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秋田柴子の東京探訪② ~出囃子を聴きながら〈2272字〉

射谷さんと別れたあとは、山手線で旅の拠点となる池袋へ出た。

池袋はまだ20代だった頃に、ときおり出張で西武東上線に乗る時に通過した街だ。
もちろん当時の面影はまったくない。駅にも自分にも(笑)

さて降りたはいいが、池袋駅もまた広い。
スマホと時折現れる駅構内図を頼りに、ぽてぽてと歩いて行く。

そう言えば昨年書いた長編は、池袋が舞台のひとつだ。東口の池袋ジュンク堂本店と、西口にある設定のバー(これは架空の店)。
それから2年前に書いた中編も、明記はしていないが池袋(と渋谷)が舞台だった。主人公二人が通っていた大学のモデルが立教大学だったのだ。
そう思うと、何だか縁の深い街なのかもしれない。

ここ、と思しき出口から地上に上がると、これがまた見事に地理が判らない。方向音痴ではないのだが、東京の街は道が複雑だ。京都のような碁盤状なら判りやすいのだが。
しかも頼りのGoogleマップの現在地が、微妙にズレている。おかげで目の前に伸びている道が地図上のどれなのか、てんで判らない。
目印になる建物を見つけて、あとは歩いて方向修正するしかない。

幸い、正しい道はすぐに見つかった。
大きな交差点をいくつか渡って、あとひとつ角を曲がればホテルの前に出るはずだ。

「………お?」

表通りから1本入ったその狭い裏路地は「いかにも」的な店が並んでいる。
あー、この辺、そういうトコかぁと妙に納得。

と言うのも、かつて長編で登場させた架空のバーは、まさにこの辺りにある設定だったのだ。当時Googleマップで夜の店が密集していた地域を探し、その一角に、陰の主役たる鏑木くんが働く ”Toshi’s Bar” を置いた。
まさか書いてから一年以上も経って、現場取材に来ることになるとは思わなかった(笑)

でもこのホテル、小さいけど部屋は広くてよかった。スタッフさんも気さくで親切だったし。

右が泊まったホテル。向かいは…(笑) <Googleマップのストリートビューより引用>

さてバタバタと荷物の整理と身支度を終えて再出動。いよいよ旅のメイン、殿の晴れ舞台を拝みにいくのだ。

ホテルから会場の池袋演芸場までは徒歩5分もない。既に先発部隊が現地に到着との報せで、こちらもいそいそと向かう。
さっきはまだ明るかったが、17時半ともなるとこの季節はもうすっかり暗い。そして街のアヤシさが一気に増す(笑)

何とか演芸場に着いたものの、仲間の報せどおり、まわりは結構な繁華街(←ボカした表現)。
もっとも私が普段一人でバーに行く時は、まさにこんなところ(いやもっとひどい)をひょいひょいと歩いて行くんだけれども。

飛び交うDMによると、既に殿を含む三人がこの辺りにいるはず。何とか演芸場まで辿り着いた秋しば、きょろきょろとそれらしき人たちを探す。
今回もまた、初対面である。やはり肝心のご尊顔が判らない。迷った挙句、ついに遭難信号を出すはめに。

「キヨスクの白い紙袋持ってる犬を探して!」

何とかピックアップしてもらって、ついに初顔合わせと相成った。
……感動である。
ネオンさざめく池袋のど真ん中で、10さんに

「あーきーしーば、さーーーーーーーーーーん!!!」

と絶叫された想い出は、きっと一生忘れない(笑)

池袋演芸場入口。舞台は地下にある。

続々と仲間が集結し、いざ演芸場の中へ。
驚いたことに、小さいとはいえびっしりの満席。席の確保も一苦労だ。

出囃子の鳴り響くなか、いよいよ開演である。
本日かかる噺は5本。我々はただ気楽に観て笑っているだけでいいが、この日に最終的な賞が決まるとあって、隣に座る殿の心境はさぞ緊張の連続であっただろうと拝察する。

それにしても、生で観る(聴く)のはやはり違う。
CDやDVDとは比べものにならない迫力が、その場の空気に満ちている。
出囃子、噺家の渾身のしゃべり、観客の笑い声が、狭い空間をびりびりと震わせていく。

女性を含む5人の噺家の熱演は、それぞれに個性が息づき見事だった。
その中でもやはり「間」の取り方が巧い噺家は、ぐっと場の空気を掴んで攫っていくのが判る。
特に3番めに登場した桂文雀師匠は、まさにそんな感じだった。
声もいいし、ほんのわずかな仕草で豊かに情景を描き出す。聴いている側を「それで?それで?」とぐいぐい引っ張っていく。
こんな ” 話家 ” になれたら、と思わず羨むぐらいだった。

中入りを挟んだ5本の噺はあっという間に終わり、いよいよ結果発表となった。
台本を書いた方々が前に呼ばれ、幕の向こうに消えていく。その中に殿の後ろ姿があるというのが、また感無量だ。

審査の結果「最優秀賞は該当なし、優秀賞を2名」となる。
残念ながら殿の作品は受賞を逃した。
だが200本以上の応募の中から選ばれ、この舞台に立ったのだ。価値ある佳作と言えよう。本当にすごいことだと心から思う。

その後、7人による飲み会は「白子の天ぷら」で盛り上がった。
この店は先付け(お通し)が大きなクリームコロッケでとても驚いたのだが、誰かがメニューにあった「白子の天ぷら」を頼んだところ、味のないクリームコロッケ仕様だったという。
さらに酒席に飛び交う、様々なお菓子。皆さんが銘々持ち寄って下さったのだ。手土産を買おうか迷った挙句に、手ぶらで来たのがめちゃめちゃ悔やまれる。次回のリベンジを密かに心に期して、この日はお開きとなった。

池袋の喧騒に消えていった殿と10さんのその後は、いずれ公開される(かもしれない)殿の手記にお譲りするとしよう。

皆さん、お疲れ様でした!ありがとうございました!(③に続く)

この日頂いたおみやげ。持ってきた分より多い。

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