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角井さんの忘れられたハット

金曜の夜。途切れることなく人が行き交う新宿東口。アルタ前。
黒いバケットハットを乗っけた角井さんが、手を挙げている。そのまま横断歩道を渡るのではと疑った。
伸びた手を目標に歩を進める。「お疲れ様です」と通常運転の挨拶。

モア2番街を抜け、セントラルロードを進む。ゴジラの視線の下、酔狂なさざめきで溢れた道を過ぎていく。
歌舞伎町の喧騒の中にぽつんと佇んでいる、隠れ家らしき海鮮の居酒屋に入店。
薄い明りが扉を灯していた。

レモンサワーを1杯入れてからは、日本酒を頼み続ける唎酒師の資格を持つ角井さん。
ガラスの徳利から優しくお猪口に注いでいく。注がれる音が楽しい。
あん肝や白子など、日本酒と合う品をつまみに箸を進めていく。
福井の「黒龍」を勧めると満足気にいただいてくれた。唎酒師が唸るお酒を発見した。

場所を変え、鉄板焼きのお店で食べ物のメニューに頭を悩ませる。
相変わらず日本酒を頼み、お猪口を順調に空けていく。
豚玉と焼き飯の美味しさに感嘆の声を上げ、「どうしてだろう」と頭を抱えた。最終的に人は疑問を投げかける。
お酒とご飯の美味しさに揺さぶられる動きが、サザンの「涙のキッス」の大サビとシンクロしていた。

3軒目ではホルモンのお店に入る。
再び空腹に返り咲いたように次々と肉を頬張っていった。
お相手はやはり一途に日本酒。
最後にかすうどんを入れ、ここで区切りをつけた。

帰り道。
区役所通りの脇にある遊歩道、四季の路をふらふらと歩いた。
華金の歌舞伎町は酒気を帯びた声がたくさん聞こえる。
それに対して「平和に生きていきたい」とつぶやく角井さんの足取りもたどたどしかった。

新宿駅で別れ、家路につく。
ここで最後のお店にカバンを忘れたことを思い出し、お店に電話をかける。
すると電話口から「カバンと黒い帽子ですか?」と問われる。
2人して同じ店に忘れ物をしたことが発覚し、お店に「取りに戻ります」と伝え、角井さんに連絡を入れる。
角井さんは帽子を忘れていたことにさえ気付いていなかった。
2人分の私物を確保し、二度目の帰路を歩いた。
先程と同じ道。日付は変わったが、金曜の喧騒は続いていた。


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