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結局はマーケティングは人間性がものをいうって話。

KPIを進捗管理に使っていませんか?

最高の結果を出すKPIマネジメント
何度も読み返しすべき良書。
KPIは事業改善のためのツールなので、改善施策が打てないような指標を眺めても無意味。
KPIを進捗目標としてしまうのは実際はあるあるだったりする。リクルートの考え方によれば、KPIはアラートをかける役割だそうです。

「本当に今それがCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)でいいのか?」。これが間違っていれば、KPIは役立ちません。正しいCSFを見つけるためには、経営者や経営企画は、いろんな数値を見ること(数値管理)はすごく大事です。」
著者の言葉より引用

KPIは
①変数であること
②数値化できるか
③何がかわるのか


主観をすてる。

それだけ、みんな主観で見ているということ。事業を進めていくと、なんやかんやと評論家が沢山現れてきます。

実務者は根拠の整合性を評価する
企画者は成果の再現性を評価する
管理者は運営の妥当性を評価する

誰もが自分がやってきた経験から判断しがち。(私も)
各々のものさしは違うくていい。ただ、見極める大局観を一定量合わせていないと、自分のものさしはただの主観に成り下がり邪魔なだけになる危険性も。
だから、外海をみた経験、外との交流した知見を磨く。仮に主観に頼るしかないなら、その分野を全力で勉強する知識をせめてつけるべき。だからプロジェクト担当者には、行動の根源となる圧倒的な熱量があるかないか?志があるか?を問う。

戦略は整合性、合理性ばかりではなく、戦略策定の役割はこうやって勝ちにいくんや!ってオーディエンスへの決意表明でもある。
プレイヤーの皆さん、最後の最後は熱量のある奴、動いた奴の意思決定が勝つってことを忘れずに。
ブレない気持ち、勇気を持っていきましょう。私の話をすれば、ここの勇気が足りず、6年前にトライした保護犬キャンプ場のソーシャルビジネスを諦めてしまった。全ての評価を真に受けすぎた反省があります。

KPI改善策発見装置である。KPI運用しても上手く行かないという人は、実はPDCAを回すスキルがない人かも知れない。PDCAを回す気もない人、習慣がない人には無意味だと思う。


マーケティングとは

そもそも地方にはマーケティング的概念が不足していると感じている。そしてマーケティングの活用が地方のブランドの役に立つと思っている。不足する理由はわからないけど、感覚的に思うのは、マーケティングてなんかよくわからないから。ではないだろうか。また、実績あるマーケターの存在も少ないのかも知れない。

いま、信頼するマーケターと仕事をしている。
彼は全国の有名企業の案件を担当している。私にとってマーケティングの師匠の様な存在、彼からは学ぶことばかり。マーケティングを学びはじめて3.4年、ずっとモヤモヤしていた、自分の中でのマーケティングというものを定義できた。

マーケティングとは
「価値を導き出し、勝ち筋を掴む。」

逆にマーケへの誤解もあり、広義マーケティングは思想に近い、上位概念だけで事業は勝てない。
狭義のマーケを設計し実践すること=実践者と並走して成り立つ。つまり水際で、打ち手を出すことができるプレイヤーがいるのだ。
再現性の高い営業やリテール、職人、クリエイターと組むことが非常に重要。

ここもついつい、上位概念のレイヤーでチーム組成をしがちになる。
最終はアウトプットの質と量がものをいう。実践者をパーティーに入れておく。(コンサルに溢れる時代、もしかしたらこの実践者の方が少ないかも)

良き勝ち筋、良きKPIが設計できてもあくまで妄想の域。現場で仕組み化し業務フローに落とすことを忘れずに。仕組み化するのは責任者の役割、業務フローは管理者の役割。

だれがやるのか?実践者はいますか?
本を読みながら考えていた。

最近、切実に感じるのは仕事は人。
誰とやるか?はほんまに大事。小さなコミュニティだとついつい関係性バイアスに流されやすいけれど任せるからには任命責任が伴う。絶対的に最後は「決めた人が責任を取る」のだけど、任せられた人も「同じくらいに使命感を持ってやれる人」がいい。

外野でなくフィールドに立つ人

信頼できる人だ。

「信用」とは、これまでの行いや実績、成果に対する評価から生まれるもの。 「信頼」とは、その人自身の人柄や考え方、言動などの評価から生まれるものだと言われています。

人としての価値観と感受性

前途の信頼するマーケターが言った。
「我々は〜 」
「現地にいきますよ。」
彼のその言葉で、ああ、信頼できる人だと確信しました。
誰もが知る有名大手企業の案件を複数預かる彼に、私たちと組むメリットはない、私との関係性もあるんだろうけど、そもそもの関わる事業をよくしたいとの熱量と使命感を感じる。クライアントへの深掘りがハンパないのだ。

クライアントに対して、そもそもの本質的な問いが続く。表層的な数字結果ではなくて、マーケターが導くべき価値の本質とは事業者のこれからの未来の為になるべきとの信念がある。
彼の人柄でもあるだろうけど、マーケティングには「人としての価値観、感受性」が大きく影響するとわかっているからだと思う。
彼が大手から頼られる理由も実はこの人間性ではないか?と思う。大手企業には、知識だけを切り取れば彼よりも優秀な専門家はいると思う。けれど優秀な専門家でも、人としての視点が豊かでないとプロダクトに対して価値と勝ち筋を導き出すことは難しいのだと予想する。どれだけデータを集めまくっても人としての感性が浅はかだと、顧客心理の理解にたどり着かないのでは。マーケの初動はファクトの収集、ヒアリングだ。
このヒアリング力が不足すると致命傷。ただ質問する、ただクライアントや想定ターゲットの心情に寄り添う、それだけで本質的な課題解決になるのか?
本質とは「顧客も気づかない隠れ不満」にたどり着くことができないのではないか。
この本丸にたどり着くには、マーケターの人間性ごものをいうのだ。ここが未熟だと、インサイトも短絡的であやふや、顧客の真のベネフィットには気づけない可能性が高い。

血の通ったマーケティング

前に彼から聞いた話、世界的に有名なプラットフォームを運営している企業での話。サイトの同じ所で、どうしても離脱率が上がるらしい。担当するマーケティングチームが対策協議するけれどもずっと原因に気づけなかったらしい。そんな時、彼がチームを担当する事になり課題を抽出し改善した。
原因は実は簡単なことだった、ものを体面対人で売ったことがある人ならわかる様な、原始的なポイントだったらしい。
いま活躍するマーケターはITエンジニア系出身者が多くフレームの羅列と構築は得意だけれど、顧客理解の根本的部分の欠如を感じたそうだ。例えば、リテール出身のマーケターがでればまた打ち手も幅が広がるのでは?とかれ話していた。
マーケティングには定量分析と定性分析の並走が必要だとわかるエピソードだ。

冒頭でお伝えしたように人は自分が経験したこと、見てきたことから主に判断する。そんな自分を少しずつ疑って欲しい。
知識武装や既製品から引っ張ってきたフレームだけで判断し、マーケティングを数字の世界だけだと短絡的に捉えるだけではないこと。マーケティングが狭義と広義を行ったり来たりするように、バランスをとること。
マーケフレームを扱う人の側の精度も磨いていきたい。それは案外、マーケターの社会経験や人間性の成熟度が寄与するのではないか。コロナ禍後、世界は変わった。顧客理解は多様性を求められる。チャネルも多岐にわたる。

これから求められるのは、SNSやWEBなどスマートな既製品のマーケティングだけに留まらないのではないか?
オフラインでも泥臭く戦えるような、マーケターそれぞれの人間性が現れてる、血の通ったマーケティングではないか。

小さくても本物

あと30年で私はたぶん死ぬw
さまざまなマーケフレームや、既製の知識を身に付けていれば、口先三寸で後20年くらいなら逃げ切れるかも知れない。けれども、その仕事の先に何が残るのか。

小さくても本物。

そう考えたら自分の人生のKPIをしっかりと設計し実装していきたいなぁと思います。自分のPDCAを回す練習をしなければ。

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