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「CANON11」 EP.4 (異)世界音楽 (1)


Ch.2 (異)世界音楽


夜行星の加入で《CANON》の活動に拍車がかかった。夜行星の即座な鑑賞と文章生成で投稿の周期が一気に縮まったのだ。さすがに一日何本も投稿するとあやしまれる(?)のでペースは適度に調節しているけれど。

新譜レビューのカバー範囲もともに広まり、歌音とNは主に国内や東アジア圏の、夜行星は欧米を中心にした海外圏の注目作をピックアップしていった。機械のくせに欧米圏にとどまるとは卑怯だ! という歌音の愚痴に、夜行星は英語に圧倒的に偏ったビッグデータの質と量を言い訳に提示した。

また、マルチメディア展開計画もいよいよ実行に至った。隔週のPodCastを開始し、YouTubeチャンネルも正式に開設したのだ。ただ問題はやはり持続性で、PodCastの場合は同時期の音楽界の話題を追っていればだいたいテーマに尽きることはないのだが、YouTubeコンテンツの場合にはまだPodCastの転載やそれと似た内容でしか活用できていないのが課題だった。

インタビュー動画アーカイブとしての活用も案に出たが、定期的には難しいとの結論に至った(歌音の移動しづらさの問題もある)。レビュー動画は実質今まで夜光星がやってきたものと変わらないし、そもそもテキスト・レビューの論調もほぼビデオと一致している状況だ。

「これでもV-Tuberまで保有してるのにコスパ悪いな…」

Nがつぶやいた。

「失礼ね、自分のチャンネルとなるべく区分してるわよ? YouTubeの方は映画批評に寄せてるし」

と、夜行星はNのデジタルウォッチからホログラムに現れて言った—そういう機能あったか?

そんな感じでメディア展開は少しずつ先延ばしになっていった。そもそも速くなった投稿ペースに追いつくのが先だし、そのためにはもっといっぱいの音楽を聴いておかなければならない。AIの速度に人間勢が少しでも追いつく必要があったのだ。

「で、お前はなんでいるんだよ」

Nははしごから下を向いた。目線の先には礼儀など全く感じられない、車椅子から探している本を顎で指示する歌音。

ここはNが引き取られた古邸宅の書斎で、どこぞの図書館並みとも言えるくらいの異様な大きさを誇っていた。

「育ち盛りの新鋭作家が図書館に来て何が悪い」

「あ、もう図書館扱いなんだね?」

「てめぇん家、無駄にデカいからそれくらいシェアしろや」

「別に止めないけどさ、今日平日だぞ?」

「クソ、先に退学しやがって!」

「なんの茶番ですか…」

Nのデジタルウォッチと歌音のタブレット(※Nから強奪)から呆れている夜行星の声が鳴り響いた。

自力で立てる人にも高い書架からNが取ってきたのは世界の伝承をまとめるものだった。

「Kindleになかったんだよなぁこれが。ねぇやっこー、なんか電子化とかそういうのできない?」

「わたしは物理世界がデジタルデータ化されない限り触れるのが難しいですね」

「ちっ、ケチ」

「ほら」

重たい本が車椅子のデスクの部分にずしっと乗っかった。

「持ってけるか?」

「無理だねこれは」

「はぁ、連れてってやるよ」

Nは内心浮かれたが外に出さなかった。

「心拍数の急上昇が見られますが、体調悪いのでしょうか?」

うるせぇ。


当たり前のことだが、大衆音楽は世界各地に存在する。が、グローバル化による世界の一元化はむしろ特定の国家・言語圏の音楽のヘゲモニーを強化する結果を出した。批評をする主体としてその状態から脱皮しようとしても難しいのは、作品の意義や価値はその社会—シーン—の背景脈絡と結びつくもので、それら全てを知るのは実質不可能だからだ。しかも人工知能の判断材料となるビッグデータすら言語圏によって大いに偏りが生じる。

…という話を車椅子を押し押されながらしていた。

「世界は広いし音楽はどの隙間にもある」

歌音がポエムぽい形でまとめようとした。

「でもボクは足をかけてそれを探し回るのがむずい。ボーン・トゥ・ビー・ネット廃人ってことだ」

「俺が言えたことじゃないけど他の障害者たちに謝るべき発言では」

「言えたことじゃねぇなら黙れよ。んで、ボクらみたいなルームペンじゃなくて、現場に行けるエディターがほしいと思ったんだ」

「私のような逸材をついさっき起用しておいてすぐまた人選に回るところ、ほんと運営の効率悪いですわね」

タブレットかウォッチかとにかく天から声がした。

「おおっ、やっこーのヤキモチ言葉、いただき!」

「そんなんじゃありません!」

「で、お前らもすでに読んだんだろ? 例の応募メール」

「社会の味など知らないどころかその育成機関すら逃げ出してきた俺らが人のこと上から評価する立場になるのもアイロニーだと思ったぜ」

「本文の話しろよ。まあ、昨日の晩、やっこーと夜更かしで話してたけど—」

「寝ろよ、というかいつの間にそこまで仲良くなってたんだ」

「レビューされたアルバムが、メタデータ(関連情報)さえも、ウェブ上のどこにも見当たりませんでしたの」

夜行星が怖い話でもするような口調で言った。

「俺も読んで調べて当たらなくて、まあ実際にレビューでの前置き読んでみると非常にローカルで古い作品なのは確かみたいだな。でっち上げかもしれないという可能性もなくはないが」

「だからお前の図書館(?)を借りたんだよ。その聞いたこともない地域に関する情報探しに」

「俺ん家の書斎何もんだよ」

「するとほら、貸せ」

Nが代わりに持っていたバッグを歌音に渡した。古い割にはまだ多く触れられてないからか丈夫に見える分厚い本をパラパラとめくり、ある箇所を示した。

「ここにそのアート・コレクティブの記載があったんだ」

「すげぇな、俺ん家! というかその本って、確かテーマが…」

「世界の伝説」

「なんでもありかよ」


(つづく)


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