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【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(105)

前話

「リビングはこちらです。それではデザートを少々お待ちください」 
 そう言ってディルクさんがすっと消える。しばらくすると皿に果実が盛られてやってきた。他の果物もある。どれも見たことのないものばかりだ。
「この土地で採れた様々な果物です。かつての栄華をこうして伝えてきました。皆様のお口に合うかどうかはわかりませんが。それではしばし、こちらでお楽しみください。私は夕食の支度をしてまいります」
「なにもそこまでしなくても……。私たちだけでもできますのに」
「俺にやらせるの?」
 クルトが果実にかぶりつきながら言う。シュテファンお兄様もそう言いたげだ。
「野営ができるなら簡単な料理もできるでしょ?」
 当然のごとく言うと困ったな、とクルトは言う。
「温めるだけのものしか食事は持ってきてないよ」
「まぁ。レトルトなの?」
 お姉様ががっかり、と言わんばかりに言う。
「せっかくシュテファンの手料理が食べられると思ったのに」
 非常に残念そう。
「もどれば作るよ。お腹の子のことを考えて」
「シュテファン……」
「カロリーネ……」
「こほん!」
 二人以外が一斉に咳払いする。
「果物持って部屋に戻ったほうがよいのでは?」
 私がとりわけようとするとお姉様が止める。
「みんなでいただかなければ。私たち家族のデザートよ。夫婦のためのデザートではないわ。それにエミーリエがここに来なければ来なかった土地だもの。あなたのデザートよ」
「お姉様。じゃ、二人の世界は少し待ってください。夕食までここで楽しみましょう」
「そうね」
 そう言って酸っぱそうな果実を平らげていく。
「それ、すごく酸っぱいよね?」
 ヴィルヘルムが驚いた顔で言う。
「そう?」
 二人して酸味の強いものばかり食べる。「天使の落とし物」は別として。
「つわり、恐るべし」
「何か言った?」
 私とお姉様が周りを見ると一斉に首を振る。何かしら? 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ディルクさんが顔を出した。
「こちらにおいでください。夕食が出来上がりました。伝えられてきた食事です。お口にあうかわかりませんが」
 ぞろぞろ後をついていって入ったダイニングには豆のスープの香りが漂っていた。
「これは……」
 クルトと二人で顔を見合わせる。
「これだけは絶対に残してほしいと伝えられてきた豆のスープですよ。皇帝一家の始まりはこの豆のスープからなのです。どうぞ、前菜にお召し上がりください」
 見た目は祖国で見たものと同じ。一口、スプーンで口に運ぶとなんともいえない味わいが広がった。
「おいしい。これだわ。エレオノーラお母様の豆の本当のスープは」
「そうなのかい?」
 クルトが私を見てから飲む。
「味が違う。一部わからない表現もあったんだ。だからうちで食べたのは未完成の豆のスープだったんだよ。これが本当の豆のスープだ。すみません。このレシピはいただけますか? もしかして門外不出では?」
 クルトが恐る恐る聞く。
「その通り、門外不出のものですが、これはエミーリエ様のためのレシピ。もちろん、現代語に訳したレシピをお渡しします。どうか、過去を思い出すときにそばにおいてください。この村の人間はかつて皇帝に使えていた者たちの末裔です。今回エミーリエ様が来られて、みな喜んでいます。姫のためならすべてを差し出す所存でございます」
「まぁ」
 私は驚いて口をぽかんと開けた。そんなスケールの大きい出来事になっていたなんて。
「それなら……」
 一拍置いて口を開く。
「この東神聖ボーデン帝国から逃げて、好きな土地で生きていってください。もう、この土地に縛られる必要はありません。私たちもここにはもう来られないかもしれません。お墓参りしてご報告と役目を終えたらもう二度とこの国の土を踏むことが出来ないかもしれません。あなた方に害が及ばぬうちにどうか、逃れてください」
 真剣な私の口調にディルクさんは驚いた顔をしている。それから言った。
「一族の先祖のことはここだけの話です。よもや、教皇様達の耳に入っているとは思えません。巧妙にこの国の民として生きてきましたから。また、どこかで村を開拓するかもしれませんが、ご心配には及びません。皆、今回のことが終わればそれぞれ落ち着き先を見つけるでしょう。この館が朽ちていくかもしれませんがお許しください」
「仕方のないことだわ。役目を終えれば終わっていくんだもの。自然に還るだけの事。それより、この豆のスープまだありますか? おなかがすきすぎてもう一杯いただきたいのです」
「私も。お腹の子が喜んでいる気がするわ」
「おお。光栄な事だ。お待ちください。また持ってきます」
 そう言ってディルクさんが消える。私はお姉様と目線を合わせてにっこり笑いあった。豆のスープは今度は涙の味にはならなかった。懐かしくて、新しい、家族の味だった。


あとがき
やっと最新話113話で完結しました。次は訳ありね。当分長い再編集版が乗るのでその間にしゃこしゃこ書くしかない。これも長いしねー。番号を振りなおそう。あ。スピンオフストーリーも載せられる。こっちのスピンオフストーリーは考えているうちに消えました。ヴィーとフリーデのラブラブデート辺りを考えていたと思うのですが。長すぎるのでこのお話のスピンオフストーリーは当分後、ということで。しかし、落としどころをつけるのがむずい。終章が思いのほかかかった。ラスボス編はほぼあっという間に終わったし。続きのシリーズ。考えられないこともないけれど、それはまた後に置いておこう。ということでしばらくもう少しお付き合い願えると嬉しいです。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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