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「僕が僕じゃないみたいだ」

それは、初めて恋を知った少年の幸福な気付きでもなく、魔法で憧れの姿に変身した少女の驚きと感嘆でもなく、ごくありふれた日常の中で湧き上がった失意の台詞だった。

将来の展望を描けないままのうのうと過ごしていたら、大学生活も折り返しに達していた。生来ののんびりな性質でも、就職に向けての準備をはじめる時期が近いことは感じ取れた。
シラバスを読み漁っていると、インターンに行ける授業にありついた。何かが掴めるかもしれない。縋るように履修登録をした。

オリエンテーションや派遣先決めを終えたら、いよいよインターン本番に向けて授業が動きだした。受け入れ先に送る自己紹介シートの記入が始まった。
項目は定番の志望理由、学修や経験、自分の性格や特技、セールスポイントなど。
文章を書くことは好きだ。だからこうしてnoteを書いている。だが、人様にお見せしたり、発表したりする文章になると話は別だ。私が書けるのは自分の好きなことや個人的なことに限る。それに、何の実績もないただの素人。このくらい書ける人間はこの世にいくらでもいる。

「そんなことないよ」と言われるのを待っていると思われるだろうか。しかしすべて本音だ。だから特技やセールスポイントなんてものは全く思いつかない。今まで書いてきた自己紹介の資料をひっぱり出し、唸りながら夜な夜なキーボードを叩く日が続いた。
やっとの思いで書き上げ、けちょんけちょんに言われる覚悟で提出するも、先生からはむしろ高評価だった。とても良く書けています、とお褒めの言葉まで頂戴した。

一息ついて、自分の書いた文章を読み返してみる。

そこにあるのは私の名前で、私から出てきた言葉のはずだ。私のことを書いた文章だ。なのに、他人事のように読める。文章の「私」は、私よりもきちんとしていて、真面目で、自信に溢れていそうだ。
本当の私はもっと適当で、不真面目で、自信のないただの子ども。私が私じゃないみたいだった。

立派に飾り立てられた自己紹介シートは、無事先方に送り届けられた。オンラインミーティングの際、担当の方が資料を読みました、と仰っていた。咄嗟にありがとうございますと返したが、新手の詐欺だと思われないだろうか。本当の私を知って叱咤しないだろうか。そんな不安ばかりが脳をかすめる。インターンまで残り1ヵ月。


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