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『窓』no,6

妹尾錠治は 深い眠りの中で、堺署で出会った美女との再会を果たしていた。
その場所は 箱根湯本の温泉宿で古い旅館にしては、少し広すぎる 玄関フロアの 一角にある 喫茶コーナーだった。
妹尾錠治が 彼女を少し強引に誘い 箱根湯本まで 車で連れてきた様で…
彼女は…
『錠治さん、こんなに車で長旅したのは 初めてだわ…』
彼女が 嬉しそうに 声を弾ませて 話しだした…
『一度も 運転していない 私が 凄く疲れを感じていたのに あなたって本当に強引でタフなんだから……』

彼女が 妹尾錠治を見詰めながら…既に愛を感じている面持(おもも)ちで 話しいるのである。

そして…
『ねぇ、この宿は 何故(なぜ)こんなに(外観は)古い建物なのに 壁から天井まで こんなに 美しいのかしら…』
妹尾錠治は当然 その分けを知っているのだが…
『それは 君が来るのを この宿と宿の皆が心待ちしていたからだょ…』
『僕は その事を知っていたから (是非とも)君を この宿に連れて来たんだ 』
と 私が言うと…
『えぇ、本当 感じるわ、私って素直で うぬぼれ屋さんだから……』

彼女の笑みに引き寄せられる様に私(妹尾錠治)も笑った。

お互いに旅の疲れを温泉宿の湯で 洗い流した後の様子のようで、静かに 笑みを交わしあっていた…

そんな幸せな時に…

『ピィッピィ、ピィッピィ…』
携帯電話の目覚まし音が鳴る。

妹尾錠治は布団で丸まって、まるで蝸牛(かたつむり)の様な状況で 目を覚ます。

『あぁ、久々に 素敵な夢を見てたのに……もう……』
錠治は 独り言をブツブツ言いながら、目覚まし音を止めるべく 携帯の画面を指先でタッチした。

昨日、会社から帰って倒れ込む様に そのままベットで眠り込んでしまったてたので…
部屋への出入口の扉の『窓』には カーテンが 開られたままだった。

硝子(がらす)越しに、何やら騒がしく 蠢(うごめ)く人間達の姿が 私(妹尾錠治)の目に入り…

その出入口のドアを開け、通路の様なベランダに出ると…
向かいのビルの非常階段のところで鑑識調査をする数名の警察関係者と思われる人影が見て取れた。

私は 直ぐに、それとは逆へ 背を向けて部屋に戻り、冷蔵庫の中からミネラルウォーターの小ボトルを取り出し一気に飲んだ。

『でも、何で…箱根湯本なんだぁ』
本当に夢って不思議でなものである。

私(妹尾錠治)にとって箱根湯本は思い出の地である。

彼の友人の一人に幸住雅史( こうずみ まさし )がいた。

『幸住』と言えば箱根湯元では、数々の明治維新で名を連ねる著名人が湯治で訪れていた 有名な温泉旅館である。

一つとして同じ部屋(客間)が存在し無い、手の混濁(こんだ)造りと装飾された天井や襖(ふすま)を有している。

既に国の重要有形文化財に指定されいる程の箱根湯元を代表する様な立派な旅館である。

そんな旅館の跡取り(一人)息子と 妹尾錠治は 高田馬場にある同じ予備校に通う同級生だった。

当時の彼(幸住雅史)が 予備校に通(かよ)うのに 使っていた 家族が所有する新宿のマンション へは 私(妹尾錠治)は 良く遊びに行っていたのである。
そこには、玄関のドアを開けて入ると…いきなり年代物の磁器の大きな壺が置いてあり、それを 彼が傘立てに使っていた事で 驚くと…
『そうなの…』と平然とした態度で更(さら)に 私(妹尾錠治)を部屋の中へと誘い入れると…
今度は、キッチン と 大きなダイニング テーブル が 置かれている 部屋で、『伊万里焼』や『九谷焼』の古い食器を使って、大きな冷蔵庫の中から取り出してきた 食べ物で私を饗(もてな)してくれたのだ。

私は思わず…
『これ、壊しちゃったら マズ いんじゃないかぁ…』と言った。

だって普通に、我々学生が…たまたま遊びに来ていて 食するのには 豪華 過ぎると言うよりも…
私の目には美術品の様にしか 見えなかった からである。

すると彼(幸住雅史)は…
『だって他に皿や器は無いよ!』と言った。
そして、彼の親は『普段から良い物を使って成れなさい!』って事らしくて…、
私が気楽に日常で使ってる皿や器の様に、彼が実際に使っていたので…
(私は)更に驚いたのを覚えている。

そんな彼と更に仲良く成ったのは、彼の母親の一言があったからだと 後に 彼は私に 話してくれた事がある。
『雅史(まさし)、その友達とは仲良くしなさいょ』って 彼(幸住雅史)は 母親から そう言われたらしい…
そして彼が…
『何で、そんな事、いちいち言うの…』かって、母親に聞いたらしくて…
そしたら、母親から『そんなふうに器を見て気付いてくれる人間なんて、それほどいないものょ』って 言われたらしく…彼自身も改めて自分の育つ環境に つくづくと(様々な事を)気付かされた瞬間だったと…後に 私に語ってくれた からである。

(私は)大学を卒業して 数年後に 彼の父親が亡くなって、母親と一緒に旅館を切り盛りする彼を尋(たず)ねて…
三日間の休養を取りに行った事がある。
部屋の天井に額縁に入った様な『色紙サイズ』の板、一枚一枚の絵画による部屋の演出にも驚いたが…

彼から教えて貰わないと分からない書画と作品の為の特別な名前の中に『伊藤博文』『木戸孝允』だのと…
次から次へと この旅館に訪れてた歴史上の著名人達の達筆な筆運びに驚かされていたのを 今でも脳裏に焼き付いていて忘れない。

3日目の朝食後に、幸住雅史が 私の部屋に来て…
『もう、そろそろ旅館の食事にも飽きただろう』と言ってきたので…
(私は)『全く そんな事は無い』と言って、少し本気で 『もう一晩 ゆっくりして行こうかなぁ…』と彼に伝えると…
急に、彼が困った顔をしたことを面白く、今でもハッキリ覚えている。
『錠治、お前は旅館の事は詳しく無いから仕方ないけど…』
『今頃の旅館は湯治で訪れて来てた頃とは違って、殆(ほとん)どが観光客なんだから、旅館の方も流石(さすが)に三泊以上も宿泊されると、もう…お客様にお出しする料理の方にも苦労するんだぜ!』と教えてくれたのだった。
『なるほど…』と直ぐ理解した。

妹尾錠治は 若い頃、石川県の金沢で加賀料理の調理師に憧れて 高校を中退してまでも、金沢の加賀料理の伝統を今に残す様な料亭で 見習(修業)をしたくて したことがあるので、直ぐに彼の困った表情の深い意味を理解したのである。

とくに 和食の『おもてなし』に 込められた、一品 一品の料理の味や作り手の想いは…、それ自体が全て『プライスレス』なのである。

妹尾錠治は 箱根湯元をたぷりと 三日間 楽しんで、四日目の朝食を頂き 暫(しばら)くして『幸住』を出たのだった。
それくらい居心地の良い宿(やと)であり、箱根湯元の風情であった。

そんな様々な事を想い出しながら私(妹尾錠治)は 遅い朝食を済ませて、会社に行く為の支度(したく)に入っていた。

『ピンポン…』部屋のインターホンの音が鳴った。
壁に取付られたインターホンのスピーカーボタンを押すと…
『あれ…』『あれ…』
どこか聞き覚えのある女性の声がしたのである。

すると…インターホンの向こうで 更(さら)に『すみません、妹尾さん いらっしゃいますか…』と…

堺署で唯一、聞き覚えのある 美人女性の声が…
私は思わず『う…嘘だろ!』と 心の中で大きく叫んだ。
……………………つづく……………………

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