見出し画像

アナゴーゴン退治

「YRRRRRRRRRR!!!」

ハルパーの曲がった切先が鰓穴に突き刺さり、ケルベモレイウスは身悶えた。最後の力を振り絞って、切断された2つの首と体でペルセウスに絡みつき締め付ける。アーマーの外から圧迫して中身を潰そうとしている。

ペルセウスは腰と肩を安定させ、ハルパーを発振させた。刃から発する高周波が筋肉を弛緩させて拘束をゆるめた。ペルセウスはハルパーを一気に引きぬいた。

「YRRっ」

3つの頭を全部切り落とされて、ケルベモレイウスは完全に静止した。高周波ハルパーをパワード潜水アーマーの腕部に収納し、ペルセウスは息を整おうとした。

『あんな怪魚にも動じずに対処できるたな、素晴らしいぞ!』

左右のスピーカーからテンションの高い中年男性音声が響いた。マルチタクティクスヘルメット”MEI-OH”に搭載されている戦術サポートAIの声だ。

『さていよいよボス戦か!妖婆グライアイから聞き出した情報によるとターゲットはこの先のエリアにいる。身も心も冷酷の殺戮マシーンに化している貴様ならきっと大丈夫!さあ行け!今すぐ行け!』
「はぁ……少し、待て、まず装備の状況を確認したい。モニターに出してくれ」
『おお!眼前の勝利に驕らず、己を省みることに怠らずとは!いい心掛けだ!』
「事あるごとに褒めるな、調子に乗ってしまうだろ」
『事実を言ったまでだ。ほれ、ご希望の情報だ』

吐息で曇っているバイザーの裏に、ペルセウスが身に着けている各装備の情報が映し出す。

総エネルギー残量 43%
MEI-OH:オレ、絶好調!
キビシス密閉戦闘服:損傷レベル軽微 自己修復中
イージスMk-2:損傷レベル軽微 変形機構に支障なし
タラリア:損傷レベル中 出力23%ダウン 
高周波ハルパー:損耗レベル大 発振機能低下
推奨:速やかのバッテリー交換し、最近のヘパイストスステーションでメンテナンスをお求めください

『と云うものの、こんな海深くに都合よくヘパイストスステーションがあるはずなぞ!どうする?』
「43%か。勿体無いけど、バッテリーは交換しておこう」
『いい判断だ。この先に戦いが激しくなって交換する暇もないからな!』

ガショーン、展開した胸部装甲の真ん中、心臓に当たるの位置から夕陽じみた黄色い光を放っている円筒が排出された。ペルセウスはポーチから真昼の太陽のごとく輝く新しい真新しい円筒を取り出した。この一本で10万人規模の町の1ヶ月分の電力が詰まっている。ペルセウスは古い円筒を取り換えて新しい円筒をスロットに差し込んだ。

『ンンンンン……!』

MEI-OHは唸り上げた。この世で一番ピュアでクリーンなエネルギー、”ゼウスの雷”がアーマー全体に駆け巡る。

『エネルギー満タン!Foo!気分爽快!これが最後の一本だな。ますますラストバトルらしくなってきたな?』

缶入りゼウスの雷、それは今回の任務に当たってペルセウスの実の父、ゼウスが提供した品だ。それだけではない。アテナのアダマント合金盾イージスMk-2、ヘルメスの羽根靴タラリアと高周波ハルパー、ハデスが開発したマルチタクティクスヘルメット、これらを繋げて一つのアーマーに仕上げた不思議の布キビシス。ペルセウスは神々のご厚意のもとでクエストに臨んでいる。血縁者ではあるものの、一度も会ったことない叔父と兄弟たちがこぞってサポートしてくれたことに、ペルセウスは感謝する同時に弄ばれている気がしてならなかった。

『ストレスの上昇を検知。どうしたペルセウス?お母さんとわがままの最高神がセックスして半神として生まれた自分がこんな任務に遣われたこと複雑に考えてるか?よし、オレが一曲歌ってリラックスさせてやろう。まいあっひ~』
「やめてくれ。それより早くターゲットを仕留めるぞ。ステルスで慎重に行く」
『OK、ステルスモード、アクティベート』

アーマーに備えた光学迷彩は作動し、ペルセウスの姿が周囲の風景に溶け込んだ。

『光学迷彩作動良好。でも視力に頼らない敵にはバレるしバッテリー消耗も激しいから過信は駄目だ』
「わかってる」

ペルセウスは苔色の宮殿に踏み入れた。

昔々、メデューサという美しい乙女がいた。

海の神ポセイドンは彼女の美貌に惚れ込んで、彼女と肉体関係を持つようになった。しかしあろうことか、二人がアテナの神殿で交わしていたことがバレた。純潔を重んじるアテナは激怒した。。ポセイドンはアテナの叔父でありアテナより強大の神なので罰するができなかったため、代わりに女神の怒りが全部メデューサに降りかかった。自慢の美しい髪がアナゴに変えられ、ミルクのような白い柔肌が黒く変色し、毒性のあるぬめりを分泌し始めた。メデューサは容姿が歪めれ、20%人間80%アナゴのおぞましい怪物ーーアナゴーゴンとなってしまった。

自分の姿を受け入れなかったメデューサは発狂して海に飛び込んだ。彼女はポセイドンも観測不可能の深さに潜って、そこで奇妙な岩で出来た宮殿を見つけた。宮殿は主人がおらず、代わりイールが大量に棲んでいた。同じく醜悪ゆえか、イールたちはメデューサを見ても驚かなかった。イールに包まれて、メデューサはそのまま安心感を覚えた。以来彼女は宮殿に住み着き、神々を呪いながら過ごしていた。

以上が妖婆グライアイから聞いた悲しき魚髪妖女アナゴーゴンのバックストーリーだ。神の気まぐれ運命を翻弄された者同士、シンパシーを覚えるが、ペルセウスはやる気だ。

太陽の光が届かない暗い海底で、ペルセウスは用心深くイージスMk-2を前に持って宮殿を探索していた。高性能センサーを備えたMEI-OHが周りの情報を収集してCG映像をリアルタイムに生成するため、ライトを付けなくてもペルセウスは周囲を見渡すことができる。

「しかし不気味だ……建物全体が妙な形して見てるだけで頭がおかしくなりそうだ」
『非ユークリッド幾何学構造ってやつだ。連中が好きな建築スタイルよ』
「連中、とは?」
『おっと、連中の名前を聞いただけでおかしくなった人間もいるから聞かない方がいい』
「それ言われると逆に気になる」
『だめだ。それより任務に集中!何ならオレが一曲歌って話題を強制終了させよう!まいあっひ~』
「やめてくれ」

潜入から126分が経、アナゴーゴンの姿は見当たらず。壁の裂け目からウナギやアナゴ、ウツボなどのイール顔を出し、口を開いて海水を吸いゆっくり呼吸している。イール達の目には光学迷彩に覆われているペルセウスが映るはずがないが、監視されているような気分だった。

もう少し進んで、一匹の大ウツボが廊下に横たわって行く手を阻んでいた。ペルセウスはウツボの頭を押してどかせると、驚いたウツボは長い身体をくねらせて泳いでいった。その時。

『何が来るぞ!はやっ』
「なっ、ぐわっ!?」

MEI-OHが警告するより早く、正面から貨物を満載して荷車がぶつかったような衝撃で吹き飛ばされた。

「なんなんだいまのっ!?」
『落ち着け!体制を整えろ!』

ペルセウスは足をばたつかせ、タラリアで姿勢を制御しようとしたが、今度は背後から衝撃がくる!

『がぁ!』
「ぶるぁぁ……雑魚が、姿が見えなくても臭いでわかるゾ!」

何かがペルセウスが組み付いた。5メートル超の巨大アナゴの頭に、食用に適した普通サイズのアナゴが髪の毛のように生えている。胸鰭の代わりに肩の名残のような出っ張りがあって、手と似た器官が付いている。

『間違いねえ、こいつがアナゴーゴンだ!』
「来たかッ!」

ペルセウスはすぐさま右腕を展開させハルパーで斬りつけようとするが、アナゴーゴンは組み付いたままペルセウスを壁に叩きつける!アーマーの表面にノイズが走った。ステルスモードが解除された。

「こばぁっ」
『強え!ケルベモレイウスなど魚の知性しか持たない獣とはレベルが違う!』
「ぶるぁぁ……久しぶりの客人ダ。同胞よ、しっかりもてなセ」

アナゴーゴンがドスの効いた声で呼びかけると、周囲からイール達が集まり、ペルセウスの手足と胴体に巻きつけて壁に拘束した。

『何をしている!これぐらいお前のパワーでちぎれるだろ!』
「さっきから、体が言うこと聞かねえ……!」
『なにっ!?』
「ぶるぁハハッ!どうした?体が石みたいにカッチカチになって動けんのカ?」

瞼のない、異様の輝きを帯びたアナゴーゴンの目がペルセウスを見据えていた。センサーはその目から何らかの不穏な力を発していると察知した。

『邪眼の類か!?おのれグライアイども、そんなの聞いてないぞ!』
「……なんっ、と、かしろ!」
『今やっている!しばらく耐えてくれ!』
「ぶるぁぁ……さて、おもてなしの続きをしようか、ぶるぁッ!」
「ごはっ」

アナゴーゴンは右拳でペルセウスの腹を殴る!衝撃は鎧を貫通して内臓に響く!

「さすがに固いなぁ……オリュンポスが拵えた装備か?特その盾、クソビッチアテナの臭いがするゾ。ぶるぁッ!」
「んぐぉ」

今度は左フックが顎を殴りぬける!脳が揺さぶられる!


「オマエはアテナの命を受けてワタシを殺しに来たカ?自分で直接手を下さず、若い男をそそのかしてやらせるとは、実にいやらしいビッチダ。けどワタシがこの数百年、海底で何もせず寝ていたとでも?ハッ!」

アナゴーゴンはヘルメットの左右を掴んで、顔を至近距離に寄せた。。

「この遺跡はまさに魔術の宝物庫ダ!いつか地上に上がってこんな目に合わせた神糞どもに復讐するため、ワタシは時間をかけて研究して術を磨いてきいたのサ!オマエが栄えある実験台ヨッ!」

邪眼の輝きが一層強まった。ペルセウスは心臓が強く握られた感覚を覚えた。

「が、はっ!」
「ぶるぁははははッ!邪眼最大出力!全身の筋肉が硬直してやがて心肺停止するがイイッ!ぶるぁぁぁははははは!!」

如何にペルセウスは常人よ数倍の強靭さを誇る半神であっても、心臓が止まったら死ぬ!意識が薄れていく中、ペルセウスの脳裏に島の村にいた記憶が蘇る。

⦅ペルっちって半神なのに何ていうか、オーラがないね⦆
⦅やーいおまえのおとーちゃんレイプ神!⦆
⦅お母さんに付き纏わないでほしいと?何の実績も持っていない貴様ごときがこの領主に物を申すか?⦆

嫌な思い出ばかりだ。出身で弄られて、母親はその美貌で毎日男どもがすり寄ってセクハラしてくる。ペルセウスは心身ともにストレスに苛まれていた。

(そうだ。俺はこんなクソみたいな現状を変えようと、奴らに目にもの見せてやろうと、アナゴーゴンを退治を……)

その思いが釣り糸のように、ペルセウスの意識を繋げた。そしてスピーカーからMEI-OHの声が届いた。

『よく耐えた。説明する暇はない、隙を見て、やれ』

ペルセウスは内心に了承した。

『よぉ、アナゴーゴンさん!レディたる者、身なりに気をつけないとな?自分のことしっかり見たことあるか?顔色が悪いぜッ!』

ヘルメットの表面に光学迷彩が局部に起動した。しかし透明化はしなかった。MEI-OHは屈折率を変えて、ヘルメット全体を鏡面に仕上げたのだ!邪眼の呪力が鏡に反射されてアナゴーゴンに跳ね返される!

「YRRRRRっ!?」

アナゴーゴンは怯み、手で目を庇った。邪眼の効力が失い、ペルセウスの心臓が再び脈動し出す、血液が体中に駆け巡り、力が沸き上がる!。

「ハァァァァーッ!」

イールたちを力ずくで引きちぎって拘束を解く!ペルセウスはタラリアを履いた両足で壁を蹴り、強烈なタックルを仕掛けた。

「ぶるぁぁぁぁ!?」
「さっきはよくやってくれたなッ!」

ハルパーで斬りかかる!しかし刃がアナゴーゴンの首に到達する寸前に、髪アナゴが自律に刀身に巻き付き、噛みついて、何本が切られながらも攻撃を阻止した。

「ぶるぁぁ……もう一度邪眼を浴びせテ……」
「させるかッ!」

左手のイージスMk-2で殴りつける!アダマント合金のツルッとした表面は髪アナゴを寄せ付けない!それだけではない。ペルセウスの母を想う純粋な気持ちに応えてイージスMk-2はギミックが解放!盾の縁は小さな刃が生成して回転し始める!

「オォルゥウウァアアアーーー!!!」
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

回転のこぎり盾がアナゴーゴンの首にめり込む!血と筋肉と骨の破片が飛び散る!ペルセウスは体軸を安定させ、両腕に力を込める。カツァ。盾とハルパーが交差した。

血で濁っている水の中、アナゴーゴンの首が浮かんでいた。

(続く)



当アカウントは軽率送金をお勧めします。