自分に自信が無い人を食い物にする人がよくやる手

自己啓発の本を書いたことがあったことを思い出した。

いまはもうどうなったか分からない謎のアプリ会社が、2万円ぐらいで自己啓発とか心理学の適当な本を書ける人を探していたことがあったのだ。いまでもそういう仕事はあるだろうが、マジメにやるだけ時間の無駄だ。

それでも当時の僕にはそこそこ大きい仕事だったような気がしていたので、わりとマジメに自己啓発の本を読んで、ポイントを探した。探してわかったのは、別名で同じような内容の本を書いている人がいたということだ。

今日、電車に乗っていた時に、ギャルっぽい子――という一言でどれぐらいの精度が担保できるかわからないけれど――が自己啓発の本を読んでいた。『不安に押しつぶされない~~』みたいな本だった。むさぼるようにそれを読む彼女の顔は真剣そのものだった。荷物の類から、アパレル関係者だと知れた。

自己啓発本は多く、極めて深刻な悩みを抱えている人の問題を「内面」の問題にすり替えるところから議論を始める。

仕事で受けるパワハラ=人間関係に不安があるあなた
女性にもてない=自信がないあなた
心理的な鬱状態=人よりちょっと優しいあなた
バカ=理解されないあなた

どれもこれも間違ってはいない。いないが、解決にはならない。いや、解決してはならないのだ。年収を上げる方法や法律上の問題を解決する方法を教えてはならない。自己啓発を必要とする人の「不安」はさらに増やさなければ商売はあがったりなのだ。不安を具体化してみせたり、不安の存在に目を向けさせ理、不安そのものと向き合ったり、自分を肯定してみせたり。

僕はそれを読むのは嫌いではなかったのだといまは思う。優しい言葉だ。自罰的な人にたいして「あなたのままでいていいよ」という上から目線のメッセージは、どれほど優しい言葉であるか君には想像もつかないだろうと思う。

そして、自己啓発の本はいくつかのことを絶対にさせないことに気づいた。

1.他人に相談する。

他人に悩みを打ち明けたり相談したり具体的な解決に向けて動き出してもらったりされると困る。他人との問題(人間関係)によって問題が生じているのだから、頼りになる他者に解決されてはいけないのだ。

2.参考文献をあげない。

この本は独立している。独立しているが故に徹底して他の解決がはいる余地はない。定期的に心理学者の俗説が反映されるが、それは心理学者の著作を読むことを勧めているのではない。むしろ逆だ。

3.解決に時間がかかる。

解決とは時間がかかることだ。本当はお金の問題かもしれないことであっても、かならず時間をかけて自分を磨いて、自然と解決するように向かわせるのだ。向かった先にある解決がはっきりしていってはいけない。

4.金で解決しない。

金融庁によると大体のことは金でかいけつするらしいが、この世界ではそうではない。金の問題ではなかった。徹底して解決の問題は金ではなく、あくまでも内面だ。内面は金ではかえない。ただし気分は金でかえる。

この他にもいくつかのテクニックがあるが、それは自己啓発に特有のものではない。感謝を欠かさないとか、良い面をみるとか、家族に常に感謝するとか。ただ、僕らはむしろ何を書かないのかに興味があった。書かないことの多さによって、自己啓発は書物の世界で特権的な地位を占めるようになったのだから。

僕も、こうした自己啓発の本をよみ、励まされた錯覚を覚え、励ましたこともない人に対して励んでもらった記憶を植えつけようとがんばった。自分に自信をもてず、人間関係やお金のことで不安を抱えている人を救おうとした。

その原稿はもうどこにもないのだが、こうした自己啓発は問題を社会ではなく内面のそれに帰着させるという点ですばらしい効果をあげた。家族への感謝、社会への感謝、した覚えのない約束を守ること、権威には絶対に服従すること、自然に優しくなること……。

僕はそれから数年立って、この自己啓発の技法が徹底して取り入れている本を全然別のところで見つけることになった。

道徳の教科書である。

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コメント3件

自己啓発本が本棚にある男とつきあってはならない。_石田衣良 先週、FMの番組で聞きました。
自己啓発本まったく読まなくなりました。あんまりもともと読むほうではなかったけど数年前から全く読まなくなりました。知人の女性も読みまくって読まなくなったみたいですが読んで自分が変わったか?で読まなくなったんだと思います。何かのヒントになるものもあるのだと思いますがそれでも根本的にはそんなに人って変われない、映画でも観た直後凄く感動して見習おうとか思って暫く真似してみたりしても結局自分は自分に時間と共に戻ってしまいます。それが悪い事ばかりじゃないのでしょうが…。自分で頭をしたたか打った出来事からは確かに得た事や学んで変われた部分はあるのですが…それはそれで辛かったけど勉強になったと思っていますがいつもいつも頭打ちたくないしなぁ…
そりゃ読んだって変わりません。 実行しなきゃね。 つまり内面と外要素の交流がないといけないのです。 あとフィードバックもです。
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