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【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (22)再編集版


神殿は宮殿と回廊でつながっている。宮殿が神殿の参道のような役割を昔はしていたと、ウルガーが言っていた。神殿に近づくにつれ、感覚が研ぎ澄まされていく。そして大きな懐に入る感覚も。まるで、よく言われる、子宮に入る感覚。生れてくる前の記憶なんてないのに、そんな感覚を私は覚える。
「ここ、母系社会?」
 ぽつ、と言った言葉にウルガーがびっくりしている。
「それ、どういう意味?」
 聞いたこともない言葉だったみたい。
「うーん。なんて言うのかな。女性が優位な社会を母系社会と言うのよ。子供を産み育てる母が一番偉いのよ。古代ではよくあったそうよ」
「それ、どこの知識?」
「たぶん。過去世」
「だよね。そんな社会を分析するような学問はここにはないから。あ。着いた」
 少し先に長く白いひげをたくわえた神官がいた。
「大神官様だよ。バイオレットウッドの神官はその次に偉いんだ。大神官はめったに表にお出にならない。婚礼の日だけかもね。会うのは」
 ふぅん、と感心しながら聞いているとあっという間に目の前に大神官様がいらっしゃった。
「よく来られた。ウルガー王太子、ゼルマ妃殿下」
「まだ妃殿下ではないです」
 知らぬが仏とでもいうのか物怖じせず、つい反論する。ウルガーがそんな私を固まって見ている。そんなに偉い人なの?
「妃殿下はしっかりなさってるの。ウルガー王太子も安泰じゃな」
「毎日お盆で殴られてます」
「失礼ね。ウルガーが仕掛けてくるからでしょ」
「俺だって男だ。多少はあちあちしたい。ああ、それで用だ。大神官、華の宮に保護の呪文をかけて欲しいんだ。宮殿にはかけられている。だからゼルマは襲われないが、あのままでは婚礼まで子育ての練習だ。せめて、少しだけでも婚約期間を持ちたいんだ。東屋すら行けないんだよ」
「まぁ、入口で話すのもなんじゃ。こちらに来られよ。渡す物もある」
「渡すもの?」
 二人で顔を見合わせる。大神官がさっさと歩く。ご老齢なのに足のしっかりした方だ亊。びっくりしながらついて行く。神殿内は薄暗かった。これも胎内巡りに近い。どうしてそんな言葉がぽんぽん、出てくるのかわからないけれど、過去世の記憶から出てくるのだろう。忘れたくても忘れられない意識の世界。戻るのは近いのだろうか。不安に思っているとウルガーがぎゅっと手を握ってくれる。
「大丈夫。ここはエリシュオン国の中で一番、安全だから」
「そうなの」
 周りを見渡す。極彩色で描かれた壁面が薄暗い中でも輝きを放っている。まるで壁の向こうから光を当てているようだ。
「珍しいかの。妃殿下」
「はい。暗いのにどうしてこんなにはっきりと・・・」
「祈りの力じゃ。神話を信じている民の祈りがこの壁に集約されている。そしてこの壁がこの神殿を守っている。最強の守護は人々の祈りなのじゃ」
「そうなのですか」
 壁にそっと触れてみる。ひんやりとしてするん、となめらかな壁面だった。一つの部屋にたどり着く。大神官様は椅子に座るように言うと本を二冊出してきた。
 その本達はうっすらと光を放っていた。
「物語師の系譜とその紡いだ物語を収めた本じゃ」
 ぽん、と手渡されて私とウルガーは顔を見合わせてそれからじっと本を見つめる。。
「これが・・・系譜・・・?」
 二人でページをめくる。古代語で名前が書かれていて私にはなんだかよくわからなかったけれど、ウルガーは解るよう。
「ウルガーは読めるの?」
「簡単な古代語ならね」
 そして最後の頁を探す。私は何を探しているのかも解らず、ただ、見守る。
「ほら、ここで途切れている。これがゼルマの名前、そしてこっちが俺の名前。他にもいくつかあるから、完全に物語師達は消えてないんだよ。闇に落ちた者もいるし、隠れて過ごしている者もいるんだよ。そしてこの俺とゼルマで新たな物語師の歴史を作る事になるらしいよ」
「どこが?」
「ここ。実線が濃くなっているところから薄くなっている。まだ物語師の一族の復活には成っていない。でも、俺たちが結婚すればこれがつながるんだ。そうですね? 大神官様」
「そうじゃ。今更ながらわしの名前もここにある。ただ、物語師になる前に大神官の生まれ変わりとしてここに連れてこられた故、わしの家系は消えることになる。他の者もどうなるかはわからない。ただ、唯一ウルガー王太子と妃殿下のつながりが確実になっていると言うことだ。実線は次第に濃くなってきている。一時、消えかけたこともあった。だが、ゼルマ妃殿下が戻ればそれは元に戻った。ウルガー王太子と妃殿下のみが物語師の正式な系譜となるのじゃ。もう一冊の方は気にならないかの? 幾多の物語師達が紡いだ物語が載っている。最後はウルガー王太子と妃殿下の物語じゃ」
「じゃ、今までの事が?」
「そうじゃよ。ちゅーとお盆の話しはあまたもある」
 そう言って面白げに言う。
「それって・・・。婚礼の夜も事細かに書かれるの?」
 顔色がさっと引くのを感じる。
「いや、個人的すぎることはこの本には書かれぬ。ゼルマ姫の本の方が細かいじゃろうな」
「ほら。ちゅーしました、で終わるって言ったじゃないか」
「突っ込むところソコ?!」
 鉄拳制裁が炸裂する。
「痛いなー」
「恥ずかしくないの? ウルガーはっ」
 顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしているのにウルガーは涼しい顔だ。
「それが真実なんだからそのままでいい。俺はゼルマを愛している。その事が書かれていればなんの問題もない」
 さらり、と言われて殴る気もうせる。こんな歯の浮く台詞どこから拾ってきたのっ。
「妃殿下はおしとやかじゃの。この物語ではお転婆じゃが」
「やっぱり? 私はお転婆姫なのね。訳ありの上に」
「まだ、お手つき説言ってるのかい? あれはもう立ち消えているよ」
「ちがうわよ。借金のカタに嫁入りする姫ということよ。それだけで十分訳あり姫よ」
「そんな昔の事気にして。俺は借金でゼルマを買った覚えは無いよ。大好きだから口実にしただけ。一目惚れなんだ。今も言うけれど。あの国の王子には渡したくなかったんだ」
「ウルガー。ホント?」
「ホント」
 私は急に肩の力が抜けた。愛しているから愛されているから。こんな簡単な事を見失いかけていた。私は訳あり姫になってでもウルガーが好き。私も一目惚れかもしれない。
「ウルガー」
 ウルガーの肩に顔を埋める。
「何? ちゅーしてほしいの?」
「違うわよっ」
 ばこっ。
 ここに来て二度目の鉄拳制裁が発動した。

私がばこばこウルガーを殴っていると大神官様が面白そうに笑う。
「妃殿下は恥ずかしがり屋のようじゃな。王太子、少し乙女心を考えてお上げなさい」
「今更?」
「今更も前からよっ」
 どかっ。
 最大の鉄拳が振り落とされた。流石にウルガーが頭を抱える。そこまでされると心配になる。お盆六枚直撃しても平気な人が・・・。
「大丈夫?」
 顔をのぞき込むとウルガーは私を抱きしめる。
「不良姫のお仕置き」
「ちょっとっ。大神官様の前よっ」
「もう。離さないもーん」
「ウルガー!!」
「だーめ。で大神官様。宮に保護呪文をかけることは可能ですか?」
「可能じゃが、わしが表だって動くと他国の者にまずくはないか?」
「それはありますね。それほどしてまで守りたいのなら・・・と兄上達にも奪われかねませんね。やっぱり、あの新生児の部屋しか無いのか・・・」
 がっくりするウルガーに、大神官様はまぁ、待て、とおっしゃる。
「この札を宮の入口と妃殿下の宮に貼っておけば多少は宮殿並になる。婚礼が済めばわしが保護呪文をかけても妃殿下保護という、名目ができる。夫から花嫁を奪う者は罪人じゃからな。いくら兄弟でも」
「ありがとうございます」
 ウルガーが本当に嬉しそうに言うのでびっくりして見つめてしまう。
「そんなに喜ぶこと?」
「ゼルマを守るのは俺の使命だから。そしてその恩恵にあずかるのもね。ちゅー」
 久しぶりの予告付のちゅーがやってきた。持っていた本で防ぐ。
「それ、婚礼が終わってもあるの?」
「もちろん。意思表示はしっかりするわよ」
「新婚あちあちはないのか・・・」
「私が何も考えずにちゅーばかりするとは限らないわよ。この本を必死で読んでいるかもしれないんだから」
「えー」
「えー、じゃない。大神官様、ありがとうございました。お札頂いていきます。ほら。ウルガー、部屋を出るのよ」
「はいはい。大神官様、ありがとうございました。また宮に遊びに来て下さい。ゼルマの祖父代わりに」
「それはいいのう。いい孫娘をもらった。じぃじと呼んでくれぬか。国王陛下までがじぃじと言ってるらしいからの。わしも妃殿下の祖父になりたい」
「じゃぁ、まず、その妃殿下をやめていただかないと。ゼルマ、とお呼び下さい」
「ああ。次からはゼルマ、と呼ばせてもらおう。また、近いうちに会おう」
「はい。じぃじ」
 立ち上がって背伸びして頬にちゅーをする。大神官様に優しい笑顔が浮かぶ。
「ゼルマ。俺も」
「はいはい。ウルガーもちゅー」
 頬に軽くちゅーすると、ウルガーは機嫌を良くして勢いよく立つ。本がばさっと落ちる。
「もう。ウルガー。気をつけて。って、ここの頁が光っている!」
 真っ白な紙の上に青い古代文字が浮かんで走って行く。物語が描かれていく。
「これは・・・」
 ウルガーが黙り込む。
「ウルガー?」
「レテ姫に会いに行くところが解った」
「え?」
 私はその頁を穴が開くかと思うほど見つめる。
「レテ姫の居場所がわかるの?」
 私は驚きの眼差しでウルガーを見る。
「ただ、これは母上にも聞く必要がある。物語師の集落からいけるようだ。簡単には口を割らないだろうな」
「そうね。悲しい思い出の場所だもの。お母様は今は物語師ではないんだもの」
「ウルガー王太子、妃殿下。その場所は私が知っている。じゃが、それは婚礼後に行く方がいい。そうすればこの国の守護が妃殿下にもつく。少々危なくとも危険度が減る」
「この国の守護?」
 きょとん、として私は聞く。大神官様以外に誰が守護をするというの?
「この国は様々な精霊で守られている。最も護られてそれを使役していたのが物語師だ。物語師の鉄壁の防御を得るには精霊の加護が必要だ。妃殿下はまだこの国の人間では無い。婚礼で初めてこの国の人間となる。そうすれば、二人で行くことも出来る。それに二、三、王太子殿下の周りに暗躍しているものがおる。それを解決してから行く方がよい。留守にしていると存在を抹殺されかねん」
「そんな・・・」
 余りにも物騒な話しに私は怖くなる。ウルガーを殺そうとする人がいる。それは何よりも怖かった。私が毒で狙われているよりも怖い。
「大丈夫。ゼルマ。いざというときは君の弓の腕を借りるよ」
「って。私、的を外してばかりよ」
「ほう。弓とな。『それ』が射るようになるまで難しいの」
「『それ』って?」
「ゼルマ姫がよぉくしっている『それ』じゃ」
「無意識が働かないと弓は射れないのね」
「無意識という言葉は知らぬが、心の奥底に眠っている『それ』が射るときにしか弓は射られない。お師匠に教わらなかったのかの?」
「だって。引っ張っても無理、しか言わないもの。こんな大ヒントは大神官様しか教えてくれなかったわ」
「引っ張っても無理、とな。面白い教え方じゃな。いつか私の弓もお見せしよう。闇夜でも射ることができるようになるには『それ』と仲良くならぬとな」
「十分仲良しよ。これでもかって記憶が出るんだから」
「それは『それ』じゃなかろう」
「あ。こっちが『それ』だった」
「ゼルマ。何、秘密の暗号を交換してるんだい? 『それ』って何?」
「うーん。無意識ということしか言えないんだけど、もっと大きなものもあるの。私だけの個人のものから家族単位、国単位、文化単位、普遍的単位、と層があるのよ」
 それを聞いて大神官様は納得してるけど、ウルガーは頭を抱える。
「そんな医術聞いたこと無い」
「医術じゃ無いのよ。医術でもあるけれど。理論よ。ただの。誰も証明できていないわ」
「証明できてないものがゼルマと大神官様は知ってるのか?」
「知識としてね。感覚としてはまだ捉えられてないわ。弓を射るときはそんな感じがするのよ」
「ほう。感じを捉えておるならもう少しじゃな」
「いいえ。お師匠様みたいになるまでにはうんと時間がかかるわ」
「ゼルマ。弓やめて剣にしないか? コントロールに磨きがかかっている。俺の頭は崩壊寸前だ」
「何言ってるの。六枚のお盆直撃してもなんともない人が」
「あれも、相当痛いんだよー」
「はいはい。お札貼ってあちあちしようね」
「ゼルマ、わざと話をそらしたね」
「なんのこと?」
 すっとぼける私。
「まぁ。いい。あちあちできるなら。大神官様ありがとうございました。早速貼ってお盆で殴られておきます」
「って、何するつもりっ」
「いつもの亊」
 いつもの亊・・・。これは当分離してもらえないかもしれない。延々あちあちかも。それはそれで嬉しいけど、体力がもたないのよね。練習って言って予告なしの大人のちゅーを繰り返してるけど。これ、私の本に書かないといけないの?
「だから、そこはちゅーしました、でいいって」
「そうだけど」
「ほら。行くよ」
私たちはまた華の宮に戻った。


あとがき
事情により、いつもの前話などは端折ってます。明日入れなおします。エアコンを買い替えるのでその話で頭の中がもう大変です。ということで更新逃げします~。

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