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「砂を焼く」の解説のような

最初、
赤ん坊の母親の血の色をして出てくる場面が浮かび、
詩の中の「緋色」を「赤色」にしていたのですが、
直接的に浮かぶのが生々しすぎるだろうか、
と考えて「緋色」にしました。

女性は水に例えられることが多いように思うのですが、
私は川が通っているような気がしています。
海へつづく川。
その上流はたかくたかく見えない場所から繋がり、
自身の身の内に種の存続のたしかな役割に肉をつけているような、
そういうものに思うことがあるのです。

その川の砂を魂に掬い持って、
赤子は生まれていく。

それが焼く硝子は、
そのひとの母親への情に根差している気がします。

あなたのその繊細さは
お母さんのお腹の中の
砂をつかってつくった
胸に嵌めこんでいる色硝子の
緋色の部分のためなのね

女の腹の重い砂を掬って生まれ
大声で泣いて鞴は火を起こす

あなたの胸から降ろされた光は
うすくて明るくて甘いように滴るの
それが誠実を照らすのね

「砂を焼く」

誠実である、というのは自身を律すること、
そうして責任を持ち果たせるつよさをもつことが必要になるかと思います。
その在り方を示すために、光が必要です。

今日、ネットになりますが、
母親が子供に与える影響のようなものの最たる、そして一番大きなものは、
善悪の境界なのだということをみて、
同じようなことが言いたかったのだよな、と思いました。

その呪縛を引き千切るひともいれば、
影響を踏みつぶすひともいるでしょう。

それでも最初に落とされた影の罪は大きいものだという詩です。

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