虹色のランドセル

毎年春になると思い出す
…ってほどでもなくなってしまったけど、今でも時々思い出すことの話を今日はしようと思う。

小さいころから私は虹色が好きだった。
いつからなのか、何がきっかけなのか、思い出せないしきっと覚えていないのだろうけど。私は虹色が好きだった。

お気に入りのワンピースは、おばあちゃんが作ってくれた虹色の。天使の羽のような襟が可愛くて、お誕生日会とか特別な日はいつもあれを着ていた。
大好きだった歌…にも虹が出てくると思ってたけど、いま改めて歌詞を調べたら出てきてなかった。記憶って曖昧だ。(私が好きだったのは、「青い空に絵を描こう」。自分の名前にも関係があるからよく聴いていたのかな。)

そんな私は小学校にあがるとき、虹色のランドセルを欲しがった。
当時は今よりも色の選択肢が少なくて、赤と黒以外だとせいぜいピンク、水色、茶色、紺くらいだった。だから、虹色のランドセルなんて見たことも聞いたこともなかったけど、私は虹色が良かった。だめなら白いのを買って塗る、といった記憶もある。

けれど、結局私のランドセルは赤いものになった。
どうやって虹色をあきらめたのか覚えていないけど、赤いランドセルを背負って6年間通学した。今はもう手元にないけど、卒業するころには愛着がわいていた。それなのにどうしても虹色を背負いたかった気持ちを忘れることができなかった。
この心残りが、今でも時々頭をかすめる。ほろ苦さとともに。

虹色のランドセル。
幼い私にとっては夢のようなアイテムだった。大人になった今も実物を見たことがないからあくまでも私の頭の中にしか存在しないけど。
手に入れていたらどうなっていただろう。私の6年間はもっと輝いていただろうか。それとも、もっと良くない方向に向かっていただろうか。
もう想像しかできないけど、虹色のランドセルを背負った私はもっと輝かしい小学校生活を送っていたんじゃないかと思う。希望的観測にすぎないけど。

いつかどこかで出会いたい。


追記。
私が大切に使っていたランドセルは、もしかしたら今も誰かと一緒に通学しているかもしれない。
私のランドセルは、被災地に送ってしまったから行方が分からない。小学校の卒業式直前に起きた東日本大震災。あの時の私は少しでも誰かの役に立てるならと6年お世話になった相棒を手放した。
誰かの手に渡ったのだろうか。今でも大切にされているのだろうか。
チェックマークの落書きをされた、赤色のランドセル。

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