見出し画像

デジタルノマド日記―私がデジタルノマドになるまで②

社会人生活、新型コロナ感染症、そしてモヤモヤ期

新卒では、英文翻訳者として雇ってもらえることとなり、4月から研修の日々が始まった。周りの同僚や先輩、上司の方は尊敬できる方ばかりで、いわゆるホワイトな職場だったので、このような恵まれた環境で言語に関わる仕事に従事していた自分は恵まれていたなと思う。読み慣れない文書の翻訳に難しさを感じながらもやりがいもあり、順調に経験を少しずつ積んでいたのだが、2年目に入る年で大きな変化があった。

新型コロナ感染症だ。日本でも感染者が増え始め、完全リモートワークへと移行した。職場環境自体は駅近で素敵な建物にはいっており非常に良かったのだが、通勤に対して嫌気が差していたこともあって、リモートワークは歓迎であった。職場の人に会えない寂しさはあったが、起床してメイクなどの身支度に大幅な時間を割くこともなくパソコンを開くだけ、仕事が終わればすぐに家事やご飯の用意を始められる。通勤がなくなり空いた時間で勉強したりできる生活スタイルは自分に合っていると思った。しかし、このような情勢の中で色々な息苦しさはあった。規制や要請などに対してどれくらい気をつけるかといった尺度や考え方の個人間の違いもあり、世の中がギスギスしていた。

そしてその頃、私は仕事に対しても、「好きだし向いているとは思うけど、なんか違うような気がする」というモヤモヤを感じ始めていた。
「大学生のときに感じていたワクワクはどこだろう。」
「でも、まだまだ新米なのに。こんなことを考えている暇があったら仕事で向上する努力をもっとすればいいじゃないか。」
「でも、また海外に滞在してみたい。」
「海外駐在・就職を目指しての転職も選択肢としてあるが、そもそも自分が望むものが不明確な状態で転職活動してもこのモヤモヤが解決するのだろうか。」
「もし、子供を授かったり持ち家について考え始めたり、近い将来に自分たちを取り巻く状況が変わったら(私はこの時すでに大学時代に出会って結婚した夫と二人での生活を始めていた)、海外滞在の難易度は経済的にも難易度が増すだろうな。」
今振り返ると、悩みの軸もよくわからないしウジウジと思い詰めていたとは思う。しかし、これがこの時私の頭の中をぐるぐる巡っていたことであり、檻に囚われているような気がして、精神的に落ち込む理由ではあったのだ。他人から見れば十分恵まれて自由な生活を送っていたとは思うが、それでも自由になりたかった。

決意

夫とは元々結婚前から一度長期で色々な場所を旅してみたいねと話していた。悩んでいる私を見た夫が、やるならまだ二人だけで時間的・経済的に自由がきく今やろう、と提案してくれたので、夫婦での話し合いを始め、デジタルノマドプロジェクトを決行することにした。子供が独立してからとか(まあまだ子供はいないし授かることができるかもわからないのだけれど)定年退職してからとか(定年まで生きている保証もないし)では、あちこちを飛び回ったり環境が頻繁に変わるスタイルの旅行をしたいと思うかどうかもわからないし、したくても出来る気力や体力、経済的余裕がないかもしれない。今したいことは、今しよう。ここから私のデジタルノマド生活はスタートした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?