見出し画像

【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました(30)再編集版

前話

 ウルガーはすぐに行動に移した。私を連れてお母様達がいる部屋に行く。
「母上。緊急事態が起こりました」
「ウルガー?」
 お母様が怪訝な顔をする。ウルガーがあまりにも真剣で深刻な表情で話しかけたからお母様も把握しきれなかった。ウルガーが私の病死するという文章を見せる。
「ゼルマ!」
 お母様が飛んできて私をだきしめる。お母様も少し震えていた。
「いつの間にか闇の物語師が動いたのね。ゼルマの死の傾倒はそれが影響していたのよ。でも、本は拒絶したのでしょう?」
「どうして、それを」
「扉を開けたとき、あなたは本を放り投げて、書けないの! と叫んでいたわ。何を書こうとしていたのかも想像つきます。ただのケンカならヒステリックにならずとも書けます。何か思い詰めたのでしょう?」
「はい。自殺を考えました。でもウルガーとのただの痴話げんかなのにこんなに思い込むなんて自分でもわかりません。元の世界に戻ろなきゃって思ったのです」
「それこそが向こうの思うつぼですよ。これからは一切元の世界に帰ることは考えてはいけませんよ。ウルガーがダメならいくらでも王子はいますからね」
「母上!」
 流石の発言にウルガーが声を上げる。
「わかってますよ。それよりこの文章を消すためにはどすれば・・・」
 そこへイーロがやって来た。
「一人、老人が訪ねてきたんですが、薄ら汚い格好です。追い出しましょうか?」
 そこで私とウルガーはピン、と来た。
「大神官様!」
 私とウルガーは玄関に向かって走り出した。
「流石、王太子と妃殿下じゃな。来ただけで解るか」
「その気配は誰でも気づきます。それよりも、本が・・・」
「解っておる。こちらの本から侵入したようだ。厳重に保管してあったのじゃが。それでわしが来た次第だ。他の者で解るのは王妃殿下じゃろう。お。噂をすれば来たの」
「大神官様、直々にお越しとは重大なことがあったのですね。本はミムラサキの宮に警護をかけておいてあります。腕自慢がたくさんいますからね」
「話が早い。流石ですな。このぼろ布を着替えても良いかな?」
「どうぞ。ご用意してあります。そんな気がしましたから」
「お母様・・・」
 おずおずと声をかける。
「ゼルマもいらっしゃい。もう怒っていませんから。ゼルマの思考を操作したのも先ほどの本でわかりましたから。ただ、息子は勘当したいほどでしたけどね」
「お母様、それだけは」
 私が懇願しようとするとお母様はすっと手で制した。
「解っているわ。あなたの悲しむことはしません。それに役に立つでしょう。医師という特技が。ウルガー、あなたが医術をまなんだのもこの日のためのものかもしれません。全力でゼルマを護りなさい」
「はい。ゼルマの命は救って見せます」
「それでは全員の集まったところへ行きましょう」
 お母様が先頭を歩く。私達はその後に続いた。
「この本です。ゼルマが病で亡くなると書いてあるのは・・・」
 お母様が本を大神官様に見せる。
「大神官様様、そちらに病名は載っていませんか?」
 ウルガーも医師の目をして聞く。
「普段は詳しいことは書かれていないのだが、ここには見たことも聞いたこともない病名が載っておる」
 もう一冊の本を見せる。
「イン・・・フル、エンザ? なぁんだ。インフルエンザじゃないの」
 拍子抜けした私に一同の視線が集まる。
「知ってるのか?」
 ウルガーが聞く。
「知ってるも何も風邪と一緒よ。抗生物質を使わない方がいいだけで。ワクチンを打てば軽く済むし、飲み薬があったはずよ」
「それをどうやって作るんだ?!」
 動揺した」ウルガーが私を揺さぶる。お母様が止めてウルガーは少し、落ち着いたようだった。
「そうね。ワクチンの作り方は確か・・・一度かかって治った人の血液から抗体をを出して作るのよ。って・・・まさか。この国ではまったくない病なの?」
 ウルガーもお母様も顔色が青ざめている。唯一冷静な目をしているのは大神官様だけだった。
「こんな病、この国にはない。ゼルマの故郷の病か?」
「いいえ。過去世での病よ」
 その言葉にさらに顔色を青くしたウルガーがいた。
「それじゃ、最初の患者は、私、ね。私からワクチンを作れば多く人がたすからるわね」
「そんな事はどうでもいい。今は君の病の事が先決なんだよ!」
 あっけらかんとした私をウルガーが悲痛な声で抱きしめる。
「だって。ワクチンも薬もなければ対処療法しかないわ」
 まだ、ひとごとのように思っている私をお母様に預けるとウルガーは大神官様の本をじっくり見る。
「治療方法はここではない。こっちの方に書いてある。相当昔の病らしく、一度は根絶した病のようじゃ。この最古級の本にある」
 分厚い本を大神官様が見せる。
「ワクチン作成に半年かかる・・・。しかも薬は今のこの世界で入手するには難しいものばかりだ。道具も一からの作成だ。やはり、対処療法しかないのか?」
「安静にして熱を下げて、他の人に伝染しないようにしかっかりとしたマスクをして周りの人もうつらないように消毒とマスクと手洗いを徹底すれば大丈夫よ。それよりもアイリとクラーラが危ないわ。お兄様の屋敷に戻った方がいいわ」
 脇で聞いていたフローラお姉様が私の名前を呼ぶ。
「大丈夫。死なないから」
 にっこり笑う。
「ゼルマ、その強気な気持ちはどこから出るんだ?」
 ウルガーが抱きしめながら言う。
「さぁ、体験談よ。この病は手洗いやマスク。脱水症状を起こさないように心がければ大丈夫よ。しばらくこの木の宮にいるわ。医師と薬剤師以外は帰ってもらいましょう」
「薬剤師の代わりはワシがしよう。これでも薬生成の心得はある」
「じゃ、俺はゼルマの選任医師だ。俺と大神官様以外は帰ってもらおう」
「そうね。ウィルスの潜伏期間を考えると早く帰った方がいいわ」
 その会話に割って入った声があった。お母様だ。
「いやですよ。娘を放り出して帰るのは。料理や世話をする人は男性では出来ないわ。アーダ達も同じ気持ちよ」
「姫様!」
「姫」
 エルノーとアーダが強く頷く。
「フローラにはもうアウグストがいる。私はここに残って万が一の時に備える。いいね。フローラ」
「お父様!」
 姉妹同時に声があがる。
「結婚するまではゼルマは私の娘だ。予防さえすればいいのだろう? ゼルマの命は皆で守ろう。撤退も一つの勇気。そして前進も一つの道。どちらの道をとってもそれぞれの正解がある。そうだろう? ゼルマ」
 お父様がしっかりとした声で聞く。観念して私は頷いた。
 翌日、マティアスお兄様達とフローラお姉様一家は王宮に戻った。見送りに出た私は、その姿を目に焼き付けた。もう、最後かもしれない。インフルエンザで亡くなるとは思えないけれど、もう会えないかもしれない、と思えば、泣きそうになった。お父様が肩に手を置く。
「また、会える」
「はい」
 静かに涙を拭いて頷いた。
 ウルガーと大神官様は対処療法以外の治療法を探すのに必死だった。確かに瀬里はインフルエンザにかかって抗体がある。だけど、今の私、ゼルマには免疫がない。瀬里がいつかの日に読んだ、インフルエンザの大流行で死者が多数出たという事を思い出したけれど、私が一例目なら、ワクチンができる。国を救える。それだけが私を支える柱だった。ウルガーとはあれ以来話せていない。ウルガーは朝から晩まで本を読んでは何かを作っていた。差し入れに何か持っていこうと思っても元凶が私のため、いけなかった。料理の本を見てはため息をつく毎日だった。
「ため息ばかりつくのなら、ウルガーの元へ行けばいいでしょう?」
「伝染させると一気に崩れるのです。もう、ウルガーには会えないでしょう。病が起こって治らない限り」
 お母様の言葉に反論する。
「あなたはもう少し自分の亊を考えなさい。ウルガーも会いたいはずよ。だけど、あなたの気持ちを考えて進めないのよ。死を覚悟したこともある婚約者が今にも死なないかとおびえてるのよ。活を入れてきなさい。これを持っていって」
 果物が多く入ったバスケットを押しつけられる。
「お母様・・・」
「ほら。行った行った」
 強気のお母様似背中を押されて廊下にでる。
「ホントに持っていくの?」
 お母様は私の言ったマスクを人数分作っていた。不織布ではないけれど、少しは大丈夫だろうとガーゼで作っていた。
 不安を抱えながらウルガーの書斎に向かう。扉の前で躊躇していると扉が開いた。
「ゼルマ。いらっしゃい。ブドウを持ってきてくれたんだね」
 その顔はやつれていた。心がきゅっと締め付けられる。
「お母様が、これを」
 バスケットを押しつけて背を翻そうとした。その後ろ手を捕まれて抱き寄せられる。
「ちょっと。もうウィルスにかかってるかもしれないのよ」
 なんととかして離れようとする私をウルガーは強く抱きしめる。
「解ってる。どれほど危険な事をしているか。だけど、ゼルマの顔を見れば離したくなくなった。少し話をしよう」
 ウルガーの部屋の中に入ってしまう。ああ。感染すれば・・・。恐怖が胸に突き刺さる。
「大丈夫だよ。君と条件は同じだから」
「それ、誰かから聞いたの?」
「聞かなくても解る。ゼルマにも抗体がない。過去のゼルマならともかく。また、部屋にこもらないでイーロと土いじりした方がいいよ。顔色が悪い。お日様の下にいればもっと元気になって抵抗力も着く。俺も久しぶりにゼルマと土いじりしたいな」
 とんでもない、と私は首を振る。
「イーロに伝染させたら・・・ウルガーにも・・・」
 怖くなって私は自分の体を抱きしめる。
「大丈夫だよ。大神官様がおそらく効くであろう薬を作ってくれたんだ。症状が出て一日以内に飲めば軽くなる。君の世界の薬と変わらない。俺はワクチンを作っていたんだ。でも、やっぱり最初にかかった人の抗体が必要なんだ。国中に広がる前に君に協力してもらわないといけないかもしれない」
「そんな事いつだってしてあげる。ウルガーに伝染してウルガーが亡くなれば私はどうすればいいの?」
「俺も、君と同じで死なない。これだけ毒慣れしてればどこかの毒が対応するよ。君より有利なんだ。さ。その青白い顔色をもう少し健康な色に変えよう。果物もイーロの所に持っていこう。もともとイーロが作ったものだけどね」
 楽観的なウルガーにため息をつく。
「その頭にお花が咲き乱れているのはわざとなの? 自然体なの?」
「両方かな?」
 にっこりとウルガーは笑う。
 しかたなく、根負けした私にウルガーが禁断のちゅーをする。
 ウルガーもお母様並みに心の芯が強いのね。この一族は一筋縄ではいかないわ。私と同じで。大きなため息をつくと、ウルガーのブドウだけは確保してイーロの元へ向かった。


ここからどかどか人数が増えてきます。収集のつかない大家族。おかげで現在執筆中の最新話は新婚さんいらっしゃい~状態にしていちゃついております。いろいろ複雑なこともあるけれど。名前も増えちゃって。長い名前のゼルマになりました。再編集版は長いのでゆっくりお読みください。新連載分は短いので少々お待ちくださいね。ここまで読んでくださってありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?