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2分40秒小説『しょうゆ、めんとこ、おとめ、がっし、っぽ、うご、びーに、めーちゃー』

 出張、ホテルでチェックインを済ませて街へ――さて何を食おうか。当てもなく歩き一巡「さっきの雰囲気のある中華料理店にするか」と回れ右をする視界にラーメン屋の暖簾。路地をちょっと入った先、夕景の薄闇が小溜まりになっているところに「ラーメン」という赤い文字だけぼうっと浮かんでいる。考える前に足が向かっている。

「らっしゃーませぇー、何名様でしょうか?」
「一人」
「ではこちらのカウンター席へどうぞ」
 老舗的な店かと思いきや意外に新しめで清潔感のある店内。入口に黒ウーロンびっしりの自販機があったのを思い返し、二郎系なのだろうかと推察する。となると注文の際に"めんかた、あぶらおおめ、からめ"みたいな、いわゆる呪文"を唱えることになるかもしれないな。身構えつつメニューを開く。醤油ラーメンとチャーシュー麺、あとは餃子、チャーハン、飲み物、いさぎよい。

「すいません」
「はーい」
「チャーシュー麺と餃子」
「麺の性別は如何なさいますか?」
「性別?えっ!?硬さじゃなくて?性別を選ぶの?」
「はい、男麺と女麺からお選びください」
「じゃあ男麺で」
「心はどうされますか?」
「心?」
「はい麺の心は『男性』『女性』『どちらともいえない』の3つからお選び頂けます」
「ごめん、この店初めてなんで良く分からなんだけど、麺は男だけど心は女とかありなの?」
「その場合縮れ麺になります」
「縮れ麺に?」
「はい、縮れます」
「じゃあ心は女で」
「体格は?」
「体格?」
「『がっしり』と『やせ』から選べます」
「『がっしり』だと太麺になるってこと?」
「いえ、そういうのではなくてって骨格自体ががっしりとした感じになります」
「……分かんないけど『がっしり』で」
「背の高さは如何いたしましょう?」
「……なんだかゲームのキャラ作成みたいだな」
「え?何ですか?」
「いや、なんでもないよ。ただ変わった注文方法だなって」
「当店はですね、ラーメンを一人の人格と見做して、一杯一杯に魂を吹き込むように作るというコンセプトの店でして」
「へー、そうなのね」
「あ、すいません、背の高さは?」
「じゃあ背高めで」
「出身は?」
「一応聞いとくけど俺のじゃないよね?」
「はい、麺のです」
「産地が選べるってこと?」
「そう捉えて頂いて結構です」
「じゃあ俺兵庫の産まれなんで兵庫県にしようかな」
「スープの血液型は?」
「……Bで」
「BOでしょうか?BBでしょうか?」
「どう違うの?」
「両親がBBだと産まれてくる子どもはすべてBBになります。BBとBOから産まれてくる子は確率的に――」
「BBで」
「チャーシューの星座は?」
「……山羊座で」
「畏まりました。山羊チャーシューですね」
「え?ちょっと待って!山羊になるの?豚肉じゃなくて?」
「いえ、素材は豚肉です。あくまで星座が山羊というだけです。宜しいでしょうか?」
「ややこしいなぁ」
「如何いたしましょう?」
「山羊座でいいよ」
「ではご注文繰り返させて頂きます。山羊座のB型で背が高くてがっしりとした体型だけど心は女の子、兵庫県生まれの男性で宜しいでしょうか?」
「誰だよソイツ?!」
「え?」
「いや、注文はそれでいいよ。ただ、『今のに該当する誰かが居るの?』って一瞬思っちゃって、ごめんね急に大声出して」
「いえ、大丈夫です。カウンター三番さん、ナジャ・グランディーバと餃子」
「居たっ!」


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