人間交差点

学生時代に文庫版として買った人間交差点を、何冊か今も持っている。連載自体は1980年から1990年までだったらしいので、連載時のマンガをリアルタイムで読んだことは無い。奥付を見ると、私が今持っている小学館マンガ文庫版の発行は1994年だから、大学1年の時に買ったものだと思う。

私が買った時も既に物語的にはやや古くて、今読むと今から40年前前後の日本の状況が分かると思う。連載は連載だが、基本的には一話完結で、しかも毎回物語も登場人物も全然違うので、連載だが単作が連なっている短編集と言う感じだ。内容的には社会の片隅とか暗部とかも扱っており、各話の最後にはほのかな希望を付すと言った人間味のあるマンガである

久しぶりに読んでみると、意外と面白かったと言うか、この歳になってみないと分からないような感じも抱いたりして、結局手に取った「第4巻」一冊を読み終えた。

第4巻は人間交差点前期の作品なので、背景は1980年代の前半である。恐らく、この時代は今ほど多様性を肯定的に捉える精神的な余裕の無い時代で、要は「有名な学校を出て、一流企業に勤め、そこで順当に出世していく」と言うのが一般人の人生の正解と今以上に見なされていた時代だと思う。プラザ合意などによる日本国内の動揺はあっただろうが、それでも今より社会的には安定していて、スピード感を持った栄枯盛衰が短期間に繰り返される、なんてことは無かった時代だと思う。

そんな中でも、働く意義とか、何のために生きているのか?と言うような内容を問う話が「人間交差点」にはある。例えば、女子大生連続殺人事件の犯人を追う若い刑事が、週刊誌の密着取材を受けながら捜査を受けるのだが、この際に取材をする若い女性記者と、取材を受けている若い男性刑事のやり取りがある。

「まず、今の仕事の待遇についてだけど、刑事っていうのは打ち切り過勤制だから、いくら超過勤務しようと驚くほど給料が安いそうね!?」
「…た、確かに安いかも知れませんけど、まだ安くて驚いたことはありません。」
「活動経費にしても、本部から正規に出るものは電話代ぐらいのもので、尾行の際のタクシー代や深夜捜査の弁当代なんかも、あまり請求しない刑事が多いって言うのは本当?」
「覚えておく余裕がある時には、ちゃんと請求しています。」
「お休みなんかも、事件発生から三週間は日祭日関係無く、毎日朝8時から夜12時までぶっ通しで仕事なんですってね?」
「あの…何が知りたい訳ですか…?」
「ズバリ聞けば、現在の仕事に満足してるかってこと。特に待遇面なんかでね。次代を担うプロが出るか出ないかは、結局その辺がポイントだと思うの。」
「僕は事件を解決するために働いています。あまりそういうことを考えたことはありません。」
「そう言うのって信じられないのよね、私は。模範的すぎるんじゃない。悪いようには書かないから、本音を聞かせてよ。誰だって、人より高い給料を貰って、楽な仕事に就きたい。少なくとも仕事がハードなら、人一倍の報酬が欲しいと思うのが、当たり前じゃ無い。」
「あなたのような考え方で仕事を選ぶ人は、少ないんじゃないんですか。」
「……え?」

収入は勿論重要だが、金だけを目的に仕事を選ぶというのは、結構キツいだろう。如何ともしがたい理由があるなら別だが、それとて「如何ともしがたい」からガマンできるのであって、自分には詰まんねえとか、向いていないとか、職場の人間関係が悪いとか、そう言う仕事や職場でも「給料が高いから頑張れる」と言う人は、案外多くないのでは。

学生時代の友達とかと、私はあまり仕事の話はしないが、たまにする時、彼ら・彼女らは、どんな仕事をしてどんな遣り甲斐を感じているかを大抵話すもので、つまらない・キツいけど給料が高いから何とか頑張っている、と言う人はあまりいない。因みに、ゼロでは無い(かなり少ないが、たまにいる)。

時代によって、価値観は必ず大なり小なりは違うが、あまり変わらないものもある。古い小説やマンガなどを読むと、何が普遍的なものなのか、分かる場合があるだろう。

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