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「CANON 11」 EP.3 人工知能評論家 (3)


芸術作品への評点は読者を批評に連れ込むためのエンターテインメント要素に過ぎないのだろうか。確かに数字はいい尺度になるとはいえ、その評価基準は一律に定まるわけではない。それでも歌音とN、そして夜行星は批評の目的が評価にあるという考え方に同意していた。そして評価というのは自然に作品間の優劣をつけるということにもなる。その評価行為をあらわにする手段として、歌音たちは評点制度を真剣に重んじていた。
ではそもそも芸術を評価するという行為は正しいのか?
「〈音〉を〈楽〉しむからこそ〈音楽〉なんじゃない?」
だから音楽に評価なんて余計だ、という意見を聞かされることが散々ある。歌音とN、そして夜行星も批評家である前にみな何かしらのクリエイター側でもあるし、赤の他人から評価される窮屈さは誰よりわかる。だから批評という役割は作品のオススメ機能でとどまることも多い。
それでもこの道を選んだ理由は、物事の価値を判断することはつまり世界を理解することとつながるからであって、それにおいて納得のいく基準を立てる最も真摯な手段の一つが批評である、とNは語る。
「おお、その理屈、有職者みたいでいいな。ボクも借りるぞ」
「逆にお前は何根拠にこれやってんだよ」
「え、楽しいじゃん、これ」

「話振っておいて二人の世界に入らないでくださるかしら」
夜行星が夜光の教鞭を手平にペシペシと叩いて注意を引き戻した。
「わるいわるい。で、どこまで話したんだっけ」
夜行星と初対面を交わして翌日、歌音たちは〈事務所(オフィス)〉—と言っても、オンラインのDiscordチャンネルのことをこう指している—の会議室に集った。夜行星もパソコン画面から勝手に顕現した。
「評点制度の見直しのことですわ」
人工知能がパソコン画面で不機嫌そうに教鞭を叩くというさらに夢みたいな現実を目の当たりにする時間だった。
「ボクも批評の目的が作品を評価することにあるという大前提には同意するよ」
歌音が言いながら夜行星の頬のあるところに画面をツンツンと押してみた。くすぐったそうにピクッとする反応が面白かった。
「でもボクたちはあくまで評価を直観的に見せることに集中してるまでであって、計算をしたいわけじゃないんだよ」
「数式フォーマット貸してもよろしいですわよ?」
「いや、あと正直あんな細かいのはさすがにキモすぎる」
ムッ、と頬を膨らませて不機嫌さを表す夜行星。沼るんだよ、これが。
「そもそも問題は評点制か等級制かの違いにもあると思うんだよね、根本的に」
そして少し考え込んでから尋ねた。
「じゃあ、あんたが〈良い〉と思ってる基準と、〈すごい〉、〈素晴らしい〉、そして〈ヤバい〉と思ってる基準点を教えてよ」
「〈良い〉はおよそ71.429点、〈すごい〉は78.571点、〈素晴らしい〉は85.714点くらい。そして〈ヤバい〉は… 92.857点程度です。」
「〈およそ〉とか言うわりにすんげえ細かいな。じゃあそれを10点満点の自然数に変えてみようぜ。〈良い〉が7~8、〈すごい/素晴らしい〉が8~9、〈ヤバい〉が9ってところか…。やっこーの場合は四捨五入で処理して、ボクらも既存の等級制からは何とか対応させるね。何なら両制度を同時に使ってもいいかも」
「と言いますと?」
「自然数を公式基準にして、両者の既存の制度をサブに取り入れるんだ。例えばこんなふうに」

example 1) Rating : 9/10 (platinum) [reviewed by. Canon]
example 2) Rating : 9/10 (93.118) [reviewed by. Yakosei]

「そんなことしなくても、私の評価は的確ですわ」
「ボクらが追いつけねぇというか、評論家としてリスペクトしてるだけで納得行ってないレビューも盛りたくさんあるからな?」
「私に喧嘩売るとは大した勇敢さですわね」
「それ、堕落して暴走後に主人公にやられる悪役ロボットが言うやつだ…。レスト・イン・ピース」
「死なせないでください。ちなみに、私基準で100.000点はないのですが、いくらから10点に認めれば良いのでしょうか」
「それくらい自分で考えてくれよ、人工知能」
ちなみにChatGPTは対話型AIなので計算には弱いと知られている。
とにかく、そう、満点の問題、というより点数が分布する具合の問題もある。主要評論誌の点数を平均化して見せる“Metacritic”サービスを参照すると、時間が経つにつれて評価のインフレーション傾向が見られるとも言われる。
「インフレ防止策と言ってもなんだけど、ここでスペシャル・ルールを設けたい」
「とは?」
「満点のさらに上を作るんだよ」
「なんですか? その七不思議の八つ目みたいなのは…」

“Perfect 10”選定に編集陣の4/5以上が同意した場合、“CANON 11(11点)”に特別昇格する。

「インフレ加速してないか」
Nがようやくツッコミのタイミングをとれた。
「あと4/5って満場一致以外では出ない数値じゃないか」
「そりゃー人が増えればなんとかなるわけで? あとインフレが生じるからこそ、あえて〈傑作〉と〈古典〉の区切りをつけるんだよ」
「でもその理屈—つまり〈11点〉呼ばわり—だと、〈古典〉と〈傑作〉の優劣関係を示しているように見えるのだが、それに同意してるのか?」
「チッチッチ…。甘いな、エヌくん。完璧なシステムなんてこの世にないんだよ」
「逃げやがった」



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