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明るいネオンと漆黒の霧 リンリンハウス放火事件について

※今回も死刑囚要素が薄めです。また、社会復帰済の人物もいることから、有期刑となった被告については仮名を使用しています。

はじめに
 今年の6月17日にさいたま市大宮区のネットカフェで客が店員を人質に取り30時間近く個室に籠城するという事件が起きたのは記憶に新しいかと思います。この事件をきっかけにネットカフェの完全個室がまずいとか、会員登録なしに個室が使えるのはまずいのではないかと騒がれているようですが、個人的には「立てこもりをした奴が悪い」のであって、あの手の輩は間違いなく身元確認があっても決心を固めていれば事件を起こすわけで、抑止力になるとは思えませんでした。ほかの例を見ても京アニの事件をきっかけにガソリンを容器への詰め売りをするのに身元確認等がされるようになりましたが、そもそも青葉真司は身元を確認されようが止めなかったでしょうし。
 若干話がそれてしまいましたが、立てこもり事件のあった現場がネットカフェの運営母体がかつてテレクラを経営していたという事実も事件後に指摘されています。「リンリンハウス」といえばおそらく年配の方でしたらピンとくる方がいらっしゃるでしょう。使ったことがない方でも21年前、神戸の店舗に火炎瓶が投げ込まれ客4人が死亡したという事件は覚えてらっしゃるかもしれません。実をいうとこの事件の経緯はとても複雑で、捜査・裁判が長期にわたったことや4人死亡の重大な結果にもかかわらず容疑者全員が死刑回避となっていることが特徴です。はたしてどのような事情があったのでしょうか。 ということで今回はリンリンハウス事件について紹介していきたいと思います。

1,惨劇と消えぬ深い霧

 2000年3月2日午前5時、リンリンハウス神戸駅前店に止まった一台の車両から目出し帽を被った一人の男――――のちに無期懲役囚となる亀野晋也が降りた。そして、間髪入れず火のついた一升瓶を店内に投げ込むと、床から瞬く間に炎が上がり彼はそのまま走り去る。
「大丈夫やと思いますわ」
「ホンマか。ほな次行こか」
 助手席に座っていた現場指揮役の佐野和幸に報告したのち、運転手役の細山田敬助(仮名)の運転で今度は同じ神戸市内にある花隈店へと向かって行った。
 彼らが何に期待していたかは定かではないが、店員の必死の消火活動によって神戸駅前店は床面をかなり焦がしたものの焼失には至らず、従業員一人が軽傷を負ったのみで死者が出ることはなかった。
そしてその十数分後、花隈店にやってきた3人は入り口前に車が止まっているのを見つける。これを見て佐野がここはやめておこうと指示し、同じく市内にある元町店へと向かった。
 元町店襲撃の際は佐野も投擲に参加したが、ここで彼らにとって思わぬ事故が起きてしまう。ビル2階の受付カウンターめがけて亀野が投げた際、水槽に当たった火炎瓶は割れることなく転がり、店員の手中に収まってしまう。そこまでだったら良かったが、動転した店員が階段の方へ向かうとすでに佐野の投げた火炎瓶が燃えており、さらには佐野らが逃げるのが見えたことから、咄嗟に階下めがけて火炎瓶を投げ返してしまう。着火した火炎瓶は勢いよく燃え盛り、もともと狭い上に出入り口も一か所しかないという店の構造もあって、業火と黒煙は瞬く間に店内を覆いつくす。その結果、店員と一部の客は隣のビルに飛び移って脱出に成功したが、逃げ遅れた客4人は一酸化炭素中毒で死亡した。
 その一方で、投げ返された火炎瓶の影響か自分の投げたもので自爆したのかはわからないが、佐野もズボンに引火して火傷を負っていた。車に戻った後3人で必死に消火活動をしたものの佐野の傷は深く、広島県内にある火傷の名医とされる某医院へ原口文男の偽名で入院することになる。その後、金の出処はわからないが亀野には45万円が病床の佐野から渡され、佐野の妻と内妻(判決文原文ママ、なぜ2人居る?)に合わせて190万円が振り込まれた。
 ただ、早々に中国地方へ実行犯が逃げたという情報が入っていたことや、佐野の火傷も捜査機関に判明していたことなどから早々に足がつき、3月中には別の暴行事件で佐野が逮捕、5月16日にはリンリンハウス事件でも2人が逮捕され、同月中に細山田も指名手配された。
 翌年から公判が開かれたが二人とも殺意については全くなかったと否認し、放火の状況についても亀野は詳細を語ったものの佐野は実行行為をしていないと検察側の主張と対立する。その後審理を経てリーダー格で火炎瓶を使用した事件の前科もある佐野には死刑が、従属的とはいえ犯行への寄与の大きい亀野に無期懲役が求刑されたが、2003年11月27日の判決公判では両者に無期懲役が言い渡された。
 最大の理由として「多数の死傷者の発生を意欲して行動したものではなく,むしろ,その結果は同被告人の意図したもの以上であった」と言う点が挙げられるだろう。判決文の中でも言われているように「何らかの組織的な背景のもとに、制裁ないし嫌がらせを加える動機、目的で敢行されたものであったことが強くうかがわれ」とあるように、少なくとも佐野も亀野も営業妨害を目的にこの事件を起こしていたのは明らかだが、それをするうえで誰かが死んでも構わないという程度の思いは頭の片隅にあったとしても、誰かを絶対に殺すという考えは無かったに違いない。また、店の構造上防火設備がほとんどなく死者の出た原因にはそれもあったということが付け加えられている。
 ただ、そうなると「何らかの組織的な背景」とは何だったのか。という疑問が湧いてくる。だが、佐野も亀野もそれを語ることはなく、二審でも佐野に対する検察側控訴と両被告側からの控訴が棄却される。両被告とも上告して裁判は続いたが、真相が見えてくるのは控訴が棄却された2005年7月からしばらくたってのことだった。

2,開かれた突破口

 2005年10月20日、広島高裁では広島東警察署に銃弾を撃ち込んだ銃刀法違反、建造物損壊の容疑で起訴された麻薬密売組織ISS(インターナショナル・シークレット・サービス)のメンバー三好伸博(仮名)の公判が開かれていた。
 そこで、実行犯の男がISS代表の坂本明浩について尋問を受けた際、「リンリンハウス事件の実行犯2人の面会によく行っていた」、「実行犯の家族に金を渡していた」「神戸に行った時には手を合わせ、『私のせいで4人死んでいる』と話していた」と、リンリンハウス事件への関与を仄めかす発言をしていたことを告白。これを聞いた兵庫県警はすかさず関係者への聴取を開始。翌2006年2月9日にはリンリンハウスのライバル企業だったコールズの社長の中井嘉代子が、翌日には公判中の坂本と中井の金庫番だったとされる永冨勝也(仮名)が逮捕された。この時永富は別の強盗致傷事件で服役中で、中井と長期間離れていたこともあって隠し立てをするする気力もなくなったのか、彼が真相を語ることとなる。
 そして2006年11月4日には一足先に実行犯2人の無期懲役が確定。スポットライトは中井ら『主犯格』へと移り裁判が続くが、佐野らのそれ以上に紆余曲折の道のりが待っていた。

掲載用リンリンハウス20060207読売

掲載用リンリンハウス20060210読売

上:坂本が部下に関与を仄めかしたことを伝える記事(2006年2月7日読売新聞)。当時坂本は別件で公判中だった。

下:坂本、永富らの逮捕を報じる記事(2006年2月10日)。中井は前日に逮捕済。もう一人ISSの元メンバーが下見に参加したとして逮捕されたが処分保留となっている。

3,中井の憤怒、坂本の意地。

 ここからは永富の証言を元に事件前の謀議、事件後の金銭のやり取りを中心にみていきたい。
 話は事件前年の1999年12月に遡るが、当時国税局からの強制査察を受けた中井が以前ノミ屋をしていた男を介して坂本を紹介された。その後坂本のアドバイスを貰ったり東京に住む国税調査に強い人物を紹介してもらったりという形でサポートを受けた。その東京に住む坂本の知人を訪ねた帰り道、新幹線の中で中井が「リンリンハウスに客を取られてコールズの売り上げが下がっている」、「(リンリンハウス元町店について)昔コールズが退去させられたビルに入居して稼いでいるのが腹立つ」などと坂本らに愚痴ると、それならば営業妨害をしようということになる。この時は糞尿を店舗の壁目掛けて撒くという話になって中井から坂本へ総額1000万円の報酬のうち400万円が前金として支払われた。
 坂本は佐野と細山田らに指示して、実際にペンキを混ぜた汚物を撒いたり消火器をぶっ放したりしてみたが、神戸市内のリンリンハウス各店は1日たりとも休業することなく、盛況を維持したままだった。これに怒った中井は坂本に金を返せと激怒。すると坂本もメンツを守るためかさらに派手なことをしようと提案し、4つの案が提示されたが結局すべて中井に却下されてしまった。

①ダンプカーで突っ込む
→神戸市内に3店あることを考えると1店目で立ち往生してしまう可能性があるのでダメ
②手りゅう弾を投げ込む
→人が死ぬからダメ
③拳銃で看板を破壊する
→看板が壊されても普通に営業するだろうし、万が一流れ弾で死人が出たら大変
④配線を切断する 
→それで営業を中止するかわからない

 中井がケチをつけ続けるのにムカついたのかそれともヤクザとしての意地を見せたかったのか。最終的には火炎瓶の専門家がいるから火炎瓶を投げ込もうという話になり、坂本が佐野と細山田の両名に実行を依頼した。その坂本がアテにした火炎瓶の専門家というのは前項でも触れたように火炎瓶を使用した事件での服役経験があった佐野のことである。
 その後佐野が亀野も誘って3人で事件を起こしたその日の朝、坂本が永富に『最悪の事態になりました』と報告、永富が慌てて中井のところに向かうと顔面蒼白で足が震えていた中井と二人呆然とするしかなかった。
 事件後にとりあえず元々決めていた営業妨害の報酬1000万円の残金のうち600万円を坂本に渡してこの件は終わったことにしようと思った直後、坂本が佐野の治療費と国税対策の報酬を理由に中井に合計3億円を払うよう求めてきた。結局中井が坂本に土下座して頼み込んで1億5000万円まで値引きしてもらい、7000万円は先に払うということで永富に後日広島へ払いに行ってもらった。ただ、坂本が「そのうちの1000万円はアンタにやるよ」と永富に言っていたことを考えると、坂本には4人死亡というピンチをチャンスに変えて中井から金をむしり取ろうという魂胆が窺える。
 だが、中井もそう簡単に坂本の思惑通り動かなかった。7000万円を払った後は、1600万円を払ったものの途中からは多額の金銭を永富に貸しているからそっちに請求してくれと坂本に投げる。結局永富が1300万円を坂本に払った後は金のやり取りもほとんどなくなった。他にも事件直後には中井から兵庫県警に現金約3億5000万円が盗まれたと被害届が出ている。もともと坂本の国税対策アドバイスの一環で現金のままマンションに保管していたことを考えると、強請り取られる前に牽制しようという意図が見えている気もする。
 こうなると事件の被害者を除いて一番気の毒なのは永富だろう。坂本と中井のパイプ役をしながら一銭の報酬も得られず、義理を立てて強請った金の受け取りを辞退したら逆に中井からお前が払えと言わんばかりに請求を押し付けられ、更には元々中井から受けていた野球賭博の資金の貸し付けも断られ、その後何を思ったのか強盗事件を起こして逮捕当時は服役中だった。悪事に加担したことには何ら変わりはないのだが、それにしても中井からのこの扱いはいかがなものか……。

4,公判後半戦

 最初に、広島地裁での別件で審理中の坂本をどうするかという部分で神戸、広島の両地裁の意見が分かれたが、最高裁の判断によって最終的に神戸地裁で審理をすることになった。

 その後裁判が始まると、捜査に協力的だった永富が最初に法廷に立つことになった。共同正犯として懲役15年を求刑された彼だったが、2006年11月30日の判決公判では幇助犯とされ懲役9年の判決を受ける。ただ、ここで永富が死亡を予期できなかったとして傷害致死幇助罪が成立するのみとなったうえ、中井についても殺意がなかった旨認定された。これに対して検察・被告側双方とも控訴。 

 続いて中井の公判が始まる。中井は営業妨害の計画自体を否認し坂本らが勝手にやったことと主張。しかし、営業妨害をするという大枠自体を坂本が認めていたことや永富の証言から関与は優に認められ、殺人と放火などの容疑で死刑を求刑される。4人死亡という重大な結果を招いたことを勘案すれば死刑もやむなしだろう。だが、2007年11月28日。神戸地裁は求刑死刑に対し無期懲役判決。重大な結果と反省の態度が全く見られない一方、前科が競馬法違反(おそらくノミ行為)や脱税のみであったことや積極的に死者の発生を望んでいなかったこと、実行犯の2人の裁判でも触れられた店の防火設備の不備が死者の増大を招いたことを考慮しこの結果となったと思われる。検察・被告側ともに控訴。 

 三人目の坂本は営業妨害の存在自体は認めたものの火炎瓶を使ったのは勝手に共犯の佐野らが決めたと主張。しかし永富の証言から関与は優に認められ中井同様殺人と放火などの罪で死刑を求刑される。彼の場合は別件として『広島東署への銃撃事件』、『妻子の住むマンションのオーナーが経営するコンビニへの投石』、『覚せい剤420gの所持』があったこともあって中井以上に犯情が悪い。こうなると死刑不可避かと思われたが、2008年12月8日に彼も無期懲役判決を受けた。事情としては、広島東署銃撃事件は部下が勝手にやったものとして無罪となったこと、法律的にはともかく道義的な責任を認めて被害者遺族に賠償金を払ったこと、火炎瓶を投げ込むという案を発案したが具体的な計画は佐野に丸投げだったため死者の発生が本意ではなかった、実行犯2人と中井の裁判でもあったように店の消防設備の不備が死者を出した原因にもなったとされたことが挙げられるだろう。検察・被告側ともに控訴。 

 こうして首謀者二人も実行部隊の佐野と亀野同様に一審は無期懲役となった。4人死亡の事件ということを考えれば異例中の異例と言わざるを得ないだろう。特に2000年代後半は1人殺害でも死刑判決が散発的にではあるものの見られたし、死者が複数人の放火事件で殺意が未必のものに限定しても死刑になった例は小林光弘、高尾康司のように若干ながら存在する。強盗殺人で死者が5人の小林はともかく、高尾の場合は計画性も何もない放火殺人で殺人被害者は中井・坂本らと同じ4人ある(高尾の場合別で放火による死者1人がいるが殺意は認定されていない)。どこが高尾と中井・坂本を分けたかを検討してみると、自ら放火を行ったか他人に放火させたかの違いだけではなく、二人は佐野に火炎びんのサイズの決定を委ねていたから死亡させる意思が低かったという部分も考慮されている。ただ、個人的には放火の時点で相当の危険を伴う行為であるにもかかわらず、何も考えぬまま指示するほうが余程恐ろしいと思うのだがどうなんだろうか……。また、坂本の1審が終わる少し前の2008年7月28日には8年以上逃亡を続けていた細山田もついに逮捕された。彼を新たに加えて裁判はもう少し続くこととなる。

5,4人の犠牲と釣り合う対価は

  逃亡していた細山田の公判も始まり今度は謀議段階の話だけでなく事件直後のやり取りも再び俎上に上がることとなった。細山田に加えて検察側証人として出てきた亀野の証言を見ると、亀野以外のメンバーは誰一人として襲撃計画に積極的にかかわろうとしていなかったのが伺える。
 坂本が営業妨害の話を持ってきて佐野と細山田が汚物撒き等になどを実行したが、結果が出ず、その後火炎瓶を投げ込むという話を坂本が両名にして佐野が亀野を誘ったところまでは前述の通りだ。だが、火炎瓶の話が来た頃には細山田は完全にやる気をなくし「わざわざ神戸まで出向いてみっともない事件を起こすのは嫌だ」と、佐野からだけでなく坂本からの要請にも保留の態度を示してしていた。そりゃやったことが臭いし汚いしみみっちいし嫌だわと私でも言いたくなるが、細山田にとって坂本は世話になっている犯罪組織の首領である。しかも部下の体に自分の名前を彫らせるような首領である。自分は正式なメンバーではないとはいえ彼の世話になっているし、細山田の妹は坂本の経営する金融会社の従業員でもある。そんな恩人の話が平然と突っぱねられる時点で、頼んだ坂本もそこまでモチベーションが高くなかったのではないだろうか。
 その一方で、佐野も佐野で細山田と同様あまり意識は高くなかったとはように見える。というのも役割分担を何も考えていなかったりとか、一件目の神戸駅前店の襲撃の時には「体が悪くて走れない」と亀野に実行を丸投げしたりしていたからだ。ついでに言うと実行の時に投擲する役と運転手役と店内の偵察役を誰にするかは、三人で考え込んでいた時にじれったくなった亀野の一声で決まっている。おい佐野、アンタ一番年長で前科6犯で火炎瓶のプロとちゃうんかい。しかも亀野と細山田は初対面だぞ。両方と面識があって年長者のアンタがリードしたれよ。
 話が若干逸れてしまったが、細山田については2009年12月16日、一審の神戸地裁で無期懲役の求刑に対し懲役20年の判決が下った。理由としては坂本から再三にわたって誘われたのが断り切れずに参加したこと、賠償の準備を進めていたこと、運転手や火炎瓶製造時の見張り役として従属的な関与にとどまったことが挙げられる。検察・被告側双方が控訴したものの2010年8月に控訴が棄却されその後確定した。
 他の被告たちについても記すと、永富は二審で検察側控訴が容れられ殺人幇助罪が適用されたものの、犯行への寄与が一審よりも低く認定されたこともあって懲役6年に減刑された。その後2008年中に上告棄却され確定。
 中井については2009年3月の控訴審で双方の控訴が棄却、被告側のみ上告したものの2010年8月に上告が棄却されてそのまま確定した。検察側は確定的殺意に近い未必の殺意を抱いていたと控訴審で主張したものの、積極的な殺意がなかったと認定されたことが要因とみていいだろう。
 坂本については余罪も審理があってかなり遅れたが、2011年5月24日に一審判決を破棄して改めて無期懲役が言い渡された。彼だけ一審判決が破棄されたのは広島東署銃撃事件についても共犯の証言が認められ有罪となったからである。ただ、その余罪をもってしても一審での減刑理由を考えると死刑は酷として回避された。その後彼は上告したが2013年7月8日に上告棄却
 

 こうして、関与した6人のうち誰一人として命をもって償うことなくリンリンハウス事件をめぐる裁判は終結した。

6,まとめ1(誰が一番悪いのか)

 ということで事件の流れは2~5の項でお伝えした通りです。死者4人を出したものの、犯行にかかわった全員が死亡を予期していたとはいえ確定的な殺意がなかったと判断されたことや、死者が出た原因として店の消防設備の不備も挙げられていることが被告全員に共通する事情になります。ただ、それ以外にもそれぞれ死刑を回避する情状があったのでそれを見ていきたいと思います(明らかに関与が従属的な永富については略)。

(〇は有利な情状、×は不利な情状)
①中井
〇粗暴犯前科なし
〇首謀者ではあるが犯行の具体的な内容については指示していなかった
〇火炎瓶の使用は坂本から提案されたものだった
×関与を否認して反省の態度一切なし
×首謀者の一人

 個人的には唯一反省の態度を見せなかったり、判決文を見るに公判でも延々と不合理な弁解をしたりしていたところを見ると一番悪い人に見えますね。永富の判決文をみても謀議の時から責任は負いたくないけど営業妨害でドデカいことをしたいという意思が透けて見えていてかなりイメージが悪いです。ただ、個人的には人が死ぬとかは一切考えてなかったと思いますけどね。ほかの被告の証言とかを見ると単純に嫌がらせができたらいいぐらいの意識しかなかったように見えました。個人的には元凶というべき存在だと思うので、最低でも無期懲役は避けられないと思いますが。

②坂本
〇首謀者ではあるが犯行の具体的な内容については指示していなかった
道義的責任を認めて賠償をした
×首謀者の一人
×火炎瓶の投擲の発案者
×火炎瓶の投擲については公判で否認
×報酬目的の犯行で実際に多額の利益を得ている
×覚せい剤所持、銃刀法違反、建造物損壊など余罪多数

 道義的な責任は認めるけど刑事責任はないという態度はどうなのかと思いますが、一切反省の態度を示さなかった中井と比較すればまだマシに見える印象があります。個人的には佐野と坂本の間の金額のやり取りがどれぐらいあったかはわかりませんが、正直この事件で一番利益を得られたのはこの人ですし、余罪を考えると多分一番死刑に近かったんじゃないかと思います。まあ、それでも中井との均衡を考えるとどうなのかとは思いますが……。ただ、彼については死者が出る可能性は予期してたようには思います。連絡入れてからすぐに中井からむしり取るモードに切り替えてましたし。
余談ですが昔週刊誌でISSのメンバーの体に自分の名前を彫らせたのが載っていて衝撃的でしたね。あれ入れた人たちはまだ坂本の社会復帰を待っているんでしょうか……。

③佐野
〇実行部隊のリーダー格ではあったが、あくまでも坂本の指示を受けてやったものだった
賠償金を亀野と連名で支払う、献体を申し出るなど反省の態度を示した
〇不遇な成育歴(幼少期に両親が離婚、児童養護施設育ち)
養護施設の職員が佐野の助命嘆願をした
×前科6犯でその中には火炎瓶を使用した犯罪も含まれる(ただし実行・製造には関与していない)
×余罪あり(暴力団員と共謀して恐喝・暴行)
×佐野の作った一升瓶サイズの火炎瓶が被害の甚大化を招いた面が大きい
×先に捕まってからも坂本からの指示など背後関係を一切しゃべらなかった

 死者4人の最大の原因が彼の火炎瓶の威力がデカすぎたことに起因するように思いました。ただ、そもそもそこまで犯行へのモチベーションは高くなかったようには思います。彼には行き当たりばったりの部分が多々見えましたし、一件目の神戸駅前店の時はかったるかったのか怖気づいたのか亀野に実行を丸投げしてましたし。結果的には亀野頼みだったと言っていい気がします。多分細山田と二人でやってたら途中で断念していたんじゃないでしょうか。ただ、捕まっても義理を通して坂本との背後関係については一切語らないあたり、やくざ社会でいうところの責任感は強いように見えます。そのせいで坂本と佐野の間でどんなやり取りがあったかが完全に闇の中に消えてしまいましたがね……。
 本文中では触れなかったのですが、量刑上考慮されて死刑が回避されたのは犯行当時30代後半でも昔居た養護施設の職員が助命嘆願してくれたことと亀野と連名(多分ほぼ全額佐野持ち)で賠償金を支払ったことも大きかったと思います。亀野の項でも触れる要素と合わせて決して根っからの悪人ではなく根はいい人なんでしょうね。だからと言って罪が帳消しにはなりませんが。

④亀野
〇佐野に誘われただけで背後関係を知らなかった可能性が高い
賠償金を佐野と連名で支払う
〇殺意は否認したものの捜査に協力的で共犯が捕まるまでは彼の供述頼みで検察側の立証ができた部分が大きい
〇前科はあるが服役経験なし
×役割分担や投擲の実行など佐野と互角、もしくはそれ以上に積極的に犯行に関与

 直前で佐野に声をかけられただけなのに、多分コイツがいなければこの事件は起きなかったと思うぐらいにアグレッシブだったのが印象的です(細山田の判決文に詳しく書かれています)。一回り以上年上のヤクザと初対面のヤクザを相手に自分がリーダーシップをとるって並みの人間ではできないと思いますし、神戸駅前店の時は尻込みする佐野を車の中に置いて一人で実行してますからね。そこまで積極的に関与した亀野が無期求刑だったから、ほかの3人が死刑求刑でも死刑にできなかった感じに見えます。4人とも死刑求刑だったら捜査への協力を理由に亀野が無期で佐野はともかく首謀者の中井・坂本は死刑でも十分おかしくなかったはず……。事件当時も裁判の時も彼がこの事件の最大のキーマンだったのではないでしょうか。
 それと上告審の時に名字が佐野に代わっていたんですよね彼。多分というかほぼ間違いなく佐野と養子縁組したんでしょう。事件直前には覚醒剤取締法違反で逮捕されて失職したし、もともと報酬30万円の約束で参加していることを考えると当時かなり困窮していたのは間違いないように見えますので賠償金をほぼ佐野に持ってもらったことから義理を立てて縁組したのかもと個人的には推測していますけど……。それって仮釈放の審査の時に不利に働きそうな気もしますがはたしてどうなんでしょうか。一応佐野と二人で罪を背負って生きて行くという意思表示だと解釈できそうなので、それを思うと佐野と亀野はお互いの苦境を共有して助け合える良い兄貴分・弟分の関係ですね。もちろん悪いことをした人間であることに変わりはないので殊更に褒めることはできませんが、贖罪に向かう環境作りとしてはいいんじゃないでしょうか。

⑤細山田
〇実行犯三人の中でもかなり従属的な面が大きい
〇佐野と坂本に再三誘われて断り切れず犯行に加わった面がある
〇賠償の申し出をした
〇殺意は否定したものの反省の態度を示す
×坂本の資金援助を受けながら8年間に渡って逃亡
×服役前科があり犯行時は出所して間もない時期だった

 本当に彼については人が死ぬとか何も考えてなかった気がします。とにかく坂本と佐野に言われたから一緒に行って車の中で待ってたらエライことが起きたみたいな認識だったように見えますから、8年間逃亡で心証は悪いとはいえもう少し減刑されてもよかったような気がします。
 余談なんですが元町店の襲撃が終わってから逃げるときに、佐野から信号を守ってチンタラ走るなと文句を言われて亀野と運転を変わったようです。法律ガン無視で生きてきたはずなのに交通ルールは律儀に守るのか……。


7,まとめ2(事件全体の総括)

 事件の推移をみていくと一番末端といっていい亀野を除く全員が積極的に関与しようとしなかったことが死刑を回避できた最大の要因と考えていいでしょう。亡くなった方からすれば理由は理不尽だし場所のせいで悪印象を持たれるしで、その上に全員殺すつもりはなかったと言われたら本当にたまったもんじゃないでしょうが。
 殺意が低い一方で死者が多いという例は裁判員裁判下では今のところないですが、恐らく本件のような極端な事情がない限りは死刑回避できないでしょう。おそらく無期懲役の4人は生きて出所することは叶わないでしょうが、類似の事件が起きてその被告が死刑判決を受けたときにどう思うのでしょうかね。自分は運がよかったと思うのか、それとも死んだほうがよかったと思うのか。

リンリンハウス事件に関するまとめ
・首謀者二人が犯行内容の細部を詳しく詰めなかった結果被害が拡大した
・殺意が未必のものにとどまるうえ、首謀者二人は具体的な危険を予知できなかったので死刑が回避された

結局今回も1万文字以上費やしたのにグダグダになってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!

参考文献

・週刊女性prime 「《大宮駅前ネットカフェ立てこもり事件》40代男が立てこもった個室に「違法」の声」
URL
https://www.jprime.jp/articles/-/21176
アーカイブ 
https://web.archive.org/web/20210624103751/https://www.jprime.jp/articles/-/21176
・神戸地方裁判所平成12年(わ)356号 判決文(佐野、亀野)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/911/006911_hanrei.pdf
・最高裁判所平成18年(す)612号決定 
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/730/033730_hanrei.pdf
・神戸地方裁判所平成18年(わ)213号 判決文(永富)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/996/033996_hanrei.pdf
・神戸地方裁判所平成18年(わ)213号 判決文(中井)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/569/035569_hanrei.pdf
・神戸地方裁判所平成18年(わ)213号、1415号 判決文(坂本)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/619/037619_hanrei.pdf
・神戸地方裁判所平成20年(わ)863号 判決文(細山田)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/087/080087_hanrei.pdf
・朝日新聞2006年2月7日大阪本社「6年の闇解明へ 出店めぐるトラブルか」
・読売新聞2006年2月7日「リンリンハウス放火で逮捕状 『わしのせい4人死んだ』麻薬密売メンバーにリーダーが漏らす」
・読売新聞2007年2月7日「リンリンハウス放火容疑 指示役ら3人逮捕 6年ぶり全容解明へ」
・漂白旦那様「犯罪の世界を漂う」無期懲役リスト2003年版、2005年版、2006年版、2007年版、2008年版、2009年版、2010年版、2011年版、2013年版
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2003.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2005.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2006.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2007.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2008.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2009.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2011.html
https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/muki2013.html


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