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美術展感想メモ「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」

展覧会名:ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道
会場: 国立新美術館

日本とオーストリア・ハンガリー二重帝国の国交150周年を記念した企画展。予想以上に膨大な展示物がオーストリアから借りられたようで、なかなかの物量。鑑賞に3時間以上かかりました。

18世紀半ばの啓蒙主義時代から、20世紀前半までのオーストリア・アートの変遷が表現されています。

同時期に都美術館でもクリムト展が開催されていたこともあってか、展覧会ポスターはグスタフ・クリムトがメインで推されていた(クリムトのパートナーエミーリエ・フレーゲ。撮影可能)けれど、展覧会全体の感想としてはとにかくエゴン・シーレが素晴らしかった。さらっと描いたようなデッサンが、恐ろしく上手い。ただの直線に色気すら感じる。油絵の塗跡がくっきり残るくらいに、薄く溶いた油絵でさらさらと重ねられた美しい色。ゴッホのようなこってりとした油絵とは対照的。シーレの妖しい魅力に見惚れてしまう。

本展は大きく4章に分かれている。各章ではさらに細分化されたテーマの作品が、壮大な世紀末への道を飾っている。各章の印象と気になった作品を記します。

1.啓蒙主義時代のウィーン-近代社会への序章
マリア・テレジアのどーんとした肖像画と、その額の上にちょんと乗っかるヨーゼフ2世(マルティン・ファン・メイテンス作《マリアテレジア》1744)が、私たちを21世紀の東京から18世紀のウィーンへ誘う。
世にも珍しい《フリーメイソンのロッジ》(1785年頃)には目隠しをされた人の姿が。《プラーター上空に浮かぶヨハン・シュトゥーヴァーの気球》(1784年)は新時代の訪れを予感させる。
そして、妙に芸人魂を感じるフランツ・クサーヴァー・メッサーシュミット作《究極の愚か者》(性格表現の頭像シリーズより、1770年以降)は物凄いインパクトを残してくる。
「皇帝ヨーゼフ2世の改革」をテーマにした展示では、啓蒙主義の影響を強く受けた皇帝による病院の建設など、着実に発展していくウィーンの様子が描かれる。

2. ビーダーマイアー時代のウィーン-ウィーン世紀末芸術のモデル
ビーダマイアー時代という区分を初めて聞いた気がする。ナポレオン戦争終結後の1814年から、ウィーン会議(踊って会議は進まなかったけど)を経て、ヨーロッパの地図が再編されて、1848年に革命が勃発するまでの期間は〈ビーダーマイアー〉と呼ばれているらしい。
ちなみに解説文によると「小市民」という意味を持ち、小説の登場人物の名前からとったらしい・・・ビーダーマイヤー(ビーダーマンとブンメルマイヤーの合成語で、「愚直な人」という意)とはドイツの判事ルートヴィヒ・アイヒロットによって書かれた、1850年のドイツの風刺週刊誌『フリーゲンデ・ブレッター』 (Fliegende Blätter) の中に登場する、架空の小学校教員ゴットリープ・ビーダーマイヤーに由来する。(Wikipediaより)
1850年代にはもう時代遅れといわれた様式ですが、家具や食器や調味料入れなどはシンプルながらも、日々のくらしを豊かにするような実用的なデザインの美しさは今でも通用する気がします。概念的な呼び方としては19世紀半ばには廃れたものの、19世紀を通じてウィーンの人々の生活に根付いた様式が〈ビーダーマイアー〉なのだろう。
《メッテルニヒのアタッシュケース》(19世紀前半)は分厚く、鍵のかかる厳重仕様。この中には一体どんな秘密が隠されていたのだろう……
ちょっと変わっていて面白かったのが、カール・ルートヴィヒ・ホフマイスターの《絵画時計-王宮書斎での皇帝フランツ1世》(1830年)絵の中に本物の時計がはめ込まれている。絵を見るたびに時間もわかって便利~!でも時計が小さくて見づら~い!と思いました。
そして、ヨハン・クリスティアン・シェラー《ウィーンのバリケード、1848年5月26日のバリケード》(1848年)。レミゼを彷彿とさせるバリケード。国は違えども(レミゼラブルの革命は1832年なので少し年代も違うけど)この時代の市民は怒り行動していたのだ。まだテレビのようなメディアによる伝播装置はなかったものの、そういう気配が欧州に共通して流れ、思想が伝播していたのだと思う。
そして、シューベルト時代の都市生活。シューベルティアーデというシューベルトの作品を聴くために人々が集う、ささやかながらも贅沢な夜会(ユーリウス・シュミット《ウィーンの邸宅で開かれたシューベルトの夜会(シューベルティアーデ)》(1897年))が夜毎開かれていたようです。帽子やドレスは簡素でありながら洗練されていて美しい。《フランツ・シューベルトの眼鏡》(1820年頃)は横一文字のヒビが入っている。そして幅が狭い。シューベルトさん意外と顔が小さかったんだなあ。
絵画として特筆すべきはフリードリヒ・フォン・アメリングの《3つの最も嬉しいもの》(1838年)。描かれているものは酒、女、楽器(音楽)と、それを背後からかき抱く男。このエロおやじがいなければ、嬉しいものだけで美しく完成していたのに、蛇足な気がして仕方がない。作者の願望が滲み出ているようで妙に印象に残った。
そして、フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー《バラの季節》(1864年頃)は自然との調和が美しい。まっすぐ伸びた影が爽やかな光を感じさせる。緑の中に可憐に咲くバラに幸せな気持ちになる。

3. リンク通りとウィーン-新たな芸術パトロンの登場
1857年に皇帝が都市を取り囲む城壁の取り壊しを命じ、新しいウィーンの大動脈となる、「リンク通り(リンクシュトラーセ)」が開通。立派な国会議事堂や市庁舎、劇場が建ち並ぶ通りは、ずんずんと近代化が進むウィーンを象徴している。ドイツ語はよくわからないけれど環状道路だからRingなのだろうか? フランツ・ルス(父)による《皇帝フランツ・ヨーゼフ1世》(1852年)と《皇后エリザーベト》(1855年)に見る若き両陛下の肖像が眩しい。1873年にはウィーン万博が開かれ、日本館や日本庭園の姿も見られる。「画家のプリンス」ハンス・マカルトの美麗な肖像や、「ワルツの王」ヨハン・シュトラウスの活躍も時代を彩る。

4. 1900年-世紀末のウィーン-近代都市ウィーンの誕生
あの輝く若さの皇帝もおじいちゃんになる20世紀。ウィーン市長カール・ルエーガーには還暦祝いの(還暦という概念はないと思うけど)貝殻と文字で飾られたインパクトの強い椅子が贈られたりしている20世紀。(この椅子をいただいても、とても座る気になれない)
世紀末から新世紀を駆け抜けたのは近代建築の先駆者オットー・ヴァーグナー。彼の建築はキチッと正方形で直線的。美術アカデミー記念ホールは装飾どっさり。柱には蛇、屋根にはいろんなビガビガ。同じ西欧でもフランスとは違う気がする。几帳面かつ装飾も極限まで手を抜かないゲルマン的なセンスなのだろうか。
市営鉄道には皇帝専用のパヴィリオンまで作ったものの、2回しか使われなかったらしい。もったいないような、さすが皇帝ともいえるような。
そして、グスタフ・クリムトの作品が描く世紀末ウィーン。クリムトの女性はなぜこんなに目を惹くのだろう。強気と色気が混ざり合ったような美女が我々の視線を釘付けにする。女性の色っぽさと対照的にメデューサなどはコミカルに描かれていて、そのアンバランスが楽しい。それと何故かしらないが、首だけニョキっと画面の端から生えている作品もあって油断ならない。絵が上手いだけでなく、絵で遊んでいる。
クリムトも一員であったウィーン分離派の記念写真が素晴らしい。それぞれの個性と仲間の一体感が1枚の写真の中に調和している。とてもワクワクする写真。
ウィーン分離派展ポスターは検閲前・検閲後の2種が飾られていて、検閲のバカバカしさを体感できる。展示されていたあらゆるポスターに共通することとして、タイポグラフィーの美しさが挙げられる。実用的な文字情報でありつつ、掲示物にふさわしいデザイン性を兼ね備えている。
冒頭でも触れたがグスタフ・クリムトの《エミーリエ・フレーゲの肖像》(1902年)は、なかなか迫力がある。しかしながら、エミーリエ本人はこの絵を気に入っていなかったらしい。クリムトかわいそうに。

クリムトのスモック(1905年)も飾られていたが、油絵具の汚れが見当たらなくて、本物か疑ってしまった。
フランスっぽい明るい色調のマクシミリアン・レンツ(《黄色いドレスの女性(画家の妻)》1899年)、かわいい子供を描くフランツ・フォン・マッチュ(《画家の子供たち(レシとハンス)》1902年)、独特な重厚さがあるヴィルヘルム・ベルナツィク(《炎》1902年)も素晴らしいが、同時代の画家たちを一歩抜きんでていたのは、若き異端児エゴン・シーレ
スキャンダルにまみれ世間の非難を浴びていたものの、クリムトはシーレの才能を認め、保護していた。クリムトは若き仲間を元気づけながら、どこかで彼の才能に少し嫉妬していたのではないかと思う。シーレの線はどこまでも自由で美しい。さらりと描いたような線が人を惹きつける引力を持っている。パトロンであったレスラーや少女たちの肖像画が並ぶ。男も女も彼の手を通して生まれると、妖しく、深く、色っぽい。ズルい画家だと思う。しかし、そんなシーレの作品で切なさを感じたのはクリムトの最期を描いた《死の床につくグスタフ・クリムト》(1918年)。自信たっぷりにみえるシーレも、クリムトを心のよりどころにして、頼っていたのではないかと感じるような、さみしいデッサン。運命かのように同年シーレも亡くなっている。喪失感がシーレの寿命を奪ったのかもしれない。

約200年を大量の作品で駆け抜けた「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」。じっくり見すぎて夏風邪をひいたが、見ごたえは抜群だった。



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