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「チル」ってなに?新しいユースカルチャー

 チルってなに?

チルってる、チルしよう、チルな曲


 最近若者の間で密かに(だが広く)使われている「チル」という言葉。主にインスタグラムなどのSNSで使われている印象を受ける人も多いのではないだろうか。

しかし、この「チル」という言葉はあまり厳密に定義されているものではなく、流動性をもった言葉である。インターネットで調べても様々な情報が錯綜しているのが現状だ。

今回はそんな「チル」という新しい若者文化を解説していきたい

①チルの定義

この「チル」という文化は90年代後半から現在にかけて成長してきた文化であるため、実際に「チル」を分析し、その実態を説いた研究は今まで存在していない。そのためチルの定義はあいまいであるが、ビジネスシーンにおける用語やマナーを紹介するwebマガジン「TRANS.Biz」では以下のように説明される。
そもそも「チル」とは「chill out」というアメリカの俗語から来ている。意味は2つで、
①「落ち着く」や「リラックスする」
②「遊びに行く」
が基本的だが、特に日本では①の意味で使われるシーンが多い。
SNSの流行により、この「チル」という言葉は多用されるようになった。特にインスタグラムではそれが顕著であり、写真の投稿文に「#チル」と表記したり、「チルってる」、「チルる」など表現方法は様々であるが、自分の中での「チル」を共有することが可能となった。友達とカフェでゆったりと話したりすることも、1人でゆっくり考え事をしたり、本を読んだりすることも「チル」として称される。

②音楽シーンでのチル

しかし、こういったライフスタイルという意味合いではないところでもこの文化は発達している。それは音楽である。もともと「チル」という文化は音楽に起源を持っているされている。
Wikipediaなどのネット記事によると、1990年代中ごろに当時のダンスミュージッククラブにおいて、ダンスで疲れた体を休め、落ち着かせるための部屋がダンスフロアの端の方にあった。そこで流されるダウンテンポに似た音楽が今でいう「チルソング」である。

   
しかし、もっとも、この「チルソング」という音楽ジャンルが人気を博した理由は、スペインのイビザ島にある、「Café del Mar」にある。イビザ島とは、地中海西部のバレアレス諸島にある島のことでレイヴ文化(注1)の発祥の地でもある。Café del Marはイビサ島のサン・アントニオ・アバドにあるカフェ。ビーチ沿いにテラス席などを構え、DJがDJブースで音楽プレイをするといった、今でいう「サンセットカフェ」である。このカフェは1980年にオープンし、そこで流れる音楽スタイルが注目を集め、ヨーロッパでも有名なカフェとなった。その音楽スタイルというのが「Chill out」と呼ばれ、「チルソング」が音楽ジャンルとして一般化されたと言われている。1994年から毎年リリースされているコンピレーションアルバムによってCafé del Marの名はさらに有名になった。このコンピレーションアルバムの制作をしたのが、「Chill outの神様」とも言われるJosé Padilla(ホセ・パディーヤ)というDJである。彼は若い頃からDJとしてバルセロナを拠点に活動していたが、20歳ごろ(1975年)に都会の喧騒から離れるべく、イビザ島に渡った。イビザでウェイターとして働きつつもDJとしても活動を始め、10数年で自らの音楽スタイルを築き上げた。1990年に一度DJ活動を休止するも、1991年にCafé del Marのオーナーに直接依頼を受け、DJ活動を再開した。彼の音楽はこれまでのディスコソングやテクノなどのクラブミュージックとは全く違う、ジャンルレスなものとして注目を集め、94年にバーの名前を冠したコンピレーション・アルバム『Cafe Del Mar Volumen Uno』をリリースした。その後も毎年のようにアルバムシリーズをCafé del Marから発信していき、彼は「Chill outの巨匠」と言われるようになったのだ。では、なぜ彼のChillソングは人気を博したのだろうか。

③チルとクラブカルチャーの関係

先ほども述べたように、チル文化の起源には音楽、とくにクラブ(サウンドハウス)との繋がりが強いクラブカルチャーとは音楽に関するサブカルチャーのことであり、DJやダンスという要素を特徴とする。このDJというのは既製の音楽を編集することでまったく新しい曲を制作する「新しいミュージシャン」としてクラブカルチャーのクリエイティヴィティを表象するものである。そのDJが繰り出す音楽に合わせてオーディエンスがダンスをする空間がクラブであり、そこには非日常的エクスタシーが存在するように思える。オーディエンスにとってクラブとは娯楽の場であるのだ。


しかし、クラブカルチャーは身近な生活様式(ways of life)と密接に結びついた文化形式であると思われる。ここにチル文化と音楽の関係にみる重要な点が見られると考える。①で説明したように今の日本で浸透しつつあるチル文化には「ライフスタイル」としての要素が含まれる。つまり、音楽(クラブカルチャー)から始まったチルという文化体系がライフスタイル(生活様式)と関連性を持つことは当然のことなのである。DJは自分の好みの楽曲を自分の好みに沿った編集をする。ならば、クラブカルチャーとは嗜好の文化である。このように考えると、②の問いにある、「なぜ彼のChillソングは人気を博したのだろうか」には明確な答えを導くことができる。彼の嗜好に沿った楽曲(この場合ダウンテンポで落ち着いた音楽)が大衆にウケたということは、大衆の嗜好と彼の嗜好が一致したということだ。言い換えれば、「チルソング」が表現する落ち着いた空間を大衆が求めていたということになる。音楽の好みというのは各個人の嗜好やバックボーンによって大きく分かれる。そして各個人の嗜好によってその人の生活様式は大きく変わってくる。ある調査において、日本人学生に対して質問紙調査を行い、音楽的アイデンティティに関する分析を行った。この調査では日本の音楽、我が国の音楽、郷土の音楽と好きな音楽をそれぞれ10曲ずつの回答を求めた。具体的な調査結果についてここでは省略するが、この4つの質問のうち、好きな音楽以外は同じ曲を挙げる学生が複数いたということが重要だ。小中学校の音楽の教科書に載せられている曲がほとんどであり、「日本の音楽といえば」という質問に対してはある程度の共通認識的回答をえられるのであろう。しかし、好きな音楽はと聞かれれば、当然回答はバラバラになる。言ってしまえばあたりまえのことであるが、音楽の好みは人によって様々であるということ再認識させるものだ。つまり、ヒットする曲というのは、各人の様々な好みに絶妙に合った曲であることが大前提である。ただし、ドラマや映画の主題歌などはその限りではないが、それはメディア広告における領域であり、音楽の嗜好とは関連性がないためここでは問題としない。

④どうして日本でチルが流行ったのか

近年の都市における下位文化は、メインカルチャーとの境界線があいまいな文化であるとされていた。有末によれば、伝統文化、すねわち支配的文化の文化的活力が下降してきたことと、下位文化として甘んじてきたサブカルチャーが資本主義化し、市場化するにしたがって、 支配的文化と何ら変わらないような様相を示し始めたとされる。都市文化、特に若者文化は街で見かけるものやSNSを通じて知見されていく。「こういうのが今はやっってるんだ、こういうのがかっこいいんだ」と思うきっかけは外国でそれが流行っているかどうかということが一つの基準となっているらしい。さらに日本固有の文化でもそれが海外で流行ることで日本に別の形で還ってくるという。この別の形というのを作り出しているのは少なからず海外の流行にアンテナを張ったカルチュアルな若者であることは間違いないだろう。彼らは文化生産者として、外国の流行をベースに日本的若者文化にそれを変容させているのだ。都市というローカルな場所において、消費下位文化が持続的に存在するためには文化生産者ネットワーク成員が中核となり、それをとりまくかたちで消費者が存在することが必要である。いくら文化生産者が海外の文化を持ち込んだとしても、それが日本人の若者に受容されなければ、サブカルチャーとして存在することはできないのだ。
このことから、チルが流行った理由として、まず外国でチルという文化、または音楽的側面でのチルが流行し、それと同時にlo-fiヒップホップなどのチル系ソングが流行ることで、日本でもそうした楽曲を制作するアーティストが増えたことにある。それを聴くことが「かっこいい」「時代にのってる」と若者たちが都市で生活していく中で感じていく。もちろんこれがSNSを通して浸透していったとすれば、それは都市に限った話ではなくなってくるだろう。

しかし、そのチル文化は外国での流行をそのまま取り入れたのではなく、この国の若者が共感できる部分を落とし込み、変容させたものであるということはとても重要である。音楽についてで言えるなら、ライフスタイル的なチルとしても同じことが言える。自分がリラックスしていられる日常的な休息の時間のありようをチルとして捉えているのなら、それは海外のチル文化を自分専用に変容していると言えるだろう。恋愛バラエティ番組がティーンのなかで隆盛を極めたのがここ数年の話であるなら、そうした若者が抱えるリアルな葛藤を歌詞に落とし込んだ曲がチルソングとして浸透したのも納得のいく解釈ができる。すべては若者が自分なりの好みで選択したチルでありその大衆にむけて大きく共感されうる音楽やライフスタイルがチル文化となっていったのだと言える。

まとめ

この文化は今も止まることなく成長しているものであり、またその成長過程は若者たちの心情やその心情を作り出す現代社会に大きく左右され得るものです。クラブカルチャーから始まった「チル」は音楽という幅を超えて我々の生活にも深く浸透してきました。これからのwithコロナの時代に「日常生活での休息」という意味でのチルは広い世代を巻き込むカルチャーになりつつあります。みなさんもぜひ自分にとっての「チルライフ」を発見してみてはどうでしょうか。

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