見出し画像

高校時代の友人が一生の友人になる

 高校時代の友人Fから、連絡が来ました。

 ちょっとした近況報告と相談を受け、三月なので、食事に行こうという話になりました。

 自分が高校生のときには、周りにいる友人が、一生の友人になるかどうかなんて、考えていませんでした。

 学生の頃には想像もしませんでしたが、大人になると友人との繋がりは希薄になりがちです。

 友人が何人いるかと聞かれたら、繋がりの薄い人も含めれば結構いると思いますが、数年に一度誘いがあれば会いに行くくらいの友人となると十数人、一年から数年に一度会ってお酒を飲む友人となると、数人に絞られます。

 このうち、中学時代の友人が一人。
 
 高校時代の友人が5人ほどです。このうちの一人は大学も一緒でした。

 小学校は5年生で転校を経験しているため、長く続いた友人はいません。

 社会人になってから出会った友人もいますが、連絡をしてお酒を飲もうと言うことになると、一人に絞られると思います。

 人によって違うのでしょうけれども、僕の場合は、高校時代が最多です。

 どうして、高校時代の友人が、一生の友人になるのか、自分なりに考えてみました。

 一つめは、多感な青春時代を一緒に過ごしたからでしょうか。大学生や社会人になると、振る舞いも大人になり、価値観も固まってきて、友人から影響を受けるという部分も減っていった気がします。この点、中高生の頃は、友人の考え方や振る舞いから強い影響を受けました。中高生からの友人たちは、この人たちがいたから、今の自分が形成されたと思える友人たちです。

 二つめは、希少性というか、熟成された当たり年のワインのようなというか、うまく言い表せないのですが、もう二度と出会えないという価値だと思います。社会人になってからも友人は作れたし、これからも作れるかもしれませんが、中学時代や高校時代を共に過ごした友人というものは、もう増やすことができません。「中学時代の友人」や「高校時代の友人」は、それだけで価値があるように思います。もう二度と作ることができないものだと、10代の頃に自覚があったら、もっと友人を大切にしていたかもしれません(笑)。

 三つめは、ありきたりですが、気心知れているので、堅苦しさがありません。みんな地元出身で、若い頃をお互いに知っているので、隠すことがなく、自分をオープンにして振る舞えます。

 僕は、高校の友人の一人を、22歳のときに交通事故で亡くしました。

 もう二度と新たに得ることができない「中高生時代の友人」を、これからも大切にしていきたいと思います。

 そして今、高等学校で働き、高三担任として卒業式を控えています。

 卒業式予行の日にでも、この話を、クラスの生徒にしてあげたいと思います。

 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?