冥王が紡ぐ「新たなる生命」 PLUTO感想

はじめに

 この記事には漫画「PLUTO」及びそのネットフリックスアニメ版のネタバレが多分に含まれます。サスペンス色の強い作品性質上他のコンテンツよりネタバレの知名度が格段に上ですので、まずは作品の鑑賞を終えてからお読みいただくことを強くお勧めします。また自分勝手な解釈や考察が飛び出すので、そういうのが苦手な方もご注意ください。
















感想・考察

全体への取っ散らかった想い

 戦争、喪失、復讐、そして憎悪……様々な過去を経験したロボット達が人間らしい感情を手に入れ、その扱いに苦慮し、あるいは振り回されながら「答え」を探していく。一見すると作者お得意のサスペンスに見えるが、実はその本質はロボット求道物語。それがPLUTOの総括といえるでしょう。本作におけるロボットは天馬のくそったれのせいでそう仕込まれた人工頭脳の特性により、非常に人間らしい……というかもはや構成部品がタンパク質か機械部品かの違いというレベルで人間そのものと化しています。児童向け漫画でリアリティラインがあやふやな原作「鉄腕アトム」では色々な制約がない「まあ夢のある話ですわね」で済ますこともできた状況ですが、PLUTOではリアリティラインが一気に引き上げられたことで露悪的とすら言えるレベルでこの世界観の問題が噴出します。戦争のトラウマに苛まれるロボット達、人間的なロボットの感情的な暴走に怯える人間達、新しい種と化したロボットと古い種と化した人間の対立、人間によってスクラップにされる意思を持った(あるいは持っていた)ロボット達……実は原作鉄腕アトムでもストーリーの背景として度々用いられてきたこの哀しく汚らわしい「作中世界の現実」の数々は、心優しいウランが学校でのほほんとしているその裏で確実に起こっていることです。ですがこれら諸問題は、我々が住む人間世界でも似たようなことが確かに起きているのも事実であり、だからこそ「想像を絶する近未来世界の風景」ではなく「現実世界の延長上」として我々読者の感情移入を助け、人間とは隔絶した性能の7大ロボの最期を彩るのです。感情というものを知っているから苦しませることのできる、鬼才・浦沢直樹先生による悪魔の所業ですよ。もう読んでるこっちが一番堪えられないくらい悲劇が飛び交う本作ですが、憎悪を乗り越えた優しい終わり方をしたのは本当に希望と優しさを感じられて好きです。犠牲は確かに多かった。だが7大ロボ達の心と苦しみはアトムの中に根付き、それを受け継いだ「加害者にされた被害者」プルートゥが、「憎悪の化身」ボラーを乗り越え、あの美しい風景として昇華するきれいなラストは、「感情」という「知恵の実」を与えられ「新しい種」として生まれ変わりつつあるロボット達への、せめてもの祝福に見えてならないのです。彼らが生まれたのは決して憎しみからではなく、優しい願いのためなのだから。

本作最大の悲劇

 本作の事件が起こる原因となった第39次中央アジア紛争(39回もすなそんなもん)、どうやら7大ロボの所属を見るに、トラキア(≒米国)、イギリス、ドイツ、ギリシャ、スイス、トルコ、オーストラリアによる集団リンチだったようで。あるいは日本の自衛隊もアトムが前線に行かなかっただけで実戦参加してたのかもしれません。地獄か?
 
作中描写を見るに人間同士ではなく戦闘ロボット同士の地上戦が主体であったのは明らかですが、市街地への空爆や歩兵部隊による制圧は行われているようで、民間人に思いっきり被害が出ています。作中度々言及される「ロボットは人間を攻撃できないようにできている」という原則から考えていくと、平地戦はロボット同士がぶつかり合い、市街地では人間の手による虐殺が横行していたと思われます。つまるところ本作の発端となる本物のアブラーの家族の死は人間の手によるもので、7大ロボは全く関与の余地がないのです。さらに言えば戦争の発端と言われるボラー調査団は「ペルシアには大量破壊兵器なんかない」という結論を出しており、メンバーの中には開戦後も戦争反対への立場を明確にしていた者もいました。つまるところプルートゥとアブラーの復讐は的外れも良いところで、憎悪に支配された結果冷静な判断が下せなくなり、復讐の矛先を間違え、目先の目立つ連中を攻撃しているのです。
 フルボッコにされた側ペルシアの指導者であり、外交ガン無視でバカスカ軍備増強と侵略行為をしていたんで割かし自業自得のダリウス十四世はこのあたりをまあまあ理解していて、獄中にいながら「トラキアのクソったれ」「最終的にはみんな死ぬぞ」という態度に終始しています。第39次中央アジア紛争はトラキア(=アレクサンダー大統領およびDr.ルーズヴェルト)の身勝手で起きたことであり、その結果反陽子爆弾を抱えたゴジが全人類を滅ぼしにかかるので、「詳しい流れはわからんがそういう結果になるだろう」というのを読めていたのでしょう。

各キャラ所感

 いや多いな…サスペンス形式という作風上キャラクターが多い上に背景が複雑すぎて取っ散らかっている。とりあえずメイン格だけピックアップして彼らに関係するキャラはそこにまとめて……という感じで

ゲジヒト

 この作品において自分で憎悪を生み出したロボットは彼とブラウ1589(を原作アトムの青騎士とする場合)のみです。ゴジもアトムもプルートゥも他者の憎悪を植え付けられた個体ですが、ゲジヒトはアドルフの兄によってロビタを無残に殺された際に自分の中に憎悪を生み出すことに成功してしまいました。その憎悪を制御してプルートゥを見逃し、その憎悪の果てに出した答えがアトムを復調させたことを見るに、ロビタの死がなければアトムもプルートゥも残骸と化し、ボラーを止める術は無くなっていたことになります。
 そしてロビタの死の後にゲジヒトの死があればいいというわけでもなく、憎悪の果てに起こった復讐返しによってできたアドルフとの縁、そしてアドルフとの出会いによって見出したペルシアでの事件解明の糸口=サハドの発見がなければならなかった。憎悪そのものではなく、憎悪の先に見付けたものによって人類を救うカギとする。憎悪は何も生み出さない、しかしその先にあるモノが世界を救ったのです。プルートゥが憎悪を打ち破る銀の弾丸、プルートゥに献身をさせるきっかけとなったアトムが弾丸を打ち出す銃身とするなら、銀の弾丸の撃ち手はゲジヒトだったといえるでしょう。
 ゲジヒトに限らず、世界最高水準7大ロボは皆「完成されたロボットの証」である嘘をついているんですよね。他の場面を見ていると、彼らは会話などで都合が悪くなると「沈黙」で処理している場合が多い。ですが重要な場面では、彼ららしい嘘をつくのです。ゲジヒトが付いた嘘はヘレナとの最後の会話、「終わったよ」という言葉です。自身が持ってしまった憎悪、そしてサハドを包む憎悪、憎悪の連鎖に疲れ果てた彼はプルートゥを見逃し、警察を辞するつもりでさえありました。そんな折に妻から事件の進捗を問われた際に、返した答えが「終わったよ」です。プルートゥはそのままだしアブラーもゴジも野放しの状況ですが、妻と今後来るであろう喜びを分かち合うためにそう言って見せるのです。
 なのによりによってロビタを彷彿とさせるヨチヨチ歩きロボによる自爆同然の攻撃で殺させるなんて……色々考えてアブラーの差し金でしょうが、アブラーがロビタの件を把握しているとは思えないのでルーズヴェルトの可能性もあると私は考えていますが……いずれにせよひっでえよ。
 いやほんと、最後の最後で「憎しみは何も産まない」という結論がアトムの元へ届いて良かった。彼らしい答え、彼の人生の総括にふさわしい。憎悪を抱え、憎悪と戦い、憎悪の連鎖から降りた男ゲジヒト。単行本であと2巻分あるのに死んじゃうけど、それでも本作の主人公に相応しいと断言せざるを得ません。

アトム

 原作主人公。ロボットなのに無垢な少年のように振舞う彼は一見するとあまりにも不気味で、ゲジヒトや天馬博士が困惑するのも無理はありません。カタツムリ掴んだ手でプリン食うな。いや入店前に洗ったんだろうけど。しかしその無邪気っぷりの中にある他者を思いやる心は確かに人を引き付ける物があり、戦後ペルシアでアイドルのような扱いを受けていたのも納得です。逆に言えば穢れを知らないまま第39次中央アジア紛争を通過したことで、戦いの連鎖から唯一生き残ってしまったといえるのかもしれません。
 彼の付いた嘘は、ゲジヒトの記憶についてです。ヘレナはゲジヒトを喪い傷心の身、そこへロビタの件を伝えれば彼女は夫と子供の死を同時に受け止めなければなりません。涙を流すことを覚えた彼女にはあまりにも酷です。だからアトムは嘘をついてまで隠し通したのです。あるいは、その嘘はアトムの中のゲジヒトの魂がつかせたものかもしれません。

ノース2号

 二番目に好き。序盤の1エピソードのみの出番でありながら深く深く我々の心に刻み込まれたノース2号ですが、実は本編における他キャラや謎の解明には全く関与しておりません。その後の言及もなく、全体からすればダンカンともども非常に影が薄いとすら言えます。しかし戦争のトラウマと戦いから逃れ新しい生き方を探したいという彼のあまりに人間的すぎる願い、そしてダンカンの持つ母への憎悪をほぐすための献身は、まるまる本作の流れを踏襲しているのです。あるいは、落ち着いた席でサハドと語らっていたならばと思わずにはいられません。ダンカンさんはノース2号と作り上げたあの曲でもう一度世界に羽ばたいてほしい。
 あとアニメ版でリメイクされた戦闘形態のデザインが超カッコいい。ガトリングとキャノンを同時搭載しておきながらブレードで接近戦にも対応する設計なのロマンを感じる。やるじゃないかイギリス。でもお世話係派遣会社への転職を許すくらいなら電子頭脳だけ他のボディと交換した方が良かったと思う。
 彼が付いた嘘はダンカンとした「すぐ戻る」という約束。ノース2号はプルートゥとの戦闘に赴く際に飛行しているのですが、この時デッドウェイトとなる足を切り離しています。足で歩行しなければダンカンのお世話ができなくなるにも関わらず、です。これはプルートゥとの戦闘で己が死ぬという確信があったからだと私は推測しています。そのうえで、ダンカンを安心させるために「すぐ戻る」と述べた、と考えています。

ブランド

 トルコ出身のロボット力士にしてステゴロ3人組の一人。こいつ、ヘラクレス、モンブランは「単純なフィジカルで大量破壊兵器級の能力を持っている」とみなされた連中です。アトムには飛行能力と他を圧倒する頭脳、ゲジヒトにはゼロニウムフレームとゼロニウム弾、ノース2号には全身の武器類、エプシロンには光子エネルギー……と、彼ら以外はわかりやすい広域破壊能力を備えているにも関わらず、です。実際3人揃って約9000体のペルシア軍ロボをぶっ壊しており、フィジカルの凄まじさが伺えます。軍用スーツに劣るパンクラチオンスーツで「撃破した」と確信できる打撃を与えた(実際このあとプルートゥは正気に戻りかけ、一時アブラーから逃れ潜伏するまでになる)ところを見るに、軍用スーツがあったなら、ヘラクレス同様いい線まで行っていたことでしょう。
 でも家族と食事を囲み、トルコのキッツイ触媒を飲み過ぎちゃって嫁に叱られ、今際の際は家族の夢を見て逝く。人間らし過ぎるよォ……。
 彼が付いた嘘はもちろんプルートゥとの闘いを仕事だと偽ったことです。このことを家族に話せば家族に要らぬ心配をかけるでしょう。ですがこの嘘のせいで、ブランドの家族は彼に罵りの言葉をかけたっきり永遠の別れとなってしまうのです。やるせない。ほんとにラッキーマンなら生き残って家族の元に帰りなさいよ……。

ヘラクレス

 コイツとブランドはパンクラチオンスーツが同型の量産タイプだから、「大量破壊兵器」としての性能を担保する軍用スーツも量産可能な気がします。手抜きなのか流用であるのを示すためか見た目もおんなじ。ノース2号のようにゴッテゴテに武装積んだ奴が見たかった。ロボットプロレスも単なる興行ではなく、軍事演習的側面があるのかもしれません。そんな中でチャンピオンの座をとるヘラクレスは、ギリシャ神話の英雄の名を冠するに相応しいストイックな戦士気質。なのですが、対戦相手を破壊しないことを「戦争のあと相手に情をかけるようになっちまった」と語るあたり、「そういう回路で成り立っている」とまで語る戦いの申し子でさえ戦争の悲惨さに疲れてしまったのでしょう。まあプルートゥとの試合ではなく殺し合いではすっごい剣幕だったけど。
 彼の嘘はわかりにくいですが、人間のマネはしない主義でしょう。パンクラチオンスーツを装着していない状態でのシャドーボクシングは(重量バランスもあり)イメージトレーニングにすらなりません。私財やチャンピオンの座を捨ててまでブランドの仇討ちを目論むのも、彼が本当に非人間的ロボットならありえない非論理的行動です。自分の彫像でギリシャの景観を壊すことに不満を持ったり、観客のコールを無視して試合相手を無傷で倒すのも人間性そのものです。それでもヘラクレス自身が「俺は人間の真似をしないロボットだ」と認識しているなら、それはもう「自分にすら嘘をつけている」ということになります。

エプシロン

 一人だけドラゴンボール。環境操作能力で天候を操って相手を無力化してから物理でぶっ壊すプルートゥの基本戦術が、遠間から熱量をぶち込むエプシロンと相性が悪すぎる。「太陽を隠すから相手の回復を阻害できる」というレベルでどうにかできる相性差じゃない。というか物理攻撃メインの他の7大ロボに本気のエプシロンに対抗できる奴なんていないんじゃないのか?光子エネルギーの応用力、出力があまりにもやば過ぎて、コイツ自身と開発者が共に亡くなったのが人類の損失過ぎる。光子エネルギーの普及にも手を付けていたならば、徴兵拒否で世論から後ろ指をさされることもなかったでしょう。しかし慎重なきらいのある二人にはそのようなことはできなかったし、トラキア主導による他国への制裁戦争への参加など論外なのでしょう。
 彼の嘘はサプライズパーティに気付きながらも「知らなかった」という体を貫くことです。「気付いていたよ」の一言で子供達は大いに盛り下がり、サプライズパーティを楽しむどころではなくなります。エプシロンの誕生日サプライズパーティは、その実エプシロンの気遣いによって子供達が特別なイベントを楽しむための行事となっているのです。さらには初戦におけるプルートゥの破壊というのも嘘です。恐らくゲジヒト経由でサハドのことを知っていた彼は、プルートゥの破壊を躊躇ってしまった。プルートゥもまた自分や7大ロボと同じく戦争で傷付いた被害者であり、情をかけてしまったのでしょう。優しい光を振りまく、太陽のような男。エプシロンらしい嘘といえるでしょう。

モンブラン

 単独での山岳救助用ということは、雪崩や土砂崩れ、崖からの落下や長距離滑落を単独でどうこうできる膂力と耐久力と運動性能が必要で、そんな奴が殴り合いを始めれば軍用機連中よりスコアが高くて当たり前なんですよね。
 
詩を作るのが上手いということで、音楽が好きなノース2号と会わせてみたかった。しかも愛する山を焼かれての死だから尊厳凌辱もいいところです。せめて故郷スイスの人々の胸に、銅像のない台座と共に生き続けてほしいものです。
 彼がついた嘘は撃破スコアの自己申告。「いっぱい」という曖昧で具体的ではない表現を使い、同胞を殺した自覚と罪悪感を抑え込もうとしています。戦争のトラウマを抱えながら、山と自然に囲まれた穏やかな日常を送ることを許されたモンブラン。そんな彼がアブラーの復讐の最初の犠牲者になるとは、あまりにもいたたまれません。

プルートゥ

 お花作りロボのサハドにアブラーの復讐計画に付き合うだけの憎悪は持ちえません。プルートゥにインサートされた憎悪は後付けであり、それはゴジにインサートされた憎悪……本物のアブラーの憎悪のコピー品でしょう。コピーのコピー、プルートゥが不安定になるのも無理はありません。
 なので馬鹿火力ぶん回しながら心優しく理解しようとしてくるエプシロンや、最高水準ロボ7体分の憎悪をフルパワーでなんの遠慮もなくぶつけてくる復活アトムには勝ち目がなかったんですね。しかし彼もまたサハドを知る人々と戦いの中で接触するうちに、憎悪を乗り越え涙を流すまでに至りました。
 プルートゥはアニメ版では反陽子爆弾の設計データをアトムから転送してもらってたけど、ブラウがアトムの温もりに触れたように設計データ以外のモノも同時にもらっていたように思います。だから憎しみを乗り越えた先にあるものを、憎悪の象徴を貫いて、世界中に広がる花畑を産み出せたのでしょう。
 原作ではプルートゥが倒したゲジヒトが、今作ではゴジの(あるいはルーズヴェルトかもしれない)の手引きで暗殺された結果、プルートゥの勝ち星は6で止まっています。しかし彼は原作で自分を倒した「最強の大量破壊兵器」ボラーに打ち勝ち、世界最高水準のロボットに7つ目の勝ち星を手にするのです。原作の「ボラーに負ける運命のプルートゥ」から「ボラーという運命に打ち勝ったプルートゥ」になった彼は「世界最高水準のロボット7体に勝つ」という使命を終え、サハドとしての願いである「世界中に花畑を作る」という夢を叶えることができたのです。彼は他のチューリップを全て枯らした「プルートゥ」ではなく、それとは真逆に自分以外の人類と仲間を救ってみせた「サハド」に戻ることができたのです。

ウラン

 嘘はつくわ抽象的表現を使いまくるわ感情を理解するわ宿題を兄貴に放り投げて寝る(=宿題をするというタスクを間違える)わ芸術を理解するわと、7大ロボの面々が悩みまくっているのが馬鹿らしくなるくらいの人間性を発揮する子。さらには動物とコミュニケーションを取ったり遠い場所の感情の動きをキャッチしたりと、もはや人間もロボットも上回る「何か」になりつつある気がしてなりません。校長! ちゃんとそのメスガキを抑えつけておけ! そいつが人類の敵に変質したら本編の悪夢の比じゃないぞ!

お茶の水博士

 真ヒロイン。早く首相になるべきだよ、科学省長官で終わる器じゃない。PLUTO世界にはこの人の爪の垢煎じて飲ませたい奴が多過ぎてこの人の爪の垢を量産する体制を整える必要がある。規模を考えればアドルフの父親も再就職できるぞ。

天馬博士

 こいつのせい。PLUTOの悲劇の4割はダリウス14世が侵略政策とったせいで2割はDr.ルーズヴェルトが野心出したせいで残りはこいつが良かれと思って「全人類をシミュレートした人工知能」とかいう製造過程からしてしちめんどくさい代物を作ってそこに本物のアブラーの遺言通り憎悪をぶち込んだせい。
 アトムを飛雄とは違っていても息子と認識し、またも息子を失いたくないと治療に奔走し、たとえ憎悪の悪魔となったとしても蘇ってほしいとゲジヒトの魂をインサートした件で許……すわけねえだろゴラァ!!!! おら天馬ァ! 研究室に引き籠ってないで出てこいやゴラァ!!!!!!!!
 一つ疑問なのが、本物のアブラーとこの人が接触できた理由なのですが、まさか闇社会に消えた(ホフマン博士談)とはいえ「最高の人工知能を作らないか」と言われてホイホイ中央アジアのきな臭い国に乗り込む男ではないでしょうが……エデン国立公園噴火までをシミュレートしたルーズヴェルトの差し金でしょうか?

アブラー博士

 であり、ゴジであり、ボラー、そしてアブラーの偽物でもあり、天馬博士の傑作であり、さらには全人類のデータを抱えた人工知能であり……もはや運命そのものが彼を弄んでいるとすら思えるほど存在があやふやな奴ですが、一つ確かなことを言うとするなら彼は「黒幕でありながら運命に翻弄された被害者でもある」というところでしょう。
 そして彼はアトムの対存在でもあります。産みの親は天馬博士、他者の憎悪で目覚め、反陽子爆弾の作り方を弾き出し、嘘をつき……もはや兄弟とすら呼べそうなほどそっくりな二人ですが、アトムにはゴジにはなかったものがあります。他者との交流、その記憶です。アトムはゲジヒトやお茶の水博士といった人々との出会いをきっかけにして憎しみにブレーキをかけることができるようになりました。しかし生まれる前に憎しみをインサートされたゴジにはそれがない。そのせいで彼は本物のアブラーの憎しみを再生するだけの存在になり、ブレーキを知らぬまま憎悪を膨れさせていきます。
 ぽっと出感が否めなかった原作と比べてかなりおどろおどろしいラスボス的描写をなされたボラー。ゴジが作り出した憎悪の終着点ですが、このロボットの情報はかなり限定的に出されており、考察するほかありません。
 まず前提仮説として、ワシリーが見たのはこのボラーだとします。(プルートゥの可能性もある)すると完成時期は終戦間際~国連軍による戦後処理開始までの間になるのですが、これはつまるところ本編開始から2年以上前になります。次にアブラー陣営がボラーの投入を行った時期を考えると、プルートゥがエプシロンに2度目の敗北をしそうになった瞬間が最初です。この際にはアブラーが遠隔操作しているとみて良いでしょう。最後にアブラー……ゴジが復讐を成すのに最短の作戦を考えたのですが、答えは「とっととボラーをマグマ溜まりに突入させ、邪魔してくるだろう7大ロボをプルートゥで阻止する」というものでした。ボラーは既に投入できる段階にあり、プルートゥがベストコンディションであり、その上ボラーの反陽子爆弾を解体できるロボがその時点でいないためです。のこのこやってきた7大ロボをプルートゥあるいはボラーで仕留め、できないなら反陽子爆弾の炸裂で道連れにし、そのあとの大噴火の影響による生物大量死ですべての人類ごとボラー調査団を死なせれば済む話だったのです。ですがアブラー……ゴジはこの作戦を選択しませんでした。ボラーの方に欠陥があったのでできなかった、という可能性はありますが、一番大きいのは「アブラーが憎悪によって目がくらみ、7大ロボもボラー調査団も一人ずつ始末しないと気が済まなかった」からだと私は思っています。そらそうだ、一人ずつじわじわ殺んないと復讐になりません。ですがそのおかげでアトムが憎悪(反陽子爆弾の設計データ)を手に入れ、それを御してプルートゥと和解し、ボラーの阻止に繋がったのです。憎悪を制御したロボが憎悪そのものとなったロボを止める……なんとも皮肉な話です。
 というか、アブラーにとってボラーは復讐計画の駒ですらありません。ターゲットのうち、7大ロボはプルートゥが、ボラー調査団メンバーは自分が殺すのですから、プルートゥ以上にかさばってしょうがないボラーは計画には要りません。その証拠にアブラーの認識では「ボラーは復讐計画がひと段落した後自分の脳髄を入れるサイボーグボディ」です。復讐の道具ではないと認識しているのです。
 ですがそうではない存在がいました。ゴジです。「ゴジはアブラーだろ」というツッコミは一旦待ってください。本物のアブラーの憎悪を受け継いだゴジは、全人類に憎悪をぶつける道具としてボラーを作り上げました。それも、自分自身たるアブラーの認識を弄り……「自分に嘘をついて」完成させたのです。アブラーは天馬博士の前でボラーを見せて野望を語りますが、これまでの動機からして「姿を見たこともない男の作った最強サイボーグボディに頭脳を入れる」というのはあまりにも筋道が通りません。ですがゴジは「そういうこと」にしてアブラーの認識を操作したのでしょう。そしてボラーの中に入り、もはや全人類へ憎悪を撒き散らして自爆するだけの存在になり果てるわけです。アンデンティティどころか自我も覚束ないまま地獄のマグマ溜まりの中で体内の反陽子爆弾が起爆するのを待つ憎悪の化身。家族を戦争で奪われた男の慟哭は、最高の人工知能をそんな存在にまで貶めてしまったのです。
 他のアトム系メディアミックスにおいてプルートゥの悲劇性が強調されがちな中で、ボラー、ゴジ、アブラーの悲劇性を表現してみせた浦沢先生には脱帽です。

Dr.ルーズヴェルト

 粗大ごみ。
 500ゼウスでいいよ(ぼったくり価格)

ブラウ1589

 こいつ一番好き。ネットで見かけたこいつのために単行本買った。不気味な見た目なのにセリフが匂わせまくりで最高にイカしてる。なにより元ネタを持つせいで考察が捗り過ぎる。
 ブラウ1589=PLUTO世界の青騎士という前提の話なんだけど、アイツは姉と弟を蹂躙された憎悪のロボットなんだよね。だから人間を殺せたし、完成されたロボットなので「槍を抜けば死ぬ」をはじめとして嘘をつきまくる。多分「史上最大のロボット」の前に「青騎士」が来て、そんでアトムを誘った時点で突っぱねられて自分の槍奪われて討たれたのがPLUTO世界線じゃねえかなと。まだ憎悪のないアトムが投げたなら槍で死ななかったのも納得できるし。漫画のリアリティラインが上がったから聡明かつ頭がいいように見えるだけで、「自分と会う資格すらない」というロボットは電磁波浴びせて殺しまくってる辺り根っこは変わっていない 。ブルーボンはアトムとある程度共闘した後に説得を受けて人類への攻撃をやめたけど、その体験がブラウ1589にはない。だからゲジヒトの憎悪を復活させるべく記憶チップを交換したがったり、自分を直せる天馬博士の来訪を受け入れたり急に神話知識語りしたりと自分と他のロボットの憎悪を助けるような真似をした。だけど同志になったかもしれないアトムのことはお願い事を聞くくらい最大限評価していて、「憎しみの先」を受け取ることもできた。大統領を殺さないという選択を取ったことで彼はようやく原作ブルーボンの最期と同じステージに至れたのではないかと考えてみる。それはそれとして人間以上の傲慢さの三流芸術クソデカオブジェは殺す。
 こわい(小並感)そりゃ投獄されるよ。おとなしく刑期を全うしてください。

終わりに

 実はアニメ化前からアマゾンで単行本を全巻集めた私ですが、購入当時から知る人ぞ知る漫画という認識がありました。恐らく私以外のかなりの割合の読者もそうお考えだったのではないでしょうか。まさか令和の時代にネットフリックスでアニメ化するとは思いもよりませんでしたし、しかも本作が現状鉄腕アトムシリーズの最新アニメというのも驚きです。原作アトムから大幅に改変した漫画をアニメ化したものというかなりややこしい代物ですが……。
 アニメ化にあたってはいくらかの改変がありましたが。ストーリーは全く変わらず、あの素晴らしい雰囲気をしっかりと描写していてとても満足しました。特に声優陣の豪華さと演技は筆舌に尽くしがたいです。ラスト周りの演出について不満な原作ファンもいらっしゃるかもしれませんが、私はとてもいい、アニメらしいド派手さだと考えております。
 あの漫画は改めて名作だったと再認識した、そんなアニメでした。

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