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【未完小説(完結目指します)】とびっきりの恋をしよう! 第二部 第九話 もう一組の乙女と息子の始まり

前話

「これが、霧の迷宮か……」
 サファンは目の前に立ちふさがっている霧で一寸先も見えない風景を見て立ち尽くしていた。右手に灯りを持ち、左手でユウと手をつなぐ。
「決して手を迷路を抜けるまで解くな。戻れなくなる」
「はい」
 殊勝にユウはうなずく。遊びで恋人ごっこをしているわけではない。灯りを持つサファンとはぐれたら死があるのみ。そういう迷路なのだ。ユウの唇が引き締まる。
「大丈夫だ。手が離れても俺はお前を見つけて見せる」
 強い力のこもった言葉にユウは微笑みを浮かべる。
「そう言うと思いました」
「そうか。さぁ。行こう」
 サファンが灯りを掲げると路があるところだけ光が通ってサファン達に示す。
「まずはこっちなのだな」
 サファンはユウの不安そうな頭を一回なでると歩き出した。

 レガーシはふっと顔を上げた。そばではサーコとレンが古代語の勉強をしている。育成に偏りすぎてはまた倒れてしまうとレガーシがバランスがとれるようにと勉強もさせ始めたのだ。
「どうしたの? レガーシ」
「今、迷路に……」
 そう言って口を押さえる。だが、すぐににこやかな表情に戻った。
「お楽しみは後からですよ。サーコ。レン皇子」
「お楽しみ?」
 今まで真剣に字を見ていたレンは急な会話の発露に不思議そうな顔をしている。
「やーん。かわいいー。レン。子供みたいー」
 サーコが頭をぐりぐりなでる。男のプライドぶち壊しである。
「ええい。なでるなー。俺はガキじゃないっ」
「ガキのくせに」
「サーコ!」
 二人はまた追いかけっこを始める。その二人を放っておいてレガーシは天幕にある水晶のところに行っていた。サーコたちに雷を落としたのはいつものサーラである。おやつを持ってくるとバタバタ走り回っているので行儀が悪い! と落雷したのだった。

 一方、サファンは緊張していた。光を見失えば迷路の餌食になる。何が待っているかわからなかった。ただ、レンに伝えておかないといけない事があった。旅に出るにしろ、遠くに行ってしまうにしろ、この真実だけはレンに伝えるべきだった。王権を握るのはレンでいい。サファンはもう王家に興味を持っていなかった。それよりも大事なものに出会ってしまった。そのためならなんでもする。ここまで自分が変わってしまうとは夢にも思わなかった。まさにユウは悔い改めの女神である。あれだけあった王権への執着も何もかもがユウの目の前では色あせた。ただ、あの真実だけは……。あの真実だけは弟のレンには伝えておかなければならない。そうサファンは感じていた。ユウもそのことはわかっていた。そっと聞いたからだ。その時、サファンの目から涙が初めてこぼれた。己の恐ろしい面を告白するよりも、真実を知らせた時に涙を見せた。それがサファンの心を示していた。本当は優しい人なのだ。遠ざけたのは恐ろしい己から守るために。その兄が今や、いない。弟は、まだ生きている。手遅れにならないうちに、とユウは進言した。そしてそのことをサファンも考え始め、ようやくこの霧の迷宮に入ってきたのであった。
 幾ら霧と光の道を歩いたか。突然肩に乗っていた青い鳥、セイレンが一声上げた。
 サファンはそこでほっと溜息をついた。
「もう少しだ。ユウ。もう少しでこの迷路は終わる。よくやったな」
「って。ついてきただけです。やったのは殿下」
「サファン」
「は、はい。サファン……」
 名を呼んでユウは真っ赤になって下を向いてしまった。一瞬手が離れる。すぐにサファンはユウの手を探して白いその手を握っていた。
「ユウ。恥ずかしくても手は離さないでくれ。迷うから」
「あ。はい。すみません」
「ユウは変わらないなぁ。そこが可愛い」
 サファンがべた褒めしている間に霧の迷宮を抜けきった。
 だが、今度はレガーシの城が見えない結界に阻まれる。サファンは肩に止まっているセイレンに声をかける。
「結界の隙間を教えてくれ」
 そう言って飛ばす。バサバサっとセイレンは羽ばたく。その後ろを二人は歩き始めた。

「おや。霧の迷宮を無事抜けましたか。さすがはご老体の灯りだ。次は結界をどう攻略なさいますか? サファン皇子」
 レガーシもまだサファンの真実を知らない。レンと同じ、王権に強い意志を持つ皇子と乙女と思っている。サファンの真実はいずれも誰も知らなかった。知っているとすれば、病に伏している国王か老体か。それぐらいだ。いや、ユウが知っていた。一番近くにいるユウが何よりもサファンの心を見つめていた。ふっと、殺気のようなものを感じてユウは視線を上げた。レガーシという人は私たちを敵対視してるのかもしれない。どう伝えれば、サファン様は救われるの? ユウの心は悲しみにあふれる。ふいに涙がこぼれる。必死に声を出すまいとしていると急に布で目をごしごし拭かれてしまった。
「また、見えないものに泣いているのか?」
 ユウは人の感情に敏感だ。それゆえ、突然泣き出してしまうことも多々あった。それが今、また起きたまでのこと。サファンはさほど驚かなかった。大方レガーシのことでも察知したのだろう。
「レガーシか?」
「わかりません。会ったことのない方々ですから」
「ならいい。進むぞ。セイレンが待っていてくれる」
 セイレンはその場で羽ばたきこちらを見ていた。
「ごめんなさい。セイレン。鳥はホバリングあまりしないのにね」
「ホバリング?」
 サファンが不思議そうに聞く。
「鳥や物が同じところで止まって空中に待機していることをよくホバリングというのです。熱帯魚にも似たような特徴を持つ子もいるんですよ」
「熱帯魚?」
「ああ。暖かい海に住んでいる魚のことです。こちらはあまり暖かい地域ではありませんでしたね。淡水魚が多いかもしれません」
「その魚はおいしいのか?」
 魚といえば食べるものと思っているサファンである。ここらの国々の物は魚といえば食べるものを指す。
「サファンったら。食べませんよ。愛でるのです。泳いでる姿を。こーんなに小さな魚なんですから」
 指でほんのわずかな大きさを示す。いつの間にかサファンと呼び捨てにしているのに気づかなかったユウだ。
「そんな小さな魚、見ていて楽しいのか?」
「ええ。泳いでる姿はきれいで楽しいですよ」
「ユウは見ていたのか? それを毎日」
「え。ああ。そうでしたね。いつの間にか記憶から消えていました」
 ユウはこの世界に来る前のことはほぼ忘れていた。アユウという本名だけ覚えていた。字も最近ではうろ覚えだ。音だけ覚えている。ただ、住んでいたらしいこの世界では古代語と言われるある種の字は読めた。サファンにはまったくわからないらしいが、なぜかユウには読めた。だが、それだけだ。それ以外は赤子のごとく真っ白だった。
「いずれ、思い出す。そうだな。いつかユウの世界で暮らしてみたいな。こことは違って平和なのだろう?」
 その言葉にユウは目を丸くしてサファンを見ていた。あのサファンが平和を欲するなんて。
 ああ。とユウは思う。いつも自分の隣にいるときのサファンはそうだった。幸せを求め。優しさを求め。平和を求めていた。これが真のサファンなのだ。あのサファンはもう一人のサファン。一日でも早くもう一人と統一させ、サファンの苦しみを解かなければならない。そのためにだけ自分はここにいる。そうユウは自分の存在意義を理解していた。
「サファン。いつか、私の元の世界も見てください。サファンの大好きな世界と一緒です」
「ああ。約束した。いつか行こう。その前に、レンに真実を告げないと」
 サファンがユウに再び、手を差し伸べる。ユウは迷うことなく手と取ったのだった。それは新たな息子と乙女の始まりの一歩でもあった。


あとがき
日付を超えてしまって寝ようとしても寝れないので、起きて作業。サーコです。お待たせしました。いつも書いて載せて書いてと一話ずつの進み具合のため遅くなります。昨日はサーコがするする進みました。本来ならもう会ってるはずの二組ですが、まだ会ってません。伸びました。まとめる力がない。二部の最後は決まっていて、それからのお話のはずが、いつのまにかその前にきちゃって。どうしたもんだか。レンのパパぶりにサファンが目が点になってるのが目に見えます。子供なのにパパしてるし。甘々パパレン……。サーコが書きたい。現金な女の子が。ユウは暗い。暗すぎる。そしてけなげ。尽くしますな感じでじれったい。こっち側ですけどね。書き手も。けなげはともかく悲観体質。サーコの明るさはない。とりあえず上げてしまおう。神様ご降臨も見出し画像作ったから載せたいけれど、あまり夜中起きてたら明日がつらい。仕事は休みだけど。お腹すいたーというところの書き手はレンにそっくりなのでした。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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