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くっつけて脳みそ

少し前に、中学で同級生だった友だちとひさしぶりに会った。

遠方から東京に来てくれたこの友だちはなぜだかわからないけど、おやつに一緒に食べよう!ということで「しっとりチョコ」を持ってきてくれたので、近くの公園に行って2人でぱくぱくと食べた。

「しっとりチョコ」というのは、ラスクみたいなものにふんだんにチョコを染み込ませているおいしい袋菓子のことで、コンビニやスーパーでもよく売っているから食べたことがある人は多いと思う。
このしっとりチョコ、基本は丸形だけど、ひと袋の中にいくつか稀にハート形が入っているというような、よくあるお楽しみお菓子になっている。

だから、たまたま自分が手にとったものがそのハート型だったりすると、なんだかすごくうれしくなる。
こういう小さなうれしいを掴んでちゃんとうれしくなれる人ってけっこういると思うけれど、だからと言って、その貴重なハート型のみをわざと選り抜き誰にも譲らずすかさず欠かさず自分だけが食べる、ということができてしまうようには、人は作られていない。



・・・というようなことを、人間を作る(正確にはレーンを流れてきた人間の大脳と小脳をくっつける)アルバイトをしているその友だちが言っていた。

へえ〜と思いつつ、彼女の言葉を疑う余地がまったく無かったかと聞かれればそれも難しいところで、でもそれよりもわたしは、そのアルバイトの時給が960円であるらしいことの方が気になった。

小学生と戯れるだけのアルバイトをして時給1000円をもらっていたわたしからしたら、大脳と小脳をくっつけるという繊細で重責な仕事が1時間でたった960円の稼ぎにしかならないというのは、ちょっと、というかかなり破格だったから。最低賃金も下回っているような気がする。


「えー960円って、信じられないよ。瞬間接着剤みたいなの使うんじゃないんだからさあ。」

ワハハ〜っと冗談のつもりでこんなことを言ったわたしに友だちは、

「え、うん。そうだけど。」


「え?」


「だから、アロンアルファでくっつけんの。」


と返した。


つまり、わたしも、そしていま目の前で衝撃的なカミングアウトをしたくせにまるでなんとも思っていないような涼しい顔でこちらを見つめるその友だちも、さっき駅ですれ違ったときおそらくわざと肩をぶつけてきた憎きおじさんも、みんなみんな、脳みそにアロンアルファがくっついている、言い換えれば、脳みそはアロンアルファのみでくっついている、ということだった。



「ごめん。わたしはね、アロンアルファってあの、けっこうコンビニとかどこにでも売ってるさ、あっちの方のアロンアルファのことを言ってたんだけど。」


念の為、いまのわたしが理解できる範疇のはなしに引き戻せるかもしれない一縷の望みをかけて、補足をしてみた。


が、その友だちはやっぱり涼しい顔で言う。


「うん。だからそれだってば。」

「あ、そう…。」

「てか、そっちじゃない方のアロンアルファって、なに?なんかあるの?」


「いや、無いけど…。」


「なにそれ、こわい。」


怖いのはこちらだった。

というかそもそも、レーンを流れてくる大脳と小脳をくっつけて人間の脳ができあがるなんていう単純なプロセスについてまずは問いただすべきだったのかもしれない。
けれど、きっとそれはもう遅い。


わたしはおそるおそる友だちに聞く。


「あのさ、そのバイトって、なんか資格とかがいるんだよね?」

「なんで?」

「だって、人の脳をつくるんでしょう?」

「まあつくるって言っても、もう既にできあがってるものをくっつけるだけだし。保育園のときの図画工作みたいな感じでしょ。」


「図画工作・・・」

「うん。あぁ、あんたってそういうの苦手だっけ。中学のとき、美術の作品とか散々だったもんね。」

「ああ、うん。苦手だけど…。えっ、苦手じゃなかったら、別にだれでもできるってことなの?」


「当たり前じゃん。あ、でも、脳幹?ってやつは一応なんか偉い人がくっつけてるらしいよ。大脳と小脳から飛び出てる管みたいなやつらしいけど。」


「へえ・・。」


もう、間抜けな返答をするので精一杯だった。


そんなわたしを他所に、友だちはそのまま再びしっとりチョコをぱくぱくと食べ始めていて、

「あ、ラッキー。115これ食べなよ。」

と、たまたま掴んだハート形をわたしにくれたりもした。
わたしはそれを、ほぼ機械的な感謝の言葉と共に口に入れたけれど、特に味は覚えていない。友だちは、また明日も例のアルバイトがあるからと言って新幹線で帰って行った。




そんなことがあってから1週間後、みんなで福岡の街を練り歩く旅イベ(旅イベント)を終えた帰り道に、履いていたローファーのストラップ部分がぷちっと音を立ててちぎれてしまった。
歩くと、ぱかぱかと足が抜けてしまいとても使いものにならない。

何年も前に買ったこの革製のローファーは、かわいくて履きやすくてお気に入りで、かなり頻繁に履いていた。
特に今日はたくさん歩いて、旅イベもとい徒歩イベのようなものだったから、それをとどめに寿命を迎えたのかもしれないなと思った。

でも、旅先での履き物はこのローファーしか持ってきていなかったし、まだ明日も福岡でだいじな予定があったから、なんとかもう一度履いて歩けるかたちになおさなくっちゃ…ということで、とても雑にはなってしまうけれど、仕方無しの応急処置として、瞬間接着剤を買ってくっつけることにした。

つまり、アロンアルファだ。

ついこの前の、あの友だちとした会話が頭をよぎりながら最寄りのコンビニに入る。
時計は既に深夜0時を回っていた。

思い返してみると、こうしてわざわざ新品のアロンアルファをお店で買うこと自体が、意外と初めての経験のような気がする。

アロンアルファは入口のすぐ近くの棚にぶら下がっていて、用途別に3種類あった。
おそらくいちばんスタンダードな「一般用」とされるものと、「速攻多用途」を押し出しているもの、そして、「革にも使える!」という謳い文句のアロンアルファもあった。
一刻も早くこのローファーを使えるようにしたいわたしは、もちろんこちらの種類を手に取る。

念の為、他にどんな素材に対応しているのか、本当にちゃんとこの靴に使えるのかどうかなど、パッケージを裏返して説明文を詳しく確認してみる。


「革にも使える!」

用途:プラスチック、合成ゴム、金属、木材、陶器、皮革

よかった使えるぞ、と改めて安心する。

ついでに、その下の記載にも目を通してみた。


接着できないもの:ポリエチレン、ポリプロピレン、・・・・・・、脳みそ


あれ?と思ってからすぐに、このアロンアルファが脳みそに使えないのは、あまりにも革素材に特化しているからなのだろうと1人納得した。

他の2種類のほうが汎用性がありそうだったので、友だちがアルバイトで使っているのはきっとそれらの方なのだろうと考え、軽い気持ちでその2種類のパッケージ裏にも目を通す。


「アロンアルファ 一般用」

接着できないもの:軟質ビニール、ポリエチレン、ポリプロピレン、・・・ 、脳みそ


これも、使えない。


「アロンアルファ 速攻多用途」

接着できないもの:脳みそ


・・・おかしい。

いても立ってもいられなくなったわたしは、レジに立っていたアルバイトらしき店員に聞く。

「あの、このお店には脳みそに使えるアロンアルファって、売ってないんですか?」

「・・・は?」

「えっと、だから、あそこにある瞬間接着剤です。どれも脳みそには使えなさそうなんですけど。」

「・・・?すみません。ちょっと僕にはわからないんで、店長を呼んできます。」

訝しげな顔のままその店員は立ち去って、すぐに奥から店長とおぼしき人物が出てきた。

「はい、どうされましたか?」

「あのー、、脳みそ用のアロンアルファを探してるんですけど、ここには置いてないですか?」

さっきと同じ質問を繰り返したら、


「・・・は?」

さっきと同じ返事をされた。


「うーんと、大脳と小脳をくっつける用のやつです。アロンアルファ、瞬間接着剤です。」

「おっしゃっていることがよくわからないのですが。」

「だからあの、ここに売ってるアロンアルファはぜんぶ、脳みそには使えないって書いてあるので・・・。」


「はあ、脳みそ・・・。」

わたしと店長の間には、なにか独特の緊張感がただよい始めた。
心做しか、店内の他の客やスタッフもわたしの方をこわごわ首を傾げながらうかがっているようだった。

これじゃあまるで、わたしがまったく見当違いの質問をしているみたいだなぁと焦る。
別にいまわたしがくっつけたいのは脳みそではなくこのローファーなので、なにもそんなに頑張って脳みそ用のアロンアルファを探し出す必要なんかないはずなのに、もう後戻りできない域に達してしまった気がして、そうもいかなかった。

わたしは、もう一度最初から丁寧に説明をしようと口を開く。


「わたしたちの大脳と小脳が、あの瞬間接着剤でくっついてるのは知ってますよね?まあ、わたしはつい最近知ったんですけど…。」


「・・・」

店長は黙っていた。

「で、その、詳しいところの仕組みはよく分からないんですけど、とにかくそうらしくって。だからまあ、あっほら、あの、あそこにあるしっとりチョコに入ってる希少なハート形も、みんなそれぞれが他人に分け与えることができるようになっていて、、、」

「あのー、お客さん・・・」

困ったような怒ったような憐れむような顔をする店長の声をさえぎり、続ける。


「あっこれ、なかなか要領を得ないはなしですよね。すみません。なんかわたし、こうやって話すの苦手で…。」

「そういうことではなく、」

じゃあどういうことなのか、呆れつつなんとか粘ろうとしていたところで、突然、パンッという短い破裂音が店内に響いた。

音の方へ目を向けると、そこには、さっきまで棚に陳列されていたはずのしっとりチョコの袋がいくつもはじけ飛び中身が散乱している惨事の光景が広がっていた。



床を埋め尽くす茶色いチョコは、あろうことかそのすべてがハート形で、店内にいた全員がいっせいにハート形のチョコ菓子を我先にと掴み口に入れている。

口のまわりを茶色いベトベトでいっぱいにしながら尚も頬張り続ける人間たちの様子を、わたしは呆然と見つめる。

グロテスクな彼らの頭部からは、ゼリー状のアロンアルファが吹き出していた。







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