見出し画像

[怪奇ミステリー小説]悪鬼の島

第一章 密室の殺人
 
わたしの名前は三島春樹、外科医である。わたしは幼少のころの記憶がない。わたしはどこで生まれのか、さだかではない。幸い子供がなかった今の養父母に引き取られ、大学まで出してもらった。その養父母も今は、二人とも病気で他界してしまった。
そのことを除けば、わたしは幸福な人生を歩んでいると思う。しかし、かすかに記憶に残るあの不気味なうなり声のような声と、かくも美しい歌声とが、かわるがわる夢に現われ、わたしを責めさいなむのだ。
お前の過去をとりもどせと。それにしても、あの歌、いつ、どこで聞いたのだろう・・・あの美しい歌を。
わたしには松波あやという恋人がいた。いたという言い方をしたのはわけがある。それは彼女はもうこの世にはいないからだ。彼女は自分の部屋で、だれも入ることができない密室で殺されてしまった。そのときのわたしの悲しみと犯人に対する怒りは、到底書き表すことができない。
しかし、なぜ、どういう理由で彼女は殺されなければならなかったのか。密室である彼女の部屋に、犯人はどうして入ることができたのか?そのことのほうが、時が経つにつれてわたしの脳裏からはなれなくなっていった。
警察の懸命の捜査にもかかわらず犯人は挙がらず、動機も、密室殺人の謎も、全てが未解決であった・・・
 

 
松波あやは、東宝商会という貿易会社に勤めるOLで、彼女も私同様、親はなく、養母に育てられたと言った。境遇が同じわたしたちは、知り合ってすぐに親しくなった。
わたしたちは程なく婚約し、わたしは彼女に婚約指輪を送り、貧しい彼女は、お返しできるものがなにもないので、代わりにと、奇妙な1冊の古い書物をわたしに託した。
「春樹さん、これはわたしの両親のたったひとつの形見なのよ。わたし、ずっと大切にしてきたの。いつかわたしの本当の両親に会えるような気がして、ずっと大切にもっているの。これ、つまらない骨董品の本に見えるけど、実は結構値打ちものらしいのよ。いつか、結構な値段で買い取りたいという人が現れたの。でも、これがわたしと両親を結びつけるたった一つの手がかりだと思うと、とても売る気になんかなれなかった。これをあなたに預けるわ。大切にしてね」
「これは家系図だね。とても古い物のようだ」
「これはわたしが赤ん坊のときに、いっしょに荷物に入っていたらしいの。養母さんがいっていたわ」
「これはあやちゃんの出生に関する、ただひとつの手がかりなのだね。大切にあずかるよ」
「ありがとう。それからね。私、すこし心配なことがあるの」
「なんだい。心配なことって」
「実は私、だれかに見張られているような気がするの。会社の帰りも、お家にいるときも。部屋の窓の外でだれかがこちらを見ているような気がして」
「そんな人間に心あたりがあるのかい。いったいどんなやつなんだ」
「気味の悪いおじいさんよ。せむしのように腰がまがっていて、こちらを見てニタッと笑ったことがあったわ。そう、三日まえの会社の帰りに。その日は残業でおそくなってしまって、急ぎ足で帰ろうとしてたのよ。駅から家まで半分くらいのところまで来たとき、誰かにあとをつけられているような気がしたので、私、いきなり振り向いたのよ。
そしたら、そのおじいさんがいたの。気味悪くニタッと笑うと、そのままどこかへいってしまったわ」
「そのじいさんに心当たりは?」
「ぜんぜんないわ。だいいち東京にあんな人いないわ。黒っぽい作務衣のような服に身の傘のような帽子をかぶって、靴ではなく草履だったわ。口髭と顎鬚がはえていて、蛇のような目が光っていた」
あやは怯えた様子で言った。
「そのじいさんにはそれから会うことは、あったのかい」
「昨日も家の前にいたような気がする」
「よし、こんどは僕がみつけて忠告してやる」
「ありがとう。でも、気をつけて。あのおじいさん、普通の人間ではないような気がするの」
「普通の人間じゃないって?はははは、なにをいってるんだい。ただのじじいだろう。おまけに腰がまがって、よたよたしてるような。大丈夫、ぼくにまかせておけよ」
「そうだといいけど・・・」
「大丈夫、大丈夫!大切な婚約者を不安にさせるようなやつは、僕がこらしめてやる」
わたしは、力強く笑いとばした。      
そしてその翌日、私は病院の仕事が終わって、あやのもとへ帰ろうとしたときだった。あわただしく事務員が駆け込んできた。
「三島先生、大変です。先生の診察中に婚約者のおうちから連絡があって」
「え?」
「婚約者の方が亡くなられたそうです。すぐお帰りください!」
 

 
わたしはタクシーをとばしてあやの家に着いた。
家には警察官数人と、おろおろした様子の養母の静がいた。
警視庁の笹川警部が静に聞き取りしていた。
「この部屋はほとんど密室じゃないか。いったい犯人はどうやって入って、どうやって出ていったんだ。なにか盗られたものはありませんか」
「なにもとられたものはありません。財布もそのままでした。ただ・・・」
「ただ?」
「チョコレートの箱がなくなっていたんです」
「チョコレート?なんでそんなものがなくなっているんだ。犯人は金よりチョコレーレートがいいのか?」
わたしは警官を押しのけて部屋に入ろうとした。
「ああ君、勝手に入っちゃ困るよ!」
「すみません。入れてください!」 
「これは殺人事件なんだ」
「殺人事件だって! 養母さん(おかあさん)、あやさんはどうしたのですか。殺されたなんて・・・」
「三島さん、わたしもなにがなにやら・・・朝、あやがぜんぜん起きてこないから、部屋にいってみると、胸に短刀がささっていて・・・」
「養母さん、この方は?」
笹川警部がわたしをいぶかしげに見て、言った。
「はい、あやの婚約者の三島春樹さんです」
「ああ、そうでしたか。警視庁の笹川です。犯行が行われたのは昨日の深夜のようです。寝ているところを短刀で一突きでした。苦しんだ様子はありません。犯人の目的は金じゃないようです。財布もそのままですし、宝石なども物色した形跡がありません。あなたが送ったんでしょうか、薬指のダイヤの指輪もそのままでした。犯人は別のものを捜していたようです」
「別のもの?」
「机や本棚を探した形跡があるのです。書類か本のようなものを。本棚があらされ、机の引き出しが開けられ、書類を物色した形跡がありました。三島さん、なにかお心あたりがありませんか?」
「・・・いいえなにも。それよりチョコレートがどうとか」
「そうです。犯人は金や宝石には目もくれず、チョコレートの箱を盗んでいったようです」
「そのチョコレートはわたしが買ってやったものでしょう。彼女がほしがったので」
「そうですか。しかし、この部屋は中から鍵がかかると完全な密室です。犯人はどうやって出入りしたのか。私たちも困惑しているところです」
笹川警部はあごに指をあてながら唸った。わたしは、悲しみと怒りで震えながらいった。
「警部さん、必ず犯人を!犯人を捕まえてください!あやさん、なんということに・・・」
「わかりました。とにかく全力で捜査にあたります」
 

 
わたしは養母と急ぎの葬儀をすませた。ひとり家にいると深い悲しみがおそってきた。涙がどめどなくあふれた。それほどわたしはあやを愛していたのだ。そうして3週間が過ぎた。さらに数日がすぎて、友人の八尾本三郎がたずねてきた。八尾本は友人の中では一風かわった人間で、事件が起こると素人探偵のまねをして、自分なりの捜査をはじめる。着眼はなかなかで、これまで、警察に協力して表彰されたこともあった。
「三島君、大変だったなあ。慰めの言葉もないが、元気をだせよ」
「八尾本さん、もう1ヶ月近くになりますが、警察は手がかりすらつかめていません。わたしは悔しい。このままではあやがうかばれない。あなたは探偵の心得があるそうじゃないですか。なんとか、犯人を見つけてください」
「おいおい。かいかぶるなよ。おれは素人探偵だよ。まあ、何回か事件を解決したことはあるがね。今回は密室で殺人が行われ、金品はとられたものはない。そして、犯人は何かを探しているようだ、いうことだね」
「そのことなんですが。あやがわたしに預けていた、これかもしれないんです」
「これは、家系図のようだね。ずいぶん古いものだ。このことは警察には言ったのかい」
「いいえ。あの時は気が動転していたのと、すっかり忘れていたのも事実です。こんな汚い家系図に何の価値があるのか。確かにあやの実の両親を探す資料としては、大事なものなのでしょうが、当の本人が死んでしまった今、何の価値もありません」
「そうかな・・・これを私に少しの間、預けてくれないか」
「いいですとも。お預けします」
「それからあやさんの身辺に現れたという老人は何者だろう」
「さあ、僕には皆目。でも、怪しいやつであることは間違いない」
「腰が曲がった背むしの老人だということだね」
「ええ、あやの話では、あんな背むし男は東京にはいないと」
「ふーむ。奇妙な事件だね。密室殺人にチョコレーレート・・・せむしの老人にぼろぼろの家系図か・・・」
「なんとか犯人を探してください。ぼくはこのままではいられません。なんとか彼女の敵を討ちたいんです」
「わかった。とにかくやってみよう」
「おねがいします!」
わたしは、藁にもすがるおもいで、八尾本の手をにぎった。
           

 
そして一週間後、わたしは八尾本の呼び出しをうけた。わたし八尾本の自宅がある鎌倉へいそいで向かった。
「やあ、八尾本さん、急いで来ましたよ」
「三島君、大変だ」
「どうしました。犯人がわかったのですか?それにしても顔色がよくありませんね」
「三島君、この事件はわれわれが考えているより、ずっと恐ろしい大変な事件かもしれない。これをみたまえ」
八尾本はなにか紙切れをわたしに渡した。
「なんですこれは?紙になんかかいてありますね」
 
『これ以上、首を突っ込むと命の保障はしない。おとなしく持っているものをわたせ』
 
「これは脅迫状だ!犯人からだ」
「わたしは恐ろしいもの見てしまったのだよ。この世のものではないような・・・」
「いったい何を見たんです。この一週間どこへいって、何をしてきたんですか」
「それはゆっくり話す。それにしても今日は暑い。気分転換にひと泳ぎしにいかないか。ここからは海水浴場も近いんだよ」
「そんなのんきな。僕は海水浴に来たんじゃありませんよ」
「すまん。気持ちを整理したいんだ。落ち着いたら必ず話す。すこし、つきあってくれ」
「わかりました。この後、かならず話して下さいよ」
「ああ、わかった」
わたし後悔した。わたしはあのとき、なんとしてでも、八尾本から話をきいておくべきだったのだ。そして海岸へは行くべきではなかったのだ。八尾本はひと泳ぎした後、そばにいた子供たちとじゃれあって遊んでいた。そして、体に砂をかけてもらい、砂の布団で居眠りをはじめた。わたしは、いらいらしながら八尾本が起きるのを待ったが、いっこうに起きる気配がない。痺れをきらした私は、砂をはらいのけ、八尾本をたたき起こそうとした「八尾本さん、いつまで寝てるんですか、もう三時ですよ!」
しかし、八尾本が二度と目をさますことはなかった。八尾本の胸には深々と短剣がつきささっていたのだ。

第二章 悪魔の知恵
 

 
「おい、笹川君! いったいどうなっているんだ。この前の密室OL殺しといい、今度の鎌倉の殺しといい、なにも進んでいないじゃないか」
警視庁の刑事部長室に、刑事部長の渋井のいらいら声が響いた。相手は笹川警部である。
「検察には警察の信用失墜だと馬鹿にされ、マスコミにはたたかれっぱなし。おまけに今朝、長官によばれてだな、そろそろ人事の検討時期だとか、なんだとか、さんざん嫌味をいわれてだな。あちちち!」
「刑事部長、おタバコの火が」
「おー あちい。笹川君、それでどうなんだ !」
「は、はい。このOL殺しにはチョコレートが関係しておりまして・・・」
「チョコレートだと~~!!?きみはバレンタインぼけか。いいかげんにしたまえ!」
「い、いえ、けしてそのような。犯人はなにも取らずにチョコレートだけをもっていったわけで」
「おい、笹川君、きみは何年警察官をやってるんだ。なにかね、犯人はそのチョコレートがほしくて、わざわざ知らない家に忍び込んで、わざわざ人を殺して、大事な大事なチョコレートをいただいていったというのかね。それから、鎌倉の殺しも真昼間の海水浴場で殺されてるんだ。目撃者の一人くらい見つかるだろう」
「は、はあ。それが見つかりませんので」
「にゃんだと~~~おい、ささがわくん!」
渋井刑事部長は、血圧が上がってたおれてしまった。
「あっ 刑事部長、だれか水だ、水をもってきてくれ!」
笹川警部は、やっと自分の部屋にもどることができた。
「やれやれ、刑事部長の高血圧のおかげで開放されたわい。しかし、刑事部長のいうとおりだなあ。殺しにチョコレート、真昼間の海水浴場での殺し・・・まったくわからん。
犯人は一体どうやってあの人目(ひとめ)の中で殺しができたんだ」
その時、内線電話が鳴った。
「はい、笹川。私に面会者?、おお三島さんか。こちらに通してくれ」
三島が部屋に入ってきた。相変わらず痩せて顔色はよくないが、目だけは異様にギラギラしている。
「警部、鎌倉署では真っ先にわたしが疑われました。わたしが笹川警部の知り合いでなければ、犯人にされていたかもしれません」
「君がすぐ連絡をくれたからな。よかったよ。とにかくこの事件は謎だらけだよ」
また、内線電話がなった。
「はい、笹川。おお、剣崎君がきたか、すぐ通してくれ」
「笹川さん、こんにちは。ご無沙汰です」
「剣崎君。しばらくぶりだね。新婚旅行は楽しかったかい。いいねぇ、若いもんは」
「笹川さん、そんな冗談いっている場合じゃないでしょう」
「まったくだ。こっちは、連日殺人事件ばかりでまいっているよ。しかも、全部未解決。マスコミにはたたかれるし、刑事部長にはお目玉くらうし。たのみの綱の剣崎名探偵は新婚旅行ときている。いくらわたしの心臓でも、新婚旅行先におしかけて、協力を求めるほど強くないよ」
「笹川警部、こちらのかたは?」
三島がたずねた。
「ああ、三島君は初めてだったな。こちらが有名な名探偵剣崎光平君だ。つい一月前にも難事件を手伝ってもらって、解決したばかりだ」
「あなたが剣崎さんですか。お名前は良く存じあげております。なんとか犯人をみつけてください。あやだけでなく、友人の八尾本さんまで殺されてしまった・・・」
剣崎が静かに三島に聞いた。
「三島さん、あなたと八尾本さんはどういうご関係なんですか」
「彼とは共通の友人の紹介で知り合いました。探偵小説の趣味があって、意気投合し、それからずっと友人です。それに彼は、雑学者で、なにを質問しても知らないことがありませんでした。すこし変わった人でしてね。四十五歳なのに独身でした。いや、とくに女嫌いというわけではありません。何人かの女性とは一緒に暮らしたこともあるらしい。生活は、特に仕事はしている風ではないのですが蓄えがあるらしく、稼ぐということをしないで生きていました。彼の大好物は、世間の隅々に隠れている、さまざまな秘密を嗅ぎだしてくることらしく、それを道楽にしていました」
「なるほどおもしろい人ですね。その八尾本さんにあなたは、どんな相談をしたのでしょう」
「それはあやの事件のことですよ。いっこうに犯人の手がかりが掴めないので、八尾本さんならなんとかしてくれるかなと。もう、わらをも掴む思いでした」
「なるほど。そうすると八尾本さんは、実に優秀な探偵であるといわねばならない。彼はたった一週間で事件の犯人をつきとめ、それ故犯人に殺されてしまったことになる」
「すると、剣崎くんは、あやさんと八尾本さんを殺した犯人は、同一人物だと考えているのかね」
「私は、ここに来る前に、この事件を私なりに調査してきました」
「ええっ 新婚旅行はどうしたんだい」
笹川警部はびっくりして言った。
「私は、事件が飯より好きな人間ですよ。旅行はそうそうに切り上げて、事件の調査をしていたのです」
「あきれたやつだな、君は。すぐ離婚されるぞ」
笹川警部は両肩をすくめた。
それを無視して三島が挑むように剣崎に聞いた。
「剣崎さん、あなたにはこの事件の犯人は分かっているのですか。あやを殺し、八尾本さんを殺したのはいったい誰なんですか。僕の気持ちをわかってくださるでしょう。最も大切な婚約者と友人を失ったのです。僕は真面目に敵討ちを考えているのです」
剣崎は静かに遠くを見るように答えた。
「八尾本さんが言っていたとおり、これは大変恐ろしい事件です。あやさんは心臓の真ん中をたった一突きで殺されている。八尾本さんもそうだ。ただ一突きで人間を殺すなんて、よほどの手練がなくてはできるものではない。それに出入りした跡など全くないし、指紋も残っていない。なんというすばらしい手際のよさでしょう。だが、もっと恐ろしいのは、チョコレートの箱がなくなっていたことです。それに初代さんが目撃したという背むしの老人・・・」
「剣崎君、私には、君の言っていることがさっぱり分からない。犯人は、人殺しに非常に熟練した、金にも女にも興味がない、チョコレート好きということかね。そんなばかばかしいはなしがあるか。そんな人間がいるはずがないだろう」
「この二つの殺人事件は、どちらも一見不可能のみえる。ひとつは密閉された部屋で行われ、人の出入りが不可能だった。もうひとつは、白昼群集の面前で行われて、だれも犯人を目撃していない。しかし、不可能の裏側をのぞいてみると、案外つまらない手品の種が隠されているものなのです。非常にばかばかしすぎて、だれも信じることができないような。だから犯人にとって、かえって安全だったともいえる。しかし、この事件には人間世界では想像できないほどの醜い、残忍な野獣製がひそんでいる。人間の知恵ではなく、悪魔の知恵なのです」
剣崎さん、もう前置きはいいですよ。いったい犯人は何者なのですか」
「三島さん、わたしもあやさんが殺されたという部屋にいってみました。あの部屋には大きな七宝(しっぽう)の花瓶が飾ってあった」
「おい、剣崎君、ちょっとまってくれよ。まさか君は、花瓶の中に犯人が隠れていたなんていうんじゃないだろうね。高さはせいぜい1メートル。だいち花瓶の口は二十センチもありはしない。このなかに人間が入れるはずがない。おとぎ話の魔法の壷じゃあるまいし」
「八尾本さんの事件も考えてみましょう。あの日、あの海岸には、数百人の海水浴客がいました。八尾本さんはそのなかで、子供たちと砂遊びをしていました。そして、そのうちに体に砂をかけてもらって、砂のふとんで、うとうとし始めた」
三島はぎょっとした顔で訊ねた。
「剣崎さん、あなたはまさか・・・」
「非常に恐ろしい想像だけれども、遊んでいた子供のひとりが、他のこどもに気づかれぬように、八尾本さんに砂をかぶせるふりをして、隠しもった短刀を深山木さんの胸にうちこむのは、さして困難ではありません。あやさんの場合もそうです。あの花瓶は、おとなにとっては小さいけれど、小さなこどもなら隠れることが出来る。それにもうひとつ重大な疑問があったのは、お忘れではないでしょう。なぜ犯人がチョコレートの箱など持ち去ったかということです。この点も犯人がこどもであったとすると理解出来る。
こどもにとっては、お金や宝石よりチョコレートのほうが魅力のあるものですからね」
「しかし、ぼくにはわかりません。チョコレートを欲しがるようなこどもが、どうして、自分とは関係のないおとなを二人も殺すことができたのでしょう。お菓子と殺人、あまりに滑稽じゃありませんか。この犯罪に表れた残忍性、綿密な計画、犯行の正確さなど、どうしてこどもが考えつくことができるのでしょうか。わたしには納得がいきません」
「この犯罪は、こどもの考え出したことではなく、背後に恐ろしい悪魔の意思が隠れている。こどもは、ただよく仕込まれた殺人機械にすぎないのです。なんという奇抜な身の毛もよだつ思いつきでしょう。こどもが犯人だとは、だれも気がつかないし、たとえ分かったところでおとなのような刑罰をうけることもない」
「しかし、いくらこどもでも花瓶のなかに、出たり入ったりは無理だろう」
「普通のこどもならそうでしょう。しかし、特別に訓練されたこどもならどうでしょう。たとえば曲芸師のような」
「曲芸だって。サーカスのことか」
「笹川さん、最近、ここで小屋を開いている新芸曲馬団というのをご存知でしょうか。その中に自由に体の骨をはずし、狭い箱に入ることができるこどもがいます。名前は裕太郎といいました」
「ううむ、ではそいつが犯人なのか。さっそく捕まえて取り調べてくれる」
「残念ながら、彼らはもうここにはいません。三日ほど前に小屋をたたみました」
「なんだって。剣崎君、なんでもっと早く教えてくれなかったのかね」
「笹川さん、前にもいったとおりこの事件は、裏に恐ろしい悪魔のような奴らがいます。そいつらを捕まえなければ事件は、解決しないのです。私は、裕太郎とはすでに話をしました」
「剣崎さん、教えてください。裕太郎とはどういう話をされたのです!教えてください! それに何のために二人を殺したのか、その理由もわかりません」
「理由は、多分、家系図でしょう。犯人は家系図を手に入れるためにあやさんの部屋に忍び込んだ。しかし、家系図は三島さんがお持ちになっていてそこにはなかった。そし
て、その後、八尾本さんが持っていた。犯人はそのことを知っていて、八尾本さんに脅迫状を書いたとすれば合点がいきます」
「こんな汚い家系図のために二人も殺したんですか。まったくわからない」
「その家系図は今どこにあるのでしょう」
「家系図はここにあります。八尾本さんは、殺される前にこの家系図を貸し金庫に預けていました。そして、金庫の鍵を僕に送ってあったのです。ですから、家系図は、僕の手元に無事帰ってきました。これがそうです」
「ほんとに汚い家系図だなあ。とこどころ虫がくってぼろぼろじゃないか。三島君のいうように、ただの古本にしかみえないがなあ。なんでこんなもの欲しがるんだろう。人の家の家系なんてどうでもいいじゃないか」
「ちょっと拝見」
剣崎は、家系図を注意深く調べていたが、何かを見つけて言った。
「おや、ここに紙をはがしたあとがありますよ。これは、おそらく八尾本さんがはがしたものでしょう。裏側になにか書いてあります」
 
『神と仏がおうたなら 巽(たつみ)の鬼をうちやぶり 弥陀(みだ)の利益(りやく)を探るべし 六道の辻にまようなよ』
 
「なんだ、こりゃ。なにかの呪文か」
「暗号のようですね。弥陀(みだ)の利益(りやく)を探るべしというのは、なにか宝のようなものを探せといっているようにみえますが」
「それじゃ、これは宝の在処を書いた暗号なのですか」
「それはまだわかりません」
「僕は宝なんかほしくない。それよりあやの敵をうつんだ。剣崎さん、裕太郎と何を話したんですか。お願いします。教えてください」
三島は興奮して剣崎につめよった。
「三島さん、落ち着いてください。順をおってお話します」
 

 
「やあ、裕太郎。いい子だね。おじさんのいうことに答えてくれたら、いいものをやるよ」
「なんだい、いいものって」
「君の大好きなものだよ。でも、まずおじさんのきくことに答えてからだ。君、このあいだ鎌倉の海水浴場にいたね。あのとき、おじさんは君のすぐそばにいたのだよ。しらなかった?」
「しらねえよ。おいら 海水浴なんかににいったことねえよ」
「知らないことがあるもんか。ほら、君たちが砂の中にうめていた、太ったおじさんが殺されて大騒ぎになったじゃないか。知っているだろう」
「知るもんか。おいら、もう帰るよ」
「そうか、残念だなぁ。答えてくれたら、これをやろうと思っていたんだがね」
「あっチョコレートだ! おくれよ。おいら大好きなんだ」
「いいとも。だけど、ちゃんと答えないとだめだ。どうする?」
「・・・おいらになにをききたいのさ」
「さっき、君は鎌倉なんか行ったことがないといったけど、あれはうそだね」
「・・・ああ、そうだよ。でも、それがなんだよ」
「鎌倉の海水浴場で、太ったおじさんと遊んだよね」
「ああ、だからなんだよ。おいら、遊んでいただけだよ」
「よしよし。じゃあ、この小さいやつをあげよう」
裕太郎は、それをひったくってばくばく食った。
「どうだ。おいしいだろう。もう少し話してくれたら、こっちの大きいのもあげるよ。
それから君は、遊んでいるふりをして、砂の中のおじさんの胸に短刀を突き刺したんだよね」
「ああそうだよ。おいらはいやだっていったんだけど、親方の命令だからな。親方に逆らうとこわいんだ」
「そうか、そうか。よく話してくれた。さあ、これをあげるよ」
裕太郎はそれもひったくると、口にほおばった。
「おいしいかい。だけどこっちにはもっとおいしいのがあるんだ。ほーら、どうだい。きれいな箱にはいっているだろう。箱だけじゃないよ。中身はものすごくおいしんだ」
「おじさん、お願いだよ。それも頂戴よ。こんなおいしいチョコレートは初めてだよ。
「そうかい。では教えてくれたらこれもあげるよ。この箱に入っているやつは、この間おねえさんのところからもってきたのより、ずっとおいしいんだよ」
「いいや、あれもおいしかったよ。おいら、すぐ全部たべちゃったんだ」
「あのとき、君はどこに隠れていたんだい」
「床の間に大きな花瓶があっただろ。おいら、それに隠れていたんだ」
「へーそうなんだ。あんな花瓶に隠れることができるなんて、すごいな」
「あたりまえだい。さんざん親方に仕込まれたからな。おじさん、早く頂戴よ」
「ああ、もうひとつ答えてくれたらあげるよ。君は夜中に花瓶からぬけだして、寝ているおねえさんの胸に短刀を刺したんだね」
「ああ、親方の命令だからな。逆らうと、何回もぶたれたうえに、箱にいれられて飯抜きになるんだ」
「そうか、そうか。ひどい親方だな。さあ。お待ちかねのチョコレートだよ」
それまでチョコレート欲しさに、ぺらぺらしゃべっていた裕太郎だった。
しかしはっとして剣崎を見た。
「おじさん、おいらから話をきいたっていわないでおくれよ。おいら、親方が怖くてしょうがねえんだ。ばれたらぶたれたあと箱にいれられて、化け物にされちまう」
「そんなこというもんかね。おじさんと親方とは友達なんだ。で、なんだいその箱というのは」
「ブルブル、地獄だよ。箱づめにされちゃうんだ。首だけだしてあとは箱の中だ。手足もしびれて動けねえ」
「箱づめだって、そんなひどいことされるのかい」
「それだけじゃない、化け物にされちゃうんだ!ブルブル。おいら、もういくよ!親方がこわいんだ!」
裕太郎は逃げ出した。
「あっきみっ ・・・にげられてしまったか」
 
7 
 
「剣崎さん、お話からすると、裕太郎が犯人なのは間違いがなさそうでね」
三島は唇を噛んだ。
「友の介は発育不良で小柄です。また言葉も幼稚で字もしらない。知恵遅れのこどもです。しかし、リスのように敏捷で芸がうまい。また、裏にいるやつらの命令に、絶対逆らわないように教育されているようです」
「裏にいる親方とは何者だろう。もしかして、あやさんが見たという背むしのじいさんかな。そいつが裕太郎を使って殺したのかな」
「それはまだわかりまません」
「剣崎さん、それから、今朝私にこんなものが届きました。これをみてください」
「手紙のようですね」
「これには大変なことが書かれているのです。読みます」
  
『前略 春樹殿 驚かれると思うがわたしはお前の兄だ。やっとおまえを探し当てることできた。わたしは今病気だ。病気は重く、私はもう長くはないだろう。死ぬ前にお前にどうしても守ってもらいたいものがあって連絡した。詳しいことはこちらにきてもらってから話す。執事の鮫島を訪ねてくれ。では待っている。 海道昭夫』
 
「この海道昭夫という名前に心当たりは?」
「ありません。しかし、兄だといっている。ここにいけば、私の失われた過去がわかるかもしれません」
「しかし、ワナかもしれません。危険な匂いもします。それにこの場所は裏日本の孤島のようです。岩戸島というのですか。もう少し、調べてからでもいいのではないでしょうか」
「危険は覚悟のうえです。それに兄は死にかけているようです。生きているうちに会わないと、なにもなりません。わたしは行きます」
「・・・決心はかたいようですね。では十分気をつけていってください」
わたしは、こうして裏日本の絶海の孤島に旅立つことになった。わたしは、剣崎の忠告などほとんど耳に入らなかった。まだそのときは、恐ろしい運命が自分を待ち受けているとは、夢にも思わなかったのだ・・・ 

第三章      孤島の悪夢



わたしは列車を乗り継ぎ、岩戸島の最も近い港についた。それから先の岩戸島に行くには、土地の漁師にでも渡してもらう以外、手段はないのだ。とりあえずわたしは、昼飯を食うために入った食堂の女将にたのんでみることにした。
「ここから岩戸島にいく船はないでしょうか。なんとか今日中に島に渡りたいのですが」
「岩戸島にいきなさると。あそこは気味の悪いとこでのんし。海道屋敷をのぞいて、漁師の家が七、八軒ばかりあるやろか。見るところもない、岩ばかりの離れ島やわな。あなた、何でそんな島にいきなさる」
「わたしは海道屋敷の昭夫さんに呼ばれてきたのです。なんとか船の手配をしていただけないでしょうか」
「海道屋敷の息子さんのお客さんかいな。あの方は病気で、もう長いことがないちゅう噂やわな。それでこられたのかいな。背むしの剛太郎さんのことはしっとるんですかい」
「いや、知りません。というより何も知らないんです。背むしの剛太郎さんとはだれなんですか」
「剛太郎さんは海道屋敷の主ですわな。昭夫さんはその甥っこですわい。ただし、本家の血筋は昭夫さんなんだけんど、体が弱くて、実際は執事さんが仕切っているんじゃないかのう。詳しいことは分からんが。海道屋敷の先代は、この辺を仕切っていた漁師の網元でな。それはそれは羽振りがよかった。だけんど、先代のとこに剛太郎さんが来てから、なにやら雰囲気が変わってしまったでな。みな気味が悪がって近寄らなくなったでのんし」
「それは、どういうことですか」
「剛太郎さんは、化け物をたくさん飼っているとか・・・あ、いやいや、噂じゃ、噂じゃ。そうじゃ、五平さんなら船をだしてくれるかもしれん。連絡してみるで、少し待ってのんし」   
暫くして船頭からの連絡があった。わたしは、五平さんの船にのせてもらい、なんとか岩戸島に向かうことができた。
荒波をこえて舟は進み、やがて、岩戸島の奇妙な姿が眼前に現れた。それは全てが岩でできているらしく、緑はほんの少ししか見えない。岸はすべて数丈のある断崖で、こんな島に住む人がいるかと思われるほどであった。近づくにしたがって、その断崖の上に数軒の人家が点在するのが見えてきた。そのいっぽうの端に、こんな島に不似合いな城壁を思わせるような大きな屋根が見えた。そして隣の白い大きな建物は土蔵であろう。巨大な城を思わせる屋敷が現れた。海道屋敷・・・それは、まるでこれからのわたしの行く道に、立ちはだかるがごとくの威圧感を持ってそびえたっていた。
「あれが・・・海道屋敷か!」
やがて、五平の船は小さな船着き場に着いた。
「お客さん着きました。ここが岩戸島でのんし」
わたしは五平にお礼を渡すと上陸した。
道はまっすぐに屋敷にむかってのびている。わたしは、緊張と不安が入り混じる汗で濡れる手の平をハンカチでふくと、意を決して歩きだした。
 

 
海道屋敷の大きな門をくぐると玄関に着いた。武家屋敷を思わせる重厚な造り。海道家のかつての隆盛がうかがえた。玄関に着くと、一人の女性と執事と思われる男性が玄関にでてきた。話が通っているらしく、すぐに海道昭夫の部屋に通された。海道昭夫は、よほど具合が悪いとみえて、いつもは床にふせっているらしい。しかし、本日は洋服に着替えて、椅子にすわって出迎えてくれた。彼はわたしと三歳しか違わないはずなのだが、やせて顔色が悪く、十歳以上年上にみえた。だが、初めて会う弟に注ぐ、自愛にみちたまなざしは、まごうことなく兄を感じさせた。
「春樹、遠いところをよく来てくれたなあ。疲れたろう。言ってくれれば、迎えの船をだしたのだが」
それには答えず、わたしは兄を見据えた。
「あなたが昭夫さん、ぼくのお兄さんですか」
「ああそうだ。それから、これが家内の千代子で、執事の鮫島だ」
「はじめまして。千代子です」
「執事の鮫島です」
「お前はまだ赤ん坊のとき、誰かにつれさられてしまったのだ。だれが、何のためにお前を連れ去ったのかは知らない。わたしはずっとお前を探していたのだ。そして、お前の婚約者が殺されたニュースを、東京の知り合いからきいたのだ」
「お兄さん、その知り合いとは・・・まさか」
「八尾本さんという人だ」
「なんてことだ。どうして彼と兄さんは知り合いなんですか」
「詳しいことは明日話そう。お前も長旅で疲れたろう。私も、もう休む時間だ。手紙に書いたとおり、体の具合がよくないのでな。長くは起きていられんのだ。鮫島に部屋に案内させよう。全ては明日話そう。ではお休み。鮫島、春樹をたのむよ」
「かしこまりました。春樹さん、ではお部屋にご案内します」
「わかりました。では明日。おやすみなさい」
たくさんの部屋を通りすぎ、広大な庭に驚きながら、わたしは鮫島の後に続いた。
そして、長い廊下を歩きながら鮫島に聞いた。
「鮫島さん、この屋敷には兄さんと千代子さんのほかには、だれが住んでいるのですか」
「この屋敷の主は、海道一夫さんという方でしたが、病気で亡くなられました。その後、長男の昭夫さんが継いだのですが、あの通りお体が丈夫でないため、叔父の剛太郎さんが大体を取り仕切っております。この屋敷には剛太郎さん、女中と使用人を仕切っている賀川玲子さん、それから最近入った下男の堤がいます」
「剛太郎さんには奥さんはいないのですか」
「昔はおられたらしいのですが・・・」
突然、あらあらしい足音がして髭ずらの背むしの老人があらわれた。
「おい、鮫島! 余計なことは言うんじゃないぞ。お前か、東京から昭夫が呼んだ、弟とかいうやつは」
「あなたは?あなたが剛太郎さんですか」
「そうだ。お前は昭夫をたらしこんで、海道の屋敷と財産を手に入れるつもりだろうが、そうはいかねえ。とっとと東京にかえれ」
わたしは突然の無礼な言い方にかっとして言い返した。
「なんだって。とんだいいがかりだ。わたしは昭夫さんに呼ばれてきたんだ。あなたこそ東京で私の婚約者の後をつけたりして、何をたくらんでいるんです!」
「おれがお前の女のあとをつけただと。いい加減なことをいうな。おれは東京になんか行ったこともねえ」
「うそをいうな。あなたが色々悪さを指示しているんでしょう。僕はみんな知っているんだ」
「何をいってるんだ。おれが背むしのかたわ者だからって馬鹿にしてるな。小僧、余計なことをすると生意気な口をきけなくしてやるぞ。それから、ひとつ忠告しておく。いいか、土蔵には近づくなよ、いいな」
たまりかねて、鮫島がわって入った。
「まあまあ、剛太郎さん。春樹さんはそんな方ではありませんよ。今日はお休みください」
「ふん、どうだか分かるもんか。最近、この屋敷で変なことばかりおこりやがる」
荒っぽい足音をたてて剛太郎は行ってしまった。
 「春樹さん、どうも失礼しました。剛太郎さんはあのとおりの背むしで、小さいころからずっといじめられたりして、性格が曲がってしまったのです。お許しください」
「鮫島さん、やはり思ったとおり、東京での殺人の犯人はあいつですよ。子供の曲芸師を使って私の婚約者と友人を殺したのはあいつです。間違いありません。わたしはそのことを確かめるためにきたのですよ」
「なんですって。 たしかに剛太郎さんは偏屈な人ですが、人殺しなんて・・・」
「それに土蔵にちかづくな、なんていってました。そこに重要な何かがある証拠ですよ。明日調べてみます」
「いや、あそこへはいかないほうがいい」
「鮫島さん、あなたもなにか知っているんですか」
「いや・・・何もしりません」
わたしは、怒りをおさえながら呟いた。
「いや、絶対なにかがある。証拠をつかんで警察にひきわたしてやる」
その夜のことである。わたしは不気味なうめき声とも、うなり声ともつかない音で目がさめた。それは、まるで地獄の底から聞こえてくるような音であった。わたしは、たまらず飛び起きると、音の聞こえるほうをみた。それはあの土蔵のほうから聞こえる。そして、次ぎにあの悲しいような美しい歌声。思わず、わたしは土蔵のほうを見た。
しかし、そのあと音はぴたりとやんで、それきり聞こえなくなってしまった。あたりは恐ろしいくらいの静寂がつつんでいた。

第四章 奇形の美女
 
10
 
わたしは、昨夜の不気味な声のことを考えながら、いつのまにか眠ってしまったらしい。目覚めた時には日はとっくに上っていた。
居間には、すでにきちんと正装した鮫島がいて、お茶の用意をしていた。
そのときだった。千代子夫人が蒼白な顔で駆け込んできた。
「鮫島さん、大変です。夫が!夫が!」
「奥さん、どうしたんです。朝から」
「死んでいるのです! 冷たくなって、脈もありません」
「なんですって!」
鮫島とわたしは、は大急ぎで昭夫の部屋に行った。そこにはすでに冷たくなった昭夫が横たわっていた。
「なんてことだ、会ったばかりだというのに・・・・」
わたしは、胸がしめつけられる思いだった。
昭夫は、初めて出来たたった一人の肉親であったはずだ。
騒ぎを聞きつけて皆がやってきた。
「なにごとです、鮫島さん」
女中頭の賀川玲子が入ってきた。剛太郎もあくびをしながら、入ってきた。
「昭夫様がなくなられたのだ」
「ええっ」
「どうした、朝っぱらからそうぞうしいな」
「昭夫様が・・・・」
「何だと。昭夫が死んだ? 急に具合が悪くなったのか? 千代子はそのときどうしていたんだ」
「わたしはいつものように隣で就寝しました。夫はいつものと変りませんでした」
「ううむ。このところ屋敷で変なことばかり起こっていたが、挙句の果てにこれか」
剛太郎はうなった。そして、じろりと鮫島をみると言った。
「まさか、昭夫は殺されたんじゃないだろうな」
「そんな、剛太郎さん、変なことを言わないでください」
「いいか、部屋があらされていたり、先代の書庫にだれか入った形跡があったり、こんなことがたて続けにおこっているんだ。誰かがこの屋敷に忍び込んで、なにかをやろうとしているにちがいねえ」
「そんなばかな。剛太郎さん、いいかげんなことを言わないでください。春樹さん、あなたは医者でしたね。とにかく、診ていただけませんか」
「わかりました」
三島はやせた兄の体を調べた。体に傷などはない。
「これは・・・・急性の心不全のようです。体にはなんの傷もないし、外的要因で死んだのではないと思われます。不審があれば、警察で司法解剖という方法がありますが」
「そこまでは・・・・もともと心臓がわるかった人です。急に具合が悪くなったのかもしれません」
千代子夫人はうなだれて言った。
剛太郎は三島の方をみると、憎々しげに吐き捨てた。
「おい、春樹とかいったな。お前がきたからこんなことになったんだ。おまえは疫病神だ。とっとと東京にかえれ」
「剛太郎さん、春樹さんは関係ありませんよ。賀川さん、みんなに落ち着くように言ってください。とにかくお葬式の準備をしなくては」 
「かしこまりました。さあ、みんな。葬儀の用意にとりかかるのよ」
賀川と女中たちは戻っていった。
「奥さん、ここにはご主人係りつけの医者はいないのですか」
「はい、前はおりましたが」
「おやめになったのですか?」
「いえ・・・・」
剛太郎がさえぎって怒鳴った。
「おい、余計なことを聞くな!おまえには関係のないことだ」
「ぼくは医者として当然のことをお聞きしているだけです。こんな離れ小島に病人がいて、だれも診るものがいないなんておかしいですよ」
千代子があわてて答えた。
「お医者様はおられましが、事情があってお辞めになりました」
「・・・・そうですか。わかりました」
みな、何かを隠している・・・わたしは心のもやもやをかかえたまま部屋に帰った。
しかし、なんと言うことだ。話を聞く前に兄は死んでしまったのだ。
 
11
 
皆、午後になって、少しだけ落ち着きを取り戻した。
わたしは鮫島に聞いてみた。
「鮫島さん、兄はわたしに何も話さずに死んでしまいました。なにをわたしに話したかったのでしょうか? 何か聞いていませんか?」
「昭夫様はご自分でお話になるつもりでしたので、わたしも何も聞いておりません」
「兄は守ってもらいたいものがあるといっていました。それが何か心当たりはありませんか」
「それは多分、この屋敷に伝わるという膨大な財宝のことだとおもいます。先代のお亡くなりになった一夫さんは、その財宝の在処をなにかに書き留めたと聞いています。昭夫さんはそれをずっと探しておられました」
「兄は、なぜそれが必要になったのでしょうか」
「港でお聞きになったでしょうが、海道家は昔は網元で大変裕福でした。しかし、今は漁師も少なく、ごらんのとおりです。先代の残してくれた遺産を食い潰しているのです。この屋敷を維持するのは大変なのです。昭夫さんはそのために財宝を探しておられたのでしょう」
「それはどうして見つからなかったのでしょう」
「詳しいことは知りませんが、その在り処は家系図のようなものに書かれたらしいと聞いています。しかし、その家系図は誰かが持ち出してしまったらしいのです。昭夫さんはその行方をさがしておられました」
「家系図ですって!」
「なにかご存知なんですか?」
「ええ、わたしが持っています」
「えっ、あなたがそれを。どのようにして手に入れられたのでしょうか」
「恋人からもらったのです。鮫島さん、剛太郎がこの宝をねらって動いたことは、明白になりました。いっしょに財宝を探しましょう。兄もそれを望んでいたはずです。おねがいします」
「わかりました。ではそう致しましょう」
「兄の葬儀が終わったらすぐに探しましょう」
 
12
 
一方こちらは千代子と賀川が、別室で対峙していた。
「賀川さん、主人は殺されました。あなたもそう思うでしょう」
「奥様、なぜそんなことを」
「それは、あなたが主人を殺したからよ」
「奥様、何を馬鹿なことを。わたしがそんなことをして何の得があるのでしょう」
「あなたは、主人が毎日飲んでいる薬を調合している。これを飲み始めてから、主人は弱っていった」
「それは林田先生の調合です。わたしは関係ありません」
「剛太郎さんの言うとおり、この屋敷で最近変なことが起こりはじめている。主人が家系図を探しはじめてからね」
「家系図なんて、わたしにはなんのことか」
「とぼけないで。主人がこの屋敷の維持のために探していた財宝のことが書いてある家系図よ。この話は、わたしと主人と剛太郎さんしか知らないはず。ところがこの話をあなたは主人から聞きだしたのよ。色仕掛けでね」
「誤解です。わたしはそんな」
「主人があなたを気に入っていたのを、知らないとでも思っているの」
「本当に誤解です」
「あなたは財宝をねらっているのよ。あんな、もうじき死ぬような男に興味があるはずが無い」
「そこまでいわれるのなら、この際はっきり申しあげておきます。たしかにわたしはご主人が好きでした。親の無いわたしをひろってくれて、女中頭にもしていただきました。
感謝こそすれ、殺すなんて有り得ません。そんな恩知らずではありません。奥様こそ、旦那様に嫌われていましたね。もともとお金目あての結婚で、介護のために嫁にきたようなものですからね。女盛りのあなたには、さぞかし夜がつらかったでしょうよ」
「なんですって。正体を表したわね。この泥棒猫め」
「とにかくわたしは何もしていません。第一、あなたが隣に寝ているところで何ができるんですか。あ、ひょっとしたらあなたがご主人を殺したんじゃないですか。介護疲れというやつで」
「もう我慢がならない。おまえはクビよ!でていきなさい!」
「おや、いいんですかね。明日からだれがこの家の家事を仕切るんですかね。代わりがいないんじゃないですか」
「おのれ・・・・っ 堤、堤、堤はいないの!」
下男の堤がのそのそ入ってきた。
「へい、奥様、なんでやしょうか」
「おまえ、今からこの泥棒猫のかわりに屋敷を仕切りなさい」
「へ、そりゃ無理で。おいらは力仕事専門ですから」
「とにかく、この泥棒猫をつれていきなさい!」
「へ、どこに猫がいるんで? 」
「いわれなくてもでていきますよ。堤さん、猫はわたしのことよ」
「へ、賀川さん、いつから猫になったんで?」
 
13
 
兄の葬儀はしめやかに、簡素に取り込名われた。
わたしも島にも慣れ始め、少しだけ落ち着きを取り戻した。わたしは、海岸のほうへ理由も無くぶらぶらと歩いていった。そのとき――かすかにあの夜にきいた、美しい声、歌が聞こえたのだ。
「また、あの歌だ。土蔵の方からから聞こえてくる」
わたしは、引き寄せられるように土蔵に近づいた。
「おや窓があるな。なにかいる」
土蔵にちかづくと、窓から何かが覗いた。
「あなたは、だれ?」
「き、君は」
土蔵の窓から覗いたのは美しい女だった。
長い黒髪、真っ白い肌、赤い唇、そして黒い黒曜石のような大きな瞳。
「あなたは、だれ? お屋敷の人?」
「そ、そうだ。東京からここにきたんだ。君はだれだい」
「わたし、みよです。とうきょうって、どこ?」
「君は東京をしらないのか。そこから出たことがないのか」
「出たい。でも出られない」
その時、くぐもったような男の声がした。
「みよちゃん、だれと話をしているんだ。おとっつぁんにぶたれるぞ」
「おとこのひと。きれいなおとこのひと」
「みよちゃん、やめろ、外をみるな! 」
「あっ、貞ちゃん。やめて!
いきなり女の顔が引っ込んだ。そして、次の瞬間、醜悪な男の顔が突然現れた。窪んだ眼、その奥に不気味に光る蜘蛛のような眼球。どす黒い肌に出っ歯がはみでた唇。ばさばさの髪が長く伸びて肩までたれている。
だが醜悪な男の顔もすぐにひっこんでしまった。
「あ、おい、ちょっと!」
わたしは、あわてて土蔵の窓によじ登り、中をのぞいた。
そこには、世にも奇怪な人間、男と女が背中のへんでくっ付いている、奇形人間がいた。奇形人間の男は女を遠くに引きずろうして、もがいていた。女は逆にいやがって、男から逃げようとしているように見える。美しいものと醜悪なものが同時にうごめいている。なんという光景であろうか。
「あれは・・・・なんということだ。男と女が背中でくっついている。あんな人間がこの世にいるとは。それにしても女の子の美しさはこの世のものとはおもえない美しさだ。まるで日本人形だ。反対に男のほうはなんと醜いことか。最も美しいものと、最も醜いものがいっしょになっている。なんという異常な世界だ」
わたしは窓からおりると、改めて土蔵をみあげた。すると、土蔵から石にくるんだ手紙が飛んできた。
「やっ 石つぶてにくるんだ手紙だ。あの女の子からだ」
「わたしのことは、やおもとさんからきいてください。そして、わたしをここからだしてください。あなたは、きれいでかしこいひとですから、きっとわたしをたすけてくださいます」
「なんと。やおもと・・・・八尾本っ、あの八尾本さんか!するとかれはここに来たのか。そしてあの子に会ったのか」
「おい、お前!ここには近づくなといったはずだ!」
そのとき、いきなり後ろから声がした。
そこには憎々し気な表情の剛太郎が立っていた。
「あっ、剛太郎!この人殺しめ。おまけにあの女の子までとじこめて。警察にひきわたしてやる」
「なんだと、きさま。おれは警察につかまるようなことはしていない」
「口では何とでもいえる。僕は、本当は恋人の敵討ちにきたんだ。おまえの悪事を暴きにな。昭夫さんも、本当はおまえが殺したんだろう。夜にいつもきこえてくるうめき声はなんだ。土蔵に何を隠しているんだ。本当のことをいわないと警察にいうぞ」
「ううむ。いわしておけば。いいだろう。土蔵を見せてやる。昭夫から何をきいてきたのか知らんが。よし、ついて来い」
剛太郎が土蔵の扉をあけた。中は結構ひろく、うすぐらい廊下がつづいている。そして、その、奥の部屋の鍵を丈五郎はあけた。そこには鎖につながれた男女の姿があった!
男は長い間とじこめられていたとみえて、髪も髭もぼうぼうであった。女は憔悴した生気のない目で、弱弱しく懇願した。
「あああ、おまえさん。許しておくれ、許しておくれ。もうここから出しておくれ」
「剛太郎さん、もう、かんべんしてくれ、かんべんしてくれ」
わたしは、絶句して立ち尽くした。
「なんてひどいことを・・・・なんでこんなことをする。あの人たちはだれなんだ!」
「あれはおれの女房のすみだ。もうひとりは女房の不倫相手、昭夫の係りつけの医者だった林田だ」
「なんだって!」
「ひどいことだと?わかったようなことをいうな。ひどいことされたのはこっちだ。俺はすみを心から愛していたのだ。かたわ者の俺ところに、まっとうな嫁がきたんだ。おれは嬉しかった。すみの欲しがるものはなんでも買ってやった。やりたいことは何でもやらせた。だが、すみは医者の林田と姦通したのだ。俺は裏切られたのだ。そのときの俺の気持ちがわかるか。もっとも信頼し、愛していた女に裏切られたのだ」
 
******
 
「先生、わたしたち、もうはなれられない」
「すみさん、わたしもだ。愛してる」 
「これで、あの剛太郎さえいなければ」
「剛太郎はあなたの夫だ。離婚してもらえなければどうしようもない」
「わたしはお金のために海道の家に売られてきたのよ。あんな、背むしの醜い男、どうでもいいの。それより・・・・」
「あの計画か。あれはうまくやらないと危険だ」
「大丈夫よ。わたしが毎日すこしずつ、何かにまぜて飲ませるから。すこしずつ弱って、そして死ぬわ」
「すみさん、あなたは悪い女だ」
「あなたといっしょになるためよ。そして、こんな離れ小島から出なきゃ。本土にいくのよ。本土にいって暮らすのよ。こんな離れ小島、大嫌い」
 
******
 
「すみは俺に砒素をもろうとしたのだ。おれを殺し、林田といっしょになってこの屋敷をのっとろうしたのだ。だから、罰をあたえたのだ」
あまりの事実をつきつけられて、わたしは茫然とした。剛太郎は不気味な笑いを浮かべながら言った。
「だからといって、こんなこと・・・・それから、もう一人の女の子はどうしたのだ」
「みよか。あれは林田と不倫して生まれた子供だ。もうひとりの貞夫とくっついて生まれたのだ。きれいな日本人形のようだが、かたわ者には違いない。だから、外に出ないように、ここにいさせているのだ」
「とじこめるなんて、やっていいはずがない」
「お前になにがわかる!」
突然、剛太郎は叫んだ。
「生まれながらの奇形人間。表にでれば石をなげられ、唾をはかれ、いじめられる。だから、ここに居るほうが幸せなんだ。おまえにかたわ者とさげすまれ、化け物といわれ、生きてきた者の苦しみがわかるか。おまえも同じようにとじこめてやる。みんな、でてこい!」
剛太郎の一声で、奥の扉が開いた。なんということだ。扉の奥にいた大勢の奇形人間が一斉に現れた。手が三本あるもの、目が三つあるもの、獣のように全身毛でおおわれて這うもの・・・
「ぐおお~~~ どへへ~~~」
うめき声のようなわめき声のような声。そして、わたしに一斉に襲いかかってきた。
「うわっ、なにをするんだ。やめろ!」
「いったはずだ。土蔵には近づくな、とな。ふふふふ」
剛太郎は不気味にほくそ笑んだ。
「やめろ、やめろ!」
「こいつを閉じ込めろ!」
わたしは奇形人間たちに、すみと林田が閉じ込められている部屋に放り込まれてしまったのだ。
ガチャ―ン! 扉の音が冷たく響いた。
「くそっ。開けろ!ここから出せ!」
「無駄ですよ。だれも助けにこない」
「すみさん、林田さん。あなた方はどれくらい閉じこめられているのです」
「私たちは、二十年間このままです」
「二十年間も・・・・」
「わたしたちは罰をうけたのです。死ぬまでこのままでしょう」
「なにをいうんです。なんとかここを脱出しましょう」
「仮にここを出たとしても、剛太郎の子分の奇形人間たちに、すぐみつかってしまいます。彼らの中には人より劣っている分、すぐれた能力をもっているやつがいるのです。たとえば、普通の人間の耳の十倍もよく聞こえるやつとか。それにどうやって島をぬけるのですか。船は、剛太郎の配下の漁師たちしかもっていません。剛太郎に逆らったら、ここでは生きてゆけないのです」
ああ、なんという油断だったのだ。剛太郎は奇形人間たちを子分に従え、悪事の限りをつくしている。わたしはこのまま、一生ここですごすのか。絶望が体の隅々までしみこんでくるようだった。 

第五章 恐ろしき恋
 
14
 
わたしは土蔵にとじこめられてしまった。一日二回、剛太郎の子分が、食事を運んでくる。それ以外は何もない世界だった。絶望に打ちひしがれているときだった。事態は思わぬ方向に動いた。二日ほどして剛太郎があらわれたのだ。
「どうだ。すこしは骨身にこたえたか」
剛太郎は、わたしを見下したようなうすら笑いを浮かべた。
「いいか、よく聞け。俺に協力すればここから出してやる」
「何の協力だ」わたしは憮然として答えた。
「俺はこの島にかたわ者だけの楽園をつくるのだ。そして、俺をバカにしたやつら
を皆、奇形人間に変えてやる。おまえは医者だ。手術で奇形人間をつくることもできる。たとえば、みよと貞夫のような人間を」
「なんだって! わざわざ人間をくっつけようというのか」
「そうだ。奇形になったら、どんな人生が待っているか、教えてやるのだ」
なんという、おぞましい考えだ。わたしは、剛太郎をさらに憎んだ。
しかし、ここから出るためにはやむをえまい。いうことをきくふりをして、チャンスを伺うことにしようと考えた。
「むむむ、悪魔め。しかし、僕もここから出たい。しかたがない、協力しよう。ただし、ひとつ条件がある」
「なんだ、言ってみろ」
「みよと貞夫を切り離さしてくれ」
「なんだと・・・・あいつらを切り離したら、死ぬかもしれんぞ」
「僕の考えでは、彼らは別の人格だ。その証拠に、お互いまったく別の行動をしようとする。脳も、心臓も別別の意思をもっている」
「ふん・・・・そうすれば、おれの言うこときくのだな」
「ああ、約束しよう」
「よし、いいだろう。林田の手術道具と部屋をつかえ。ただし、今後ちょっとでもへんな真似をしたら、ここへ逆戻りだぞ」
わたしを屈服させたとおもった剛太郎は、上機嫌でわたしを解放した。
屋敷にもどったわたしを、鮫島が驚いて出迎えた。
「春樹さん、二日間もどこにいっていたのです。ずいぶんさがしましたよ」
「わたしは、剛太郎に土蔵にとじこめられていたのです」
「えっ では、あの中をごらんになったのですか」
「なぜ、本当のことを教えてくれなかったのですか」
「剛太郎さんは、あのような奇形人間を束ねて面倒をみているのです。奇形人間は全て剛太郎さんの子分です。あの人に逆らうと春樹さんと同じ目にあうのです。だから・・・・」
「ううむ。なんてひどいやつだ。鮫島さん、わたしは、土蔵にいたみよさんと貞夫にもあいました。それから、すみさんと林田先生にも会いました。いずれ、チャンスをみて助け出そう考えています」
わたしはどうやって土蔵からでるこができたかを、鮫島に話した。
「そうでしたか・・・・剛太郎さんも、あなたを永遠に閉じ込めるつもりはなかったにしても、自分に逆らうものは、すみさんたちのように歪んだ罰を与えるのです。おとなしく、いうことを聞くようになったら解放するのです。奇形人間のなかには、彼に逆らうものもいましたが、皆、同じ目にあいました」
「鮫島さん、わたしはこれからみよさんと貞夫の切り離しの手術を行います。林田先生の部屋には、まだ道具があると思うのですが」
「あのくっついている二人を切り離すのですか。わかりました。道具と部屋はすぐ確認します」
「おねがいします」
 
わたしは鮫島のはからいで手術を行うことができた。
わたしのメスでみよと貞夫は切り離された。思った通り、二人は別々の人間として、別々の意思をもっていた。二人の傷口は順調に回復していった。
術後の経過を診ながら、わたしのみよへの想いは、日増しに強くなっていった。よく見るとみよはあやによく似ていた。美しい黒髪と黒曜石のような瞳、白い肌、着物をきたみよは、まるで日本人形のようであった。みよもこのような孤島で、若い男など見たこともなかったせいか、わたしを心から愛してくれた。
そして、暫くして、わたしはみよから恐るべき体験をきいたのだ。
以下は、みよがわたしに語った物語である。
 
15
 
『みよの告白』
わたしは貞夫さんと体がくっ付いて生まれたそうです。小さいときは一緒に泣いたり笑ったりして仲がよかったそうです。わたしの世話は、おたねさんというおばあさんがしてくれていたそうです。やはりカタワモノでしたが、足の片方曲がっている程度の人でした。この人がご飯の支度や、お風呂にも入れてくれていました。おたねさんは歌が好きで、色んな子守歌などを知っていましたので、わたしも教えてもらいました。わたしが歌をうたっているとき、貞ちゃんは、じっと聞いていました。たぶん、貞ちゃんも歌が好きだったのでしょう。わたしたちは次第に大きくなってきました。同時にわたしは肌の色が白く、髪も長く伸びていきました。唇もふっくら赤くなっていきました。何よりも胸がふくらんできたのはびっくりしました。おたねさんに聞いたら、年頃になると女はみんなそうなるから心配ない、と言われ少し安心しました。
反対に貞ちゃんは肌の色は黒く、手足には毛がはえてきました。体もごつごつして骨ばってきて、声も低くなってきました。わたしはだんだん貞ちゃんがこわくなりました。
貞ちゃんは大きくなるにつれて、だんだん変わってきたんです。わたしと貞ちゃんは、本当は別々なのだけど、おしりのところでくっついているので、ひとりの人間と思われていたんです。貞ちゃん方が男で、わたしが女だということは、大きくなるにしたがってわかってきました。
そのころから、貞ちゃんがわたしに変な事をするようになったのです。
あるとき、寝ていて息がつまりそうになったので、びっくりして目をさましました。
そしたら、貞ちゃんの顔がわたしの顔の上に重なっていて、貞ちゃんの唇がわたしの唇をおさえつけて息ができないようにしていたのです。けれど、わたしたちは腰の横のところでくっいているので、からだを重ねることができません。顔を重ねるのも、物凄く難しいのです。それを貞ちゃんは、骨が折れてしまうほどからだをねじまげて、一生懸命、顔を重ねていたのです。
「おれはみよちゃんが好きだよ。本当に好きだよ。みよちゃんもおれを好きだろう」
「いやだ、いやだ。貞ちゃんは嫌いだ。こんなことをする貞ちゃんは大嫌いだ」
そして、貞ちゃんの手は、寝ている間中わたしのからだをずっとさわっているのす。
「だけど、おれは秀ちゃんが好きで好きでたまらんのだ。いくら嫌われても、離れることはできんのだ。あきらめて俺を好きになってくれよ」
「嫌だ、嫌だ。貞ちゃんはこんなことをするから本当に嫌いだ」
わたしたちは、からだはひとつだけれど、心は別々です。わたしは醜い貞ちゃんをどうしても好きになれませんでした。わたしは、貞ちゃんとこのままでいたら、死んでしまったかも知れない。でも、わたしはずっとここから出ることは出来ないのです。だから、かなしくて土蔵の窓から外ばかり見ていました。お天気の日には海が見えました。
きれいな海でした。
ある日、窓の外に物音がしたので、覗いてみますと、大きい太った男の人が窓のほうを見上げていました。
「君はだれだ。どうしてこんなところに閉じ込められているんだ」
「わたしはみよです。でも貞ちゃんがいるので出られないのです。あなたはだあれ」
「わたしは八尾本というものだ。貞ちゃんて誰だい」
「おい、お前はだれだ。ここに近寄るな。おれの大好きなみよちゃんに近寄るな」
「あっ 男の子! いや、いっしょの人間か。なんということだ。男と女がいっしょの人間か。美しい女の子と野獣のような男がくっついている。なんという生き物だ」
大きい太った男の人は、びっくりしていました。
わたしは自分の名前をいって、わたしをここから出してください。助けてくださいとお願いしました。でも、貞ちゃんが邪魔をするので、わたしは沢山話すことはできません。
「君、いいか。必ず助けにくる。それまでがんばるんだ。いいね」
こういって八尾本さんはどこかへ行きました。わたしはその言葉をしんじて、この日が来るのをじっと待っていたのです。
 
そういうことだったのか。わたしはみよの話に衝撃をうけた。なんという恐ろしい恋だ。同じ体に最も嫌いな人間がくっついていて、片時もはなれることができないのだ。そして、あれから八尾本さんはここにきて、みよたちを見たのだ。それ以外にも、奇形人間たちをたくさん見たのだ。そのあと八尾本さんは剛太郎たちに襲われたのかもしれない。そして、東京に逃げ帰ってきて、殺されてしまったのだ。  
    
16
 
翌日の朝であった。賀川がばたばた鮫島のもとへ入ってきた。
「鮫島さん、大変です!千代子さんが、千代子さんが死んでます!」
「なんだって、今度は奥様が」
「あまり起きて来られないので、ご飯がさめてしまうので起しにいったのです。そしたら・・・・」
「すぐ春樹さんを呼んでくれ」
「は、はい」
夫人は唇があおざめ、苦しみもだえ、布団をかきむしったようだ。
傷などはなかった。ただ口からはかすかに異臭した。
「これは・・・・毒をのんだようですね」
「自殺でしょうか?」
「それはまだわかりません。ただ、自殺にしては遺書などは見当たりません」
「この部屋は鍵がかかっていて、だれも入ることができません。わたしも合鍵で開けたのです」
賀川は青ざめて言った。わたしはうなった。
「また密室か。殺人だとすると、いったい、犯人はどうやって千代子さんを殺したんだ。今度はあやの時のように壷もないし、隠れるとこなどありはしない。とにかく警察をよばないと」
「警察といっても、本土に連絡してからなので三日はかかります」
「とにかく呼びましょう。このままにしてはおけない。きっとまた、剛太郎の仕業です」
「でも、どうして剛太郎さんが・・」
わたしは気色ばんだ。
「きまっているじゃないですか。血縁者を次々に殺して、家と財宝をのっとるつもりなんです。きっと、兄も、千代子さんもやつに殺されたんです」
「奥様は、やはり殺されたのでしょうか」
「わたしがここにきてから、立て続けに二人死んだのですよ。こんなことが偶然おこるはずがありません。剛太郎がやったにちがいありません。ぐずぐずできません。やつを警察にひきわたしたあと、すぐ財宝を探しに行きましょう」
「わかりました」
「一刻も早く暗号をとかねば。これが、家系図にかくされていた暗号です」
「なんと。そこまでわかっていたのですか」
「はい、これがそうです」
 
『神と仏がおうたなら 巽(たつみ)の鬼をうちやぶり
    弥陀(みだ)の利益(りやく)を探るべし 六道の辻に迷うなよ』
 
「この暗号を解かなくては、財宝にたどりつけません」
 わたしは、こぶしを握って叫んだ。婚約者を殺し、友人を殺し、兄夫婦を殺し、財宝を一人占めにする輩に、何としても復讐することで、頭に血が上っていた。しかし、わたしはこの時とんでもない勘違いをしていた。わたしにはこの後、更なる恐ろしいことが待っていたのだ。

第六章      地底の財宝
 
16
 
その日の午後、わたしと鮫島、そして鮫島の意向で島の地理に詳しい賀川が同席して、財宝探しの打ち合わせが始まった。まずは暗号を解かなければならない。
 
『神と仏がおうたなら 巽(たつみ)の鬼をうちやぶり
    弥陀(みだ)の利益(りやく)を探るべし 六道の辻に迷うなよ』
 
「神と仏、この言葉が表すような場所は、この島のどこかにあるんでしょうか?」
「そんな場所はわからないな。賀川さんはわかるかい」
賀川は眉間にしわをよせて考えていたが、思いつたようにいった。
「神といったら、神は烏帽子岩の鳥居のことじゃないですか。仏といえば石地蔵でしょう。そんなもんしかここでは思い浮かびませんが」
「うん、それかもしれない。そして巽というのは方向をあらわしているのではないでしょうか。巽は東南のことです。でも鬼とはなんのことでしょう」
「ううむ。わからん」
「たとえば鬼がつくようなものはないでしょうか」
賀川が額にこぶしをあてながら唸った。
「おに・・おに・・・・鬼がわらとか」
「うまい、それだ。鬼がわらは土蔵の上にある」
「打ち破りとは、壊せという意味なのでしょうか」
「いや、そんなことはないでしょう。鬼がわらを壊しても仕方がない。何かのたとえでしょう」
「そもそも神と仏が出会うということは、どんな意味なんだろうか」
「うむ。そのことはずっと考えていました。たとえばそれは、それぞれに現れる影の方向を示しているのではないでしょうか。鳥居の影が石地蔵に当たる時間に、鬼がわらの影がどこをさすか。そこに何かがあると思われます」
「しかし、影は夏と冬では長さがちがいます。そこはどう考えます?」
賀川が疑問をなげかけた。
「それは、影の方向の目安でいいとおもいます。つまり、鳥居、石地蔵、鬼がわらの3点で三角形を描く。そうして推測するのです」
「なるほど。やってみましょう」
わたしたちは、影を追いかけながら宝がかくされていると思われるポイントを探した。苦労のすえ探しあてたのは、林の中にあった古井戸であった。わたしたちは茂った枝をかきわけて、古井戸の前まで行った。井戸の中をのぞくと、まっくらな地の底から、気味のわるい冷気を頬に感じた。
「こんなところに古井戸があったのか。ぜんぜん気がつかなかった。ロープを下ろしましょう。井戸におりることになりそうですから。こんなあけっぱなしの井戸の中なんて、おかしいですね。底の土の中にでも埋めてあるのでしょうか。この井戸を使っていた時分には、井戸さらいもやったでしょうから、井戸の中なんて、実に危険な隠し場所ですね」
「そうですね。用意周到な人物が、そんなたやすい場所へ隠しておくはずがない。それにしても、わたしはあの呪文にたった一つわからない点があるのです。巽の鬼を『打ち破り』とあったでしょう。わからないのはこの『打ち破り』なんだ。地面を掘って捜すのだったら打ち破ることになるけれど、井戸にはいるのでは、なにも打ち破りゃしない。あの呪文はちょっと見ると幼稚のようで、その実なかなかよく考えてある。あの作者が不必要な文句などを書くはずがない。打ち破る必要のないところへ『打ち破り』なんて書くはずがないのですよ。この井戸の底には横穴のようなものがあるんじゃないでしょうか。横穴はなにかでふさがれていて、それを壊してすすめという意味ではないかと。暗号の最後の文句を覚えているでしょう。ほら、『六道の辻に迷うなよ』と。その横穴がいわゆる『六道の辻』で、迷路みたいに曲がりくねっているのかもしれない。この井戸の底は、その『六道の辻』の入り口になっているんじゃないでしょうか」
「うん、うん。こんな岩でできた島には、よくそんな洞穴があるのです。その自然の迷路を、宝の隠し場所に利用したというわけですね。もしそうだとすれば、実際念に念を入れたやり方です。それほどにして隠したとすれば、宝というのは、相当なものに違いない」
「とにかく井戸に降りてみよう」
 
17
 
わたしたちはロープを使い、慎重に井戸へおりていった。井戸の中は壁面が石畳でできていて、それに一面こけがはえていた。足をかけると滑りそうになる。
「うわっ すべった!」
「鮫島さん、気をつけて!」
わたしたちはやっと井戸の底にたどりついた。すると、かすかに風が頬に感じる。マッチを擦ってみると炎がゆれている。やはりどこからか風が吹いているのだ。
「おかしい、こんな井戸の中に風がふいている。きっとどこかに横穴があるに違いない」
わたしたちは懐中電灯で、注意深く壁を調べはじめた。すると、一か所明らかに周りと異なる場所を見つけた。
「鮫島さん、ここはなにかあとで修復したような感じです。ここが横穴をふさいだところではないでしょうか」
「よし、ここを壊してみよう」
鮫島がそばにあった岩をその場にぶつけた。そこは簡単にくずれおちて、大きな穴があいた。
「やっ やはり、ここに横穴があった。ここを打ち破って、中に入れという意味だったのか」
「進んでみましょう」
わたしたちは横穴を注意深く進んだ。地底の暗闇と冷気が、いっそうはりつめた緊張感を増幅させているようだった。
「結構ふかそうだな」
「・・息が詰まりそうですね」
さらに奥に進んだときだった。そこは行き止まりになっていて、なにかがたくさん積んである。
「あっ あそこになにかありますよ。瓶のようだ。沢山ある。ひょっとすると」
「よし、ふたを開けてみよう」
鮫島が注意深くふたをこじあけ始めた。何年もたっているので、ふたは腐りかけてなかなか開かない。やっと思いで、ふたがあいた。
「おおっ」
わたしたちは、思わず声をあげた。懐中電灯の明かりに照らされて浮かんだのは小判だった。そこには時間がたっても色もあせない、小判が大量にねむっていたのだ。
「おお、みろ! 黄金だ。小判だ。やっと手にはいったんだ。はははは」
「すごい。ものすごい数の小判だ」
わたしも、しばしその財宝をみとれていた。
「これで大金持ちだ。ついにやったぞ。財宝だ。財宝だ。小判だ。小判だ。わははは。この山吹色をみろ。わははは。これがみんな俺のものだ。これで俺は大金持ちだ。日本一だ。わははは」
「鮫島さん・・・・?」
鮫島のあまりの狂喜乱舞ぶりにわたしはきょとんとした。財宝の発見がうれしすぎて気が違ったのか。  
「春樹君、ご苦労だったな」
「いいえ、鮫島さんもお疲れ様でした」
「ご苦労というのは、永遠にご苦労という意味だよ」
「なにを言ってるんですか。えっ ピストル? 鮫島さん、あなたは」
鮫島は、いつもの愛想のいい執事の顔ではなかった。不気味な薄笑いをうかべた悪魔の形相で、手にはピストルが握られていたのだ。
「やっとわかったのかね。財宝が手にはいれば君に用はないんだ。暗号をといてくれて感謝するよ」
「何てことだ。あなたが犯人なのか?剛太郎は犯人じゃなかったのか? それではあやや、八尾本さんを殺し、兄や千代子さんを殺したのも・・」
「もちろんわたしだよ。ふふふふ。いや、直接はやっていないがね。まぬけな君が、剛太郎だと勝手に思い込んでくれて楽だったよ。わたしが疑われることがなかったのでね。剛太郎が、奇形のやつらを集めて面倒なんかみるから、海道家の財産も時間の問題だったよ。あんな化け物どもに、なんで金を使うのかわからん。金は、俺様が有効に使ってやるわい。では、そろそろあの世に行ってもらおう。君はこの孤島のだれも知らない古井戸の中で死ぬんだよ」
「むむ、なんていう奴だ」
「おい、裕太郎、ででこい。やれ。おまえの短刀なげのうでをみせてみろ」
裕太郎があらわれた。小柄な手足の細くて長い少年だ。手には鋭い長い刃の短刀が握られている。
「君が裕太郎か。あとをついてきたのか。こんなことをしてはいけない」
「だまれ。裕太郎、はやくやるんだ」
「おじちゃん、かんべんな。親方の命令なんだ」
「親方だって。親方は鮫島だったのか。剛太郎じゃなかったのか」
「そうだ。剛太郎がかたわ者に仕事を作るため、新芸曲馬団などという見世物小屋を作ったのだ。俺が親方をやらされていたんだ。 剛太郎のような醜いせむしじゃ、役所が公演許可しないからな。まったく迷惑なはなしだ。だか、おかげで裕太郎のような殺人機械を自由にできたがね」
「おじちゃん、かんべんな。おじちゃんを殺したら、いっぱいご褒美をもらえるんだ。かんべんな」
裕太郎が短刀をふりあげた。もうだめだ。わたしは目をつむった。
その時だった。
「裕太郎、やめろ!」
ヒューッ、バシッ。
声と同時につぶてが飛んで、鮫島の手に当たった。鮫島は激痛にピストルを落とした。
「うわっ」
「鮫島、お前に財宝はわたさない」
いつの間にか刀を持った剛太郎が立っていた。
「財宝は海道の家ものだ。裕太郎。わしの恩を忘れおって。鮫島に味方したのか」
「あっ おとっつぁん。ごめんなさい。親方が怖いんだよ」
「剛太郎さん、どうしてここへ」
「おかしいと思って後をつけたのだ。奇形人間は、皆、おれの子分だ。仲間が後をつけたのだ。鮫島はこいつらの親方だ。鮫島は俺がいないと、いうことを聞かないやつを見せしめの箱づめにして、脅していたんだ。みんな聞いたぞ。おまえは前からあやしいとは思っていたんだ」
「だまれ。おい、裕太郎!俺が怖くないのか。箱詰めにするぞ。はやくこいつらを殺せ」
「親方、無理だよ。おとっつぁんは殺せないよ」
「ううむ。くそっ」
鮫島は悪鬼の形相でこちらを睨んだ。
バーン!
その時銃声が響いた。剛太郎が腕をおさえて倒れた。
「ううっ」
「あっ 剛太郎さん!」
そこには、ピストルをもった賀川が立っていた。
「大丈夫かい、あんた。こんな爺いにやられるなんて、情けない」
「おお、玲子。おそかったな」
「みんな動くんじゃないよ」
「賀川さん、あなたも仲間だったのか」
「鮫島は、仲間というよりあたしの旦那だよ」
「このかたわ者め。長い間こき使いやがって。とどめだ、死ねっ」
鮫島はピストルを拾い上げると、怒りに任せて何発も剛太郎に打ち込んだ。
バーン!ババーン!
「ううっ この恩知らずめ。鮫島、きさま・・・・」
剛太郎は苦悶の表情で死んだ。
「やっと、くたばったか。裕太郎、次はおまえだ。裏切りやがって。きさまも地獄におくってやる。覚悟しろ」
「親方、助けてよう。いっぱい仕事するから助けてよう」
「きさま、こんな子供まで殺そうというのか。どうやって兄と千代子さんを殺したんだ」
「ふん、いいだろう。死ぬ前におしえてやろう。裕太郎を使ったのさ。裕太郎は身が軽い。昭夫の寝室の天井裏にしのびこんで、下まで縄をたらし、それにつかまっておりたのだ。そして、昭夫の口にトリカブトの毒をながしこんだのだ。千代子のときも同じだ。千代子のときはもっと強い毒を使ったがね。ここは離れ小島だからな。警察がくるのは明日だ。それまでに皆、ここで死ぬんだ」
「ううむ。忠実な顔をして二人ともなんいう悪魔だ」
「おまえが間抜けなお人よしだからだ。地獄にいって、自分の間抜けさを責めるんだな。さあ、玲子、やれ」
「あいよ。覚悟しな」
こんどこそ終わりだ。わたしは人もめったに来ない離れ小島の、それも古井戸の中で人知れず死ぬのだ。あやの敵討ちどころか、なにも出来ずに死ぬのだ。無念の悔し涙がこぼれ落ちそうになった。わたしは目をつぶって天を仰いだ。 
バーン!
「あっ」
再び銃声が響いた。わたしがうたれたのか? それにしては苦痛がない。
目をあけると、ピストルをはじき飛ばされた賀川が、何が起きたのかわからず茫然としていた。
「賀川さん、わたしのピストルの腕もなかなかでしょう。三島さん、あぶないところでした。やっと間に合いました」
「あっ きさまは下男の堤!」
鮫島が叫んだ。
「あなたは?!」
「そうです。本名は剣崎光平といいますが」
深くかぶった汚い作業帽をとると、若々しい、にこやかな剣崎光平探偵の顔があらわれた。
「あんたはチョコレートのおじちゃん!」
裕太郎も叫んだ。
「そうだよ。さあ、君も短刀をよこすんだ。ピストルには勝てないよ」
裕太郎は素直に剣崎にしたがった。
そして、後ろからたくさんの懐中電灯の光。笹川警部ほか警官たちだ。
「鮫島、賀川、神妙にしろ。警察だ!」
「くそっ、もう少しだったのに」
二人はがっくりとして連行されていった。
「三島さん、あまり無茶はいけませんよ。何とか間に合いましたが」
「剣崎さん、あなたはいつからここに」
「あなたがここに来る少し前ですよ。下男としてもぐりこんで探っていたのです。さあ、地上に出ましょう」
わたしは剣崎に促されて、歩き出した。
 
18
 
数日後、東京に帰る汽車のなかで、剣崎が事件の真相を話してくれた。
「三島さん、八尾本さんは、あなたから家系図を預かったとき、すぐにぴんと来たのです。これには岩戸島が関係があることを。なぜなら彼は、家系図の持ち主といっしょに暮らしていたことがあるからです。その人は春代さんといいました。春代さんは、かつて海道家の主、一夫さんと愛人関係にありました。ですから、八尾本さんに岩戸島のことや、家系図のことを当然ながら話していたと思われます」
「そうだったんですか。だからあんなに早く岩戸島のことをわかったんですね」
「昭夫さんとあなたは正妻の花子さんの子供です。しかし、あなたは、生まれてすぐに誰かにさらわれてしまった。あなたの本当の名前は正夫です。春樹は後から育ての親の三島夫妻がつけた名前です。あなたをさらったのは一夫さんの愛人の春代さんでした。春代さんは、さらにもう一人の赤ん坊をさらいました。それがあなたの婚約者だったあやさんです。そして、家系図も持っていったのです。春代さんは一夫さんと結婚できないので、一夫さんに復讐の気持ちがあったのでしょう」
「では、あやも海道家にいたのですか」
「実は、あやさんとみよさんは双子の姉妹だったのです。すみさんから生まれたみよさんは、不倫に怒り狂う剛太郎さんに奇形にされたのです。さらわれずに残ったみよさんと拾ってきた奇形の貞夫を、林田さんに結合手術をさせ、土蔵に閉じ込め、三人にゆがんだ罰を与え続けたのです。みよさんは、生まれてきたときから奇形ではありません」
「そうだったのか。あやとみよは姉妹だったのか。だから僕は、なぜかみよにひかれたんだ」
「春代さんはその後深く反省し、あなたとあやさん、二人の子供を育てることを決意したものの、からだが弱く、二人の子育てはできないと考え、それぞれ家の前に子供を置いて、将来を託したのです。幸いあなたは、子供のいない裕福な三島という医者の家に拾われ、幸福な人生を歩むことができました。あやさんは松波家にひきとられましたが、運命のいたずらか、お二人は恋人同士となりました」
「八尾本さんはどうしたのでしょう」
「八尾本さんは岩戸島に来て、昭夫さんに会い、あやさんとあなたのことを話しました。無論、昭夫さんは、あやさんを殺したのが鮫島とはまったく知りません。あなたを呼び寄せて、家系図の秘密を解いて、家を守って貰おうとしたのです。そのあと八尾本さんは、島で剛太郎さんに化けた鮫島と奇形人間たちにおそわれ、東京に逃げ帰ったのです」
「東京に現れたせむしの老人は、剛太郎ではなかったのですか」
「それは鮫島の変相でしょう。鮫島は、昭夫さんに家系図の行方を捜すように指示されていました。それを利用して東京に現れ、剛太郎さんに化けてあやさんの身辺にあらわれたのです。そのときにはもう、家系図を横取りするつもりだったのでしょうね。
鮫島は剛太郎さんの指示で新芸曲馬団という見世物小屋の親方も勤めていました。奇形人間たちに曲芸を仕込み、小屋に出していたのです。裕太郎もその一人でした。剛太郎さんは面倒見がよかったのですが、鮫島は気に入らないものは箱づめにして恐れさせ、恐怖で支配していたのです。あなたは、最初から親方は剛太郎さんだと思ってしまったのです」
「剛太郎は本当は悪人ではなかったのですね」
「剛太郎さんは、実は、ここに奇形で生まれた人たちの病院や施設を作ろうとしていたのですよ。この島に奇形で生まれた人たちを集めてきていたので、剛太郎さんは化け物を飼っているなどと噂になった。また、昭夫さんが体が弱いので、剛太郎さんが代わりに漁師たちの仕切りもやっていました。本当はやさしい男だったのですよ。
まあ、ゆがんだ部分も多々ありましたが。
全ては鮫島が剛太郎さんに化けて罪をかぶせ、賀川と二人で財宝を手にいれ、海道家をのっとるのが目的でした」
 
こうして事件は解決した。海道屋敷は解体され、いまは跡形も無い。
すべての財宝は、剛太郎が望んだ奇形人間たちに治療を施す病院を建てることに使われた。岩戸島にいた奇形人間たちや貞夫もそこに入っている。
林田さんは再び医師としてその病院で働いている。
すみは剛太郎の菩提を弔うため、仏門に入った。みよには母とは名乗らず、わたしにも、本当のことはけして言わないでくれと懇願して、仏門に入っていった。その後の彼女のことは知らない。
みよは聡明な女性だった。わたしの指導でたった1年でそれまでのブランクを克服し、社会に復帰した。わたしはみよと結婚し、再び医者として働き、幸せに暮らしている。
わたしはふと思う。あやがみよと引き合わせてくれたのではないかと。そして、あの奇怪な事件とはうらはらに、岩戸島の美しい海が今も鮮やかに目に浮かぶのである。
                ― 了―                                                                     
                                                       

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?