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答えは知ってるし見つかっている。

答えって見つけにくいと思われるけど意外とシンプルに考えれば既に答えを知っていたり、既にわかっている人って多いはずです。

人に聞いたりするときは、既に決めている決断や自分の中の答えを肯定してて欲しいか、逆に答えや決断から逃げてしまったことを現実逃避したかったり、そんな自分の言い訳を聞いて欲しいときです。

答えや求める決断を、知らんとすること、見つけるのをあえて難しいと思うのは自分を正当化するためでもあります。
一番求めていたはずの事なのにいざ目の前にしたら、見て見ぬ振りが始まっていることに気づきました。

実は一番求めているようで一番見つけたくないのが答えなのです。
なぜならその答えに辿り着くまでの過程が辛くなることもキラキラしていないことも、地味でしんどいことも同時に気づき、そして諦めた方が楽と知るからです。


答えに辿り着きたい欲望と、答えに辿り着くための過程を天秤にかけた場合、ほとんどの人々は後者が圧倒して勝ちます。
楽したいと思うのが人間です。
そして他者が自分と同じ様な答えを見つけて、答えに辿り着く過程に挑戦している姿を馬鹿にしたり、卑下したり、応援しようとしないのは当たり前のことなのです。
自分が逃げた道、求めていた答えを他者が手に入れる姿を見たくないから。


結局人間なんて自分が一番可愛いと思いたいんです。そして自分の存在価値や理由を見出すために必死なんです。
しかし、そのエネルギーは答えや、夢の実現のための過程に費やされることはありません。

多くの人がみんな気づいていて、でもできないことなのです。
だからこそ逆にチャンスでもあり、その過程が対価として帰ってくるのが世の中なのかもしれません。
そして人生のいいところは、それらを自分の決断で決めれること。
今この瞬間に過程を楽しむための覚悟を持てることなのです。

結局逃げてもどこかで自分が決断する未来が訪れて、逃げ続けるとその代償は毎秒少しずつ大きくなっていきます。

今回の日記の内容は書くのをあえて躊躇している自分がいました。
なぜなら、戻れなくなることも知っているし、その覚悟がありませんでした。

こんな文章を書く自分が一番逃げているのかもしれません。
人ってそんなに簡単に変わらない。
なんて思いますが、挑戦してきます。

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