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映画『PERFECT DAYS』にむけてパーフェクトな心得を

78歳になるヴィム・ヴェンダースはこの映画のことを「第二のデビュー作だ。」と言う。
なんとも夢のある、壮大な映画人生なのだろう。
PERFECT DAYS』は日本とドイツの合作で制作、2023年12月22日に全国公開だ。

この作品は東京国際映画祭でオープニングを飾っていたが、私はまだ見ていない。
メディアで「ヴェンダース」と「役所広司」のお二方の並びを見たとき、ドキッと胸が高鳴った。
いったい何を見せてくれるのだろう、と。
公開を記念して、雑誌『SWITCH』12月号にて特集が組まれ、代官山蔦屋書店とオンライン(無料)で、柳井康治さんと高崎卓馬さんによる映画のクリエイティブな対談が行われた。
このお話がとても面白かったので、個人的に興味深い点をまとめさせていただいた。
ぐっとアキレス腱を伸ばして『PERFECT DAYS』を楽しむ準備体操をしておこうと思う。

※本編ストーリーには触れませんが、詳細を気にされない方だけお読みください。


・どんな経緯で映画ができたのか?

THE TOKYO TOILET(以下TTT)というプロジェクトをご存知だろうか。
渋谷区17箇所のトイレをクリエイターやデザイナーがリノベーションするというものだ。2023年3月にすべての設置は完了している。
柳井康治さんと高崎卓馬さんはTTTをもっと親しみやすく浸透させるべく、企画を練る。

よし、17箇所それぞれのトイレに流す音楽をアーティストに作ってもらおう。
→まとまりがないといけないので架空の映画のサウンドトラックという名目で制作してもらおう。
→やっぱり映画があったほうが面白くない?
→監督は誰がいいかな。
→ヴィム・ヴェンダースにラブコール!
→「I'm in(OK)」

詳細を省くと、こんな流れらしい。
柳井さんと高崎さんは対談で「幸福な電車に乗り合わせた。」と何度か言っている。
それを観客として目にすることができるなんて、私達はとても幸運な駅にいる。

・ヴェンダースはなぜこの映画のオファーを受けたのか?

A.商業的映画だと口を出す人や要求も多く、ストレスや不満が残る。
B.自主的映画だと作家性を重視した制作ができるが、製作費が伴わない。
この2つを行ったり来たりしていると言っていた。ヴェンダースのような大御所でもこのような悩みがあるのかぁ。

高崎さんらがオファーを出す際に「お金の心配がない状態で、インディーズのような映画を作れる。」という趣旨の提案をし、ホームタウンと親しんでいる日本での撮影が叶ったというわけだ。
まだ脚本も決まっておらず「共同制作」というクリエイティブな現場を予感させたのも、後押ししになったのだろう。
うーん、ヴェンダース愛に溢れた柳井さんと高崎さんの熱い企画書を覗いてみたい。

・主演はなぜ「役所広司」になったのか?

ヴェンダースは役所さんの過去の作品を何十本と観ていて、「目」を魅力に感じている。主役となるトイレの清掃員「平山」は、毎日のルーティーンを清廉に行う人であり、そのイメージが投影でき、奥行きのある演技ができる役所さんに決まったようだ。
なお脚本は当て書き(俳優さんを決めてから書く)ということだ。

・撮影中のクリエイティブな話

「平山」が映画の中で朝飲んでいるのはBOSSのカフェオレらしい。
柳井さんは「ストイックな平山はブッラクかと思った。」と、私もなんとなくイメージしていることを言った。
高崎さんは「普通はそう思いますよね。ヴェンダースは意外と平山に演技を大げさにつけて、感情の起伏を大きくした。誰だって、人のことを100%理解しているわけではない。」
と、「平山正木」を実在する人物として作り上げ、リスペクトを持って接する現場の話を聞いて、まだ見ぬ私の中で平山は、”平山さん”になっていった。
どこかで生活している誰かを感じるように。

今作はセリフの少ない脚本はあれど、サブプロット(ストーリー)はないと高崎さんは言っている。制作現場で、ヴェンダースから「サブプロットなんて世界にはないぞ、そんな物を作って満足するな。」
という言葉が出たらしい。ヴェンダースらしい映画への愛と敬意があるセリフだ。この言葉を聞くと映画という場所が神聖である気がしてくる。
ドキュメンタリーとフィクション両方の制作を行き来する彼は、伏線や回収などのトリック的なことより、現実を切り出して映画に違うアプローチで投影する実験のようなことを生涯をかけて取り組んでいるようだ。
偶然の伏線が結果に現れた場合、彼に言わせると「アーチがかかる。」というらしい。
なんともロマンチック。

・劇中の音楽の話 

まだ見に行ってない私の楽しみのひとつに、劇中どんな曲が使われるのか、というのがある。
もともと、ことの発端が音楽を介したプロジェクトだったのもあって、こだわりのある選曲がなされるのだろう。
ヴェンダースは「平山が聴いているもの以外はかけたくない。」と徹底したほどだ。どんなタイミングで、どんな音楽が心を動かす作用をするのか?
しっかりと聴いておきたい。
ルー・リードの『PERFECT DAY』がいったいどんなシーンでかかるのかも注目ポイントだ。

・「平山」が住んでいるのはなぜ押上?

「平山正木」の家は東京都墨田区の押上だ。
私も徒歩圏内に住んでいたことがあるが、空に飛び出すスカイツリーがデンと構えていて、守護神みたいにどこからでも見える。
新しいコーヒースタンドや、ゆうに50年を超える民家、職人の仕事場、工場などが目に入る。
新しいと古いが混在し、若い人とお年寄りが住んでいて、下町風情ならではの活気も感じられる。あと自転車が多い。
隅田川にかかる桜橋は、Xの形になっていて妙に近代的だ。
この二律背反がいかにも「東京の縮図がある。」と、ロケハンに来ていた森山大道さんが言い、決め手になったそうだ。
「平山」という名前も、相反するものが混在するのを表している。

1時間30分ほどの対談は非常に和やかだった。映画サークルの部員のようにピュアで「ワクワクが止まらない。」といった具合に。
今年の5月。『PERFECT DAYS』という木漏れ日の中に美しい風が吹いた。カンヌ国際映画祭で役所広司さんが最優秀男優賞を受賞したのだ。
お二人や役所さんは「みんなが作り上げた『平山さん』が賞を獲った。」と口を揃えて言っている。


この映画は美しいあみだくじだ。
最良の道へ導かれるように、ヴェンダースや柳井さんや高崎さんや、役者の方々、撮影スタッフ、さまざまな人達の手で織りなした道がおおきな形を成して、ひとりの男を創り出した。
私はもう”平山さん”に会いたくなっている。

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