「夜に駆ける」 - YOASOBIに仕掛けられたもの

2019年11月16日、YouTubeに1本の動画が公開された。

YOASOBIは、ボカロP・Ayaseと、シンガーのikura(シンガーソングライター・幾田りら)からなるユニットだ。その第一弾楽曲がこの「夜に駆ける」である。

メロディアスなピアノのフレーズ、心音のように絶妙な心地良さを持つキック、畳み掛けるような歌詞、楽曲が進むにつれてどんどん熱を帯びていくikuraのボーカル...個別の要素だけではなかなか説明がつかないが、とにかくこの楽曲の中毒性は凄まじく、かくいう筆者もこれまでに200回以上は聴いたと断言できる。

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動画公開以降、YouTubeのコメント欄、twitterでの言及も大いに盛り上がり、ちょうど公開1ヶ月を迎えた12月16日に再生回数は100万回を突破、現在も伸び続けている。

この状況を「大ヒット」と呼ぶにはいささか時期尚早かもしれない。

だが、単なる一過性の盛り上がりと見てはいけない何かが、このYOASOBIというユニット、そして「夜に駆ける」をめぐる一連の流れにはあるように思えてならず、こうして分析とも言えない乱文をしたためるに至っている。

なぜこのような盛り上がりを見せているのか。楽曲、映像のクオリティが高いというのはもちろんのこと、徹底的に散りばめられた「人に伝えたくなる仕掛け」がその大きな要因だろう。

以下、その理由を可能な限り紐解いていきたいと思う。

1. 原作小説「タナトスの誘惑」

YOASOBIは、「小説を楽曲化するユニット」と言う触れ込みで生まれたユニットである。

monogatary.comという小説投稿サイトに投稿された小説を原作とし、Ayaseが楽曲、歌詞を制作するというスタイルだ。「夜に駆ける」は、「タナトスの誘惑」(星野舞夜 著)という短編小説を原作として作られている。

"過酷な労働環境に日々消耗する主人公の前に突如現れた、理想的な外見の女性。彼女は主人公に何度も「死にたい」とメッセージを送ってきては、マンションの屋上から飛び降りるそぶりを見せる。そんな彼女に惹かれるにつれ、壊れていく主人公。彼女の正体、そして二人の運命は...?"

早い人ならものの数分で読み終わる長さながら、一気に世界観に引き込まれ、風のように去っていく。そんな小説だ。

そしてこれを読むことで、「夜に駆ける」という楽曲の深みは倍増する。楽曲と小説のリンク度合いや、考察の余地を残した絶妙なバランスについてはあえてここでは言及しないが、まさに「相思相愛」と言わんばかりの関係性。未聴、未読の方は是非楽しんでいただきたい。

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最も重要なポイントは原作小説の置き所だ。

何の前知識もなく「夜に駆ける」MVに出会ったリスナーは、運がよければ概要欄の下部にしれっと載っている原作小説のリンクに気が付く。もしくは、コメント欄に度々出てくる「タナトスの誘惑」という文字列が気になり、検索窓に打ち込むかもしれない。

いずれにしても、少しばかり見つかりづらく、でも無理なく発見できる絶妙なポジションに、このさらなる沼への道筋が用意されている。これによってリスナーは、「夜に駆ける」を入り口として"能動的"に「タナトスの誘惑」を発見する。ものの数分で読了したら最後、「夜に駆ける」を再度聴かずにはいられない。そして気づけばその新しい音楽・読書体験を誰かに伝えているに違いない。動画のコメント欄やtwitterに「夜に駆けるを聴いたらタナトスの誘惑も読んで欲しい」といった趣旨の書き込みが定期的になされていることが何よりの証左だろう。

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なお、YOASOBIの公式twitterやメンバーのtwitter、そしてmonogatary.comのサイトやtwitterでも度々原作小説についての積極的な言及があることから、YouTubeからの導線については確信犯的に「少しばかり見つかりづらく、でも無理なく発見できる絶妙なポジション」に置いていることが想像できる。

2.メンバーそれぞれの活動

上述の通りYOASOBIは、コンポーザーのAyaseと、シンガーのikuraからなるユニットだ。そもそもこの二人は何者なのか。

Ayaseは2018年12月に初となるボーカロイド楽曲を公開し、その後もコンスタントに楽曲を発表。2019年4月に公開した「ラストリゾート」が自身最大のヒットとなり、現在約250万回の再生回数を誇る。名実ともに、2019年最も注目を浴びたボカロPの一人だろう。

一方ボーカルを務めるikuraは、シンガーソングライター幾田りらとしてソロ活動をしながら、カバーセッションユニット「ぷらそにか」にも参加。東京海上日動あんしん生命やカメラアプリSNOWのCMでの歌唱にも抜擢され、その歌声が大いに注目されている。

なお「夜に駆ける」公開当初、ikura=幾田りらであるという方程式は、それほど積極的には発信されていなかったように思える。

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そこにいち早く気づいた熱心な幾田りらリスナー、ぷらそにかリスナーがコメント等で積極的に発信した結果、彼女の魅力を新たに知る人が増えたであろうことは記しておきたい。

そしてYOASOBI「夜に駆ける」公開以降の、メンバーおよびユニットの主要な動きが下記だ。

・2019年11月15日
幾田りら1stワンマンライブ開催/EP「Jukebox」CDリリース
YOASOBI「夜に駆ける」MV公開
・2019年11月16日
Ayase 1stEP「幽霊東京」CDリリース
・2019年12月3日
Ayase新ボカロ曲「幽霊東京」公開
・2019年12月15日
幾田りら SNOW CM動画公開
・2019年12月24 日
Ayase「幽霊東京」セルフカバー公開
・2019年12月28日
YOASOBI第二弾楽曲ティザー映像公開

約1ヵ月の間に、怒涛の勢いで新曲の公開やCDリリースが続いていることが見て取れる。

近年、インターネット発信の音楽ユニットが急増している。ここで具体的なアーティスト名を挙げることは差し控えるが、YOASOBI以上にユニットおよびメンバー個別の活動が並行して充実している例はないというのが筆者の所感だ。もちろん簡単なことではないが、それによってYOASOBIから知ったリスナーに対し、Ayase、幾田りらそれぞれのファンが「〇〇も聴いて」という働きかけを積極的にする、という動きが強く起こる。

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YOASOBI⇄Ayase⇄幾田りら⇄YOASOBIというサイクルにどこから入ったリスナーでも、能動的にそれぞれの作品を追いかけ、新しい発見をする体験が用意されている。そして、その同じ体験を他人にもして欲しくなる。

巧妙なタイミングと距離感で配置されたメンバーおよび作品群が、ユーザーの行き来と積極的な発信を促し、その結果ユニットとしての強度が高まっているのである。

3.徹底的なSNSマーケティング

最後に挙げておきたいのが、地味だがとても重要な要素であるSNS戦略だ。

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具体的なエゴサワードは不明だが、とにかくいいねが来る。YOASOBI Twitterのいいね欄には、楽曲への感想はもちろん、他人によるカバー動画へのメンションや、「好きな曲を10曲紹介する」といったYOASOBI以外の話題も含むツイートまで、良くも悪くもキリがない内容の投稿がずらりと並んでいる。

この記事を書いている段階で、YOASOBI Twitterのいいね数は約7,000件。「夜に駆ける」投稿後から約50日間経過しているので、1日約140件のツイートをいいねしていることになる。これがどれくらいの負荷なのかは正直筆者には分かりかねるが、少なくとも1日約100人のツイート主が、YOASOBIからの視線を感じているということだ。さらに上の画像にもあるように、Ayaseも同レベルの頻度でエゴサーチをしていると考えられる。

たかだかエゴサーチと侮ってはいけない。SNSの本質は承認欲求の充足。自分が最近発見し注目しているアーティストに言及すると程なくして本人からレスポンスが来るという体験は、エンゲージメントをさらに高め、さらなる発信を促すには十分すぎるものである。もちろんコアにあるのは1&2で挙げたような、作品・ユニットに織り込まれた話題化の仕掛けに他ならないが、その話題を加速させ定着させるのは、リスナーという一集団ではなく可能な限り一人一人と向き合おうとするYOASOBIの真摯な姿勢なのだと思わされる。

4.終わりに

そんなYOASOBIの第二弾楽曲は2020年1月18日に公開される予定。

公開されたティザー映像の再生回数は既に4万回を越え(「夜に駆ける」ティザー映像の再生回数は現時点で約3万回)、ほんのわずかなイントロのワンフレーズが予感させる素晴らしい楽曲の出来上がりに、早くも大きな期待が集まっている。

原作小説は「夢の雫と星の花」(いしき蒼太 著)。

「タナトスの誘惑」とは打って変わって、甘酸っぱい青春の恋愛模様に未来予知というSF的要素が絡む爽やかな小説だ。

この小説がどのような楽曲に仕上がるのか、それを彩る映像はどんな作品なのか。さらにそれ以降、2020年というメモリアルイヤーにYOASOBIという新しいユニットがどんな軌跡を刻むのか。いちリスナーとして大いなる期待と親愛を込めて、追いかけて行きたいと思う。

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