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「賢い生き物になりたい」

「もう無理です、ごめんなさい」

無理だった。本当に。

「何が?」
「すみません、できません」
「何で?」
「気持ち悪いです、飲めないです」

僕の目の前に置かれたのは、餌皿に入った自分自身の尿だった。
この皿の中へ、彼女が見ている目の前で出すよう言われた。
人前で、ましてや女性の前で全てを見せるように用を足すなんて以ての外だ。
仕方なく言われた通り餌皿の上で頑張ってはみたものの、いくら待っても一向に出る気配がない。“出ないです”、僕がそう言うと、彼女は両手を頭の後ろで組むよう指示を出した。

「出るまで打つよ、早く出した方がいいと思うよ」

他人事のようにサラリと呟くその手には、柄の長い乗馬鞭が握られていた。
彼女が突き出した鞭先が僕の脇腹をなぞり上げると、一気に緊張感が湧いてきた。

ビシッ、ビシッ

「あぁっ…!」

容赦なく淡々と打ち続けるそれは、僕からさらに尿意を遠ざけた。
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
あまりの痛みに皮膚の表面が痙攣し、僕はちびるように放尿した。

「遅いよ、腕が疲れちゃったじゃん」

彼女は餌皿に溜まった尿を確認し、ジンジンと痛む脇腹の鞭跡に唾を吐きかけた。

「申し訳ありません…」

身体に付着した彼女の唾に意識が集中する。
謝罪をする時に吐き出した息の量の数倍多く空気を取り込み、疼いて仕方ないみぞおちを落ち着かせようと必死だった。

「…火は?」

僕のそんな様子などひとつも気に留めない彼女は、赤い革張りのソファーに腰を掛けタバコを咥えていた。

「あ、はい、火…」

僕は急いでガラスのテーブルに置かれたライターを手に取ると、彼女が向けるタバコの先に火を近づける。
彼女は僕の目を睨み続けたまま、差し出す火をタバコの先端から吸い上げた。

「…スゥ、フゥーーー…」

ヘビににらまれたカエルとは、まさにこのことだ。
彼女は僕から視線を外さないまま、ゆったりと煙草を吐き出す。
どうすればいいかわからない僕は、両手を腰の後ろで組んだまま姿勢良く立っているしかなかった。

「おいで」

唐突に彼女の声で「おいで」と呼ばれ、僕の心臓は一段と強く打ち付ける。
僕は足元まで即座に移動すると、彼女の目線より高くならないよう姿勢を低くした。
視線は白く美しい足元に向け、許可がない限り自分から彼女の目を覗き込むことはしない。
教えられたことであり、目が合えば石化してしまう自分のためでもある。

刺さるような視線に呼吸が薄くなった僕は、今すぐにでも力いっぱい頬を張られ、髪の毛を掴み引きずり回されるような酷い衝撃を渇望するようになっていた。
そんな中、目の前に座る彼女の足が、急に高く上がった。

「………っ!」

蹴られると思い、咄嗟に身構えてしまった。
予想に反し、上げられた彼女の両足は緩やかに僕の肩へ着地した。

「ビビってんじゃん」
「もうしわけありません」

彼女の一言で、僕の顔が一気に熱くなる。
口から心臓が飛び出そうなほどの鼓動を感じながら、体勢を崩さないよう全身に力を込めた。

「………」
「………」

彼女は先程と何も変わらない表情のまま、捕らえた僕をにらみ続ける。
僕はどこに視線を置いていいかわからず、うろたえる心を抑えることに必死だった。

「………」

一瞬、肩に乗った足の重みが増したと思った次の瞬間、僕の身体は彼女の方へ引き寄せられた。
後頭部のあたりで彼女の足首が僕の頭部をがっちりとホールドし、ズルズルと距離が詰められていく。

「……っ」
「………」

ソファーに深く座る彼女に近づくと、僕は膝立ちで保っていた姿勢が崩れた。
その瞬間、彼女の足が僕の首を一気に締め上げにかかる。
僕は首だけを持ち上げた状態の四つん這いとなり、手は地面につくかつかないか。
姿勢を保とうとすればするほど苦しく、身を委ねれば首を絞め上げられ苦しくなる。
冷静に考える余裕などあるわけもなく、僕は精一杯首を持ち上げ彼女に身を委ねる形となった。

「ぐっ……」

じわじわと締まり続けるそれが、男の僕から情けない声を押し漏らす。
股間あたりに僕の顎が乗ったのを合図に、彼女は両手を使い一層強く締め上げた。

「ぐあぁ…っ!」

不意に見上げた彼女に一切の笑みはなく、こんなことで僕の股間は酷く反応してしまう。
きっと顔は赤く、目は血走っている。みっともない顔で彼女を見上げている自分が目に浮かび、恥ずかしさも相まって勃起が止まらない。

そんな僕を見透かしたのか、ただ単に飽きたのか。
固定されていた後頭部が開放される。

「ゴホッ、ゲホッ…」

咽る僕を横目に、彼女はソファーから立ち上がりどこかへ行ってしまった。
不安になり彼女の姿を目で追うと、すぐに戻ってきたその手には僕の尿が入った餌皿があった。

「ほら、飲みな」

四つん這い状態となった僕の目の前に置かれた黄色い液体。
自分の尿なんて見るだけで吐き気がする。

「申し訳ありません、これだけは無理です」
「何で?」
「気持ち悪いです、飲めないです」

今まで彼女がする加虐は全て耐え抜いてきた。
けど、これを口に含むなんて、ましてや飲み込むなんて。

「本当に無理なんだ?」
「はい、申し訳ありません…」

場を白けさせてしまったかと、一気に不安が募る。
僕が拒否をすることなんて今まで一度もなかったから。
彼女もさすがにNG行為だと理解してくれ…

「じゃあ絶対飲ませるよ、本当に嫌じゃないと意味ないから」

予想だにしない未来の確定に、思わず彼女の瞳を見つめ返すしかなかった。

「なに?」
「…なんでもありません」

頭を下げた目の前に、先程と変わらない量の液体。
これが彼女から出たものだったら、喜んでいただく。
いくら足掻いたってもう無駄だ。
飲めなくても、飲めるまで飲むしか無い。
彼女がそういえば、僕に選択肢はない。

彼女が監視する前で、置かれた餌皿を恐る恐る覗き込んだ。
真正面に向かうと、立ち上るアンモニア臭が僕の吐き気を誘う。
僕は口から小さく酸素を吸い込むとすぐに息を止め、餌皿に入った液体へ舌を伸ばした。

「んん…っ」

舌を口内に戻した瞬間、気色の悪い塩っ辛さを感じる。
これが僕から出た尿だと考えてしまうと、一気にこみ上げてきそうだ。
だめだ、考えちゃいけない。考えてはだめだ。
これは彼女の尿。それを犬のような姿勢で飲み込む姿を見られている。
そう、これは…

「どう? お前の小便の味は」

一部始終を見ていた彼女が、愉快そうに聞いてきた。
“お前の小便”
だめだ、やっぱり無理だ。

「うっ…」

思わず嘔吐く。拒否反応。
こうなるともうだめだ。
精神は怯えうろたえ、正常な判断ができない。

「まだ舐めただけじゃん、早くしな」

無慈悲な時間は終わらない。
僕は餌皿の両脇で震える拳を握りしめ、少しでも気を緩めればたちまち泣いてしまいそうだった。
そんな情けない僕の姿に、彼女はとうとう痺れを切らした。

「あー…もう手伝ってやるよ」

そう言った瞬間、僕の後頭部に衝撃が。
彼女が足で僕の頭部を踏みつけたのだった。
顔面はしっかりと餌皿の中に浸かりこみ、嫌だともがけばもがくほど、僕の顔は力強く押し付けられた。

「ほら、早く飲めよ」

彼女の声が僕を逃さない。
パニックになった僕は助かりたい一心で、餌皿に入った自分の尿に口をつける、
唇を窄め、下品な音を立て一気に吸い込む。

ズズズ、ジュル、ジュル、ズズッ

「ははっ、飲めんじゃん」

この時の僕は、正常な人間としての線がいくつか切れてしまったように思う。
味はあまり感じなかった。あんなに気持ち悪かったはずなのに、今口にしているそれに抵抗はなく。ただ目の前にある水分を、平らげるだけ。
掃除機はスイッチを入れればゴミを吸う。
便所は人が座れば排泄を受ける。
水道は捻れば水が出るし、下水管はいつの日だって汚物を流し続けている。
そのためだけに存在している。僕もそう。
目の前にある液体を吸い込み体内に摂り込む。
今、そうなった。なれたのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「きれいに飲めたね」
「はぁ、はぁ、はい…」

気づけば僕はまた四つん這いで、目の前にある餌皿は空っぽだった。
夢中で吸い付いた記憶は、どこか他人事のような、夢を見ていた感覚だ。
しかしそれが現実だということは、収まらない自分の手の震えが教えてくれる。

「よく聞きなさい。お前は自分で自分の排泄物を処理できる優秀な生き物なのよ。そこらへんで小便垂れ流してる底辺な生き物とは違うの。当然のことを当然にできる賢い生き物になりなさいね」
「……はい」

僕の性器はすっかり萎えていたが、湧き上がる感情は本当に清々しいものだった。
できないことが、できるようになる。認められ、褒めてもらえる。
自信がつき、何かが満たされていく多幸感に包まれる。
一瞬、口の中がしょっぱい気がした。
でも、そんなことはもう、忘れようと思う。

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