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【千字掌編】前編 土曜夜の出会いは花に誓って……。(土曜の夜には……。#28)

 ウィスキー&ローズには今日も酒に飲まれた客がいた。花、である。何があったかはわからないが、べろんべろんに酔っ払って隣の男性に絡んだ。
 マスターは慌てて止めようとしたが、男性は手で制した。
「花、さんですか? どうしたんですか? こんなに酔って」
「よっていいのらー。はなはじんせいがなくなったのらー。だんなもこどももいないはいみすなのらー。おんなのしあわせすらてにできないのらー」
 花の目尻には涙がにじんでいた。酔っているふりをしているのかもしれない。浩一はなんとなく花の絶望感を感じた。
「花さん。明日会えますか? 素面で」
「あしたはゆうきゅーなのらー。はなのたんじょうびなのらー。けーきたべるのー。ひとりでー」
 いい年した大人が誕生日が一人とは哀しいだろう。普通なら家族がいる。すくなくとも独身貴族様は誕生日でケーキとはならない。豪勢なディナーでもとるだろう。そんな大金もなく、祝ってくれる友人知人もなく、両親は恐らく遠方で会えば結婚の一言がでる。そんなとこなのだ。浩一も学術馬鹿で結婚もしてなかった。一人で学術ライフを楽しんでいた。だが、最近、ふとこれでいいのだろうかと思う。後輩が次々結婚して子供を得て家庭の話をする。浩一にはない話だ。そんな話となれば聞いているふりをして耳を閉ざす。うんともすんともいわない浩一から後輩達は去り始めていた。子供の受験だのどうなの聞かされても実感すらわかない。紙オムツのメーカーの違いを力説されても返事することができない。そうなのか、と返事するのが精一杯だ。浩一は四十代だ。見かけは三十代に見えるが、そうではない。その差でがっかりされることもある。社会的地位が高いため、近づく女性は多いが年齢を聞くとそそくさと去って行く。そんな浩一に絡んできた花は同じ匂いがした。そして、手を離してはいけない、と思った。初めて会った女性の手を離してはいけないとはどういうことだろう。浩一は不思議に思うもこの花が気に入った。初めてだった。結婚して仮面夫婦になってもいいと思ったのは。世の中ではさっさと離婚しろといわれる間柄でも花を見ていられる気がした。
「杜さん。花さんの住所です。家に送り届けてあげてくれませんか? このままではアルコール中毒を起こします」
「そんなに飲んでいるんですか?」
「ええ」
「わかりました。今からタクシーを呼びます」
「くれぐれも送り狼にならないでくださいよ。信用してまかせるんですから」
「こんな意識のない女性を襲いませんよ。訴えられます。昨今は厳しいですからね」
「確かに、最近そんな問題で持ちきりですからね」
「では」
「お願いします」
 浩一は送り届けると、チラシの裏に何事か書いて帰って行く。花は意識の底で行かないで、と言っていた。


あとがき
これ、千字ちょっとで終わるシリーズでしたね。頭の中で台詞が飛ぶので眠れず夜中作ってました。筆がのって気づけば二千字、初の前編後編になっています。そしてこれを書いていてふと思った、定番のお店達。街一つできるんじゃ、と思えばしっかりあらゆるところに珈琲専門店紫陽花があちこちに飛び火してました。で、あとで更新お知らせで書きますが、もう十把ひっくるめて街を作りました。架空の市、「澄川市」です。イメージは京都ですが、そんなむちゃくちゃ寺社仏閣はありません。坊さんとか神社とかありますが。大学もあるし病院もそして、あの代表作花屋エルフィールピアや骨董店サクラなどなどあらゆるものをひっくるめた市ができあがりました。街の生活をかければいいなと思います。現代物は苦手なんですが、そこにファンタジーが入ると楽になるので何らかファンタジーを入れ込むかも。第一話として考えているのはこの土曜夜の出会いは花に誓って……。から派生する「春の霞」。まだ書いてないのでお待ちください。見出し画像は作った。星の誓いのマガジンも作らないと。ここにはエッセイの勉強中は置きません。そのまんまどうぞ、後編へ。

後編→

 

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