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中上竜志 散り花

中上竜志の「散り花」と言う小説を読んだ。これは今年の日経小説大賞を受賞した長編であるが、主人公は33歳の中堅プロレスラーである。しかし、33歳などはプロレスラーとしてはやや若い方~全盛期で、燻っている年齢では無い。

著者の中上竜志は長年のプロレスファンのようで、本作を読んでいると、プロレスの歴史上で起きた色んなシーンや出来事を下敷きにしているのを感じた。ただ、主人公含めて誰がどんなモデルになっているかは特定していないというのを、中上竜志に対するどこかのインタビューで読んだ。日経小説大賞なので、日経本紙でのインタビュー記事だったかも知れない。

物語は、プロレスでよく起こったことが入っており、面白かったが、個人的にはこれを読んだ現役レスラーもしくは元レスラーがどう感じたか、に興味がある。

プロレスは最初から筋書きが決まっており、勝敗も決まっている。となると「八百長」と言われそうだが、これに関しては本書内で以下のように書かれている:

八百長なのかと面と向かって訊かれたことは何度かある。八百長ではなかった。勝敗に金銭が動くことがないからだ。ただ、勝敗ははじめから決まっている。人によってはそれだけで十分いかさまなのかもしれない。

八百長は選手間による、金銭授受を伴う、プロスポーツの協会や団体のルールに反した行為であるが、プロレスは組織として行っているので、八百長では無いのである。前半部分は、このように筋書き=「ブック」に従った試合の描写が続いており、プロレスをあまり知らない人にとっては、胡散臭いとは思っていたが、こんなにマジでインチキなのか、と呆れ果ててしまうように思う。

こんなインチキなら、レスラーなんて強いわけが無い、と思われそうだが、そんなことは多分無くて、練習含めた鍛錬の量は、並大抵では無い。お互いケガをしないように、しかし派手に見える技を掛け合っているが、この「ケガをしないように」のレベルが一般人レベルでは当然無く、レスラーとして相当鍛錬を積んだ者のレベルでの「ケガをしないように」なので、一般人、例えば私が中堅レスラーのラリアートなどを受けたら、多分死ぬと思う。アマレスだけでなく、柔道や空手など様々な格闘技で実績を出してきた、若きエリートアスリートがプロレス界に入ってきて、1~2年でケガをして引退というケースも、私がプロレスをよく見ている期間でも、かなり多かった。やっぱりキツい仕事なのだ。

ブックは決まっているが、全ての試合で展開まで含めて細かく決まっているケースは少なく、とにかく勝敗が決まっていて、あとは普段から鍛練を積むレスラー同士であうんの呼吸で試合を組み立て実行する、と言うのが多いとも聞いている。その間の技の応酬は、常人から見ると並外れており、迫力があって見応えが凄まじく、凄い試合(ショー)は観客が熱狂して、椅子に座りながら足を踏み鳴らす、と言うケースも多い。

こんな感じでやっていれば、事故もたまには起きてしまう。非常に有名なのはプロレス界のスーパースターである三沢光晴が、齋藤彰俊のバックドロップで亡くなってしまう、と言うものだ。これはバックドロップの衝撃と言うより、三沢の社長業とレスラー業の兼業という激務から疲労が蓄積した過労死、と言う説が有力ではあるが、とにかく一般人では即死だと思う。

プロレスは連日連戦が組まれ、しかも一日ずつ街を移動して行うので、かなりしんどい業態である。私は地方都市の興業も見に行ったことがあるが、例えば静岡の焼津で見た時は、地方故に試合によっては弛緩しているものがあったかと言うと、あまりそれは感じられなかった。冬だった上に、安い会場を使っているから、暖房が効いておらず、試合が始まるまでは寒くて仕方なかったが、第1試合の渕正信vs雷陣明を見ただけで、単に見ているだけの私も体が温まっていたのは、妙に印象に残っている。要はレスラー達はどこでも一生懸命仕事をしている訳で、この観点でも常人にはとても出来ない仕事であると思ってしまう。

プロレスの説明をする際、私は「プロレスはサーカスのような感じ」と言うのだが、サーカスの団員は、笑顔でアクロバットなことを繰り広げているが、この人達は普段物凄い鍛練を積んでいるので、「ショーだけど、体の鍛え方はマジ」と言う点で、まあ似てんのかなと。この説明をして、納得されたことはあまり無いが。

と言う具合なので、後半で主人公のレスラーである立花が、全試合にガチンコで臨むことになって、実際(と言っても、小説だが)に連日ガチでやるというのは、果たしてどうなのかと思った。要は、こんなこと出来るのかな、と言うものだ。

総合格闘技やボクシングのような、本気の殴り合い蹴り合いは、試合間隔を相当空けることになるが、これは体の回復が間に合わないからだろう。他のスポーツでも、野球はスポーツで本気とは言え、肉体的な接触などが少ないからか連日行われる。しかし、サッカーはあっても週2回だし、ラグビーはもっと空けると思う。同じ野球でも、長い回を基本的に投げる先発ピッチャーは、投げまくる覚悟でやっている今年横浜に来たバウアーでも中4日である。

作中では連日ガチンコでやっているので、立花のダメージの蓄積振りは、素人が読んでいても正確かつリアルに書かれているように思うのだが、「こんなことになったら、果たして実際に出来るんでしょうか」と言うのが、プロのレスラーに聞きたいところである。

後半のガチ試合の連続は、確かに読み応えがあり、特に団体のボスとも言える新田との一戦は、凄惨な試合ぶりが際立っている。面白かったのでどんどん読んでしまったが、読みながら「本当にこんなことになったら、果たしてレスラーは出来るのだろうか」と常に思っている状態ではあった。

立花はこれがレスラー人生最後と思って取り組んでいるので、1シリーズなら何とかなるのかな、と言う感想の持ち方は、少し違うのかも知れないが、要は私にはそう読めるような著作であった。

これが日経小説大賞に選ばれるというのも、ちょっと不思議な感じがするが、選考委員を務めた辻原登・髙樹のぶ子・角田光代の3人とも、プロレスには大なり小なり理解があるようなのも、良かったのだろうか。何となくネットで検索してみると、プロレスに理解のある人とそうでない人とで、評価が大きく割れていることがあり、プロレスの文化のようなものにある程度適性のある人でないと、あまり面白く感じないのかも知れない。

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