2分小説『泣きながらフライパンを振り回す女』

 奇妙な卵だ。
 鶏の卵より二回り程大きい。色は不自然な白。綿毛のような光を放っている。

 私は泣いている。玉ねぎをみじん切りにしている。私は泣いている。玉ねぎに包丁を入れるよりずいぶん前から泣いている。

 フライパンに油をぐるり、火を点ける。熱気が涙を温めるが、そんな小さな上昇気流では落下を阻止する事は出来ない。
 フライパンでじゅうと鳴る、余りにも脆い調味料だ。
 玉ねぎを入れる。冷蔵庫のハムが何か言いかけるが、一笑に付す。玉ねぎを炒める。心を痛める。心を炒める。
 曇硝子のように半透明だった玉ねぎが、夕陽を透かしたように色づく、甘くて香ばしい予感。涙が少しだけ元気になる。ボブスレーのように鼻梁を滑りわーわー言ってる。でも彼らは優勝出来ない。私はそれを知っている。だから余計に悲しい。

 冷や飯を丼によそう。卵の放つ光を見つめる。涙がレイヤードして、乱雑な突起を緩やかに回転させて光は、フライパンの上空の熱気で歪んで、私は卵を掴み、ガスレンジの角に叩きつけて罅を入れた。光にも罅が入った。私は笑った。

 冷や飯に卵をかけ、手早く混ぜる混ぜる混ぜる。飴色と涙色の中間色宿す玉ねぎに丼の中身を被せる。フライパンを振るう。高揚する。涙が止まる。笑顔もなく、能面のように無心、鬼女の蓬髪ぶるんぶるんと旋回させて、フライパンを武器のように振るう。

 チャーハンだ。

 完成した。

 天使のコトバを思い出す。

「もう泣かないで、この卵をあげるから。これはね、天使の卵。この卵が孵ったら、中からキューピットが現れて、キミに運命の人を見つけてくれるよ」

 あの天使、分かっていない。運命の人?もう見つけたの。でも振られた。だから泣いているんじゃない!そもそも卵なんか寄越さないで自分がなんとかしろよ。テメェも天使なんだから。卵なんか寄越すからいけないんだ。失恋した女に卵なんか渡したら、チャーハンを作り始めるに決まっている。少なくとも私はそうだ。

 私は決めている。
 失恋したらチャーハンを作るって。

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