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【キリスト教】患難こそ我が恵み

はじめまして、あきと申します。
今回は、クリスチャンホームで育ってきた私が、24年の人生の中でぶつかってきた壁と、その中で学んだことを稚拙ながら証として記したいと思います。
約7300字です。どうぞ宜しくお願い致します。


はじめに

突然ですが、皆さんは讃美歌は好きでしょうか。
私は讃美歌が好きです。
いつだって音楽は私にとって、「希望を与えてくれるもの」でした。
人によって好みのジャンルは違いますが、いずれにしたって音楽は人の心を動かす力があると思うのです。

「こどもさんびか」

私は讃美歌の中でも特に「こどもさんびか」という文化が好きです。
「こどもさんびか」に収録されている曲はリズミカルな曲調が多く、歌詞も分かりやすくて、何より前向きです。
「愛と優しさ、そして希望を持って生きること」
教会で育つ子供たちはみんな幼い頃から、そんな優しい心を教えてもらえるのだと思うと、心が洗い流されるかのような感覚に陥るのです。
(まあ私を含め、多くの子どもは成長するにつれてそんなピュアな心もどこかへ忘れてしまいがちなものですがね。)

次の動画は埼玉県東松山市にある「認定こども園松山聖ルカ幼稚園」の先生達が子供たちのために「ことりたちは」を歌っている様子だそうです。
出典:♪ことりたちは | 認定こども園松山聖ルカ幼稚園 (ameblo.jp)


「まひるのように」

中でも、特段好きな讃美歌がありました。それは「まひるのように」という曲です。

私は日曜学校に通っていたので、先ほどの幼稚園の子ども達と同じように小さい頃から讃美歌を歌って育ってきました。
でも引っ越しを境にして通う教会が変わってしまい、それまで歌っていた歌のほとんどは歌わなくなってしまいました。使っている歌集が違ったのです。今ではもうどんな曲を歌っていたか、殆ど覚えてはいません。

それでも一つだけ、曲名を覚えていた讃美歌がありました。それが、「まひるのように」という歌です。この曲は当時歌っていた他のどんな歌よりも大好きで、自分の中で特別な歌になっていたと思います。

大人になってふと、どんな曲だったか思い出したくなったので、YouTubeで検索して聴いてみました。
なるほど、アップテンポな曲調に「無力な私」の少しの切ない気持ちと、「イエス様のように生きる」という力強い決意。なんて希望と愛に満ち溢れや曲なのでしょう。好きだったことも頷けます。今聴いてもめちゃくちゃ好きです。

思えば、私の本名には「夜明け」「人々の希望」の意味が込められていると父から聞いたことがありました。
当時6歳だった私が、どこまで歌詞の意味を理解できていたかは分かりませんが、今でも私は「真昼のように輝きながら、イエス様の愛を伝えたい」と心から思います。これは、私の原点とも言える曲なのかもしれません。


ところで調べていて分かったのですが、この曲を作った「ノア・ミュージック・ミニストリー」という団体は、自分たちの作った讃美歌を著作権を気にすることなく自由に扱って良いことにしているようです。これは、「すべての賛美は神様からクリスチャン全員に与えられた共有財産である」という考えに基づいて制定されたものだそうです。なんて素敵な思想の持ち主なのでしょう…。

現在、ノアのCDには、すべてSGMマークがついています。
このSGM(Sharing Gospel Music)マークのついた製品は、キリスト教教化の目的において、媒体、形態を問わず、自由に使用、コピーすることが法律上許可されています。

ノア ミュージック ミニストリー (noah-music.tv)


私の「忍耐」と「希望」

子供の頃の私

思えば、私は小さい頃からイエス・キリストの話が大好きでした。
荒れ野の誘惑山上の説教十字架上の執り成しの祈り。他にも数多くの逸話がありますが、私はそのどれもが大好きでした。
イエスはいつでも貧しく、小さきものを救っていました。
イエスは荒野で、悪魔の誘惑に負けることがありませんでした。
イエスは人の苦しみを自分のことのように考え、その弱さに寄り添いました。

幼い頃から私はイエス・キリストのように生きたいと思っていたのですが、私の心は簡単に折れてしまいます。

まず、祖母の教育が許せませんでした。
幼い頃に両親が離婚し、うつ病で働けなくなった母と暮らすようになった私は、よく近くに住んでいる祖母のお世話になっていました。しかし祖母は、私が朝起きれなかったり、宿題をやらずに遊んでいたりすると、物凄い声量と剣幕で怒ります。それでもいう事を聞かないと、「ひっぱたくよ!?」と言われ、しまいには本当にひっぱたかれます。そんな祖母のことが私は心底嫌いでした。
確かに悪いのは言うことを聞かない私です。でも、言い方があまりに乱暴です。暴力で人を支配しようとしているのです。
それで私は祖母に何度も反抗したりイライラを物にぶつけたりしていました。階段を音を立てながら歩いたり、障子を破ったりというのは日常茶飯事でした。ある日はぶたれても動かず、ただただ沈黙を貫いたこともありました。

次に、殺したいほど憎んだ友人がいました。私は中学に入った時、特に入りたい部活動が無かったので「市が推奨しているから」という漠然とした理由でサッカー部に入りました。しかし運動部に所属したことの無かった私にとって、サッカー部の練習は想像以上に苦しく、大変なものでした。精神的にも余裕が無かったのでしょう。自身の無さから自分の机に自分の悪口を書いたり、勉強も運動も出来る友人を妬んだりしていました。楽しそうな顔を見て、本気で殺してやりたいと思ったほどです。
今思えば恥ずかしい話にも思えますが、でもきっと誰にでもあることなんじゃないかと思います。

そして最後に、よく間違ったことをして、怒られては泣いていました。
私は5歳の時にADHDの診断を受けていて、人一倍忘れ物がとても多く、週に最低2~3回は忘れ物をしては先生に怒られていました(社会人になるまでこのADHDのことを私は何も知りませんでした)。対策しない自分が悪いとは思っていましたが、何をすれば対策になるのか自分でも分からず、結局社会人になるまで、これは直ることがありませんでした。(社会人になってからは宿題も無いし持ち物も一緒ですからね)
他にも、みんなを笑わせようとして公序良俗に反することをしたり、周りの人がやっていた横着が自分だけ見つかって怒られたり、床にゴミを見つけたからと他の人がワックス作業をしているところに勝手に入って怒られたり。あと、先述の自分の机に書いた自分への悪口。あれも怒られました。きっとADHD特融の、衝動的な行動が目立っていたと思います。
そして怒られる度に、「自分はなんでこんなことをしてしまったのだろう」「なぜ同じことを繰り返してしまうのだろう」「時間を取らせてしまって申ごめんなさい」「迷惑をかけてしまってごめんなさい」と、罪悪感で胸がいっぱいになるのでした。
そして反省したはずなのに、次の週にはすっかり忘れて、また同じ過ちを繰り返してしまうのでした。ゴミクズだな私

※ADHDの症状については以下のリンクが分かりやすいです

気付いた弱さ、そして

小さい頃から日曜学校に通っていたのですから、「父と母を敬え」「殺してはならない」ということが十戒に書かれていたことは、よく知っていました。人類最初の殺人を犯したカインのことを、神がどれだけお怒りになったかも、よく知っていました。「兄弟に向かって『ばか』と言うのは人を殺すのと同じぐらい悪いことだ」とイエスが語っていたことも、よく知っていました。
教会へ行けば、落ち着いて聖書の学びを送ることができていました。自分の考えていたことがいかに愚かで、神に嫌われる行為であったかも理解できていました。

にも関わらず、です。学校に行けば、家に帰れば、私の心は簡単に憎しみに燃えてしまっていました。人間の心がいかに脆いものであるか、よく気付かされました。

また、このような感情と共に、当時の私の中には常に、もう一つ湧き上がる感情がありました。「私だったら、もっと優しく寄り添うのに」という感情です。

おかしな話ですが、私は小学生の頃、母の本棚にあった「子育てハッピーアドバイス」という本をよく読んでいました。それは、子供の自己肯定感を育みながら、健全な親子関係を結ぶためのポイントを漫画形式でまとめた本でした。私にとって初めて見た漫画だったということもあり、私はその本を何度も何度も熟読しました。
この本を通じて私は、世の中には祖母のように「子供を自分の思い通りに育てようとするあまり、子供の行動を否定し、子供に対して攻撃をする大人がいること」「そのような大人は子供に悪影響を及ぼすこと」を学びました。

私を叱る人は、私に周りに迷惑をかけない人になってほしいという思いで叱ってくれている。そこに悪意は無い。でも、私にだって悪意は無かった。私はそこに、言い知れない孤独のようなものを感じていました。
ならば、私はそんな思いを汲み取り、正しい形で伝えられる人になりたい。言われる側の人間性を否定しない形で。相手の言い分を聞いて、寄り添えるように。悪を行う嫌われ者の取税人・ザアカイを食事に誘い、彼に何を言うでもなく他愛ない会話を交わしただけで彼の心を開き、新しい真っ当な人生へと導いたイエス・キリストのように。
そういう生き方を通じて、一人でも多くの人が救われるように。

そんな私の当時の心情にぴったり重なると感じるのが、傘村トータさんの「神様のギフト」という曲。もう文章にするより曲聴いてもらった方が早いと思うので動画見てください。
(傘村トータさん本人がクリスチャンかどうかは明言されてませんし、知りません。あくまで、たまたま私の心情と重なったというだけです。傘村さんの作る曲は、とっても好きです。)

大人になった私

そんな気持ちを抱きながら社会人になった私ですが、大人になってからも、私は何度も自分の無力さに打ちひしがれました。

高校トップの成績で大企業への就職が決まった時は、周囲からの印象は優等生だったように思います。バイト経験も無かった私は、軽い気持ちで「まあどんな仕事でもなんとかなるだろう」と思っていました。
しかし会社に入って最初の配属先は、私にとって最悪の環境でした。最初こそ先輩のサポートもあれど、基本的には引き受けた依頼に対し「必要なタスクを洗い出して」「一日のスケジュールを立てて」「ミス・抜け漏れなく手順どおりに各タスクをこなし」「各タスクの結果をまとめて考察する」という一連の流れを全て自分で考えて行う必要がありました。当然、ADHD由来のミス・忘れが原因で散々怒られました。しかも怒られる度に自分を守るための嘘や言い訳がぽろぽろと零れて、それでまた怒られる日々でした。上司・先輩からの信頼は最底辺まで落ちぶれていて、毎日自発的なスケジュールの確認と進捗報告を求められ、イレギュラーな事態はどんなに小さなことでも報告が必須(報告対象は当然暇ではないので毎回は無理)とされていました。そもそもどの程度の違いがあればイレギュラーなのかの判断基準は自己判断するしかなかったんですよね。はっきり言って地獄のような日々でした。
それでも怒られる度に先輩は私の「自分が間違ってしまって申し訳ない」「これ以上迷惑をかけたくない」「先輩のように全部自分で出来るようになりたい」と言う思いを汲み取って見捨てずにアドバイスをずっとくださっていたので、私はその仕事を続けさせてもらっていました。
(今思えば「先輩のように全部自分でやる」は無謀でした。だってADHDなんですから。でも精神疾患は目に見えないので、自分では出来ると思い込んでたんですね…)
この期に及んで世間体を気にしていた当時の私は、このような体たらくであったことは、家族にも友人にも教会の方々にも言えませんでした。そんな日々が、私がADHDのことを自覚するようになるまで、約2年近く続きました。

その後職場は変わりましたが、その後も多くの人に迷惑をかけ続けることになります。大事な約束に遅れる、約束を忘れる、作ってもらった料理を台無しにする、自分の過ちを他人のせいにする…

私は、人の心に寄り添える人になりたいと、強くそう思っていたはずです。イエス・キリストに寄り頼んで生きれば、出来るはずだ、と。それなのに、目の前の人の期待を裏切って、悲しませて。
傍から見ればきっと、私の悪いところは何一つ直っていないし、成長もしていません。ただただ、本当に役立たずの人間がほざいているだけなのでしょう。
本当にこんな人間に、神の栄光を示すことなど出来るのでしょうか。


神の御言葉

忍耐と希望

教会にいるある方が教えてくださった言葉があります。
信仰とは忍耐。忍耐には希望がある、と。

神の栄光の支配により、あらゆる力をもって強くされ、どんなことにも忍耐し、寛容でいられますように。

コロサイ1:11

あなたがたが知っているとおり、信仰が試されると忍耐が生まれます。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全なものとなります。

ヤコブ1:3-4

思い返してみると、色々なことを耐え忍んで生きてきたのだな、と自分では思います。私の経験を読んで、共感する人もいれば、そんなのはちっとも困難・患難ではない、と思う人もいることでしょう。世の中の苦しみ・悲しみに比べれば、私の抱えていた問題はとても小さなものなのかもしれません。

でも、私がここで伝えたいのは困難の大小ではありません。
私がこれまでの経験から伝えたいことは、「希望を失うことは無かった」「むしろ、信仰を強められた」ということです。

正直、理不尽に感じられるような言い方を何度もされてきました。だからこそ、人間の汚さも、不完全さも、分かり合うことの難しさも、分かるようになってきました。
人と人が分かり合うこと、というのは本当に難しいことです。一人一人、生まれ育った環境も、大事にしているものも、やりたいことも、実行する手順も、物事の優先順位も。価値基準が少し違うだけで、相手のことを簡単に信じれなくなってしまうのです。例えそれが傍からみてどんなに些細なことであっても。

神に命じられたこと

それでも神は言われました。

わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。

ヨハネ15:12

そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何回まで赦すべきでしょうか。七回まででしょうか。」イエスは言われた。「わたしは七回までとは言いません。七回を七十倍するまでです。…

マタイ22:21-22

『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。

マタイ5:43-44

私はこれらのことを告げたイエスの姿に、ずっと支えられてきました。人間には到底真似できない、この姿を、あるべき姿として。


神の救いに預かる者

また、神の救いに預かるものとは、自分の無力さに打ちひしがれ、自分の罪を悔い改める者のことです。
その点、私は何度も自分の無力さに絶望し、神の救いを求めてきました。これまでの道のりは、私が神により頼むための試練だったのだと思います。

これを見たパリサイ人たちは弟子たちに、「なぜあなたがたの先生は、取税人たちや罪人たちと一緒に食事をするのですか。」イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。(中略)私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」

マタイ9:11-13

少なくとも、幼少期よりは自分の性質を理解して、少しずつ改善しているつもりです。また、何度も周りの人に悲しい思いをさせないために、次の言葉を自分に何度も言い聞かせるのです。

あなたがたの教師はただひとり、すなわち、キリストである。

マタイ23:10

悪を行う者はみな、光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光の方に来ない。しかし、真理を行う者は、その行いが神にあってなされたことが明らかになるように、光の方に来る。

ヨハネ3:19-20

正しいこと、間違っていることを判断するのはキリストです。悪を行ったものを裁くのはキリストです。私達が正しいことを行えるとしたらただ一つ、キリストに祈ることです。
私が周りを悲しませてしまうのは、私が主から離れ、独りよがりになってしまうからにほかなりません。だから神により頼むのです。

そのようにして、私達は無力ながらも、神の栄光を示すことができるのだと確信しています。かつてパウロがそうであったように。

そう決心する私ですが、これからもきっと間違い続けるでしょうし、これからも無力さに悲しくなることもあるでしょう。
これは開き直っているのではなく、人間がそのように不完全に出来ているからです。その理に、一見無謀にも抗い続けるのがクリスチャンなのです。でも、それは決して無謀ではありません。聖霊の力が働いて、私達は新しくされるからです。

ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

IIコリント5:17

まとめ

神は成長することができるものにこそ、試練をお与えになります。私達はそこから目を逸らさず、向き合い続けることが必要なのです。
本当の救いは自己満足では終わりません。それを私達は実践していかなければならないのです。クリスチャン生活はまだまだこれからなのです。
私達の人生の壁は、神様の完璧な設計図に基づいているのです。だから、一つ一つの場面がどれだけ辛く苦しいものであっても、希望を持って歩み続けたいと思います。そして、第一に身の回りの人を照らせるような、そんな人生を歩みたいと思います。アーメン。

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