国際結婚と美味しすぎるポークジャーキーの話

美珍香というポークジャーキー専門店はご存じだろうか。現在日本では銀座に支店を持ち、百貨店のアジア物産展などでたまに見かける、シンガポール資本のお店だ。

照りっ照りのソースを塗った薄切り肉を何回もあぶり続け、パリパリになるまで旨味を凝縮させたこの贅沢な逸品は、超高級カルパスと言えば伝わるだろうか。添加物や防腐剤を一切使っていないのが売りだそうで、焼き立ての物から真空パックされたものまで様々な形態で販売されている。詳しくは公式HPを見て欲しい。

アジア物産展でこの店に出会い、味に惚れ込んだ友人はこれを「持ち運べる焼き肉」と名付た。今思い返してもすごいキャッチコピーだと思う。私たちは日々「何故台湾から持ち帰れないのか」「何故日本ではこんなに高額なのか」「何故店が近くにないのか」と嘆き、手元にあるジャーキーを大切に食べていた。正直、下手な非常食より有用じゃないか。だって肉だもん。

一昔前、検疫がそこまで厳しくなかった頃、このポークジャーキーは日本にも持ち込みが可能だった。あまりの美味さに前置きが長くなってしまったが、今回は台湾人の母と日本人の父の間でジャーキーをキッカケに勃発した国際結婚夫婦の大喧嘩を振り返りたいと思う。

大喧嘩の原因

亡き父はかつて貿易商だった。当時はブイブイ言わせていたようで、台湾や香港の取引先から「接待」として手土産を頂くことも多かったそうだ。一方台湾育ちの母は、当時ジャーキーが大好物だった。日本に嫁ぎ、私を産み育てるのに忙しく、しばらく好物を口にすることが出来ず寂しい思いをしていたらしい。

ある日、手土産として頂いたジャーキーが机の上に置いてあった。「私の好物じゃん!!」と喜んだ母は、父に「これどうしたの?」と問いかけたそうだ。私なら有無を言わず食べていいー!?と聞きながら袋を開けていたところなのに、本当に偉いと思う。

あろうことか、父は殺されても仕方ないレベルの冗談をここで言うのである。「ジェームスとジェニー(実家の犬)が食べなかったから、君にあげるよ!好きでしょ?」

父さん…それだけは言っちゃダメ…

父の中では何かのジョークだったのだろうか、それとも本気で母を見下していたのか、今やもうわからない。だがこの空気が読めないにも程がある、フェミニストが聞いたら卒倒しそうな、そもそも娘の私でもドン引きな台詞を母の前で吐いてしまったのだ。母はその場で激怒し、ジャーキーをゴミ箱に投げ入れた。ジャーキーはちょっと勿体ないが、殴らないだけマシだったと思う。そんな彼女を見て、父は「何で怒ってるの!?」と驚いた顔を見せたそうだ。

わが父ながら情けない。このデリカシー皆無で男尊女卑で笑えない冗談を彼は軽々と言ってのけたのだ。その時私は幼女だったので記憶がないが、現在なら軽蔑の眼差しを送り、しばらく母を旅行に連れていくなどするだろう。

母のトラウマとなったジャーキー

その後、母はショックで数年間ジャーキー嫌いになってしまった。手土産を渡されるたびにゴミ箱へ投げ入れる生活がしばらく続いた。今でも見るたびにこの喧嘩を思い出し、腹が立ってしまうそうだ。

国際結婚でコミュニケーションが取りづらい時期だったかもしれない。ちょっとした冗談なのかもしれない。しかし、言っていい冗談と悪い冗談がある。それすらわからないのか。お前の嫁は犬以下なのか。

天国の父はこの無駄にされてしまった豚さん、一生懸命焼いたであろうお店の人、十数年後にこのジャーキーが好物になる娘、そして愛する嫁に心から謝ってほしい。私はこのハイパー美味しい持ち運べる焼き肉を食べるたびに、二人のエピソードを思い出すのである。




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