そのお顔っ!!
 破片を片づけて剣をしまった勇者様が、私たちの前に立った。
「無事だったか、君たち。君たちが隕石を破壊したように見えたが、一体……」
「そそそ、それは勇者様、その、特別な力でなんとかかんとかしまして!」
「特別な力? 詳しく聞いていいかい?」
 勇者様の顔がさらに接近!
 と、その瞬間、どこからか『チャラララ、チャラララー』と音楽が聴こえて来た。
「ん、なにこれ?」
「いけませんわルナ様っ! これはエンカウントです! はやく逃げなくては!」
 ちくしょう、忘れてた。今の私は魔物ユニット――。
「ゆ、勇者様! 失礼します! あの、最後にお名前を」
「俺は勇者ズシオー! 待ってくれ、君は、君の名前は――?」
「私はルナマリアです、勇者ズシオー様! いつか絶対きちんとお会い出来るようにしますので、どうか覚えていてくださいませ!」
 勇者様に深々とお辞儀をすると、まだ戸惑っている勇者様から一目散に逃げだした。
 ミナと共にイトナムを出て、近くの森に隠していたグリフォンにまたがって帰り道につく。
「はー、勇者様素敵だったなぁ」
「イケメンなお人でしたわねー。でもルナ様、浮気はダメですよー」
「何が浮気だ! 私は勇者様が最初から本命だっつーの! たまたま今回は力を合わせて――、ん、そうだ! ミナ、ちょっと聞いて!」
 打倒魔王。その決意を新たにした私は、ふと閃いてミナに耳打ちをした。
 空の旅が終わり魔王城につく。私たちを魔王サダキヨとスカル宰相が出迎えた。
「むはははは、娘たちよ。遅かったのう。どこか寄り道でもして……」
「「せーの……セイントフルバーストフレア!!!」」
 ミナと打ち合わせした通り、魔王が現れた瞬間私たちは力を合わせセイントフルバーストフレアを放った。かつてないほどの爆音の先に――しかし魔王は笑って立っていた。
「むはははは、派手なただいまじゃのー。生命力が千分の一くらい減ったかもしれんぞ」
「ちなみに魔王様は自動回復もするのですぐに治療されますじゃ」
 馬鹿笑いしている魔王と得意げなスカル宰相に私は膝を折る。
 くそう、一刻も――一刻も早く魔王を倒して勇者様とエンカウントせずに出会うんだ。
 いつか、いつか必ず……!!
「うふふ、全然ダメでしたわね、ルナ様」
 この聖女を手土産に、勇者様のもとへ――!
「わーん!! それまで待っててねー、勇者様ーーー!!!」


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