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あかねさす

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

「茜草指武良前野逝標野行野守者不見哉君之袖布流」

私を古典の世界へ引きずり込んだ元凶ともいえる一首。
何処をとっても瑕疵の無い、暴力的なまでの感覚。
風景だけでなく、そこに感情を込め静かに強く歌い上げる。

「万葉集」巻第一 二十 
天皇(すめらみこと)、蒲生野に遊猟(みかり)したまう時に、
額田王(ぬかたのおおきみ)が作る歌。

意味も謂れもわからずに、ただその音の美しさに圧倒された。
調べれば調べるほどに奥深く、幾重にも情景が折り重なって、陰影を醸し出す。
この歌は人を捕らえる。
大和和紀氏「天の果て地の限り」
里中満智子氏「天上の虹」
井上靖氏「額田女王」
永井路子氏「茜さす」
など、そのほか様々な方が彼女の人生を描いている。
額田王と呼ばれる作者の輪郭はおおむねわかっているらしい。
しかし、その人生を彩る人々、関わる事柄はまだ謎もあるという。
判っている確かなことは、彼女が詠んだ歌の素晴らしさ。
繊細で力強く、おおらかで優しい。
どれほど年を経ても、彼女の歌は私たちを魅了する。

他の歌も折に触れて紹介させていただきたいと思う。
最後に、一首、対といわれる歌を紹介しておく。


皇太子(ひつぎのみこ)の答へたまふ御歌

紫のにほえる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも

「紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方」

この時の
「天皇(すめらみこと)」は天智天皇。
「皇太子(ひつぎのみこ)」は大海人皇子――後の天武天皇である。


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