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キムタクが凹んだアルゼンチンタンゴ

最近公開された映画、マスカレードナイトで主演の木村拓哉さんがインタビューで、この映画で「挑戦した表現」は何ですかと聞かれて、「アルゼンチンタンゴですね」と答えていました。さらにキムタクは「練習を始めた当初は、久々に凹んだ」とも。

私は下腹が出かけた中年オヤジですがアルゼンチンタンゴをやっています。そして、いつも凹んでいます。

キムタクは最初からプライベートレッスンを受けたのでしょうけど、普通アルゼンチンタンゴを始めるにはまずグループレッスンを受けることになります。準備運動の後、先生(通常男女のカップル)のデモを見てステップを学びます。先生はその動きを、初心者でもわかるようにいくつかの部分に分けて教えてくれます。
男性はステップだけではなく女性のリードの仕方も覚えていきます。男性がリードして、女性は始めて動けるのです。
レッスンは失敗の繰り返し。失敗しても一緒に付き合ってくださる女性が女神のようです。

さらに一つのステップがロールプレイングゲームの一つのステージみたいなもの。なかなかクリアできないし、一つクリアしても次が待っています。数えきれないぐらいのステップと組み合わせ、またさらに初心者、中級者ぐらいでは不可能な複雑なステップが山ほどあります。

歳のせいか、あるいは覚える能力が無いのか、覚えたステップは次々に忘れていきます。10回レッスンを受けて10通りのステップを習っても体が覚えているのはせいぜい3つぐらい。
ステップを習っては忘れて、またやってみようとして全くできずに凹むこと、数え切れません。

それでも貴重な3つぐらいの武器(ステップ)があれば次のステージになんとか行けるでしょう。

ところがこの武器がまだ弱い。一つがだいたい10秒ぐらいしか続きません。三つ合わせて30秒になるか、ならないか。今度はその武器を音楽に合わせて繋げて、1曲分踊れるようにします。アルゼンチンタンゴの1曲は約3分。30秒以外の部分は、覚えたステップを繰り返す以外は一緒に歩くことになります。かなり無謀です。
また、この歩くこと(カミナンドと言います)がタンゴの基本と言われているぐらい難しいのです。少し出来たつもりでいい気になっていると先生にカミナンドを直しなさい、といわれて、また凹むのでした。
そしてダンスは歩くことと、ステップを組み合わせです。これは前もって計画するのではなく、すべてアドリブで男性が女性にリードして伝えることが求められます。

そんなおじさんにも新しく覚えたいくつかのステップと、危ういカミナンドを携えて次のステージに挑戦する時がきます。
それはプラクティカ(練習会)への参加です。プラクティカではグループレッスンでご一緒している女性たちや先生と、実際にタンゴの曲を次々かけてステップやリードの仕方を復習する場所です。ステップの練習は言ってみればHP(ヒットポイント)稼ぎですね。でもそれだけではタンゴには足りません。MP(マジックポイント)が必要です。音楽を感じる能力や、女性との呼吸を感じる力でしょうか。プラクティカでしっかりとMPを貯めていきます。
ところが、どういった音楽で、どんなステップをリードするなんて、実はとても高度な技です。音楽は常に流れていますので、いまこんな風に踊りたい、と習ったステップを始めたときには、すでにその曲想は通り過ぎて後の祭りとなって凹むこと数知れません。それでもここでHPとMPを少し手に入れたら次のステージに行くことになります。ここまで1年から数年かかるかもしれません。

アルゼンチンタンゴのダンスパーティーを「ミロンガ」といいます。ミロンガには特別なシキタリがあり、それもクリアすべき課題です。まずミロンガでは3曲、約10分間同じパートナーと踊り続け、それが終わるとパートナーを変えます。つまり最低10分踊れるメンタルと技術、そして度胸が必要です。

もうひとつのハードルは女性をダンスに誘うことです。
ミロンガでは「踊ってください」と言葉で誘うのは野暮で、その代わりに男が「目くばせ」して女性を誘います。そして女性が頷いて初めて踊れるのです。この目くばせによる誘い合いを「カベセオ」といいます。女性は踊ってもらいたいときにはそれがわかるような所に座ってないとカベセオが受けられません。男性は女性の視野に入らないと目くばせすらできません。また、女性は誘われたくない場合は、目を伏せて断ります。カベセオは女性が無理やり踊りたくないパートナーに誘われることを防いでいるのでしょうね。
私が素敵な女性に、勇気を絞り出して目くばせしてもなかなか目を合わせてもらえません。私の踊りのレベルが見透かされているのです。
仕方がないから、最初は知り合いや一緒にレッスンを受けている女性にお願いして踊ってもらうことになります。

最近私でもやっとミロンガに行けるようになりました。これまで延べ4年ぐらいかかりました。今でもレッスンではステップが覚えられず、ミロンガではカベセオを断られて凹んでいます。キムタクは映画の数シーンのためのトレーニングだったのでしょうが、それでもタンゴの難しさを感じたのでしょうね。キムタクが凹むぐらいですから、私が凹んで当然です。

しかし、そんなに凹み続けてもミロンガで踊る10分間は、女性と音楽を共有しつつ、一緒にすごせるとてもディープな、素敵な時間です。
ミロンガでは60歳を過ぎた男女も楽しそうに踊っています。決して派手なステップは少なく静かに歩いているのも素敵です。

アルゼンチンタンゴは、男性の方がリードの方法を覚えるのに時間がかかるので相対的にいつも男性が不足気味です。そしておじさんたちは新人女性には常に優しいです。男性も女性も、アルゼンチンタンゴ、始めてみませんか。

私がタンゴを始めたのは福岡にいたころでした。4月にはコロナウイルスが落ち着いていることを期待して、行きたいと思っています。

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