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トシちゃんにずっと騙されていたい

「トシ活」が長くなってきて、ファン、スタッフ、プロモーター、音楽業界など、いろいろな目線から、トシちゃんの今後を考えるようになっている。つい、ライブやファンミーティング、ディナーショーのチケット代金を、他のタレントさんと比べてしまうのだが、トシちゃんは、内容に比して安いという感覚がある。ディナーショーは、チケット代ランキングが雑誌に発表されるので、高い方が人気があって凄いと思われる節もある。そのため、もうちょっと高くしてもいいんじゃないだろうか。だが、「まだまだだね。五木さんに怒られちゃう!」と話しているシーンが、モバイル動画配信のディナーショー版にあった。「日本一お金のかかっているステージという自負がある。」とまで言っているのに。

ディナーショーに限らず、どの公演も、いつもお値段以上に感じる。韓国をはじめとした海外アーティストは、もちろん来日関連で別途いろいろお金がかかるのだろうが、総じてお高め。コロナの収まった今、どこの会場も盛況の様子で、来日公演が目白押し。海外アーティストから見た日本は、金の成るパラダイス。(決して批判している訳ではなく、現状認識です。息子はエド・シーランの公演に行き、いたく感激して帰ってきました。) ただ、人によっては(本人というより、芸能事務所が)、一見さん相手の商売として、一時期の荒稼ぎをしている可能性もある。日本のアーティストも、物価高のせいか、コロナ時のマイナスを埋めるためなのか、こぞってチケットの値段が高騰。単価を上げたら、儲けが倍増するのは目に見えている。また、ストリーミング配信の需要が高まる音楽業界にあって、稼ぎの中心が、ライブに移ってきているようにも感じる。

トシちゃんの活動環境は、何もかも通常運転を続けているようだ(少しは値上げもあるけれど)。長年支えてくれているファミリーひとりひとりのことを大事に思っているからこそのサービスなのだろう。有難いけれど、もっと稼いでもっといいステージになるなら、チケット代を上げても構わないと、私は思ってしまう。自分であんなことを言っちゃって、後悔してないかなぁと、心配になる。

他のジャニーズ出身アーティストによるライブのチケット代金と、公演規模を調べると、羨ましいと感じてしまうこともある。でも、欲が深過ぎることもわかっている。ドームクラスの巨大ステージで、お金をかけた豪華なセットを組んで、その真ん中に派手なトシちゃんがいたら、さぞやかっこいいだろうと思っただけだ。事務所にたくさんの人気タレントが所属している大規模な事務所だからできることなのだ。そういうのを求めていないから、トシちゃんは独立したはずだ。今のまま自然に、少しずつ大きくなっていくのが本望というものだ。

「田原トシちゃんねる!」によって、素顔が見える気がしている。想像していた以上に、トシちゃんの生活振りが質素堅実。車、ペット関連では、さすがにお金がかかっているだろうが、それ以外では、あまり贅沢をしている様子がない。プレゼントされたものを大切に扱い、洋服は褪せるまで着続け、ステージ衣装などのお古を惜しみなくあちこちに提供。お母さま譲りなのだろう。また、最近の『田原トシちゃんねる!』でプレゼントされた井上Dの写真入りフォトプレートを、「カードだけもらうから、これは持って帰って!」と返していた。普通の人だったら、波風立てずに、もらうに決まっている。だがはっきり言って、他人の写真なんて、飾らないのは目に見えているから、無駄にしたくないのだろう。そんなところも、説明無しだと誤解されそうだが、私の好きなポイントである。

とにかく、トシちゃんの実像がどうであろうとも、いつまでも派手なスター然として、私を騙して欲しい。ずっとポルシェやベントレー級の高級車に乗っていて欲しい。高級ブランドを派手に着こなして欲しい。あらゆる場面で、もっともっと浮世離れした演出をして欲しい。実像が派手好みだと、浪費して、何かの拍子に転落してしまうリスクがあるけれど、そういう心配がないからこそ、虚像としてのクオリティを、どこまでも上げて欲しいのだ。

たぶん、1982~3年当時のTV番組で、ドキュメンタリー風に「たのきんトリオ」を取り上げていたことがあった。その中で印象的だったシーンが、突如、思い出される。シカゴの「素直になれなくて」をバックミュージックに、黙々とトシちゃんが歩いている。トップアイドルとして歩む孤独感を、全身で表現していた。また、セブンティーン誌責任編集の、大判USA写真集。グレートーンの表紙に、黒っぽいジャンパーを着た、笑顔でないトシちゃんが映し出され、苦悩のようなものを感じさせた。

あの当時は、これこそがトシちゃんの実像で、歌って踊って笑っているトシちゃんが虚像だと思っていた。そこに惹かれた。だが、今思うと、あのシリアスな姿自体も、演出された虚像だったのだろう。デビュー当初から「田原俊彦像」を追求していたトシちゃんにしてみると、どれも実像というべきか。最近は、明るくハッピーなトシちゃんばかり注目されているが、あのような、孤独感のにじみ出た、翳りのあるトシちゃんも、たまには、表立って演出して欲しい。光と影の両面を、もっともっと、浮き上がらせて欲しいのだ。

「田原トシちゃんねる!」での研ナオコさんとの対談。ここには、力を抜いて甘えている、最も素に近いトシちゃんがいるように感じた。真っ当で傷つきやすい魂を守るために、強気な発言や、過度の下ネタや、人を寄せつけないバリアがあったのだろうか。逆に言えば、なかなか人から理解されない過激な言動が、殻となってトシちゃんを守ってきたから、1番内側にある人間らしさが、45年も壊されずに済んで、5歳児のまま残っているのだろうか。

このnoteを書き始めた時には、謎の深かったトシちゃん。もうある程度、理解してしまったかもしれない。研ナオコさんは、世渡り下手なトシちゃんを、いつも守ってくれていたのだろう。人は、大人になるにつれて、あらゆるゴマカシに慣れ、表を取り繕い、いつの間にか自分を偽って生きている。心棒が全く侵されずには、なかなか生きられないものだ。トシちゃんに近づいてみると、あまりにも無防備な子どものようで、好きにならずにはいられない。

ただ一方で、インタビューなどには、いつも自分を俯瞰して見ているトシちゃんがいる。人一倍、冷静沈着な賢さがある。そういうバランス感覚が、絶妙だ。とにかく、トシちゃんには、これからもずっと、ある意味、社会を煙に巻いて欲しい。誕生日会見でも、記者団に対し、「フライデーされるようなことをやってるのに、車を変えてから、撮られていない。たまには載りたい。」という発言。あらゆるタレントが撮られてダメになっている今、こう言えるのはトシちゃんぐらい。最強過ぎる。

記者会見で発表された「田原俊彦ダブルHプロジェクト」。トシちゃんらしい企画で、楽しみが広がった。最先端機能を扱う企業の人々だからこそ、人間的な魅力溢れるトシちゃんに惹かれるのかもしれない。トシちゃん自身があまりわかっていないような感じも伝わってきて、そこがまた、正直なトシちゃんらしいと思った。ライブに100人のバックダンサー・トシちゃんがいたら、ゴージャスな空間演出になるかも?! さまざまな媒体を通して、どんどん大きく扱って、ますます私たちを騙して欲しい。

何かと考え過ぎてしまう私だが、もう今となっては、トシちゃんがトシちゃんとして実在するだけで十分なのである。会見から去って行く時、手を振る姿は、デビュー当時と全く変わらない笑顔だった。いつでもトシちゃんは、夢とロマンを与えてくれる!

「夢なら永遠に 騙し続けてくれ」(「華麗なる賭け」より)
トシちゃんにずっと騙されていたい!

追伸:タイムリーなことに、3月23日のBS朝日『人生歌がある』で、「華麗なる賭け」が歌われるようだ。また楽しみがひとつ増えた。

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