（フラワーコミックスα)　現在　電子書籍版で入手可能です。
作品感想、ネタバレを含むのでご承知おきください。

私は作品そのものよりもその後ろにいる作者に惹かれていってしまうところがある。特に人間の本質を突くような洞察力の鋭い人間に弱い。そういうセリフに弱い。人間を裏から斜めから読みつくすような視点を感じるとぞくぞくっとする。作者萌え？ってやつ？ああこう書くとなんだか危ない人のよう；そんな私に2009年の水城せとなはぴたっとハマったのである。

　『窮鼠はチーズの夢を見る』はよく見る某SFのタイトルパロディではあるのだけど、去年この本を書店で見るたびどうにも気になった。作者の名前はずっと存じ上げていたがそれまで読んだことはなかった。作品についての予備知識も特に入れずにいた。が、なんだか気になる本。とうとう手を出した途端夢中になった。この作者、もっと早く読めばよかった。心底そう思った。遅れてきた読者なのはいつものことだ。それはそれでいいのだが。

　平凡な生活を送っていた会社員・大伴が急に呼び出された調査会社に勤務する後輩・今ヶ瀬に脅されキスを奪われる。彼の妻が依頼した浮気調査の結果を伏せておく代わりにというのだった。ともかくこの主人公の流され具合が笑える。気が弱いというのではない、優しいというのとも違う。大伴を知り尽くした今ヶ瀬の攻略の仕方が凄いのか、ここまで流されて適応できてしまう大伴が凄いのか迷うところだが、どっちもやっぱり平凡ではない。大伴の流され具合を見てると、男性というのは両性具有的な愛に割合簡単になれる存在であるのかもなあ、と目から鱗が落ちた気がした。女性には絶対に持ち得ないファルスを持ちつつ、ファルスを受け入れることもできる存在。主人公の大伴は自分を愛してくれる女性達と一途に自分を愛し続けてくれる今ヶ瀬の情愛との間でふらふらと揺れ動く。しかし彼が揺れ動くのは相手への愛ではなかった、常に自分の中の両性性の中で揺れているのだ。愛したい、愛さねばならないという思いと、愛されたいという思い。肉体的にもどちらにも転ぶことができる不安定さがこの作品のドラマを動かしている。

　この両性性は実はこの作品の前の『放課後保健室』の中で既に使われていた。このダークファンタジーの主人公は文字通り両性具有だったのである。美少年であり美少女でもある一条真白のこの性の揺らぎは『窮鼠』の大伴の後ろ暗い恋愛に見事に昇華したのだと思う。かっこつけたい自分、男として女として愛したい気持ち愛されたい気持ち、計算したり駆け引きしたり、傷つけたり傷つけられたりする恋愛道。安定したかと思ったらすぐまたぐらつく不安定な関係。読んでいてずっとずっと、こんな男のどこに今ヶ瀬は惚れるのかと疑問だらけだった。流されるだけだったその大伴が最後に腹を括るのが本当に爽快だった！

　「隘路はお前だ　そして俺だ」

　かっこいいぜ、流され侍！ようやく、ようやくだよ！人間、ここぞという時の開き直りって大事だよね。そして、じたばたあがきにあがいた二人の最後までしぶとい、重たいんだか軽いんだか分からない駆け引きの応酬が読みたくてまた最初から読み直してしまうのだった。

補足＊昔、サイトで公開していたBL作品紹介文に少し手を入れて再掲します。＜24のセンチメント＞10 ）