【2-1】「初音ミク」は何が違ったのか

こんばんは、あきそらです。

前回でボーカロイドの概要確認も終えて、今週からちゃんと論文っぽいような分析・考察の入った本題に入っていきます。
『【2】「初音ミク」は何が違ったのか』では、初音ミク誕生前のボーカロイドの状況を確認しつつ、それを踏まえてなぜ「初音ミク」で人気に火がついたのか、どのように受容されたのか、「初音ミク」は何が違ったのかということを分析していきます。

それではよろしくお願いします。


「声のキャラ」としての強度と性質

 ボーカロイドの火付け役となったのは、言わずもがな「初音ミク」。彼女は以前までのボーカロイドと何が違ったのか。

 一つは、「歌声を再現するコンテンツ」としてのクオリティの差。
 柴那典は著書の中で「MEIKOやKAITOに搭載された初代「VOCALOID」エンジンが、まだまだ発展途上の技術であった(省略)音にこだわりのあるミュージシャンからの注目は低かった。(注1)」 と、このように分析しています。
 また、井手口彰典 も同様に「確かに『初音ミク』はシミュレートの程度で既存の製品をしのぐものだった(注2)」 と、自身の著書の中で述べている。
 このように初音ミクが「歌声を再現するコンテンツ」として一定のクオリティであったことが認められます。


 そしてもう一つ、「初音ミク」というコンテンツにとって最も重要な要素が、キャラクターとしての強度と性質です。

 初音ミクは開発段階から「架空のキャラクターが歌う」というコンセプトを持ち、声のサンプリングには声優を起用するというこれまでとは異なる試みがなされた。それまでのボーカロイド、MEIKOやKAITOにはプロのミュージシャンを起用していた。
 声優を起用する試みについて、初音ミクの生みの親である伊藤博之 は「新しい価値を世の中に提示したかった(注3)」 と述べています。
 産業技術総合研究所の後藤真希は「女性声優の声のデータベースを高品質に収録したことと、その仮想の歌手をイメージしたアニメ風のキャラクタのイラストをパッケージに描き、年齢やプロフィール等の設定を決めたこと(省略)キャラクタという身体性を合成歌声に持たせたことで初めて、「誰が歌っているのか」、「誰に歌わせたいのか」が明確になった。これにより、初音ミクの発売直後から、初音ミクにしか歌えない曲が次々と発表され始めた(注4)」 と指摘しています。
 プロフィールの設定と声優の起用は、「初音ミク」というキャラクターとしての強度を持たせることを可能にしたのです。

 キャラクターとしての強度を備えた一方で、初音ミクはそのキャラクターとしての性質においても重要な要素を孕んでいる。それは「萌えキャラ」要素と、「公式設定の夜警性」という要素です。

 実際のエピソードとして、クリプトンは初音ミクの発売に向けたプロモーションに際し、DTM業界で最も権威のある雑誌の担当者から「紹介はできませんね」と断られ、同社が運営する情報発信ブログでイラストを載せると「一気に秋葉原気分で購入しにくい」というコメントを受けたという (注5)。
 一方で、情報社会論やメディア論といった分野の評論家、濱野智史は、音楽学者の増田聡氏の考察を参考にしながら自身の著書の中で「初音ミクが受け入れられたのは、「彼女」がとりわけ魅力的な「萌え要素」を備えたキャラクターだったからではないか(省略)MEIKOやKAITOには、イラストこそついていたものの、「萌え要素」は比較的薄く、だからそれは強いブームは生まなかったのではないか(注6)」 と指摘しています。
 前述した後藤氏の指摘にも「アニメ風のキャラクタのイラスト」という要素を取り上げている。
 初音ミクが既存のパッケージに比べて萌えキャラ的であったことは明確です。この萌えキャラ的要素は現代日本文化、とりわけ独自に発展したオタク文化に親和性が高いものでした。そして、初音ミクが受け入れられる舞台となる「ニコニコ動画」や「同人音楽」にもまた、オタク文化に親和性のある土壌が生成されていた。初音ミクは萌えキャラ的要素をもって受け入れられ、愛されたキャラクターなのだと考えられるのです。

 初音ミクのキャラクターとしての要素としてもう一つ、「公式設定の夜警性」というものを挙げました。
 前述にあった通り、初音ミクには既存の製品にはない、年齢・身長・体重といった設定が公開されている。これはキャラクターとしての強度を与えるといった面で効果が示されていました。しかし一方で、初音ミクにはその他にキャラクターを定義するような公式設定はほとんど存在しません 。
 つまり「初音ミクはこうである」といった公式による初音ミクのイメージ介入を最小限にとどめたということです。私は、このようなキャラクターの状態・扱われ方、もしくはそのキャラクターと公式・著作者の関係を示して「公式設定の夜警性」と呼ぶことにします(他に思いつかなかったんだ...)。
 株式会社ドワンゴニコニコ動画ライブ事業部プロデューサーの齋藤光二氏は「2次創作の生まれる基本って想像の余地が残っていることだと思うんです。完全にパッケージ化して、「初音ミクの動きはこうで、こんな設定です!」みたいに打ち出していたらきっと2次創作はあまりなかったんでしょうね(注7)」 という見解を示している。
 柴氏も同様に「最初に示されたのは、三枚のイラストと、「年齢16歳、身長158cm、体重42kg、得意なジャンルはアイドルポップスとダンス系ポップス」というシンプルな設定のみ。だからこそ、ユーザーの想像力が自由にキャラクターを育てていった(注8)」と指摘している。
 pixiv代表取締役社長の片桐孝憲氏は「ミクにはストーリーがなくて、日本語を知らない人でも絵にしやすい。ハローキティが世界中で受け入れられているのも、ストーリーが特にないからだと思うんです。それと同じ(注9)」 といった分析を示している。
 このように「公式設定の夜警性」は、初音ミクひいてはボーカロイドを中心とする創作現象に貢献する重要な要素として見ることができる。


 さて、ここまで初音ミクが持っていた要素を「歌声合成ソフトとしてのクオリティ」と、キャラクター性を「キャラクターとしての強度」「萌えキャラ」「公式設定の夜警性」の3つに細分化して明確にしてきたが、「歌声合成ソフト」と「キャラクター性」という要素は、初音ミクもといボーカロイドの特質である「声のキャラ」という認識に収束する。

 「キャラ」というものは、同人文化というスケールのとりわけ二次創作において重要な存在となっている。今日のキャラクターというものは、オリジナルの作品から抜け出し、様々な作り手による異なった設定舞台の中を、もともとそのキャラクターが持つ同一性を保持したまま行き来している。それはつまり、元のオリジナル作品という舞台設定上にいなくても、そのキャラクターだけで自立して存在できるということである。このことは既に様々な研究の中で論じられており、「キャラクターの自立化」 や「キャラの自立化」 と呼んで扱われている。
 しかし、それまでのキャラの自立化のほとんどは図像や文章のレベルにとどまっていた。「声」を2次創作するには声真似やMAD といった手法が限界であり、作品としてのクオリティを望むにはどうしようもない制限がかかっていた。今日ボーカロイドと呼ばれる「声のキャラ」たちは、初めから「声」のレベルでも2次創作することが限りなく容易に行える全く新しい存在なのである。

 「初音ミク」とは、「歌声合成ソフト」としてのクオリティと「キャラクター性」における強度を備えた、市場に受け入れられるに足る「声のキャラ」として、「ボーカロイド現象」を牽引した存在なのである。

:注:
(1)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』P.101。
(2)『同人音楽とその周辺 新世紀の振源をめぐる技術・制度・概念』P.172。
(3)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』P.103。
(4)『情報処理 別刷Vol.53 No.5 通巻566号 特集>>CGMの現在と未来 初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り拓いた世界』P.467。
(5)『クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(2):「初音ミク」ができるまで (2/2) - ITmedia ニュース』最終閲覧日2016/11/8。
(6)『アーキテクチャの生態系―情報環境はいかに設計されてきたか』P.255。
(7)『ボーカロイド現象 新世紀コンテンツ産業の未来モデル』P.57。
(8)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』P.3。
(9)『美術手帖BT|2013.06 vol.65 NO.985 特集 初音ミク』P.69。
:参考文献:
柴那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』太田出版 2014年
井手口彰典『同人音楽とその周辺 新世紀の振源をめぐる技術・制度・概念』青弓社 2012年
『情報処理 別刷Vol.53 No.5 通巻566号 特集>>CGMの現在と未来 初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り拓いた世界』一般社団法人情報処理学会 2012年
濱野智史『アーキテクチャの生態系―情報環境はいかに設計されてきたか』ちくま文庫 2015年
スタジオ・ハードデラックス『ボーカロイド現象 新世紀コンテンツ産業の未来モデル』PHP研究所 2011年
大下健太郎『美術手帖BT|2013.06 vol.65 NO.985 特集 初音ミク』美術出版社 2013年
:参考WEB:
アイティメディア株式会社『IT総合情報ポータル「ITmedia」Home


 今回はこれで以上です。【2-1】ということで、『「初音ミク」は何が違ったのか』という文脈の考察はもう少し続きます。たぶんあと2回。それにしても、語り口調がどうのとかって前回は改訂版を書いておきながら、今回は「そも語り口調ってなんだ」ってなりながら書いてましたね。卒論データからコピペってして節々変えてるんですけど、「です・ます」と「だ・である」がめちゃくちゃに混ざりはじめてもうこれわっかんねぇな......。もう変に気にせず、読んでいて気になったところ直す感じにしようか。あと、毎回前口上と後書きみたいなの入れるくらいですね。そんな感じで、ふわふわっと(?)やっていこうと思います。それと、中身に入っていったので、引用した内容は参考文献にまとめていきますね。文字通り参考にどうぞ。

それではこれにて失礼ノシ

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