「ネガティブさ」と地続きの位置にあるもの

私は本当によく物をなくす。財布だとかスマートフォン、定期券、時計、ネックレス、さらには家の鍵まで、「それはなくさないでしょう」「それはなくしちゃダメでしょう」というものまで気づいたらなくなっているし、そして、なぜだか絶対に見つからない。

物をなくしても結果的に見つかっている人をみると、心底いいなあ、と思う。「きっと見つかるって!」というその言葉が私に適用されたことは今しがた一度もなく、その言葉で励まされたときには、「いや、私の場合はマジで見つからないんです……これは本当に……」と心の中でそっと否定するようにしている(たいていの場合は善意で言ってくれているので、声には出さない)。

このように、あまりにも頻繁に物をなくしていると、「なくなった物が見つかる」ことに対しての期待値がどんどん低くなり、物をなくしたときにものすごく冷静に対処できる自分がいることに、ふと気がついた。

そしてそのことが、周囲からは「ポジティブ」に見られるんだ、ということにも。


「期待値の低さ」という自分にとってはネガティブな感情が、周りからすると「ポジティブ」に見えることがあるんだなあ、というのは、自分にとって新しい発見だった。

そしてそれは裏を返せば、私が見ている誰かの「ポジティブさ」というのは、その人の「期待値の低さ」というネガティブな感情や体験のあらわれなのかもしれない、ということだった。

ポジティブさと地続きにあるものは、案外ネガティブな感情なんだと実感したときに、ふと、去年取材した茂木健一郎さんの下記の言葉を思い出す。

"最近ポジティブ心理学っていうのが、すごく流行っています。ここで一貫して言われているのが「ポジティブな心理とネガティブな心理は、深く結びついている」ということ。
たとえば、夢とか希望というものは、憎しみや嫉妬とかいう感情と、すごく結びついている。"

誰かのことを「嫌い」とか「受け入れられない」って、決して悪いことじゃない──茂木健一郎×山崎ナオコーラ | サイボウズ式
https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m001320.html


ああ、やっぱりそうなのか、と、なんだかストンと腑に落ちた。「ポジティブな感情」と「ネガティブな感情」は、地続きなのか──。

たしかに考えてみれば、コンプレックスが時に「強さ」に変わったり、誰かに対する恋心が時に「弱さ」に繋がったり、いろんな感情が、ポジティブさとネガティブさを行ったり来たりしていることに、あらためて気づく。


これは、ネガティブな気持ちは絶対にポジティブさに昇華できるというまぎれもない事実であり、「ネガティブな感情がポジティブさと結びついている」ということは、なんだか、ふっと心が楽になることだな、と思う、土曜日の昼下がり。見逃していた『パターソン』が早稲田松竹でやっているので、今から見に行きます。



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あかしゆか

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